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第六話 孤高の女剣士

※これまで間違って「シリアス」タグをつけていました。削除しましたが、タグから検索した方には大変ご迷惑をおかけしましたことをここに詫びます


 ダンジョンを脱出した俺は、ひとまず冒険者ギルドを経由して事の経緯を報告した方がいいだろうと判断した。

 冒険者ギルドを統括している人は王弟でもあるので、アベルが勇者であることを知っているのだ。


「その為にはまず、ポチをどうにかしないとな」


 青々と茂る森のなか、家屋ほどもある大きなポチを連れて穏便かつ合法的に街へ入るための方法を考える。

 『従属契約』にまつわる古代魔法の知識を思い出しながら、俺は魔力を練り上げて術式を行使した。


〈よし、ポチ。今から小さくするから暴れるなよ〉


〈えっ、余の身体、縮むんですか……?〉


 『ミニマム』という、無属性魔術をポチに掛けてやる。

 すると、ポチは数分の時間をかけて牛ほどの大きさにまで縮んだ。

 これぐらいの大きさなら、街に入れるはずだ。


 『従属契約』は、スキル『テイム』の祖である。

 聖族にとって魔物にこうあってほしいと改良を重ねた結果が小型化や外観の変化を引き起こす。

 しかし、『従属契約』にはまだその改良が施されていないので、『ミニマム』をかける以外に目立たなくなる方法がなかった。

 攻撃力が下がるけれど、ポチには『フィオナを喜ばせる』という大義があるので問題ない。


〈一週間我慢出来れば、たらふく肉を食わせてやろう〉


〈やった!!〉


 ポチを引き連れながら森の中を歩き出す。


 森をしばらく歩いていると、なにやら前方の方で叫び声のようなものが聞こえた。


〈ルーク様、なにやら魔物とニンゲンが争っているようです〉


「様子を見てみるか」


 普段なら、無用なトラブルを避けるためにも騒ぎからは距離を置いていた。

 しかし、街に入るまでになるべく情報が欲しい。せめて、今日の日付ぐらいは知っておきたい。

 そう思い、魔物の叫び声が聞こえる方角に進む。


「グギャギャギャ!」


 この耳障りな金切声は、森に住むと言う魔物の一種であるゴブリンだろう。

 緑色の肌に尖った耳に俺の腰ほどの背丈。

 乱杭歯をガチガチと鳴らしながら、棍棒を振り回している。


 そのゴブリンと向かい合っているのは、銀髪の女性だった。

 すっとした顔立ちに最低限の防具を身につけているが、どことなく高価な身分を思わせるような雰囲気を纏っている。


 ひらりと長い銀髪が舞い、長い足が鋭くゴブリンとの間合いを詰めて剣を振り抜く。

 斬りつけられたゴブリンの体から緑色の血がぶしゅっと噴き出す。


「こんなところか。今更、ゴブリン如きで遅れを取るつもりはないが……単独で魔物と戦うのは初めてだが、問題はないようだな」


 どうやら銀髪の女剣士は単独でこの森に来たらしい。

 事きれたゴブリンの耳を切り落としているところから見て、討伐依頼でも引き受けたのだろう。


 魔物が周囲にいないことを確認し、女剣士が立ち上がったところで俺は声をかける。


「すまない、少し良いだろうか」


「……何か御用で?」


 女剣士は表情を変えず、冷たい声音で俺に問いかけた。

 彼女が警戒するのも無理はない。いきなり男性に話しかけられたら、誰だって警戒する。


 距離を詰めるようなことはせず、俺は敵意がないことを示す為に両手を上にあげた。


「実は数ヶ月ほどダンジョンに篭っていたせいで、今日の日付が分からないんだ。街の方角と今日の日付を教えてもらえると助かる」


 女剣士はアメジストの瞳でジロジロと俺の顔や擦り切れたローブを見、後ろにいるポチを見た後でふっと警戒を緩めた。


「今日は八月九日、街はこの先にある林道を北に歩けばたどり着ける。私もちょうど街に戻るところだが、共に来るか?」


「いいのか? それはとても助かる」


「構わん。見たところ、あなたも冒険者のようだ。困った人を見捨てるのも後味が悪い」


 食料はダンジョンで狩った魔物の肉が豊富にあるので問題はないが、地図やコンパスの類はないので困っていた。

 数ヶ月前に歩いた森の地図などすっぱりと頭の中から消えていたので、女剣士の申し出はとてもありがたい。


 ポチに乗って空を飛ぶことも考えたが、ダンジョンで逃げ回っていた時の姿を知っている俺からすると、あの蛇行に俺がついていける気がしなかった。


「自己紹介がまだだったな。私はD級冒険者のエミリアだ」


「俺も冒険者で名前はルーク、コイツはペットのポチだ」


「きゅるるる〈ゴブリンを食ってもいいか?〉」


 ポチは食い意地が張ってるなあ……。

 エミリアに尋ねたところ、「討伐証明は既に剥ぎ取ったから構わないが、腹を壊しても知らんぞ」とやや引いた様子で快諾してくれた。


「なら、早速だが街へ行こうか」


 エミリアの出発を合図に俺たちは街に向けて歩きだした。




◇ ◆ ◇ ◆




 森を抜けて街に向かって歩いている俺たち。

 魔物が出現する場所を抜けたので、会話する余裕が生まれた。


「故郷を魔物に滅ぼされた私は、各地を放浪しながら剣の腕を磨いた。少しでも魔物を倒し、人々の役に立ちたい私は騎士団の受験を受けたんだが……失敗してしまってな。こうやって冒険者として身を立てることにしたんだ」


「それは大変だったな。駆け出しの頃は徒党(パーティー)を組むのも難しいだろう?」


 俺は過去にフィオナから聞き出した苦労話を口に出す。


 フィオナは滅多に過去を話したがらない。そんななか、ポツリと彼女は『駆け出しの頃は実績もなくて、女というだけでメンバーに入れて貰えないことが多かった』と漏らしていた。

 俺にはそんな経験がないけれど、よく駆け出しの冒険者が先輩の冒険者に頭を下げているのを見て大変さに想いを馳せたものだ。


「恥ずかしながら、そうなんだ。やはり冒険者というものは難しいものだな。戦えるだけでは上手くいかない」


 エミリアはぐっと拳を握る。

 騎士団を目指した理由に魔物の討伐を掲げていたから、その剣の腕や戦闘技術は高いのだろう。しかし、それだけでは冒険者は務まらない。


「冒険者というのは信頼で成り立っている。安定してゴブリンを狩り続けていれば、それが実績になる。直に冒険者ギルドの方からエミリアにパーティーの斡旋が来るさ」


「そうなのか? たしかに、実績があればパーティーを組みやすくなるか」


 エミリアがふっと握り拳を解く。


 草原に吹く風に目を細めながら、彼女は俺の顔をじっと見て質問を投げかけてきた。


「そういえば、あの辺りには難易度の高いダンジョンしかなかったと思うが……その、ルーク殿は他に仲間がいないのか?」


 チラリとエミリアの目がポチを見る。

 ポチは俺の荷物を背中に乗せながら、俺の右側をのっしのっしと歩いている。


「少し、長くなるんだが……聞いてもらえるか?」


「街まではまだ距離がある。私で良ければ、話を聞こう」


 エミリアは真剣な表情で、俺の話を最後まで聴いてくれた。

 アベルが勇者であることは伏せながら、なるべく客観的事実だけを使って説明する。冒険者ギルドで報告する時の練習だ。


 ダンジョンで毒を盛られて殺されかけたところを恋人フィオナの機転で回避したところで、エミリアが目元を押さえる。


「な、なんと深い愛なのだろうか。不肖、エミリア……この感動的な物語に思わず涙が止まらないぞっ!」


 俺の隣を歩いていたエミリアが、グスグスと鼻を啜りながら赤くなった目元を拭う。


「だから俺は一刻も早く、フィオナを迎えに行かないといけないんだ」


「ぐすっ、ルーク殿のひたむきな思いを考えるだけで、この胸が張り裂けてしまいそうだ……っ!」


 エミリアが盛り上がった防具の上から胸を押さえる。

 心根が優しい人なのだろう、俺の気持ちを汲み取ってここまで感情を動かしてくれているのだ。

 久しぶりに他人の優しさに触れた俺はほっこりとする。


「ルーク殿、D級冒険者ではあるが私に出来ることがあったら何でも相談してくれ。必ず力になるぞっ!」


「ありがとう、エミリアさん。いつかフィオナのことを君に紹介できる日が来るといいな」


「式を執り行うときは是非呼んでくれ! 必ずビッグボアを仕留めて豪華な披露宴にしてみせよう!」


「式だなんて、俺たちにはまだ……あっ」


「ほお、『まだ』ということは、考えてはいたんだな?」


 『式』と聞いた俺は、顔がぼっと熱くなる。

 魔王討伐を終えたらプロポーズしようとたしかに考えていたが、まさか出会ったばかりのエミリアに見抜かれているとは思わず狼狽えてしまった。

 そんな俺の狼狽を見たエミリアがニマニマと笑みを浮かべる。


「かっ、揶揄うのはやめてくれ!」


「はははっ、惚気話をご馳走さまだな。助けを待つフィオナ嬢の為にも必ずルーク殿を街に送り届けないといけないな……もっとも、ワイバーンをテイムしているなら多少の魔物など敵ではないだろうが」


 エミリアは整った顔に微笑みを浮かべながら、快活に笑った。

エミリア

 故郷を魔物に滅ぼされた女剣士。

 銀髪紫瞳で長身。生真面目な性格


ポチ(ゴブリン肉は筋張ってるなあ……)

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