第五話 ペットのドラゴン
ドラゴンが突然俺の前で腹這いになった。
後ろ足は伸びきり、顎を地面につけて翼は大きく広げている。
これはもしや、服従のポーズだろうか。
試しに何度か魔術で攻撃してみたが、じっとその場から動かない。
どうやら、降参しているらしい。
「……そういえば、古代魔法のなかに『従属契約』があったな」
ふと古代魔法の一つを思い出し、俺は攻撃の手を止める。
昔、フィオナがドラゴンを見てみたいと言っていたのを思い出したからだ。
うまくいけば、背中に乗ってデートできるかもしれない。
魔力のパスを繋げる事で、対象を支配下に置く古代魔法だ。
現代で一番近いものといえば、モンスターテイマーの『使い魔契約』のスキルが近い。
もっとも、俺がこれから行おうとしている『従属契約』は拘束力が強く、戦力として運用するには難があるが……俺から逃げ回るぐらい弱いからそもそも戦力にすらならないだろう。
ドラゴンの胸に魔法陣を描き、契約の準備に入る。
「汝、我が下僕になる事を誓い、永劫の服従を受け入れるか?」
「グルオオンッ!」
ドラゴンが吠える。
戦っていた時よりもかなり憔悴していて少し不安を覚えたが、まあ大丈夫だろう。駄目だったら素材を採取するだけだ。
胸に刻んだ魔法陣が赤褐色に光り、そこから伸びた鎖がドラゴンを包み込む。それらは赤い鱗に覆われた身体を縛り上げると、ドロリと溶けて染み込んでいった。
一瞬、ドラゴンが悲痛な叫び声をあげたが、すぐに大人しくなる。
『使い魔契約』では、魔物や魔族と信頼関係を結ぶことで【悪と混沌の神】の支配から脱却させて聖族に加え入れる。
一方で『従属契約』は相手が屈服していれば、信頼関係なしに強引に術者と同じ領域へ引き摺り込むのだ。ゆえに、番人が相手であっても契約を結べる。
後者は身体的・精神的苦痛を伴うらしいが、残念ながら俺はモンスターテイマーではないので『使い魔契約』は結べない。
もっとも、『使い魔契約』には色々と制限が多いと聞く。その道のプロでも魔物や魔族と打ち解けるのは難しいそうだ。
俺はさっそく、支配下に置いたドラゴンと意思疎通を試みる。
なんでも契約を結んだ相手と直接、意識をやり取りするので言語が違っていても会話できるのだ。
〈あー、あー、聞こえるか?〉
〈は、はい……聞こえますぅ…………〉
俺の呼び掛けに応えるように、気弱そうな少年の声が脳内に響いた。
外見に反して、どうやら随分と幼いようだ。
〈これから君の主となったルークだ。宜しく頼む〉
〈宜しくお願いしますから、どうか殺さないでください……! 酷いこともしないで……! お肉ください……!〉
直前まで戦闘していたから、ドラゴンはすっかり怯えて消耗している。
俺はとりあえず手懐ける為に『異次元の隠し衣嚢』からビッグボアの肉を取り出す。
〈君がいい子でいる限り、決して酷いことはしない〉
〈ありがとうございます! ありがとうございます!〉
ぶぉんぶぉんと尾を振りながら、ドラゴンが肉にかぶりついた。
俺の知るドラゴンの姿と合致しないのは、多分この子が幼体だからだろう。この閉鎖的な空間で番人として過ごしていたならしょうがない。
飼い主としてきちんと躾を施さないといけないな。
「キョア?」
もちゃもちゃと肉を咀嚼するドラゴンが、俺を見下ろしながら首を傾げた。
広間を歩きながら、ダンジョンの奥を目指す。
隣を歩くドラゴンに話しかけた。
〈君の名前はなんだ?〉
〈名前ですか? 『ポチ』でお願いします!!〉
ドラゴンはキラキラとした目で訴えかけてくる。
提案された名前に俺は面食らいながら苦言を呈した。
〈それはペットにつける名前で、ドラゴンにつけるのは……〉
〈ポチです。ポチと申します。僕はあなたの愛玩動物です。だから殺さないで酷いことしないでもっとお肉ください!!〉
ドラゴンの威厳はどこへやら。地面に平伏しながらドラゴンは頑なにポチを名乗った。
本人(本魔物?)がこう言っているなら、それでいいか。
いい子にしたご褒美にビッグボアの肉をあげる。
〈このお肉おいちい!!〉
放り投げた肉を器用にキャッチしたドラゴンもといポチが牙でもっちゃもっちゃと咀嚼している。
〈あぐあぐ……ところで、ルーク様……もっちゃもっちゃ……何故、このような場所に一人でいるのです?〉
〈それには、とても深い理由があるんだ〉
それから、俺は堰を切ったようにこれまでの事を話した。
会話に飢えていたのだろう。思えば、もう何日になるか数えることも忘れてしまった。
服の擦り切れ具合から、もしかしたら一ヶ月は経過しているかもしれない。
〈ここには、仲間のアベルと恋人のフィオナの三人でここを訪れたんだ。アベルという奴が本当に酷いやつで、俺に毒を盛ったんだ。フィオナの機転のおかげで間一髪、俺は助かったんだ〉
〈は、はえ〜……〉
〈そうだ。俺はフィオナに愛されていて、フィオナも俺を愛している。俺たちは昔からずっと相思相愛。君もそう思うよな、ポチ?〉
〈へっ!?〉
〈そう思うだろ?〉
〈えっと……〉
〈思うよな?〉
〈は、はい!! そう思います、ですっ! はいっ!!〉
〈そうだよな。ポチにも分かってしまうか、俺たちの間にある絆と愛ってやつが……ふふっ、フィオナ、フィオナ、早く会いたいなあ〉
愛の素晴らしさが伝わったのか、ポチが身体をぶるぶると震わせて尻尾を天に向けた。
俺がいかにフィオナが素晴らしい女性かを語ろうとした矢先、ポチの方から話題を振ってきた。
〈そ、そういえば毒を盛られたといいましたが、お身体は大丈夫なのですか?〉
〈ああ、問題はない。魔法で症状を緩和しているし、ここを出たら薬が手に入るはずだからな〉
〈なるほど〉
ポチは「ぐるる」と唸った。
そうしてしばらく歩いたところで、俺たちは二重ダンジョンの一番奥……ダンジョンコアと呼ばれるところにたどり着いた。
無機質な空間に、何の支えもなく宝玉が浮かんでいる。
それはダンジョンコア、ダンジョンの核を為す存在だ。
神話を紐解けば、これの起源も【悪と混沌の神】にまで遡る。
なんでも代理戦争を勝ち抜く為に今は亡き神の一柱が作り上げた生産工場らしい。
冒険者がダンジョンを挑む理由には、ここで獲得できる秘宝や魔物の素材のほかにダンジョンを奪うことにある。
ダンジョンを魔族から聖族に転換させることで、秘宝の性質が変わり、聖族が魔物を倒したときに獲得できる魔素の量を増やすのだ。
方法はとても簡単で、ダンジョンコアに触れるだけで済む。
俺の指先がダンジョンコアに触れた瞬間、つるりとした表面に複雑な魔法陣が浮かび上がった。
『接続を確認』
『所属ーー聖族。支配領域、及び生産体制を変更』
『条約により、内部構造を変更』
『番人の欠番を確認。契約を破棄し、新個体を配属』
ポチの身体から光の粒子が飛び散り、ダンジョンコアに吸収された。
恐らく、番人だったポチが俺と『従属契約』を結んだことで、番人の不在を危惧したダンジョンがポチとの契約を破棄したのだろう。
これでポチはダンジョンに囚われることはなくなり、俺との『従属契約』だけに縛られることになった。
その事を実感したのか、ポチが翼をばさばさと動かす。
〈自由だあーっ!〉
自由になってないぞ。
まあ、ストレスが溜まらない程度に扱ってやるか。ビッグボアの肉が好きらしいからな。まだまだストックはあるし、街で買えるからたまにご褒美としてあげよう。
俺に懐いてくれれば、きっとフィオナにも懐く。ペットは飼い主の恋人がわかるっていうし、ポチは賢いからすぐに理解してくれるはずだ。
懐から冒険者カードを取り出し、ダンジョンコアにかざす。
『情報体の接続を確認。要求:現在位置』
『承認。情報の記入を申請……承認』
『記入、完了』
冒険者や騎士団など、ダンジョンの攻略を掲げる団体に所属する聖族に発行するカードには特殊な仕組みが備わっている。
これまでに攻略したダンジョンコアや奪還した数が記入され、それが実績となる。それを本部が評価して査定するのだ。
その信頼性は高く、身分証としても活躍している。
偽造が困難であることも拍車をかけている。
「まさか、S級ダンジョンの二重ダンジョンを単独でクリア出来るとは思わなかったな。今なら分かるよ、フィオナ。これも愛の試練というやつだな」
【健やかなる太陽】を握り締め、フィオナの笑顔を思い浮かぶ。
たったそれだけで心の奥底から魔力が溢れ出し、それを感知したポチが尻尾をビビビッと伸ばした。
「これでやっとフィオナに会いに行ける!」
ダンジョンコアのある場所から直接外へ飛べる一方通行な転移魔法陣を起動する俺を、ポチはゆらゆらと尻尾を動かしながら見つめていた。
ポチ(なんかよく分かんないけどハイハイ言ってたら美味しいお肉くれるからラッキー♪)
誇り高いドラゴンとは……?




