第四話 心を壊しながら番人撃破
改稿しました
目が覚めた。
「う、ぐ、ああっ」
軋む身体と、肩の痛みに俺の口から呻き声が漏れる。
毒の後遺症による呼吸困難は数日前に比べてかなりマシになったが、それでもやはり辛いものがある。
ここに来る途中で作っておいた猪肉の保存食を噛みながら、俺は荒く呼吸を繰り返す。
周囲を見渡したが、他に気配はない。
どうやら、俺はここを守っていた番人を倒したらしい。
「ぐっ、『ヒール』」
肩の傷を回復魔術で治療し、喉を潤した俺は杖を握りながら考える。
何故、俺はまだ生きているのだろうか。
秘宝の毒、番人の呪いという、どちらも命を脅かすものだ。二度も凌いでいる方がおかしい。
運が良かったで片付けるには、あまりにも不自然。
しかし、全く心当たりがない。
クルクルと指先でネックレスを弄んでいた俺は、とある秘宝の存在を思い出して固まった。
胸元に視線を落とす。
そこには、俺が魔術学園を卒業した時にフィオナから贈られたネックレス型の秘宝があった。
銘はたしか【健やかなる太陽】。
着用者の健康を守るという効果だ。
金の細いチェーンに人差し指の第一関節よりも小さな太陽を模した飾りがついている。
この秘宝があったから今も生きているのか。
そう納得すると同時に、こうも思う。
この秘宝を俺に贈ったのは、紛れもなくフィオナだ。そのことを彼女がうっかり忘れるだろうか?
そこまで考えて、俺に電撃が走る。
フィオナは全て計算していたんじゃないのか?
俺に贈り物を渡した時、そこに打算や偽りの感情は見えなかった。
アベルのクソ野郎が俺に毒を盛った時、素早くテントを片付けてその場を立ち去ったのも、俺を生かすためなのでは……?
だとしたら、なんて深い愛……ッッ!!
「フィオナ、やはり俺には君が必要なんだ……ッ!!」
ネックレスを握りしめる。
一時でも彼女を疑った自分が恥ずかしい。
アベルに愛していると言っていたのも、きっとヤツの注意を俺から逸らすため。その証拠に、あの時の彼女は少し引き攣った声を出していたし、言葉遣いも変だった。
やはり、あれは演技だったに違いない!
薄々、そんな気はしていたんだ!!
恋人の俺にしか分からないような、些細な違和感の正体を見抜いたところで立ち上がる。
もはや毒の後遺症などどうでもいい。
一分でも、一秒でも早く彼女の元に行かなくてはっ!!
「フィオナ、今すぐに行くぞっ! …………ん?」
駆け出した俺は、何かを蹴り飛ばしたことに気付いて視線を落とす。
どうやら、俺が倒したエルダーリッチの落とし物のようだ。
鈍い鉄で作られた鍵。それを拾い上げる。
「鍵? この広間の奥に秘宝があるのか?」
大広間を進んでしばらくすると、冒険者の用語で『宝部屋』と呼ばれる場所に辿り着く。
小さな扉の鍵穴に拾ったばかりの鍵を差し込んでまわすと、ガチャリと音を響かせて扉が開く。
「本棚、か?」
広い部屋に、一つだけポツンと本棚が置かれている。
興味を惹かれた俺は、色褪せた背表紙の本を本棚から抜き取って、たまたま開いたページに目を通す。
魔術学園で先行していた古代文字なので、内容を理解するのに支障はない。
「驚いた。これは古代魔法の呪文書じゃないか」
ページを捲るだけで、古代魔法の知識が頭の中にスルスルと入っていく。俺が古代魔法を理解した瞬間、呪文書が光の粒子となって消えていった。
ダンジョンから入手できる秘宝のなかには、俺が今こうして手にしている呪文書のように目を通すだけで魔法を習得することができる。
一度きりしか使えない消耗品だが、習得した魔法はどれも強力だ。
「試してみるか。『異空間の隠し衣嚢』」
俺の目の前でスッと空間が裂けて、虹色の線が面積を増す。
そこら辺にあった石を放り込み、取り出して問題なく機能することを確認した。
まるでフィオナの持っていたスキル『アイテムボックス』みたいだ。
魔法を改良したものが魔術、魔術をさらに改良したものがスキルと言われている。
時代が進むにつれて先天的な素質に大きく左右されないような、それこそ誰もが仕組みを知らずとも利用できるように改良を重ねて発展してきた。
古代魔法はその逆で、先天的な素質を活かすものが多い。
例えば、戦士の為に開発された古代魔法は全ての魔力を消費して一撃を強化するものが挙げられる。
その魔法が開発された理由というのが『戦士が魔力を持て余していて勿体無いから、どうせなら攻撃に応用しろ』というものだった。
「これは便利だな」
スキル『アイテムボックス』では生物を入れることができないなど制約が多いけれど、魔法にはない。
その代わり、魔力の消費量がとんでもない。
使う端から回復していくダンジョンという特殊な環境と、元から魔力量に優れていた俺だから使えている。
『異空間の隠し衣嚢』の他にもあの呪文書には様々な古代魔法が記されていた。
現代の法では禁止されている洗脳効果を持つ魔法や、俺が扱える魔術よりも強力な効果を持つ魔法など様々なものがある。
これらを上手く使えば、この二重ダンジョンもクリアできるはずだ。
「もう、何も怖くはないっ!!」
古代魔法を手に入れた俺は、フィオナへの想いを胸に今度こそ駆け出すのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
遮蔽物もない広間。
エルダーリッチがいた場所や取るに足らない他二対の番人と違い、高熱で炙られた柱がドロリと溶けていた。
辛うじて数本残った柱が天井の崩落を防いでいる。
その奥に広がる闇の中で、金色の双眸が万雷の咆哮をあげて俺に殺気を叩きつける。
橙色に輝く鱗、ナイフのように尖った鉤爪、いかなる防具すらも噛み砕く牙に大きな翼。
ドラゴンと呼ばれる、火の吐息をもって国をも滅ぼす魔物がそこにいた。
「お前で四体目の番人……しかもドラゴンとは、まるで魔王軍の四天王だな! 予行練習にちょうどいい!」
俺は杖を掲げ、魔力を一瞬で魔力を練り上げる。
そして無詠唱で魔法を放った。
「ギャアアアアスッ!!」
『氷牙連結刃』という氷属性の古代魔法だ。
氷の槍を生み出し、着弾と同時に内部から破裂させるという凶悪な攻撃力を持つ。
さしもの硬い鱗を持つドラゴンにも冷気は有効的なようで、苦悶の声をあげた。
それでも闘志を折るには足りなかったらしく、毅然と俺を睨みつけながら口に炎を溜める。
『火の吐息』
ドラゴンが誇る、広範囲に渡る炎の攻撃だ。
吐き出された炎が俺ごと広間を包み込む。
真っ赤に染まる視界。ドロリと大理石の床が溶け、風圧で形を変えていく。
聖族のなかでも、防御力に劣ることで有名な人間を殺すにしてはあまりにも過剰な威力だ。
どうやら古代魔法を食らったことで、ドラゴンは本気になったらしい。
炎を吐き終わったドラゴンが、依然変わりのない俺の姿を見て怯む。
「グオオオッ!?」
古代魔法。
それはあらゆる状況に適応するために編み出された奇跡。
太古からあらゆる生き物を脅かしたドラゴンに対抗するため、それこそ百の古代魔法が考案されたという。
その莫大な魔力と限定的な利用方法からドラゴンの減少に従って廃れてしまった。
『竜鱗』
莫大な魔力を消費して僅か十秒の間だけ、防御力を百倍に上げる古代魔法。
ちなみに、一歩でも動くと効果が切れてしまう。
廃れてしまうのも納得の性能だ。
しかし、前衛のいないこの状況ではむしろ助かる。
「さて、と……ドラゴン相手にも『竜鱗』が有用だと分かった」
俺は杖に魔力を収束させる。
「そういえば、ドラゴンの鱗や牙、爪は冒険者にとって一種の憧れでありステータスになるそうな。きっとお前から剥いだ素材で作った装備はフィオナによく似合うと思う」
本来ならば、古代魔法を二つ使用した時点で魔力は底を尽きている。だが、古代魔法を熟知した今の俺ならば問題はない。
こんな燃費の悪い古代魔法を支える古代魔法というのも実在する。
『魔素循環』
体内に大量の魔素を取り入れて、魔力の迅速な回復を促すという古代魔法だ。
精神に掛かる負荷が高ければ高いほど、体内にある魔力回路の活性化が見込める。
検証の結果、フィオナの事を考えると魔力回路がこれまでにないほど活性化した。
つまり、愛は魔力の回復を促進する。やはり愛は偉大。
「グ、グオオオッ……!?」
杖の先に集う魔力を見たドラゴンが一歩下がる。
これまで俺に叩きつけていた殺気がすっかり消え、それどころか少し怯えているようにも見える。
番人になった魔物は聖語を理解できないという。なので、俺の発言を理解していないはずだ。
傲慢や強欲の象徴であるドラゴンが、古代魔法如きに怯えるはずもないので、多分あの様子は演技なのだろう。
勝利して俺を殺せば、多少は情けない姿を見せても問題ないと考えているに違いない。
演技で油断を誘い、逆転の好機を伺うとはなんと狡猾で恐ろしい番人なのだろうか。
しかし、勝つのは俺だ。最愛が待つ俺なのだ。
「さあ、あまり動かないでくれよ。その綺麗な鱗にあまり傷をつけたくないんだ。価値が落ちるからな」
俺が魔法を放つより早く、ドラゴンは脱兎の如く背を向けて駆け出した。
◇ ◆ ◇ ◆
かつて、そのドラゴンは魔王軍の中でも最強であった。
魔族のなかで誰よりも強欲で、貪欲で、傲慢だった。
遥か空の彼方からちっぽけな大陸を睥睨しては、大きな都市や国を襲い、そこにある財宝を強奪することを生き甲斐としていた。
聖族の抵抗は鱗一枚剥がすことも、翼の皮膜に穴一つ開けることもできやしない。
彼らの足掻きを尾で打ち落とし、長い年月をかけて築いたものを炎で焼き払うことが何よりも楽しかった。
そんなある時、ドラゴンにも休息の時期が訪れた。
休眠期。
ドラゴンはその生態から百年単位で眠る必要がある。
その間に脱皮を済ませ、より強力な力を得て目を覚ますのだ。
多くのドラゴンは、休眠期の間やその前後に襲われて命を落としている。
狡猾なドラゴンは、死を恐れた。
四天王の一人として数えられた彼であっても、意識のない間に剣を逆鱗に突き刺されれば死んでしまう。
その時、不死の探究をしていた賢者が提案を持ちかけてきた。
「魔神の領域であるダンジョンと契約してその番人となれば、休眠期を恐れずに済む」
それはドラゴンにとって垂涎ものの提案だった。
一つ、懸念があるとすればダンジョンから移動できないことだが、それも魔神の加護を得た魔王が復活すれば解決するという。
四天王のなかでも、かつてダンジョンの番人であったゴーレムがいたことが信憑性を高めていた。
そうして、魔王復活の時までダンジョンで過ごしていたのだが……。
「グオオオッ!!(ば、馬鹿なっ、ありえんっ!! この最強のドラゴンである余の炎が通じないなどっ!!)」
かつて焼き払い、押し潰して蹂躙したはずの聖族から、ドラゴンは少しでも距離を稼ぐべく必死に翼を動かして飛びながら走り回っていた。
「グルルルッ? グオオオッ!(あやつの使うアレは、まさか古代魔法? ありえん! あの忌々しい魔法を極めているのか!?)」
対ドラゴン用に開発された数々の古代魔法がドラゴンの逃げ場を減らしていく。
魔法使いの集落を強襲し、丹念に破壊したはずなのに。もう二度と脅かされないように徹底的に周辺国家も蹂躙したのに。
何故、何百年も経った人間風情が使用しているのか。
辛酸を舐めさせられた魔法、その使い手が現れたことでドラゴンは久しく感じていなかった恐怖に鱗を逆立てる。
ただの人間だと油断したことが間違いだった。
『待てぇっ! 逃げるなァッ、戦利品ッ!!!!』
背後から人間の叫び声が聞こえてくる。
内容こそ分からないが、飛んでくる魔法の威力から察するに恐らく、『貴様の命運はここまでだ。さあ、惨たらしく死ね』に違いない。
だって、自分がこれまで街や国を襲った時、そう叫んでいたから。
首を動かして人間を見る。
『フィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナフィオナふぃおなふぃおなふぃおなふぃおな……アハハハッ、アハハハッ!!』
瞳孔を完全に開きながらケラケラと笑う青髪の男。
これまでドラゴンに立ち向かってきた『勇者』や『戦士』などの決意と覚悟に満ちた表情とまるで違う笑みを浮かべる姿に────ドラゴンは魂の底から恐怖した。
『フィオナ』はなんらかの呪文なのだろうか。彼がそれを唱えるたびに魔力が身体から溢れているのを感じる。
勝てる気がしない。
というよりも、本能が理解を拒んでいた。
どうしよう!
どうしよう!?
どうしたらいいのっ!?
涙目になりながらドラゴンは逃げ回る。
死にたくない一心で、ひたすら男から逃げ回る。
「グオオオッ、ギュオオオッ!(待て、話をしようじゃないか!!)」
この際、プライドや自尊心なんてどうでも良かった。
自分さえ助かればそれで良い。最強種としての誇りなど、命に比べれば遥かに安いものだ。己の命よりも価値のあるものなど、この世界にありはしないのだから。
「ギャアアアアスッ!(ドラゴンの使い魔とかどう? 空とか飛んでみたくない!?)」
『鱗を傷つけないように倒すのって難しいな』
駄目そう。
人間の間ではドラゴンを使い魔にするのは一種のステータスと聞いていたが、エルダーリッチ経由の情報なので信用できない。
いよいよ取り付く島を無くしたドラゴンは、ついに自ら男の前に平伏したのだった。
「精神に掛かる負荷が高ければ高いほど、体内にある魔力回路の活性化が見込める。検証の結果、フィオナの事を考えると魔力回路がこれまでにないほど活性化した。」
↑セルフメンタル破壊




