第三話 絶望
アベルに毒を盛られて数日。
俺は未だに生きて、杖を片手にダンジョンの中を彷徨っていた。
幸いにも杖やローブは手元にあったが、ダンジョン内の経路を示した地図や食料はアベルたちが持ち去ってしまった。
何故、まだ生きているのか分からない。だが、今は毒で死ななかったことよりも魔物という脅威に俺は立ち向かわなければいけなかった。
「ストーンヘッジ……げほっ、げほっ」
杖の先端から生じた礫が前方を歩いていた猪型の魔物ビッグボアの腹を貫いた。
魔素に満ちたダンジョン内だから、使った側から魔力が次々と回復していく。
なので魔力の残量はそれほど気にしなくても良いのだが、目下の悩みの種は毒の後遺症と現在位置が分からないということにある。
ビッグボアを手持ちの解体用ナイフで捌き、火魔術で調理して頬張る。
上手く飲み込めず、激しく咳き込んだ。
秘宝の毒は、秘宝の薬を持ってしか治療できない。
それは、ダンジョンに挑む冒険者ならば誰もが知っている常識だ。
もし俺が『高速詠唱』というスキルを習得していなかったら、今頃は魔物に殺されて死体すら残らなかっただろう。
「フィオナ……」
毒に蝕まれ、激痛が絶え間なく襲う。
それでも俺がダンジョン内を彷徨っているのは、フィオナに会いたいと思ったからだ。
そして夢に高笑いするアベルが出てくるたびに、あの男に対する憎悪がとめどなく湧いてくる。
ここを脱出したら、あの男には然るべき報いを受けさせてやる。
その為にも、俺はここでくたばるわけにはいかない。
壁伝いに手をつき、杖を支えとしてダンジョンの広い通路を彷徨う。
洞窟型ではあるが、不思議なことに大気中の魔素が光源となっているから視界には困らない。
その時、踏み締めた地面に魔法陣が浮かび上がる。
「しまった、転移魔法陣ッ!?」
さあっと俺の顔が青褪める。
次の瞬間、周囲の景色がガラリと変わった。
そこまるで城のホールのようだった。
太い柱が何本も高い天井を支える為に伸びている。
周囲に満ちる魔素の濃度は、これまで俺がいたはずの洞窟よりも遥かに濃密で、悪意と殺気に満ちていた。
「まさか、ここは二重ダンジョン……!?」
条件は不明だが、ダンジョン内部に新たなダンジョンが生まれることがある。
それらは二重ダンジョンと呼ばれ、番人は往々にして強く、危険度が倍に跳ね上がるとすら言われている。
俺の頰を冷や汗が伝う。
大広間の奥からぬっとローブを纏った巨大な骸骨が姿を現した。
俺の背丈よりも遥かに大きく、杖を手にした姿には見覚えがあった。
「エルダーリッチ、だと!?」
『エルダーリッチ』
アンデッド系のなかでも、魔術に特化した魔物だ。
番人となった魔物は、総じて頑丈さや魔力量が他の個体よりも桁違いに強化される。
エルダーリッチが杖を振ると同時に俺は叫ぶ。
「ッ、シールド!」
すぐさま結界を張って、敵の魔法を防ぐ。凄まじい爆発音と爆風が吹き荒んだ。
もうもうと立ち込める土煙から目を守りながら、俺は杖を握りしめる。
状況は最悪だが、このまま魔物に殺されてやる道理はない。
相手が魔物で、この二重ダンジョンの番人だというなら討ち取るまでだ。
「フレイムジャベリン!」
杖を掲げ、練り上げた魔力で炎の槍を四つ生み出す。それを発射して、エルダーリッチを攻撃。
俺が近場の柱の影に隠れたその瞬間、数秒前まで俺が立っていた場所に黒いモヤを纏った矢が雨のように降り注ぐ。大理石の地面が割れ、バラバラと破片が飛び散る。
「【呪いの矢】か。アレはまずいな」
俺の結界でも、あの数の魔術は防ぎきれない。
それに、あの矢を構成する魔術には命中した対象の身体の内部に呪いを打ち込むものだ。
毒に似た効果を持ち、掠っただけでも動けなくなるだろう。
なんだか毒に縁があるみたいで、嫌になってきた。
最近、碌な目に遭っていない。
心の中で舌打ちをしながら、俺は勝つ為の方法を模索する。
エルダーリッチはアンデッド系の魔物。不死に属する魔物ではあるが、強力な個体であるが故に致命的な弱点を抱えている。
聖属性に分類される魔術であれば、他の魔術よりも効くはずだ。しかし、俺は聖属性の魔術を略式詠唱できない。
聖属性の魔術は、神の御言葉を諳んじる必要がある。
聖女ならば祈りを捧げるだけで出来るらしいが……無い物ねだりをしてもしょうがない。
「フレイムジャベリンーー準備」
柱の影に隠れながら、詠唱のために準備を整える。
身体能力をあげる『アクセル』、魔術への防御力をあげる『マギシールド』などの支援魔術を自分に施す。
ついにエルダーリッチが『ウィンドカッター』という上位の風魔術で柱ごと俺を狙った。
切断される柱から距離を取り、俺は杖に魔力を込めながら詠唱を始めた。
「神よ、【善と秩序を司る神】にして我らが父よ。世の摂理に反して現世にしがみつく哀れな魂に救済をあたえたまえーー」
杖の先に魔力が集まり、淡く光り始めた。
俺の周囲に待機していたフレイムジャベリンの矛先がエルダーリッチを捉える。予め設定しておいた通りに打ち出された炎の槍が、エルダーリッチの身体を覆っていた結界を破壊する。
着弾したのは二つ。残りの二つはどうやら【呪いの矢】で対処したらしい。
燃えるローブに構わず俺を睨みつける骸骨。
闇に満ちた眼孔に光はなく、ただポッカリと穴が空いていた。
それでも、叩きつけるような殺気と憎悪を感じる。
「今、神の裁きをここに顕現する! セイクリッド・レイ!」
詠唱が終わると同時に、杖の先に収束していた眩い光が一条の光となってエルダーリッチを貫く。
「グガガガギギギギギィィッ!!」
その効果は凄まじく、炎に包まれても平然としていたエルダーリッチが絶叫してのたうちまわるほどの威力があった。
眩さを増す光の中で、エルダーリッチが歯を食いしばり、俺に杖を向ける。
「うぐっ!? しまっ、た……クソッ!」
まずい、と思った瞬間には手遅れだった。
【呪いの矢】が俺の肩を掠める。焼型を押し付けられたような激しい痛みが俺を襲う。
視界が黒く染まる。
意識を保つことすら難しい。
視界の端で灰になっていくエルダーリッチの怨念に満ちた殺気を浴びながら、俺は地面に倒れ込む。
「もはや、ここまでか……」
暗くなる意識の中で俺の瞼の裏に浮かんだのは、
「フィオナ……」
最愛の恋人だった。




