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第二十八話 ガラネル草原の戦い(一方的)

ブクマ200&誤字脱字報告と感想をありがとうございます!


 リカルドの部下である斥候がもたらした情報によれば、冒険者の半数は既に王国に向けて撤退しているという。

 軍を構成する1800人は、五つのグループに分かれて野営の準備を進めており、うち戦力となりえるのは一つのグループにつき200ていど。

 800人は衛生兵や物資を運ぶ荷馬車を操作する御者や伝令で構成されている。


 ここに来るまでにダンジョンを攻略したらしく、いくつかの秘宝を入手していた。

 その秘宝の効果も、俺の古代魔法と支援魔術の補助を受けたフィオナが暴いていく。


「【暗月の槍(デッドナイトランス)】……効果は邪属性の刺突攻撃とスキル『暗月槍』の発動」


 桜色の唇から、秘宝の効果を誦じていく。その目はじっと遠くにある軍の秘宝に向けられていた。


 『鑑定』の派生スキル『秘宝鑑定』である。

 勇者アベルも所有していた鑑定スキルの真髄とすら言われている秘宝を鑑定するものだ。

 秘宝の効果を理解せずに使用すると思わぬ悲劇を引き起こすことがある。


「邪属性か。悪戯に素質のないものが使えば暴走するな」


 魔術には四属性という概念がある。自然に生まれ、自然に扱えるものであり、身近な存在の『土・火・水・風』でそれぞれに相性がある。相関図を用いて説明されることが多い。

 例えば『土は火に強い』とか、『土は水に弱い』とかだ。


 その四属性とは異なる理。それが聖邪属性だ。

 聖属性と邪属性、どちらも関連する『耐性』スキルを有さない限り関わりを持てば肉体を侵食される。


「念の為にフィオナに助力を頼んだが正解だったな。ありがとう、君がいてくれて助かった」


「い、いえ、私はそれほど大したことはしてないから、気にしないで」


 フィオナはふいっと俺から顔を逸らした。その横顔と髪から覗く耳がじんわりと赤い。

 夕陽に照らされていることを加味しても、赤く染めていることは間違いなかった。

 これは良い兆候だ。惜しむらくは、戦とリカルドたちを前にして口説くわけにはいかないという点だ。


 悔しさに歯噛みしながら、俺は表情筋を引き締めて夕暮れを背に野営の準備を進めている義勇兵たちを見やる。


「撤退を勧告したのに、馬鹿な奴らだなあ」


 俺たちが近くにいることにも気がつかず、呑気に『今日は魔物の襲撃がないな』と歓談に耽る指揮官のイグニス。

 魔物除けの結界を張っているのは本陣のここだけで、他は俺たちが手を下すまでもなく草原に生息している魔物を相手に苦戦している。


 馬鹿正直に全部を相手にする必要はない。

 即席の兵士をかき集めて作った軍だから、本陣さえ潰せば他は遁走する。魔物の素材と報奨金目当てで参加した義勇兵で構成されているから、殿や戦術など高度な戦術は使わない。


「夜は魔族の時間だ。何に戦いを挑もうとしていたのか思い知らせてやろうじゃないか」


 俺は周囲で聞き耳を立てている人狼たちに聞こえるようにそう宣言して、杖に魔力を込める。

 魔術師がいればすぐに勘づいて臨戦態勢に移行するだろうが、恐るべき魔術師は一人だけ。その得意な属性も分かっているので問題はない。というか、俺の知り合いだしな。


 術式を組み立てる。


 昔から展開速度が早いと言われたが、まさか『固有技能』とやらが影響しているとは思わなかった。むしろ何故、他の人はゆっくりやっているのだろうと首を傾げていたな。


 使う古代魔法は『氷牙連結刃(アイシクルランス)

 かつてポチの鱗に傷をつけて行動に影響を及ぼした氷魔法だ。火属性の魔術や魔法だと間違って殺してしまうかもしれないから、あまり適性のない氷を使った。


 同時に展開した水魔術『ウォーターボール』で水分を生み出しておいたおかげで、薄氷がうっすらと草原を覆う。

 フィオナの唇から白い吐息が漏れた。


 混乱する本陣に、リカルドが吠える。


「イグニスを捕らえろ! 突撃!!」


 リカルドの号令に周囲の人狼が色めき立ちながら、武器を手に本陣へと突撃していった。


 俺の支援魔術と古代魔法『消音(サイレント)』、さらに念を押して『音声結界』を張ったことで人狼は足音一つ立てずに近づくことに成功。

 奇襲を成功させ、指揮官イグニスを介護していた騎士や兵士が次々と地面に倒れていく。

 武器を折られ、縛り上げられていく様は圧巻の一言に尽きる。

 抵抗している兵士たちもリカルドの敵ではないようだ。


「さて、俺たちも行こうか」


 フィオナを側に引き連れながら、俺はもはや鎮圧作業と化している本陣を進む。


 古代魔法『百面相(アルテレーション)』という相手の認識を撹乱するものを使用しているので、俺たちの正体に気づく者は対象にならなかったリカルド率いる人狼以外いない。

 徐々に視覚の認識がズレて、顔を覚えられなくなるというものだ。嗅覚や聴覚までは誤魔化せないが、新聞で顔が有名になった俺たちの正体を隠すにはうってつけだ。


 縛り上げられて動けなくなっている者、気絶した者、ひたすら命乞いをする者で地面は埋め尽くされていた。

 人狼の若い青年が通行する俺たちのために、捕虜となった者たちを抱え上げて別の場所に運ぶ。


 たまに俺に向けて矢を打ってくる殊勝な兵もいたが、フィオナが短剣ではたき落とすのを見て顔面を蒼白にさせていた。


「イグニスはどこにいるのかな、と」


 ついでに俺の知り合いと思しき魔術師の姿を探す。

 それらしき魔力を辿って歩いた先に、人狼の戦士に囲まれた一人の貴族の青年と鎖に繋がれた顔馴染みの魔術師を見つけた。


「……マジか」


 獣人の魔術師ムギ。

 俺の同期であり、俺が渡した論文で退学処分を食らった人物である。

 別件で投獄されたらしいという噂を聞いて以降は、ぱったりと彼の行方が分からなくなっていた。どこかで働いているんだろうと思ったが、まさか奴隷になっていたとは。


「あ?」


 俺の声を聞いたムギが周囲を睥睨しながら、スンと鼻を鳴らす。

 そして、カッと目を見開いて俺の顔をじっと見た。


「テメェは……あン時の顔だけ野郎ッ!!」


 奴隷となっても変わらず俺の名前だけは頑なに呼ばず、敵愾心を剥き出しに牙を見せつけながらシャーと威嚇してきた。

 その威嚇は長く続かず、首輪に繋がれた鎖を引っ張られたことで中断される。


「こらっ、やめろ馬鹿ッ! 威嚇してないで戦えッ!」


 貴族の青年……恐らくはイグニスが鎖に魔力を流した。その途端、青い電流が鎖を走ってムギの首輪まで到達すると、ムギは苦悶の咆哮をあげた。


「ぐるるる……」


 ムギの手に魔力が集中し、とある術式が構築されていく。


『フラム・プリズム』

 妖精という多次元種族と接続した獣人だけが扱える謎の魔術の一つ、火属性に分類される妖精魔術だ。

 妖精を招来しないといけないという手間はあるが、俺のように一から魔力と術式で火を発生させるよりも魔力の効率は良い。


「くらえ、『フェアリーフレイム』!」


 火が俺に向かって一直線に放たれる。

 それを俺は『マギシールド』で防ぎ、『威圧』スキルの派生『魔力圧』でムギが招来した不可視の妖精を追い払う。

 最初に膝を屈したのはイグニスだった。


「なっ、こ、これはっ!?」


 『魔力放射』も組み合わせたことで、俺の『威圧』は物理的にも彼らに圧力を掛ける。

 ギシギシと大気が軋み、イグニスを守っていた兵士たちも一人また一人と地面に膝をつけていく。中には地面に倒れ込んで気絶する者もいた。


 イグニスが首輪型の秘宝に繋がれた鎖を右手に、左手に【暗月の槍】を起動しようとしていたのでさらに威圧を強める。

 数秒としないうちにイグニスは白目を剥いて気絶した。


 俺は指先をムギに向ける。というよりも、ムギの首元につけられた秘宝だ。

 事前にフィオナの『秘宝鑑定』で聞いていなければ、ただの鉄の首輪だと思っていただろう。まさか、王国の貴族が獣人を奴隷にしているとは思わなかったが……。


「『秘宝の眠り(ドーズ)』」


 俺が古代魔法を詠唱したその瞬間、ガシャンと音を立てて首輪が外れて地面に落ちた。


 『秘宝の眠り(ドーズ)

 指定した秘宝一つの効果を短時間であるが打ち消す。使用するには秘宝の名称、効果を把握している必要があり、かつ至近距離に秘宝が存在しなくてはいけない。

 俺単体では扱いに困る古代魔法だ。


 地面に落ちた首輪を、ムギは呆然と見ていた。

 秘宝をどうこうできる技術は遥か昔に廃れてしまって、今では秘宝は絶対不可侵とすら言われているからな。


「リカルド、あの獣人以外を連行していけ」


「はっ、かしこまりました」


 腰を抜かしたイグニスに首輪型の秘宝を着けさせてから、リカルドに運搬を頼む。

 一般兵は放置して、騎士や貴族と思しき連中だけ捕虜とする。

 捕まえるメリットもないからな。

 『魔力圧』を解除する。


 音声結界を張った俺は、ムギに向き合って話しかけた。


「久しぶりだな、ムギ。魔術学園三年の頃だから、二年ぶりか」


 ムギは首を手で押さえたまま、俺を睨みつけてきた。


「横にいる女は、フィオナか。またテメェらと顔を突き合わせることになるとはな」


 やはり俺のことを恨んでいるらしい。

 自業自得な部分があるとはいえ、退学処分を食らうことになった俺が憎いのだろう。

 とはいえ、ムギの妖精魔術は優れたところがある。ここは引き入れを提案してみるか。


「ムギ、君には二つの選択肢がある。俺に従うか、他の兵士と一緒に王国へ帰るか。どちらを選んでも最低限の身の安全は保障しよう」


 俺の提案にムギは驚いたように目を丸くして、それから考え込んだ。


「……条件がある」


「俺に出来る範囲で頼む」


「二日に一回、甘味を出せ。それなら俺の妖精魔術を貸してやってもいい」


 金か古代魔法を要求されるかと思っていた俺は面食らったが、甘味程度であればなんとかなる。むしろ、他の魔術師に比べて安いとすら言える。

 ブロンズが経営している食堂のメニューに甘味を見かけたことを思い出し、彼女に話をつけることを計画。


「分かった。二日に一回の甘味だな」


「へえ、思った通りそこそこの財力はあるようだな」


 ……むしろ、魔族は聖族ほど食料を必要としないから貯蓄に回す余裕があるだけだ。


 ムギを仲間に引き入れた俺は、捕らえた捕虜を連行しながら村に戻ることに決めた。


 空はすっかり夕闇に包まれていて、遠くに見える他の兵たちは本陣の異変にまだ気づいている様子はない。

 恐らく、朝方になって指示を受け取りに来た伝令が来てから発覚するか。


「じゃあ、戻ろうかフィオナ」


 フィオナが頷く。

 これから王国とどんな交渉をするのか考えないとな。魔王候補者らしく金でも要求しようかな。

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[良い点] 毎日欠かさずUPしてくださるので、忘れずにそのまま読めるので助かります。 [一言] 毎回読みやすく、ワクワクさせてくれるので、毎日の楽しみになってます。
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