第二十五話 魔王候補者会議“サバト”②
俺に【魔王の兆し】が現れて一週間。
ついに魔王候補者が魔王を選抜する会議“サバト”開催の知らせがもたらされた。
一日かけて開催するらしく、宿泊部屋も用意されているらしい。
「ルーク様がお戻りになるまで、屋敷と村の管理はお任せください」
「ありがとう、ベン。困ったことがあったら、預けておいた【声を伝える耳骸】で連絡してくれ」
「かしこまりました」
丁寧な所作で一礼をするベン。
なんでもブロンズから礼儀作法を学んだというが、貴族の従僕として働いても問題ないレベルまで習得している。
サバトに出席するにあたって、俺たちの礼服を手配してくれたのもベンである。
針子として働いていた経験を持つ吸血鬼に礼服を仕立て直して貰ったのだ。
タキシードを着た俺の横に、白のワンピースを着たフィオナが立つ。胸元を飾る大きな水色のリボンが可愛らしい。
ローラの服を仕立て直そうとしていたが、胸のサイズが絶望的に合わなかったので子供用のワンピースを着ている。
「それじゃあ、留守は任せた」
「行ってらっしゃいませ」
俺はベンに留守を任せ、フィオナと共にポチに飛び乗って出発する。
他にも連れて行こうかと思ったが、村にいる吸血鬼たちには警備や生活を守る仕事がある。
戦闘になることも考えて、護衛を申し出たリカルドとその精鋭の人狼族だけ連れて行くことにした。
リカルド達は陸路から、俺とフィオナは空路からそれぞれ魔王城へと向かう。
早馬でも半日はかかる丘隆地帯も、強靭な脚力を持つ人狼族と空を飛ぶドラゴンならば関係はない。
「あそこが魔王候補者の会議“サバト”が開催されるという旧魔王城か」
丘隆地帯を超えた先に漆黒の城が見えた。
ここ一帯の支配者はアンデッドの軍団を従えているモーガンというダークエルフだ。
〈ポチ、この辺りで降りるぞ〉
〈了解しました!〉
降下するポチから一定距離を保ちつつ、悪魔と思しき魔族が警戒するように飛行し、地上からは防具を身につけた骸骨の魔物、スケルトンたちがこちらを見上げているのが見えた。
ポチから降りた俺たちを、ぐるりと長槍を持ったスケルトンが取り囲む。
スケルトンはアベルと旅をする中で何度も屠ってきた魔物なので、対処方法も弱点も把握している。
骨の稼働を補助している肋骨に守られた『エクトプラズム』を破壊すればただの骸骨に成り下がる。
「お待たせしました、ルーク様!」
一触即発の雰囲気に、後から追いついてきたリカルドが割り込んで事態の収集を図る。
スケルトンたちもリカルドの顔に見覚えがあるのか武器を下げて顔を見合わせた。それから旧魔王城に通じる道を開けてくれた。
「ありがとう、リカルド。君のおかげで助かった」
「いえ、俺は声を掛けただけです。それよりも、事前に連絡していたとはいえ、我らが主に武器を向けるとは……」
殺気を込めた鋭い目でスケルトンを睨みつけるリカルド。
殺気に反応して、彼らはカタカタと顎をぶつけ合い、武器を握る手に力がこもる。
俺は、またもや一触即発の雰囲気をやや強引に話題を切り替えることて回避した。
「ここでそのことを言及しても意味はない。文句は直接、彼らの上司にぶつけよう」
「はっ、かしこまりました」
招待状によれば、会議は円卓の間にて行われるという。
円形のテーブルを囲んで、次代の魔王を決めるそうだ。
ポチは会議の間、寄りたい場所があるというので明日の朝にここで待ち合わせることにした。
「フィオナ、円卓の間はどこか分かるか?」
「正門から入城して、階段をあがればすぐに円卓の間に通じる扉が見えてくるわ」
ワンピースの裾を揺らしながら、フィオナが俺を案内するべく歩き出す。
その背中を追いかけ、城の正門をくぐった。
円卓の間は無人だった。
予定されている開始時刻より十分早めに到着したので、誰もいなくてもおかしくはない……。
資料に目を通して会議に備えておくか。
開始時刻を過ぎた。
まだ、誰も来ない。
円卓に等間隔で並べられた椅子に座る俺の後ろで右にフィオナ、左にリカルドが立つ。
それ以外に人影はなく、沈黙だけが円卓の場を支配していた。
俺は持ち込んだ数年分の議事録に目を通すどころか、熟読までしたというのに誰も来る気配がない。
「日付、時刻、開催場所……全部、合ってるよな?」
不安に駆られた俺は招待状を取り出して、中身を確認する。
何度も確認したが、やはり今日この時刻にサバトが開催されるのは間違いない。
もしや何か不測の事態でも起きたのか、と眉をひそめていると慌てた様子の声が聞こえてきた。
「もう既に魔王候補者の方が一名、円卓の間に到着されています! お急ぎください、モーガン様!!」
「ええい、うるさいわっ! 魔王になるのはこのワタシ以外あり得ないと言っておるだろうに!!」
激しく口論していた二人のうち、一人が扉が豪快に開け放つ。
深紅のローブから褐色の肌が見え、漆黒の髪から尖った耳が覗く。オフショルダーの胸元に俺と同じく【魔王の兆し】が浮かんでいる。
周囲を見下したかのような冷たい黒の双眸と、不満そうにへの字を描くルージュを引いた唇が彼女の気位の高さを示していた。
彼女の三歩ほど後ろにダークエルフの集団が控えている。集団は一言も発することなく壁に背をつけて微動だにしなかった。
「全くもって不愉快だ!!!!」
尖った耳と膨大な魔力量が特徴として挙げられるエルフ。そのなかでも魔族に区分されている種族がダークエルフだ。【悪と混沌の神】に寝返った一族として、同じエルフたちから激しく嫌悪されている。
闇属性の魔術と死霊術の扱いに長けていることから、冒険者ギルドでは討伐ランクをAと定めているほどに危険視している。
恐らく、このダークエルフの女性が魔王候補者の一人であるモーガンなのだろう。
彼女は俺に視線を留めると、むっと整った顔をしかめた。
「む? 誰だ、貴様は?」
「ラザールの後任になったルーク・アバウトと申します。以後、お見知り置きを」
モーガンはジロジロと俺を頭から爪先まで眺め回した後、背後に控えていたフィオナとリカルドを見て納得した様子で頷いた。
「なるほど、なるほど。あの腰抜け蚊は人間の魔術師風情に情けなく敗北しただけでなく、【魔王の兆し】も強奪されたのか! これは傑作だ!」
わはは、と大口を開けてモーガンが笑う。
その拍子に長く尖った耳にぶら下げたイヤリングがチャラチャラと揺れた。
金属の表面に細やかな術式が描かれていることから、身につけているアクセサリーの類は秘宝とみて間違いはなさそうだ。
「なかなかどうして人間にしては濃度の高い魔力を持っているじゃないか。BからA程度の冒険者の実力はありそうだな」
「……それは、どうも」
モーガンは一目見ただけで俺の冒険者ランクを言い当てた。他の冒険者と戦闘をした経験があるのかもしれない。
魔族については謎が多く、情報面ではこっちが圧倒的に不利だ。
「ラザールの後任ということなら、このワタシと手をーー」
モーガンが何かを言いかけた矢先、またも扉が乱暴に開け放たれる。
扇情的なノースリーブのピッチリとした黒のラバー素材で作られたトップスを押し上げる女性の象徴。滑らかな曲線を描く臍のラインからくびれたウエストラインは惜しげもなく晒されている。背中には悪魔であることを表す小さな蝙蝠の羽と槍によく似た形をした尻尾が生えている。
ただでさえ丈の短い腰布には深いスリットが入っていて、白い太腿に刻まれた妖しげに【魔王の兆し】がちらちらと覗いていた。
周囲には同じ装いをした悪魔たちが控えていた。
ーーサキュバスの女王エリザベス。
「あらぁ、そこの可愛い坊やはだぁれ?」
彼女の姿を視認しつつ、その甘ったるい声が聞こえた瞬間、事前に設定しておいた古代魔法『沈静化』が発動し、精神抵抗力を向上させる『サニティ』の魔術が掛かる。
強制的に精神を一定レベルまで矯正する感覚。
二ヶ月前に比べればかなり慣れてきたが、やはり違和感と頭痛が凄い。『洗脳』に近しい術式を使っているだけに、副作用も似たようなものになるのだ。
サキュバスのフェロモンと『魅了』スキルに当てられてぼーっとしたリカルドにも『沈静化』を掛けて正気に戻してやった。
「も、申し訳ありません」
「構わない。異変を感じたらすぐに教えてくれ」
フィオナは……同性ということもあって、俺たちほど影響を受けているわけではないようだ。それでも彼女が魔族固有のスキルで惹きつけられるのは不愉快なので『サニティ』を掛けておく。
「ふぅん……? なるほどぉ、あの陰気臭い喪男のラザールの後釜に座るだけはあるわねぇ。お姉さん、気に入っちゃったカモ」
肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべるエリザベスから視線を外してモーガンに戻す。
「これで全員だな」
「もう一人いると伺っていたんだが……欠席か?」
「竜人は毎度の如く委任状だけだ。そんなことも知らないのか、間抜けな人間め」
モーガンの物言いにカチンと来たが、『サニティ』で強制的に感情が一定値に戻される。
ここで反論しても口論になる未来しか見えなかったので沈黙を選ぶ。
「では、議題に入るぞ。次代の魔王に相応しいのはこのワタシだ。異論があるなら挙手したまえ。殺してやろう」
ビシッと言い放つモーガン。
間髪入れずに「はぁ〜い」と間延びした声でエリザベスが挙手した。
「お姉さん、自分より魅力のない人に従うのはイヤよ」
「……貴様は相変わらずふざけた基準で魔王を選ぼうとしているな」
「サキュバスだもん、仕方ないでしょ?」
ウインクをするエリザベス。
円卓の上で頬杖をつきながら、挑発的に微笑みを浮かべている。
対してモーガンは額に青筋を立て、魔力を放出して空間が軋むほどに威力の高い『威圧』を放っている。
精鋭だけ連れてきたのは正解だったな。
ここに他の魔族を連れてきていたら、エリザベスの『魅了』スキルで骨抜きにされて餌食になっていたか、この『威圧』でパニックになっていた可能性が高いな。
「お姉さんは〜、魔王に据えるならフィオナちゃんかなぁ〜?」
流し目でフィオナに視線を向けるエリザベス。
フィオナは微笑みを崩さずに、無言を貫いた。
「魔族ですらないうえに【魔王の兆し】もない奴など言語道断だ! 真面目に考えんかっ!!」
「怒っちゃイヤ〜ン!」
掌に威嚇を込めてファイアーボールを浮かべるモーガンに、さらに煽るエリザベスもなんらかの術式を起動している。
二人は慌てる取り巻きを他所に激しく争い始めた。
俺はその光景を眺めながら、『シールド』を張って安全を確保してから眉間を揉む。
……これは、話し合いが長くなりそうだな。
十八年間、こんな調子で誰が魔王になるのか揉め続けてきたのだろう。
モーガンは自己主張が激しく、恐らくラザールも魔王の座を狙っていて、エリザベスはそれに反対。竜人は会議に欠席。
想像以上のグダグダっぷりだ。
下手にモーガンとエリザベスの戦いに割って入ると勢力争いに巻き込まれそうなので静観を決め込んでいると、ベンとセットで渡しておいた遠隔用の秘宝が懐で震えた。
〈どうした、ベン?〉
〈ルーク様、大至急お伝えしたい情報がございます。今、お時間はよろしいでしょうか?〉
二人が戦いを辞める様子はない。
他の魔王候補者の顔を見たくて参加したが、これ以上は時間の無駄になりそうだ。
〈いいぞ。何があった?〉
〈どうやら王国の方角から冒険者で構成された隊列が進軍している模様です。今日の夜にでもこの村に辿り着くかと〉
〈分かった。ベンは自警団に連絡を取って備えてくれ〉
〈かしこまりました〉
あの村にはフィオナの母ローラがいるし、彼女の幼少期を知る他の吸血鬼もいる。
ここで村の窮地を救った方がフィオナの点数を稼げると判断した俺は勢いよく椅子から立ち上がる。
「エリザベスさんにモーガンさん!」
名前を呼ばれた二人は魔術のぶつけ合いをやめて、俺の方を見た。
「年長者には様をつけろ!」
「なあに、ルークちゃん? お姉さんに何か用かな?」
「俺は【魔王の兆し】を授かってまだ一ヶ月も経っていないので誰が魔王に相応しいか判断できない。二人で自由に決めてくれ! 俺たちは一足先に帰らせてもらう!!」
「「は?」」
仲良く目を見開き、顎を開くモーガンとエリザベス。
少しだけその姿は間抜けに見えた。
俺はフィオナの肩を抱き、リカルドに手招きをしてポチにも連絡を飛ばす。
〈ポチ、予定が変わった。俺たちは一足先に村に戻っている〉
〈えっ、あー、分かりました! こっちも用事が済んだんで村に戻りますね〉
ポチの返事を聞いた俺は術式を組み立てる。
「忘れ物はないな。よし、転移するぞ」
「へっ、ルークちょっと待ーー」
何故か慌てた様子のフィオナだったが、次の瞬間には俺の古代魔法『空間転移』が発動して景色が一変した。
ポチ(ダンジョン産の砂風呂は気持ちいいなあ)
フィオナ(計画が……!? っていうか、転移したんですけど!?!?)




