表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/32

第二十四話 魔王候補者会議“サバト”①


 ラザールを倒して四日。


 俺は陰気臭いヤツの屋敷を立て直し、風通しのよい小さな館を建てた。


「ルーク様、こちらが南の集落から預かった親書でございます」


 燕尾服を着た青年の吸血鬼ベンから手紙を受け取る。

 中身は俺の支配下に入る事を認めるというものだった。


「ありがとう、ベン。君がいてくれて助かったよ」


「いえ。ルーク様のお役に立てるのならなによりです」


 俺は一礼して仕事に戻るベンの背中を見送る。

 ベンはブロンズの甥であり、暇を持て余していたところをスカウトした青年なのだが、生真面目な性格は執事業に向いていたようだ。

 教えた仕事は何でもこなすし、楽しそうに働いてくれている。

 オールバックに撫でつけた髪型がバッチリ似合っていた。


 村の吸血鬼は、人狼族が俺を新たな支配者になることを受け入れたこともあって、それほど大きな反発もなくすんなりと俺を次の支配者として受け入れた。

 というのも、ラザールは村人を吸血鬼に変えるだけで、食料の確保や統治は投げていたらしい。無責任なやつめ。

 フィオナから魔力を強請るために気前よく建物を直してやったり、下位吸血鬼を進化させてやったことも功を奏したのだろう。

 低位の魔物や魔族だと食料を大量に必要とするので、面倒だったから一気に進化させてやったら彼らは喜んでいた。


 村にいる吸血鬼のほとんどが元は人間だったから、たとえ十八年経っていて慣れがあったとしても、同族だった人間の血を飲むことに抵抗はあったようだ。日光に耐性を得たことも彼らにとっては嬉しかったらしい。

 何度も頭を下げて感謝された時は、面食らって言葉を無くしてしまった。


「ベンのおかげでなんとか書類仕事はこなせているが、そろそろ文官が欲しくなってきたな」


 魔術学園では魔術の他に基礎教養として内政に関わる学問も修めていたので今はなんとかなっているが、やはり専門家が欲しいと思ってしまう。

 かつての学友に手紙を出すにしても、さすがに魔族の中に混じるほど気概のある奴はいないだろうな。


「ねえ、ルークさまぁ……お仕事なんて放っておいて、アタシといい事しましょ?」

 

 『鉄の処女(アイアンメイデン)』に捕らえたラザールの肉体から採取した血で上位吸血鬼となったローラがどこからともなくスッと現れて俺の頰に手を伸ばしてきた。

 俺はさっと床を蹴って椅子をずらすことで、彼女の手から逃れる。


「ローラさん、そういうのは他を当たってください」


 ローラは目が覚めてから暇さえあれば俺にちょっかいを掛けてくる。

 その動機が『ラザールを倒してこの辺りを支配している俺に気に入られれば好き勝手に振る舞えるから』というものなのだから、俺は呆れるしかなかった。


 俺が溜息を吐くと、ローラはフィオナによく似た顔でクスクスと笑う。


「アタシと釣り合うなんて、あなたぐらいしかいないわぁ」


「ベンはどうです? 俺から見ても彼はいい人ですよ」


「真面目な男はツマラナイから嫌」


「俺は真面目でツマラナイ男なので仕事を続けますね。ローラさんは好きに寛いでいてください」


 俺は『サイコキネシス』という魔力で物体を持ち上げる魔術でローラを部屋の片隅に退かす。

 何事もなかったように俺は仕事に戻る。

 ラザールの屋敷にあった地図と睨めっこをしながら、どの地域にどの魔族がいるのか推測する。


 この地の支配者となることを決めた以上は、なるべくなら手駒を増やしておきたいし、無用な殺害は避けたいと思っている。

 もっとも、反抗するなら躊躇なく叩きのめすつもりだ。


 南のアルウラネから採取できる花粉や蜜は薬の材料になるので、上手く交渉できれば王国への切り札になるのだが、果たしてどうなるか。

 使いに手紙を持たせて送り出したが、返信はまだ帰ってこない。


「ルークさまぁ、アタシのこのダイナマイトボディな身体に反応しないなんて、もしかしてインーー」


 煩いので音声結界を張っておこう。

 よし、これで静かになった。


 しかし、何だって『洗脳(ブレインウォッシュ)』したというのにここまでして俺を誘惑するのだろうか。

 フィオナがいるからと断っているのだが、それでも諦めない辺りローラはどこか人として大事な頭の螺子を落としてしまったのだろう。可哀想に。

 仕事が片付いたら、本格的に『洗脳(ブレインウォッシュ)』して真人間(真魔物?)に矯正してやる必要がありそうだ。


「ーーーーーーー」


 ローラが何か言って、視界の端でゴソゴソしているが無視。

 反応すると調子に乗るということは、ここ数時間でよく分かった。


 俺が部下になった吸血鬼たちに教えるため、自衛に役立つ『シールド』の術式を筆に起こしていると扉が開く気配がした。

 連日のように魔力を吸い取っていたせいでダウンしていたはずのフィオナが、早くも魔力を回復して目を覚ましたらしい。

 彼女は扉を開けた体勢のまま固まっていた。


「…………」


 無言で目を丸くするフィオナ。

 彼女の視線を追いかけると、そこには大股を開いて深いスリットの入ったワンピースの裾を持ち上げるローラの姿が。

 俺は何も言わず、音声結界を解除する。


「なあに、フィオナ? 今、お母さんはルーク様を誘惑するので忙しいの。いい子だから他所に行って遊んできなさい」


「………………ごゆっくり〜」


 フィオナが笑みを浮かべながら扉を閉めようとしたので、俺は素早く扉に駆け寄って掴み、寸前で扉が閉まるのを防ぐ。


「待て、フィオナ。その笑みの理由はなんだ?」


「わ、笑ってないよ。母さんの幸せは私の幸せ。ルークも男の子だもんね、魅力的な女性を囲うのも分かるなあ〜!! 邪魔者はこれにて退散させていただきますぅ〜!!」


 冒険者二人に挟まれた扉がミシミシと嫌な音を立てる。

 俺はたった今、フィオナから発せられた聞き捨てならない台詞を耳にした。

 心外だ。俺はいつだってフィオナ一筋。あの断崖絶壁を舐め回したいと思うだけの健全な紳士だ。他の男と一緒にされるのは不愉快だ。


「俺の愛を疑うのか、フィオナ!?」


「ウタガッテナイヨ! ワタシ、ワカッテルカラ!!」


「いや、その顔と声は分かっていない! 俺には君が必要なんだ、どうしてそれを理解してくれないんだ、フィオナッ!!」


「ひえっ!?」


 俺が大声を出してしまったせいでフィオナを驚かせてしまった。

 とりあえず露出の趣味に目覚めたらしいローラは放っておいて(なにやら「アタシの身体に反応しないのに、フィオナに反応するなんてロリコン!?」とか叫んでいたが無視だ)

 執務室を出て、立ち去ろうとするフィオナの手を掴む。


「さっきは叫んでしまってすまない。ただ、これだけは分かって欲しいーー俺はフィオナのことを心の底から愛してるんだ」


 俺の顔をじっと見ていたフィオナがゆるゆると息を吐いた。


「ルーク、私は君の愛を疑っているとか、そういうわけじゃなくて……何と言ったらいいのかな。君を見ていると、なんとなく自分で選択肢を狭めているような気がするの」


「選択肢を狭めている?」


「私よりも良い人は沢山いるし、魅力的な女性はきっとルークに惹かれると思うの。生きている以上は、心が動くことは誰にも止められない。だけど、今のルークはそう思い込もうとしているみたいでーー」


「フィオナがいい。フィオナじゃないと嫌なんだ」


 俺の返答を聞いたフィオナは、困ったように「そっか」と小さく呟いた。それから、かなり小さい声でぶつぶつと呟く。


「……もうちょっと時間が必要かな」


「? 時間?」


 辛うじて聞き取れた単語を口に出す。

 フィオナは首を横に振りながら「こっちの話」と自己完結してしまった。


「それよりも別の用事があったのを忘れてた。近々、魔王候補者が集まって年に一度の会議“サバト”を開くの」


「会議か、魔王候補者たちはそこで何を話し合うんだ?」


「一般的には魔族の今後や勇者の動向、領地の分配だとか誰が魔王になるのかだね。一応、ラザールの屋敷を建て壊す時に回収しておいた資料があるよ」


 フィオナから紙の束を受け取った俺は、その場でばらばらと軽く目を通す。

 会議録の初めに、会議を行う意義について言及があったので大まかな概要は掴めた。


 どうやら“サバト”は魔王を決める為に始まった会議らしい。

 【魔王の兆し】を得た面子を集め、それぞれの長所を考慮して役割を決める。

 例えば、頭脳戦と駆け引きが得意な魔族をリーダーに据え、他の戦闘能力に優れた魔族を四天王にする。

 そうして、勇者と王国ならびに帝国からの侵略に備えるのだ。


 しかし、魔王復活の予言を教会が受け取って十八年。未だに魔王が選出されていない。

 早い話が、ラザールを筆頭として『自分こそが魔王だ』と主張して譲る素振りすら見せなかった。

 交渉は決裂、勇者の存在すら掴めていないことを良いことに領地争いに明け暮れる…………


「王国の宮廷争いかな? これはあれか……アベルを殺さなかったのは、ラザールの敵になりそうな他の候補者にぶつかる為も兼ねていたのか?」


「うん。なんかややこしいよね」


「文句を言っても仕方ない。たしか、他に『悪魔を統括するサキュバスクイーンのエリザベス、魔物とアンデッドを使役するダークエルフのモーガン、北方の山から出てこない竜人(ドラコニド)のガルグレイユ』がいるんだったな。この資料だと他にあと二人ほどいたらしいが……」


 フィオナがそっと目を伏せる。


「八ヶ月前、ゴブリンキングのマナナラギは冒険者に集落を襲撃され、現在は行方不明。もう一体のサンドワームは半年前にモーガンが邪魔だからと焼き殺しました」


 さらにぱらぱらと資料を捲る。


 厳かに開始したサバトが段々と崩れ、終いには乱闘騒ぎになったことまで事細かく記載されていた。

 議事録というより、誰が何を口にしたのか書いてある状態だ。文字起こしと言った方がいい。


 誰が書いたのか知る為に議事録の製作者欄を見た俺は、見知った名前を見つけた。


「……この議事録を制作したのは君なのか、フィオナ」


「前任者の見様見真似で作ったから足りない部分が多いと思うけど、役に立ちそう?」


「前任者はどうなったんだ?」


「会議の前に腹ペコサキュバスクイーンのエリザベスが食べちゃった」


 『食べちゃった』と可愛く言っているが、多分きっともうこの世にはいないのだろう。

 引き継ぎ資料を作る前に旅立ってしまった前任者の代わりにフィオナが抜擢されたというところか。


 当日に作ったにしては上出来じゃないか。


「……そっか。今度、議事録の作り方を教えてあげるよ」


「ホント? ありがとう、なかなか文官の仕事について書かれた本を読む機会がなくて困ってたの」


 そういえば、勇者一行に選ばれる前のフィオナはよく魔物や魔族、ダンジョンについて記された本を読んでいた。

 教えれば、きっと水を吸うスポンジのように物にしてくれるだろう。


「それはそれとして、まずは“サバト”について備えないとな。資料によれば、ラザールはモーガンと協力関係にあったみたいだな」


 議事録のなかで、ラザールとダークエルフのモーガンはよく会話をしていた。というよりも、モーガンが命令して、それをラザールが渋々ながら受け入れるという形だ。


「ラザールは一度、モーガンに勝負を挑んで負けているの。本来なら【魔王の兆し】を奪われて死ぬはずだったんだけど、傘下に入ってモーガンを魔王に推薦するということで見逃してもらったんだって」


「……アイツ、やっぱり弱かったのか」


 もしやダンジョンをクリアした俺が強くなったからラザールを瞬殺できたのかと思ったが、どうやらアイツは魔族の中でも弱かったらしい。

 痛い目を見る前に思い上がりを直す機会があって良かった。


「ラザールを倒したとなれば、モーガンが何かを言ってくる可能性はあるな。それとサキュバスクイーンも要注意か」


 吸血鬼ほどではないが、サキュバスという魔族もまた聖族の中では人やエルフ、ドワーフの異性を狙う生態だ。

 魔術師である俺を見て獲物と識別する可能性は高い。

 ローラと同じように誘惑してくると考えるだけでゲンナリしてきた。


「対策と会議で主張することを纏めておくか」


 やることが増えた俺は、とりあえず執務室に残っていた仕事を片付けようと扉を開け、ローラが小悪魔的にウィンクしているのを見て扉を閉めた。


「チッ、まだいやがったか……」


「う〜ん……」


 舌打ちをする俺を、フィオナは困ったように見つめていた。




◇ ◆ ◇ ◆



 執務室から追い出されたローラの後ろを、フィオナは無言でついていく。


「ねえ、フィオナ。どういうこと?」


 主語のない問いかけに、フィオナは上目遣いで真意を伺う。


「似たような顔だから誘えばイケるって言ったのはフィオナよね?」


「……そうだね。たしかにそう言ったよ」


「全然ダメじゃない! アタシが赤っ恥をかいただけよ、どうしてくれるのっ!?」


 人外の力で肩を掴まれ、激しく前後に揺さぶられるフィオナ。


 幼い頃から母ローラの要求に応える為にダンジョンに潜ってきたフィオナの身体は、豊潤な魔素と膨大なスキルが秘められている。

 防御力を上昇させるスキルや、昏倒を防ぐスキルが発動した。


 フィオナは静かに肩を掴むローラの手首を握り、『怪力』スキルで引き剥がす。


「落ち着いて、母さん。お詫びと言ってはなんだけど、母さんに似合うアクセサリーと化粧品を揃えたの。気に入ってくれると嬉しいな」


「あら? そうなの? 早くちょうだい!」


 歯を剥き出しに唸るゴブリンのような形相から、天真爛漫な少女のように笑顔を咲かせたローラ。両手を皿のようにして、娘であるフィオナに向けて突き出す。

 フィオナは『アイテムボックス』から王都で流行っている化粧品の数々を入れた紙袋を取り出して渡した。


「ありがとう、フィオナ! あなたはアタシの自慢の娘よ!!」


 贈答品で機嫌を直したローラは、足取り軽く屋敷のなかに設けられた自室の方へ駆け出して行った。

 その背中に小さく手を振りながら、フィオナは浮かべていた微笑みを消して呟く。


「顔が似ているからイケるって思ったんだけどなあ」


 ルークの常軌を逸した執着から逃げる為、フィオナはとある計画を立てていた。

 ルークに相応しい女性を見繕って、けしかける。そして、それをフィオナは影ながら応援するのだ。


 ルークの気持ちを疑うわけではないが、彼女はこう解釈していた。


 『恐らく初めての恋人に執着しているだけ』

 『心に余裕が生まれれば、他に女性を見るようになる』


 ルークに対して恩を感じているからこそ、自分のような対して取り柄もないどころか後ろめたい女が側にいるべきではないと考えていた。

 なにせ、目的のためにルークを利用していた身分。いつまでも隣にいてはいけないとすら思っている。


 ひとまず様子見も兼ねてローラをぶつけてみたが、反感を買うだけに終わってしまった。

 ローラの様子を見る限り、続けてのアタックを頼み込むのは難しいと判断したフィオナは、次の女は誰がいいか吟味する。


「モーガンとエリザベスなら、サキュバスのエリザベスの方が成功確率は高いかな。モーガンはプライドが高いし、男を誘惑するのは下手そう」


 フィオナは素早く次の案を考え、実行に移すために下準備に取り掛かるのだった。

ポチ(サバトは元々、【悪と混沌の神】に仕える魔女が開催していた会議で魔王を選出していたが、勇者に魔女教団を殲滅されてからは名前だけが残ったぞ。この時代では話し合いで決めるようだな。まあ、余が生まれる前の出来事だったから、どこまで本当か分からないがな!!)


エルダーリッチ(……サバトでコイツだけは魔王にしてはいけないってなったことは黙っておいてやろう)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ