第二十一話 古代魔法『洗脳』
ラザールを叩きのめして数時間後。
「ルーク、さっきの『母さんを蘇らせる』って話は……本当に出来るの?」
しばらく青褪めた顔で呆然としていたフィオナだったが、すぐに頭をブンブンと振って俺の発言の真意について尋ねてきた。
俺は回収したラザールの血を瓶に詰め終わり、汚れた手を『クリア』で清めながら頷く。
「死後六時間以内かつ死体があれば蘇生できる」
「心当たりならあるの。ラザールは、死体を眺める趣味があるから……」
俺は静かにフィオナの言葉を待つ。
「……だから、お母さんを生き返らせて欲しいの。謝礼なら少しだけど用意できるから」
「分かった、君のお母さんを生き返らせよう」
「あ、ありがとう!」
フィオナは笑みこそ浮かべなかったが、安堵の表情をしていた。
俺と再会して以来、ずっと張り付けたような微笑みか無表情だったので、やっとその心の輪郭に触れられたような気がして俺も思わず顔が緩む。
そうして数分。
俺はフィオナが運んできた女性の亡骸に『リペア』の魔術で外傷を塞いでいた。
調べてみたところ、亡骸は絶命から五時間半が経過していて、本当にギリギリだった。
「ここは冥府の門、現世の瀬戸際。死者の魂よ、我が手に戻り給えーー『死者蘇生』」
ラザールから採取した血を片手に、俺は屋敷の片隅に投げ捨てられていた亡骸に古代魔法『死者蘇生』を発動させる。
青白い肌に赤みが差すことはなかったが、呼び戻された魂が肉体に入っていく感覚があった。
「ん、ここは……?」
フィオナの母、ローラ。
ラザールのお気に入りとなって吸血鬼となった女性が薄らと目を開ける。
フィオナによく似た綺麗な顔立ちをしているが、ウェーブのかかったロングヘアーを垂らす姿は垢抜けた印象を与える。
スリットの深いオフショルダーのワンピースは、成熟した女性の肢体を引き立てるために設計されている。王都で一昔前に流行ったデザインだ。
その服には乾いた血がこびりついている。
ローラはぼんやりと焦点の合わない目で周囲を見渡す。
俺の後ろに立っていたフィオナがさっと駆け寄って、ふらついた身体を支えた。
「母さん、気分はどう? 立てる?」
「頭、痛い……」
フィオナよりも数段高い声で、ローラは己の額を押さえながら呻いた。
不安な表情で振り返り、俺の顔を見るフィオナを安心させる為に俺は口を開く。
「生き返ったばっかりで身体に魂が馴染んでいないんだろう。しばらく栄養のつくものを与えて休ませれば、すぐに頭痛も消えるはずだ」
俺からラザールの血が入った小瓶を受け取ったフィオナは、とても丁寧な手つきと優しい声音でローラに話しかける。
「母さん、何か欲しいものはある?」
「そうね、新しい服が欲しいわ。フィオナ、持ってきてくれる?」
「っ! わ、分かった。すぐに持ってくるね!!」
ローラの言葉にフィオナは目を丸くして、それから風をも置き去りにする速度で部屋を飛び出していった。
俺は床の上で身体を起こしたローラを見下ろしながら、洗脳魔法は上手く作用したことにほっと胸を撫で下ろす。
この屋敷に入る前に話しかけてきたブロンズという妙齢の女性、前もってフィオナから聞き出した話から、ローラの人物像を大まかに推測していた。
自己中心的かつ自尊心が高く、嫉妬深い。
世間一般でいう理想の母親像からかけ離れている。
『死者蘇生』を使う前にさっとその記憶を盗み見たが、俺の予想とさほど変わらない言動を繰り返していた。
フィオナを縛り付ける鎖として扱うには、不満や懸念が絶えなかったので“少しだけ”手を加えたのだ。
死ぬ直前の記憶、深い悔恨と未練、それと怒りの感情。
その隙間に陳腐な言葉を挟み込んだ。
『フィオナは今頃どうしているかしら?』
『アタシ、母親として酷いことばかりしてきたのかも……』
言葉の羅列に思考を誘導されたローラは、こうして娘を気遣う母親を目指す一人の女性に生まれ変わったわけだ。
根本から古代魔法『洗脳』で人格を変えてもフィオナが怯えてしまうからな。やり過ぎないように良い塩梅を見極めないと。
副作用の頭痛も治まってきたようで、小瓶の血をちびちびと口に含んでは喉を鳴らして飲み込んでいる。
その仕草はフィオナによく似ていた。
そう思っていたのも束の間、俺の視線に気づいたローラが上体を屈んで腰を捻る。
いわゆる女豹のポーズをしながら、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「あなたが、アタシを救ってくださったの?」
「フィオナに頼まれたからな」
「ねえ、あの子じゃなくてアタシにしない? あなたなら、ラザールをどうにか出来ると思うの」
「……は?」
今の会話の流れが全く理解できず低い声で乱雑に説明を求めた俺に、ローラは赤く潤んだ瞳で見上げながら襟ぐりに人差し指を引っ掛けて娘の四倍はあろうかという豊満な果実が形成する谷間と右胸にある黒子を見せつけてきた。
眉を寄せる俺に、ローラはダメ押しとばかりに腕で胸を圧迫して強調する。その表情は勝利を確信していた。
「ねえ、お礼ならいくらでもするわ。アタシ、テクニックなら自信があるの」
慣れた様子で男を誘惑しているローラ。
フィオナによく似た顔立ちなので、ほんの少しばかり気持ちが傾きそうになるが、俺の見立てによると彼女はD。
俺の理想であるAAAからは程遠い。
「論外」
「へっ?」
「胸がデカ過ぎる。削れ」
「は、はあ!?」
「太腿も……絶望的だな。それじゃあただの脂肪の塊じゃないか」
「はああああっ!? なんなの、アンタ!!」
立ち上がったローラが踵で屋敷の床を蹴る。バキッと音を立てて床にヒビが入った。
吸血鬼ということで、並みの冒険者に負けずとも劣らない筋力を獲得しているのだろう。
……フィオナはなんだってこの女のためにあそこまでやったんだろうか。『母』というのはそれだけ特別なのか。
まあ、いいや。
俺がローラの顔の前に手をかざすと、彼女は露骨に怯えた顔をした。
構わず俺は古代魔法を使う。
「『洗脳』」
「あっ……!? ううっ、頭がっ、割れそうっ!!!!」
そこまで自由度の高い魔法ではない上に、あくまで意識の根底に書き加えるだけなので、時と共に消えてしまう。廃れるのも無理はないな。魔力や難易度に対して得られる効果が限定的過ぎる。
しかし、罪悪感を植えつけたり、ある程度の誘導は可能だ。
とりあえず『みだりに男を誘惑するべきではない』と追加。
ローラは床に蹲って頭を抱えた。
洗脳魔法の頭痛は偏頭痛によく似ている。まるで脳に何千という針を突き立てられているかのように熱を伴うほどの頭痛に襲われるのだ。
俺も経験したことがあるだけに、なるべく物音を立てずに静かに彼女の頭痛が治るのを待つ。
「お待たせ、母さん。頭痛は……まだ続いているみたいだね。血を持ってきたよ。飲める?」
何着かの服を抱えたフィオナが息を弾ませながら戻ってきた。
着替えるというので、俺は部屋の外に出てローラの容態が落ち着くのを待った。
ポチ(余がかつて忠誠を誓った魔王も『洗脳』を配下に使っておったぞ。効果は……『やんでれ』が増えてしまったとか言っていたから、多分失敗したんじゃないか? 余には効かないと言っておったぞ! わはは、余は凄いのだぞ!!)
エルダーリッチ(馬鹿すぎると洗脳を自己看破してしまい、効果が消失してしまうのだが……赤竜のやつに教えたところで怒るだけだし、ここは黙っておくか)




