第二十話 吸血鬼ラザール
「……っ」
屋敷の中は、想像していたよりも酷い有様だった。
閉め切った空間に血がこびりつき、腐敗した匂いが立ち込めている。
死体こそないが、空間に澱んだ魔素がどす黒く変色していることからもこの場で過去に何が行われていたか想像するのは難しくなかった。
蝋人形のように虚な表情をしたメイド服を着た見目麗しい女性が恭しく頭を下げる。
「フィオナ、様でございますね…………ラザール様が、お待ちしておりました…………奥の部屋へ、どうぞ…………」
整った顔立ちには生気がまるでなく、それどころか意識があるのかも分からないほどに気怠げな喋り方をしている。
ーー家事給仕を行うためのアンデッド。
指定された通りにしか動けない傀儡で、王国では禁止されている死霊術を用いて作り上げられた使い魔の一種である。
ラザールという吸血鬼が作ったのだろうが、その趣味は最悪だ。死体に露出度の高い服を着せて何がしたいのか、理解に苦しむな。
先導するメイドの後ろに従って歩き、屋敷の奥へ進む。
窓が一つもない屋敷の中は、明かりすらもなく暗闇に閉ざされていた。
フィオナは『ナイトアイ』というスキルを、俺は『暗視』という魔術を扱えるため視界の確保には困らない。
やがて、メイドが豪華な部屋の扉を開けた。
食堂といった様子の空間が広がっているが、どこまでも陰鬱で腐った血の匂いが全てを掻き消していた。
長テーブルの上座に座る人物が一人。
やはり村人たちと同じような青白い肌、くすんだ銀髪を一つ結びにした赤い瞳の青年がワイングラスを傾けていた。
グラスの中身はドロドロとした赤い液体に満たされている。
手に持ったグラスから目を離すこともなく、その男ーー吸血鬼ラザールは勿体ぶった様子で口を開く。
「本日二人目の客人かと思えば……貴様か、フィオナ」
部屋に入って二歩。
フィオナはその場で傅いて頭を下げた。俺も倣っておく。
「ご報告に参りました。まずはこちらをご覧ください」
『アイテムボックス』から新聞を取り出したフィオナがメイドに渡す。
受け取ったメイドがラザールに渡す。
なんというか、王国の貴族がよくやるような煩雑な手続きが目の前で繰り広げられていた。
よくよく見てみれば、ラザールの着ている服は博物館に展示されているような伝統工芸品の編み方を採用した上流階級の服だ。
身分証が作られる前、己の身分を明らかにする為に華美な服を好んで着用していたというが、まさにその通りなデザイン。
彼は大粒のダイヤモンドで飾り立てた指で新聞を無言で捲っていた。
「なるほど、これで勇者の権威は失墜したか。くくくっ、それにしても三百年前の聖魔大戦以来、久しぶりに聖族の文字を目にしたぞ」
ラザールは上機嫌に笑っていた。
三百年前、魔王と勇者が激突したという聖魔大戦を目にしてきたかのような口ぶりだ。
それほどの魔族なら、歴史書に載っていてもおかしくはないのだが、奇妙なことに俺はこのラザールという吸血鬼の名前をフィオナから聞くまで全く知らなかった。
チラリと目線だけでラザールを見る。
その顔に見覚えはなく、かつて王国の貴族の一人だったのだろうと思わせる格好をしている他に気になるところはなかった。
多分だが、この吸血鬼はポチよりも弱いと思う。
ポチには常に隠蔽の魔術をかけ、周囲への影響を押さえているが、目の前にあるラザールからは実力者と思えるような威圧感も魔素濃度もない。
下手したら、隣にいるフィオナよりも弱いのでは……?
いやいや、こう見えて頭脳派なのかもしれない。
油断させて後ろからブスリとか、気が抜けたところで食事に毒を盛ったり……。
とにかく、今はフィオナの母を治療する為に、この魔族の血が必要なのだ。
「さて、褒美を取らせないといけないな。何がいいだろうか。貴様に我が血を与えても意味はないからな……」
「ならば私の母、ローラに進化の機会をお与えください」
「ローラ? ああ、アレか、それは無理だ」
「えっ……?」
ラザールは退屈そうにグラスの中身を飲み干すと、テーブルの上にグラスを置き、テーブルの下で足を組む。
「つい先ほど処分したばかりだからな。死んだものは蘇らない。常識だろう?」
「……なぜ、ですか?」
「ここのところ生意気になっていたからな。躾をしていたらついうっかり殺してしまった」
悪びれた様子もなく、天気の話をするように薄ら笑いを浮かべるラザール。ニタニタと笑いながら、その目はしっかりとフィオナの顔を舐め回すように見ていた。
どうやら王国貴族の服を好んで着ているように、彼もまた性根の腐った性格の持ち主らしい。
この振る舞いを見て、俺の中で最低値だった彼に対する好感度がついにマイナスへと振り切った。
母が死んだという衝撃の事実を知って黙り込むフィオナ。
その彼女に俺は問い掛ける。
〈フィオナ、君にとってラザールは大事な存在か?〉
『マナローグ』
意思や感情に影響を受ける魔素を利用して、相手に短文に限られるが言葉を伝達する魔術だ。
魔術における基礎中の基礎である初級魔術であり、魔術師ならば魔力の扱い方を学ぶ為に必ず習得する。
魔術師ではないフィオナに『マナローグ』は使えないが、背中に隠した左手で素早く返答してきた。
〈否定。統括者。群れを呼ぶ。吸血鬼〉
フィオナのハンドサインを考えるに、どうやらラザールはこの辺りを支配しているから従っているだけらしい。
その忠誠心も、先程の言葉で砕けたようだ。重畳。ここ最近の俺はツイている。
〈なら、ここは俺に任せてくれ〉
〈了承〉
さて、フィオナの承諾も得たことだし、試してみたいと思った古代魔法をラザールに使ってみるか。
人に向けて使用するのはアウトでも、魔族なら頑丈だし聖族でも人でもないから問題ない。
すっと立ち上がった俺に、ラザールが胡乱な眼差しを向ける。
「なんだ、貴様。その装いから見て、傭兵の魔術師か?」
俺は無言で杖を構える。
その光景をラザールは余裕綽々に笑みを浮かべたまま眺めていた。
「ふん、大方フィオナが雇った傭兵だろうが、冒険者とやらのどちらかだろうが、その程度の実力で上位吸血鬼であるこのラザール・フォン・エバラスタッドにーー」
俺は小手調べも兼ねて、『ファイアーボール』をラザールに向けて無詠唱で放った。
「ぐあっ!? なんだ、この威力はっ!!」
咄嗟に腕で顔を庇ったラザールが、壁に叩きつけられながら叫ぶ。
爆風で俺のフードが捲れた。
「いや、別に普通の『ファイアーボール』だけど」
「上位吸血鬼であるこの私に傷をつけるなど、ただの魔術ではあるまい! この傷の償いは、その血で贖わせてやるっ!!」
騒ぐラザール。
彼はぶつぶつと呪文を呟くが、それを俺は『ディスペル』で妨害。
併せて、俺は古代魔法『束縛』を使用してラザールを魔力の鎖で縛り上げる。
この魔法には、相手の魔素支配を掻き乱す効果がある為、スキルや魔術、魔法の使用を制限できる。
文字通り自由を奪われたラザールは、怒りの表情から一転して焦りの表情を浮かべた。
「ラザール様っ!」
「『アイテムボックス』『短剣』『投擲』」
主人への敵対行動を察知したメイドが短剣を抜こうとして、フィオナが『投擲』した短剣がその額を貫いた。構成していた術式が崩壊して、死体が塵へと変わっていく。
『ファイアージャベリン』を待機させていた俺は解除し、ラザールに意識を戻す。
「さて、と」
「お、おい、なんだその術式は……!? まさか、そんな、ありえないっ!!!!」
ラザールが宙に縛り付けられながら、髪を振り乱して激しく暴れる。
俺がS級ダンジョンで得た古代魔法。
そのなかでも真祖の吸血鬼が好んで使用していたというものがある。
『鉄の処女』
魔素を組み上げて作り上げた鉄の棺、その内部には鋭い針がある。回復魔術を幾重にも施した、邪悪な魔法である。
内部に捕らえられたら最後、魂を肉体から引き剥がされてただの肉塊と化す……もっとも、ラザールは魔族なのでどうなるかは分からないが。
予想していたより頑丈なので、かなり苦しんでいるだろう。その抵抗も弱くなりつつある。
鉄の棺の中に捕らえられたラザールの、くぐもった断末魔の叫び声が弱くなっていくにつれて、俺の隣に立っていたフィオナの顔色が青褪めていく。
「フィオナ、こいつの血を抜いたら、君のお母さんを蘇生しにいこうか」
安心させようと微笑む俺に、彼女は頰を引き攣らせていた。
ポチ(他の四天王たち、どうしてるかなあ〜? もう寿命で死んでるかな〜)




