第十九話 吸血鬼に支配された村
新章開幕です
読者からの指摘であらすじを少し変更してみました。気になる点がありましたら気兼ねなく感想欄あるいはTwitterにどうぞ。今後の創作活動の参考にします
魔王領は、魔素に満ちた過酷な環境だ。耐性のない動植物にとって、あまりにも多すぎる魔素は毒でしかない。
数々のダンジョンを巡ってきた俺でさえ、思わず胸焼けがしてしまいそうなほどに魔素が空気に混ざっている。
魔物や魔族にとっては日常茶飯事なのだろう。
それはフィオナも同じようで、彼女は「相変わらずの魔素量」と眉をひそめて呟くだけだ。
ポチに乗って空を飛び、関所や関門をスルーした俺たち。
目指す先はフィオナが生まれ育った開拓村である。
「フィオナ、あれがそうか?」
「そう。あの大きな屋敷にラザール様がいる」
フィオナの細い指がそっと指し示す先。
木造の小屋が立ち並ぶ村の中で、一つだけ豪華な屋敷があった。
植物も生えないような場所にポツンと建っているそれは、妙にアンバランスで景観から浮いていた。
上位吸血鬼『ラザール』
フィオナの母を下位吸血鬼に変えた魔族である。この辺りの統治を任されているそうで、フィオナの話を聞く限り、尊大で面倒な相手らしい。
フィオナの母を治療するためにも、なるべく多くの血を安定して入手できるようになるのが望ましいので交渉には賛成だ。
村にいきなり降り立つのも混乱を招くだけなので、少し離れた山にポチを着陸させ、自由行動にさせた。
〈ルーク様、余はお肉が食べたいぞ〉
〈よしよし、ほらお肉だぞ〉
〈やったー!〉
良い子にしているポチにお肉をあげ、俺たちは屋敷へと向かう。
村人も皆が魔族になっているようで、皮膚の色は蝋燭のように青白く瞳は血のように赤い。
正気を失っているように見えないのは、恐らく定期的に血を摂取しているからだろう。
フィオナの勧めで俺はフードを深く被り、彼女のそばを歩く。
フィオナの顔を見た村人の一人、エプロンを付けた妙齢の恰幅のいい女性が駆け寄ってきた。
「フィオナ、なんでアンタ、戻って来ちまったんだい!!」
「あ、ブロンズのおばさん」
フィオナの肩を掴もうとしていたので、俺は咄嗟に彼女の腰に手を回して抱き寄せつつ簡易的な『シールド』を張る。
ばしんばしんとブロンズという女性が結界を叩く。その力は一般人であれば容易く内出血を引き起こすほどの威力があった。
「その、母さんが……」
「アンタ、まだそんな事を言って……いつまであの女に振り回されるつもりなんだい!!」
なんだか割って入れる雰囲気じゃないが、ひとまず結界を叩いていたブロンズがハッと我に返って咳払いをした。
慌てた様子でエプロンの皺を伸ばし、髪を手櫛で整えると小さく頭を下げた。
「こ、こりゃ失礼。客人がいるとは思わなかったよ。……ん、その感じと匂いは人間かい?」
「ああ、俺はルークと申します」
「悪いことは言わないよ、ここからすぐに出ていきな。ここは吸血鬼の村だ。血を吸い殺されても知らないよ」
「ご忠告ありがとうございます。どうぞお構いなく」
魔族になっても人間としての記憶が強く残っているのか、魔族特有の殺気を感じない。
善意からの忠告なのだろう。
無下にするのも憚られて、俺は小さく目礼した。
「とにかく、フィオナ。早いとこ荷物纏めてここを後にしな。もう私たちのことは気にしなくて良いんだよ」
「ありがとうございます、ブロンズおばさん。私は……大丈夫ですから」
フィオナは腰に回していた俺の手をやんわりと解きながら、いつもの微笑みを浮かべる。
ブロンズはフードを深く被った俺を見て、それから「まったく頑固なんだから……無理はしちゃいけないよ!」とだけ告げて小屋の中へ戻る。
結界を解除して、魔力を回復させながら俺は早速、先程のことを尋ねた。
「今の吸血鬼は?」
「ブロンズおばさん。私の面倒をよく見てくれた人なの」
「そうか。良い人なんだな」
俺にとっては魔族で吸血鬼だが、フィオナにとっては家族に近しい存在なのだろう。
俺には、よく分からないが……。
フィオナを縛る鎖は多ければ多いほど良いに越したことはない。覚えておこう。
屋敷が近づくにつれて、村の景色がガラリと変わる。
崩れた小屋が野ざらしになり、雨風で侵食された柱が剥き出しになっていた。
侵略の痕跡を見つけた俺に、フィオナが静かに告げる。
「その家は、神官が住んでいた場所。その人だけが、魔族になることを拒んだんだって」
「そうか。だから、この家だけが今もこのままなんだな」
家主がどんな末路を辿ったのかは、崩れた家屋が語っていた。
「行こっか」
「そうだな」
俺はフィオナの横を歩く。
「フィオナ、ラザールという奴はどんな奴なんだ?」
「……魔王候補の一人と言われているわ」
「候補? 他にもいるのか」
俺はてっきり、アベルが神託で勇者に選ばれたように、魔王もまた神が選ぶものだと考えていたが、どうやら違うらしい。
「ええ。魔王の兆しを授かった一人で、この辺りの統治を任されている吸血鬼なの。他にもあと三人いて、それぞれ魔族を統治しているわ」
「魔族も一枚岩じゃないんだな」
そこまで考えて、ふと俺は昨日の出来事を思い出した。
フィオナは自らのことを『魔王軍特殊工作部隊所属』と名乗っていたはずだ。
「『魔王軍特殊工作部隊』は?」
「あっ……」
フィオナが目を見開き、唇を震わせた。その頰にカアッと赤みが差す。
この反応はもしや?
「なるほど、その場のノリと勢いで名乗ったんだな」
「あ、あう……だ、だってその方が分かりやすいかなって、思って……うううっ」
「そういえば、他の魔王候補たちはどんな魔族なんだ?」
フィオナはフードを深く被り、両手で頰を押さえる。
珍しく恥じらっている彼女の姿を見た俺は、この件は後日ゆっくりと逃げられない場で追い詰めることを誓いつつ、一旦は話題を逸らす。
「吸血鬼と人狼を束ねるラザール、悪魔を統括するサキュバスクイーンのエリザベス、魔物とアンデッドを使役するダークエルフのモーガン、北方の山から出てこない竜人のガルグレイユがいる……と聞いたことがあるぐらい。詳しくは知らないの」
「なるほど」
もし交渉が決裂してラザールと戦闘になった後、他の魔族がちょっかいを掛けてくる可能性が高いということか。古代魔法があるとはいえ、慢心して万が一のことがあっては困る。
念のためにも、他の魔族について調べてみるべきか。
調査にうってつけな古代魔法と魔術には心得があるからな。
「着いたわ、ここがラザール様の屋敷よ」
フィオナが門の前で足を止める。
上空から見た時は豪華な建物としか思わなかったが、改めてこうして近くで見てみると異様な雰囲気があった。
まず、建物に窓がない。
扉も重い鉄製のもので、風通しが最悪なのは一目瞭然だった。
庭に植えられている植物も、魔素に満ちたこの場所にしか咲かない『血薔薇』という悪趣味な花言葉を持つ品種だ。
それも、棘に一度でも刺されれば、その白い花弁が全て赤く染まるまで血を吸われると言う曰く付き。
どことなく邪悪なオーラのような淀んだ空気が扉の隙間から漏れているようにも感じる。
微かに血の匂いを嗅ぎ取った俺は、杖を握る手に力を込めた。
扉を開ける直前、フィオナが恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「ルーク、何度も確認するようで悪いけど……本当に大丈夫?」
村に向かう前、フィオナから村で何が起きていたのかは聞いている。
食料が人間であること、その加工場所が屋敷であること、ラザールという吸血鬼は惨たらしく人間を殺すのが好きであること。凄惨な光景が広がっていること。
それらを承知の上で俺はフィオナに着いていくことを決めた。
「ああ、多少の肉片や断面なら耐性はある。いざとなれば魔術でどうにかするから気にしないでくれ」
「分かった。何かあったら、すぐに言ってね」
フィオナは目を伏せ、扉のドアノブに手を伸ばした。
ポチ(わ〜、魔王領なつかし〜!)




