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第二話 狡猾な罠


 ーー魔術学園を首席で卒業した君に頼みたい。どうか神託で選ばれた勇者アベルと協力して魔王を倒してくれないだろうか。



 学園を卒業した俺ことルーク・アバウトは、王家からの召喚に応じて勇者率いるパーティーに恋人の冒険者フィオナと共に加入した。




 『魔王』は危険な魔族を統べ、聖族の根絶を掲げるとされる存在だ。配下となった魔物は破壊と殺戮を振りまくという。


 『勇者』は魔王を倒すために神託で選ばれる特別な存在で、その身に魔物を打ち倒す神聖な力を宿す。


 古来より、魔王と勇者は幾度となく戦いを繰り広げてきた。

 その戦いの余波でいくつもの文明が栄えては滅んだとされ、ダンジョンや手付かずの洞窟から高度な文明があったことを匂わせる物品が見つかることがある。


 魔王と勇者の起源は遡れば神話にまで辿り着く。

 【善と秩序を司る神】と【悪と混沌を司る神】の代理戦争とすら言われ、御伽噺として現代でも語り継がれている。


 俺が学園を卒業する少し前、教皇は魔王復活の兆しを天使から告げられたという。

 猶予は二年。

 それまでに神託で選ばれた勇者アベルは、魔王討伐に同行できる仲間を集めて力を蓄えなくてはいけない。

 そこで俺に白羽の矢が立ったらしい。

 宮廷魔術師を目指していた俺だったが、フィオナの勧めもあって勇者一行に加わった。


 今から半年前の話だ。




◇ ◆ ◇ ◆




「S級ダンジョンって聞いたが、あんまり強い感じはしないな」


 足元に倒れ伏した魔物からめぼしい素材を剥ぎ取ったアベルが、肩をぐりぐりと回しながら呟く。


 彼の言う通り、冒険者ギルドが『最難関』に定めたダンジョンは俺たちの敵ではなかった。

 これまで数々の魔物と戦いを繰り広げ、経験を積んだ俺たちが負けるはずもない。


「そりゃ、私たちはメチャ強だからねえ」


 見張りをしていたフィオナが肩を竦める。


 俺たちは魔族の警戒を潜り抜ける為、神託を受けた勇者の存在は秘匿されている。アベルが勇者であることを知っているのは王家、聖教会の枢機卿より上、そして俺たちだけだ。

 その甲斐あってか、これまで強い魔物と戦うことはあっても、魔族の襲撃には一度も遭遇していない。


 今の俺たちは、どこからどう見ても冒険者が徒党(パーティー)を組んで秘宝を目当てに探索しているようにしか見えないだろう。


「しかし、そろそろ回復担当が欲しくなってきたな。もともと、俺の回復魔術は上級止まりだ」


 俺は野宿するためのテントを組み立てながら、アベルに提案する。

 アベルは頷き、料理鍋をかき混ぜながら俺との会話を続けた。

 彼と気まずかったのはあの日だけで、今では普通にこうして言葉を交わせるまでになっている。


「ああ、俺もそう思っていた。近々、教会から聖騎士と聖女を派遣するらしい」


 テントの設営が終わった俺は、調理を担当していたアベルを手伝う。

 野外だからそれほど凝ったものは作れないが、ビッグボアの肉で作る猪鍋は美味い。

 鍋の具が多いのは、フィオナの持つスキル『アイテムボックス』のおかげだ。


 異次元に収納している間、時が止まっている状態に近く、鮮度を保ったまま長期間の保存を可能にしている。

 惜しむべくは許容量がそれほどないことだが、これのおかげで快適な旅を送れているから文句はない。


 俺はアベルの話に登場した聖女のことが気になった。


「ようやく訓練が終わったのか。聖女って言ったら、特別な訓練を経てしかなれない女神官なんだよな? 四肢欠損すら治すとかいう……」


 鍋の中身をボウルによそったアベルが俺に渡す。


「そうだ。なんでも、神託で候補が選ばれて試練に合格した聖女だけがなれるんだと。失った手足を生やすなんて信じられないけどな……よし、完成したぜ」


 肩を竦めながら、アベルが塩をひとつまみ最後の仕上げとして鍋に振りかける。

 俺は見張りを担当していたフィオナを呼び、食事を取ることにした。


 この辺りには魔物除けの結界を施してあるし、既に俺たちで粗方の魔物を討伐して秘宝を回収してあるので魔物は湧かない。


「それにしても、まさかダンジョンの秘宝が【毒薬に満ちた小瓶(ギフトポイズン)】なんていうものだとは思わなかったよ」


 フィオナがアベルの腰にぶら下げた小瓶の形をした秘宝を見る。


 俺たちがこのS級ダンジョンで手に入れた秘宝は、周囲から魔力を吸収して毒薬を生み出すものだった。

 アベルのスキル『鑑定』で調べた結果、有用であることが分かったので回収したのだ。

 刃に塗布して使用すると、斬りつけた相手は十分以内に死に至るらしい。


 フィオナは既に似たような秘宝を持っているため、アベルが所持することになったのだ。

 ちなみにフィオナが持っているのは【麻痺の花束(パラライズブーケ)】というもので、花束から滴る蜜を矢に仕込んで魔物を攻撃する。


 ダンジョンから得られる秘宝の多くは古代に製造されたマジックウェポンだと学園で学んだが、こうして目にすると首を傾げるようなものが多い。

 古代人は毒で魔物と戦っていたのだろうか。

 強力な魔法や武器の補助として使用していたのか。謎は多い。


「アベルはどんどん強くなるな。俺も負けてはいられない」


 会話に混ざりながら、俺はボウルに取り分けた猪肉を頬張る。その瞬間、全身の筋肉が引き攣る感触がした。俺の手からボウルが滑り落ちて、中身が地面に溢れる。

 何が起きているのか理解することもできずに倒れた俺を、アベルは冷たい眼差しで見下ろしている。


「へえ、秘宝っていうから強い毒だと思っていたけどここまでとは思わなかったぜ」


 まさか、鍋に毒を盛ったのか!?

 口に入れただけで、全身の痙攣を引き起こすなんて……!!


「ずっと、ずっとお前が邪魔だったんだ。追放したくてたまらなかったぜ、ルーク。魔術学園を首席で卒業したとかで偉そうにして、それほど役にも立たない魔術で仕事した気になっているーーその澄まし顔が死ぬほど嫌いだったぜ!」


 動けない俺の頭を、アベルは踏みつけながら踵でぐりぐりと踏みにじる。

 品のない声で笑う姿に俺は愕然とした。


「でも、我慢はもう終わりだ。この毒は強力で、どれほど耐性があろうともいずれ死ぬ。例え死ななかったとしても、魔物に食い殺される。死体はダンジョンで消えるから問題はない」


 これが、勇者アベルの吐く台詞か?

 仲間を殺すために食事に毒を盛ることが、勇者の所業なのか?


「これで……やっとフィオナが手に入る!」


 視界の端でアベルがフィオナに手を伸ばすのが見えた。

 頼む、逃げてくれ。

 そう願う俺の前で、フィオナがアベルに肩を抱かれる。


「まあ、アベル……この短時間でここまでの策を、よくぞ思いつきましたね。さすがは勇者様です。惚れなおしてしまいました」


「……ッ!? …………ッ!!」


 痙攣しているせいで声が出ない。

 それでも、俺にとって目の前で繰り広げられる光景はあまりにも受け入れ難いもので、苦悶の声が口から泡立った唾液と共に漏れる。


『あのね、ルーク……好き、愛してるよ』


「アベル……とても素敵です」

「フィオナ、愛している」

「私もアベルを愛しております」


 アベルに肩を抱かれ、胸板に手を這わせながら頬を染めるあの女は誰だ?

 何故、二人は熱い口付けを交わしている?


「さあ、移動しようか。ルークの死亡報告をしないといけないからね」


「はい、ただちに準備いたします」


 テキパキとテントを片付けたフィオナが、荷物を『アイテムボックス』にしまう。

 二人はそのままダンジョンの外へと歩いて行った。



 ただ一人、毒の効果で痙攣した俺をその場に残して。

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