第十七話 悪い女を誑かす悪い男
いつもの更新に間に合わなかったのは、いかにフィオナにスケベさせるか考えていたからです。つまり、フィオナはギルティー
すっかり月が空に昇った頃、獣避けも兼ねた焚き火がパチパチと爆ぜる音が響いていた。
「どこから話したらいいのか……」
少し目元が赤くなったフィオナは、ぼんやりと焚き火を眺めていたが、静かに口を開いた。
「話しやすいところからでいい」
「……ありがとう。それなら、時系列に沿って話した方がいいね」
それからポツポツとフィオナは過去について話し始めた。
「魔王復活の予兆が、全ての始まりなんだと思う。それまで魔族は帝国と王国の出兵で領地を削られていたから、魔王復活の兆はなによりの希望だったの」
俺が生まれる前に出た神託だったから、今から十八年前か。
『魔王領に深淵の翳り有り』という内容だったか。
「沸き立った魔族は、奪い取られた土地の奪還を掲げて魔王領の中にあった村々を襲ったの。それが、かつて母さんの住んでいた開拓村、サナトリ村」
「魔王領のなかに、開拓村?」
「うん。オリハルコンが取れる鉱山があって、そこを中心に王国へ運ぶための中間地点として作られた村」
魔王領は、魔素の濃度もさることながら魔族や魔物など危険に満ちている。滞在するだけなら健康を損なうことはないが、生活するとなれば“魔素病”や魔物由来の病気に脅かされるだろう。
オリハルコンという貴重な鉱石を取るためとはいえ、自国民をそのような場所に送るだろうか……と考えたところで、あの国王ならやりかねないなと思った。
上層部は選民思想で凝り固まっている。使い捨てられる平民がいるなら、彼らは喜んで金のために石臼を回してすり潰すだろうな。
「魔族に支配された村には二つの選択肢が与えられたの。
ーー従属か、死か。
王国に救援を出すよりも前に陥落しちゃったから、助けは見込めない。だから、皆は死ぬよりも魔族に従うことを選んだの」
気持ちは分からないでもない。死はなによりも恐ろしいからな。
フィオナは俺の隣で焚き火をぼんやりと見つめながら、どこか遠くを見るような目で話を続けた。
「他の村は抵抗して、跡形もなく滅ぼされたんだって。だから従順なサナトリ村は魔族に歓迎されたの。なかでも美人な母さんは上位吸血鬼の“お気に入り”になった」
吸血鬼は、吸血した相手を眷属にする力を持つ。
モンスターテイマーや『従属契約』とは違い、血族に迎え入れて力を分け与えるのだ。
それが幸福かどうかは分からない。
生き血を求めて正気を失いながら放浪する下位吸血鬼の姿は、冒険者から畏怖と同情を向けられていた。
吸血鬼に気に入られたということは、血族に組み込まれた可能性は高い。
フィオナの母は、自らの意思で魔族になったのだろう。
「フィオナは吸血鬼なのか?」
「ううん、違う。どういうわけか、私だけ魔族になれなかったの」
残念だ。フィオナに俺の血を飲ませようと思ったのに。
「吸血鬼の血を飲んでも、試練をこなしても、私だけが魔族になれなかったの」
「そうか。それは……大変だったな」
被支配者にとって、支配者の機嫌を損ねることは死に直結する。
魔族になれなかったフィオナがどんな扱いを受けてきたのか、俺には朧げな想像しかできないが、きっと良いものではなかったのだろう。
「十五の誕生日にね、母さんに言われたの。『お前が魔族になれないのは、心の中で私を見下しているからだろう』って……ラザール様、えっと吸血鬼が『忠誠心を示せ、食料を取ってこい』って」
「それで王国に来たのか?」
「うん。初めは、国境付近の山賊を誘い出しては捕まえて、母さんたちの食料にしたの」
俺と出会う前、フィオナは山賊狩りや賞金首で生計を立てていた。
冒険者ギルドのなかでも有名だった。
魔王領と王国のなかを行き来するには、冒険者という立場は便利だっただろう。
「そのうち、段々と母さんが正気を失い始めて……元に戻すには、吸血鬼の血が必要で。勇者を見つけ出したら、母さんを下位吸血鬼から中位吸血鬼にしてくれるって。でも、まだ必要な量に足りなくて……」
「それで、あの騒動を引き起こしたんだな」
コクリとフィオナが頷く。
彼女から聞いた話を頭の中で纏めながら、俺はこれからどうするべきかを考える。
「ひとまずフィオナの義母さんをどうにかするのが先決だな。そのラザールとかいう吸血鬼の血を入手しようか」
とはいえ、基本的に聖族を見下している魔族がそう簡単に血を分け与えるとは思わない。
恐らくアレコレと理由をつけてゴネる気がする。
そのことは、フィオナも知っているようだった。
「交渉すれば手に入ると思う……けど、まだ足りないかも。時間を稼ぐことは、出来るかもしれないけど」
魔族が上位に至る為には、長い年月と魔素を必要とする。
種族に個体差はあれど、中位吸血鬼になるためには多くの血が必要になる。
「血を得た後で、フィオナの義母さんがどうにか正気を保てるようにしてみるか」
俺がダンジョンで得た古代魔法のなかに、魔族の進化を促すものがある。多少の魔力を必要とするが、そこはフィオナに協力してもらおう。
「ルーク、私……」
「おっと謝罪はナシだぞ、フィオナ。それよりも、魔王領に行くなら俺が習得した古代魔法を少し教えてあげた方がいいな」
念には念を押しておきたい。もうフィオナが死んだなんて話を聞きたくないからな。
俺が習得した古代魔法はどれも扱いが難しいものだが、『竜鱗』と『魔素循環』ならフィオナでも使えるはずだ。
あ、そうだ。いい事を思いついた。
「フィオナ、古代魔法を渡すにはとある儀式が必要でな」
「儀式? でも、私にそんな大事なものを渡していいの?」
むむむ、対価を要求して言うことを聞かせるのも悪くないが……それは次に取っておこう。
今はとりあえずフィオナを堕とす感じで行動あるのみだ。
俺は女受けが良いと評判の笑みを浮かべながら、極めて誠実かつ真心しかなさそうな声音で告げる。
「身を守る術はあって困るものじゃないだろ? ただ、その受け渡しがちょっと特殊でな……人によっては嫌悪感を伴うかもしれない」
「嫌悪感? 骨肉を啜る、とか?」
きゅっとフィオナが唇を結ぶ。
確かに世の中にはそういった方法で契約を結ぶことも出来るが、その分リスクが高い。
「そこまで残酷なものじゃないぞ。接吻ーー現代風に言えば『キス』だな。他には俺の血を飲むことでも出来る」
「キ、キス……」
「いくら古代魔法を習得するとはいえ、愛していない相手とするのは嫌だろ?」
「あ、えっと、でも、その……わ、わたし……」
もじもじと視線を彷徨わせるフィオナ。
さすがに即答はしないか。
でも、この感じは押せばイケる。
「中型の瓶一つに血を入れなきゃいけないから少し時間がかかる。待っているのも暇だろうから、先に寝てて良いぞ」
「あ、う、瓶一つ……でも…………ルークは、嫌じゃないの? 私、ずっと酷いことしてたのに……」
「そりゃ『愛していない』って言われた時はショックを受けた」
「う、あ……ご、ごめ、んぶっ!? んんーっ!」
謝罪しようとしたフィオナの口を手で覆う。
「いいんだ、フィオナ。君は目的のために最善を選んだ。アベルのことも俺は許そう」
彼女の心が誰にも向いていないなら、それでいい。これから俺に依存させて、俺ナシでは生きていけないと思わせればいい。
洗脳してもいいんだが、あれは頭痛が酷いからな。あと、失敗すると厄介なことになる。
できれば自発的に俺に依存して欲しいのだ。
「だから、フィオナ。謝罪は絶対に駄目だ。いいな?」
フィオナは罪悪感に眉を八の字にしながら、困ったように目尻を下げて頷いた。
「ルークにとって負担が少ない方で……お願いします……」
満面の笑みを浮かべそうになる表情筋を渾身の力で押さえつけて、俺は恐々と尋ねるような声で確認を取る。
「いいのか? 嫌だったら血の方でも良いんだぞ?」
「わ、私なら、大丈夫だから……ルークがどっちも嫌なら、無理にしなくても……」
了承をいただいたので、俺はいそいそとフィオナの手を取って立ち上がらせる。
俺とフィオナには身長差があるので、必然的に俺が彼女を見下ろす形になる。
「じゃあ、少しピリピリするかもしれないけど、我慢してくれ」
「わ、分かった」
フィオナの頰を両手で包む。
俺の手の中で彼女は潤んだ瞳で見上げてくる。
『魔素伝達』
魔素に情報を組み込んで、相手に伝える古代魔法だ。
かつて教育に時間を割くことが出来なかった時代に編み出された。ダンジョンで手に入れた呪文書も、この古代魔法をベースとして作られている。
魔法、魔術、スキルや言語を任意の相手に伝えることができる。
注意点を挙げるとすれば、知恵や考え方は伝えられないので、得た知識をどう扱うかは本人次第といったところか。
「んむっ」
俺は緊張した様子で目を閉じたフィオナの唇に、自分の唇を押し付ける。
フィオナが微かに声を漏らした。
二ヶ月前と違い、柔らかい感触ではあったが、フィオナはガチガチに緊張していた。
初めてキスした時を思い出す。あの時もこんな風にお互いに緊張していたっけ。
なるべく丁寧かつ慎重に、情報を編み込んだ魔素をフィオナにゆっくりと流し込む。焦ったり、乱雑にすると痛みが生じるからな。
フィオナの手が俺の腕を掴む。
身体の魔素を弄られている感覚があるのだろう。魔素を流し込むたび、腕を掴む手に力が篭る。
彼女の苦しげな吐息を飲み込むつもりで、俺はその小さな口に舌を捻じ込んだ。
驚いて目を見開くフィオナ。
腕を掴んでいた手を離して、おろおろと彷徨わせては苦しげに息を吐いて、縋るように俺の背中に手を回す。
立っているのも辛そうなので、俺もフィオナの華奢な身体を抱きしめて支える。
彼女のじんわりと上がった体温と、擽ったそうに擦り合わせる太腿に俺は内心ではほくそ笑みながらも気が付かないフリをした。
『魔素伝達』が終わったので、俺は名残惜しさを断ち切りながらフィオナを解放してやる。
彼女は紅潮した頰のまま、へなへなと俺にしなだれかかる。
「ぷはっ、ぉ、終わった……?」
「終わったよ。お疲れ様」
努めて冷静に、俺はフィオナを労いながらその頭を優しく撫でる。
さも自分は興奮していない様子で振る舞いながら、優しく、どこまでも優しくフィオナを草原に座らせてやる。
「その魔法の使い方は明日になったら教えてあげる。これからに備えて、今日はもう休もうか」
真っ赤な顔のまま、フィオナは無言で頷いた。
ふーっ、古代魔法『沈静化』がなかったら危ない所だったぜ。
ポチ(昔は徴兵した子供に『魔素伝達』で戦う術を叩き込んで戦場に出していたこともあるぞ。『洗脳』で敵愾心だけを増幅させた兵団は余に及ばないものの、かなりの破壊をばら撒いたとか……くわばらくわばら)




