第十五話 フィオナの正体
北の関所を越えた先に『ガラネル草原』がある。
広大な草原には魔素の多い場所でも生えることで有名な丈夫な雑草が太陽の光を浴びて思い思いに葉を広げていた。
ソフィアからフィオナの居場所を聞いた俺は、ポチに跨って北の関所を目指してガラネル草原の上空を飛行している。
ポチ曰く〈翼に魔素を循環させて飛行しているので、大きさは特に関係ない〉というので大きさはそのままだ。
関所近くにフィオナの姿がなかったため、時間差も考慮してその周辺を捜索している。
関所を越えれば、東に帝国領、西に魔王領だ。
三つの勢力がせめぎ合うように大陸の支配圏を争っているが、王国と帝国は長い間、領土争いをしていない。
王国と帝国の関所以外は特に建物はなく、かつて魔王軍を監視する為に建てられた砦や見張り塔が立ち並んでいるだけ。
どこか閑散としているというか、戦闘を想定しているのか遮蔽物が他の場所に比べて極端に少ないのだ。
その草原を駆け抜ける一つの人影。
それを視界に入れた瞬間、俺は口角が緩むのを自覚した。
「やっと見つけた」
いてもたってもいられなくなった俺は、ポチに見張りを頼んで赤い鱗に覆われた背中から飛び降りる。
『ホバリング』を使えば高所からの落下による怪我を未然に防ぐことができる。
そうして、俺は北の関所に向けて馬車並みの速度で走っていた人影の前に降り立った。
「…………!」
人影は地面を抉りながら急停止する。
ばらばらと雑草の根が張った土が宙を舞う。それらが全て落ちた時、フードを深く被っていた人物が静かに顔をあげた。
「…………」
フードの奥でフィオナがキョトンとした顔をしていた。
髪と同じ茶色の目を限界まで見開いて、わなわなと唇を震わせている。
俺はといえば、とにかく胸が一杯で、会ったら言おうと思っていたこと全てが頭から吹き飛んでいた。
口からついて出たのは、ここに来るまでの経緯だった。
「ソフィアに聞いて、追いかけてきたんだ。間に合ったようで、本当に良かった」
また目を見開いたフィオナが、『アイテムボックス』から服を取り出すと無言で地面に叩きつけて靴で踏む。
その足元からぱきんと何かが割れる音がした。
追跡装置の類がついていたらしい。
満足したのか、フィオナが顔をあげてフードを取った。
燦々と降り注ぐ日差しの中で、彼女と視線が合う。
「フィオナ」
名前を呼ぶだけで心臓が肋骨を突き破りそうになるほど高鳴る。その顔が瞼の裏に蘇るたびに頭の奥が痺れて、共に過ごした時間を思い出すと息が苦しくなる。
まるで、告白すると決めた日のように心が落ち着かない。
「フィオナ、ずっと会いたかったんだ」
もう一度、名前を呼んで一歩踏み出す。
何故かフィオナの細い肩が跳ねた。
「…………私は、会いたくなかったかなあ」
草原を吹き抜ける風がフィオナの三つ編みを揺らす。
力なく笑いながら、彼女は右手で胸を押さえていた。
「他に人影はいない。これから導き出されることはつまり、君は誰にも相談せず、ノコノコとここに来ちゃったんでしょ?」
「そうだな。ここに君がいることを知っているのは、今や俺だけだ」
ソフィアがつけたであろう追跡装置は破壊された。
死者の間に安置された棺の中には、フィオナによく似たホムンクルスの亡骸がある。
このまま俺が沈黙を選べば、フィオナは死んだものとして処理されるだろう。
「どうしてバレちゃったかなあ……。途中までは上手く行ってたハズなんだけど……いや、今にして思えば出だしからダメだったな」
ぽりぽりとフィオナが頬を掻いた。
それは彼女が困った時によくやる癖だった。
「フィオナ、君に聞きたいことがある。この一連の騒動を引き起こしたのは君なんだろう? その目的はなんだ?」
フィオナが笑う。
いつものように微笑むでもなく、けらけらと笑うでもなく、皮肉とほんの少しの自虐を混ぜて唇を歪めて、笑う。
「全ては『勇者信仰』を壊してその権威を失墜させる為。来たる魔王復活の、その前準備というやつさ」
「魔王のために働いて、君に何の利益がある?」
魔族と聖族はお互いに手を取ることはない。
本能とでも言うべきか、利害の一致で一時的に協力できても、必ずお互いに殺し合う。
モンスターテイマーや『従属契約』を介さずに関係を構築するのは不可能なのだ。
一拍。
それから、フィオナは片手で目を押さえながら大声で笑い飛ばした。
「アハハハッ、金だよ!! 金以外に他に何があると思ってたの?」
「金、か」
それこそありえない回答だった。
フィオナは金に執着する人間じゃない。
付き合っていた当時から、物を無心されたことなど一度もなかった。それどころかデート費用はフィオナが七割を負担していた。
贈り物を断られた回数なんて数え切れない。
即席の嘘にしては、随分と……杜撰だ。
そして、嘘を問い詰めたところで素直に白状するとは思えない。
「魔王軍の手下だということは分かった。それなら、どうして勇者を殺さなかった? いくらでも機会はあったはずだ」
「勇者を殺したとして、真っ先に疑われるのは魔王軍。そうなれば、国民の感情は刺激されて魔王領への出兵が捗るでしょ」
「勇者の名声が地に堕ちれば、出兵に行きたがる人が減るか」
フィオナは無言だった。
それを俺は肯定と捉えた。
「……いつから、これを計画していたんだ?」
フィオナは答えない。
代わりに、彼女は羽織っていた外套のボタンを外す。
強い風が外套を攫い、遠くへと飛ばしていく。
「三年前ーー君と出会うよりも前だよ。他に聞きたいことはあるかな?」
外套の下にはいつものノースリーブの白シャツに黒のショートパンツ。白い太腿が今日も眩しい。
フィオナの胸を見て、俺は彼女が本物だと確信した。
素晴らしい絶壁だ。
視覚と聴覚から摂取した高純度フィオナニウムに俺の魔力回路がぴょんぴょんしている。
「ルーク……?」
名前を呼ばれた俺は慌ててキリッと顔の筋肉を引き締める。
「フィオナ、俺に愛してると言ったのは嘘なのか?」
「ええ、そうよ」
「君がそんな奴だとは知らなかったよ」
「ふふん、いかにも魔王軍らしいでしょ? 君もアベルも魔王軍幹部のサキュバスクイーンから学んだテクニックを駆使し、私の手練手管の数々で骨抜きにしてやったのさ……!!」
フィオナがニヒルに笑う。
俺より身長が低いせいで、見下すはずが見上げている状態になっているのはご愛嬌だ。
そして、その顔を見て俺は確信した。
フィオナは嘘を吐いている。
正確には、俺の思考を誘導しようとしている。
冒険者の悪知恵とでもいうべきか、相手に誤解させるような物言いをするのだ。
俺はそっとため息を吐く。
俺が突き放す言葉を口にした瞬間、薄い胸を張って満面の笑みを浮かべたこの愛しい女に『俺の愛の深さ』ってヤツを分からせてやらないといけない。
というか、サキュバスから学んだ手練手管ってなんだ。それはつまり俺が我慢していたアレやコレやも実は対応可能だったってことか。数少ない俺の気遣いを返せ。
そんな俺の怒りも知らず、当の本人はすっかり悪役気取り。
「なら、これからもっと『君の知らない私』を見せてあげるよ。それを片手に冥土へ行くといいッ!!」
前髪をかきあげたフィオナが『アイテムボックス』から弓矢を取り出す。
その顔から笑みを消し、鋭く俺を見据えた。
「魔王軍特殊工作部隊所属、フィオナ・エバンシア。ここまで私を追い詰めた礼として、最大限の敬意でもって一切の苦痛なく葬ってあげる!!」
フィオナはその言葉を皮切りに矢筒から矢を取り出し、弓に番えて俺に向けた。
ポチ(周囲の魔力濃度がバリバリ高くなってる……こわっ……)
次回、頑張って『分からせ』します
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