第十二話 VS勇者アベル
「ははっ! そうだ、初めからこうすれば良かったんだ!! 俺は誰よりも強いのに、どうして俺が他人の顔色を伺わないといけない!! まどろっこしい事をせずに斬り捨てれば良かったんだ!!」
高笑いをしながら、アベルが剣を振る。
その度に斬撃が周囲を無差別に襲う。
爆発、怒号、悲鳴。
周囲を巻き込まないように細心の注意を払いながら魔術を行使する俺と違い、アベルは威力の高い大技ばかりを連発している。
本当になりふり構わない攻撃だ。騎士の静止もなにもかも無視してアベルは暴走している。
聖騎士が逃げ遅れたシグルト殿下を庇い、大盾でアベルの攻撃を受け止めながら叫ぶ。
「いい加減にしろっ、アベル! それが勇者のすることかっ!」
アベルの放った攻撃の余波を浴びて大怪我を負った騎士を治療しながら、聖女が悲痛な声で叫ぶ。
「アベル様、もうやめてください!」
仲間の声すら、もうアベルには届いていないようだった。
「おらっ、おらっ、お得意の攻撃魔術とやらで俺を攻撃してみろよッ!!」
アベルは『クイックステップ』という移動系スキルで俺に近づきながら、大振りな『スラッシュ』を繰り出す。
魔術師の扱う魔術は、広範囲に作用するものが多く、敵味方の識別が難しい。
その為、戦術としては『先に魔術師が魔物を削り、剣士などの近接攻撃を得意とするメンバーが撃ち漏らしを掃討する』が理想的だ。
そのことをこれまで旅した半年でよく知っているアベルは、俺が魔術を使えないと踏んで煽っているのだ。
その得意げな表情を浮かべる顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいと生まれて初めて思った。
「アベル、俺はお前が罪を認めるなら許すつもりだった。……昨日、お前に会うまではな。全くもって馬鹿な話だよな」
淡々と語りだした俺に、好機と見たアベルが『トリプルスラッシュ』ーースキル『スラッシュ』から派生する強力な三連撃の斬撃ーーを放つ。
ヒビの入った結界を貫通して、斬撃が俺の胴体を狙う。
勝ちを確信したアベルの笑みが固まる。
ガキィン、と耳障りな音を立ててアベルの剣が弾かれたからだ。
『カルメルタザイト』
体表を覆う魔素を鉱石と同じ構造に組み替え、デメリットなく物理防御力を上昇させる魔術だ。
「なっ……!?」
絶句するアベル。
この魔術を彼は知っている。剣が弾かれたことに驚いているのではなく、俺がそれを『無詠唱』で発動させたことに驚いているのだ。
「はっ、詠唱短縮の効果をもつ秘宝でも買ったか?」
アベルは頓珍漢な予想を立てた。
たしかに詠唱短縮の効果を持つ秘宝を使えば、『無詠唱』に近いことはできる。
でも、それは無詠唱ではない。
「なあ、アベル。どうして俺が成長していないと思ったんだ?」
聖族である俺たちは、魔物や魔族を倒した際に溜め込んだ魔素を奪うことができる。
S級ダンジョンをクリアした仲間ではあったが、一方で俺はS級ダンジョンの内に生じたもう一つのダンジョンをクリアしたのだ。それも、単独で。
二ヶ月、新しく仲間を迎え入れて様子見をしていたアベルと俺とでは、倒した魔物の質が根本的に違う。
『魔素循環』でほぼ無尽蔵ともいえる魔力を獲得し、さらには古代魔法まで習得した俺が何のサポートもないアベルに負けるはずがない。
まあ、わざわざ教えてやるつもりはないけれど。
「この、クソがっ! 調子に乗るんじゃねぇっ!!」
杖を掲げる俺に、アベルは『ダブルスラッシュ』を放つ。
その余裕ぶっていた表情に焦りが見えた。
スキルはとても便利だ。
仕組みを知らなくても、何回かその挙動を見て真似するだけで習得できるものが多い。さらには、派生して強力なスキルを自動で覚えられる。
その反面、魔術や魔法と同じく微々ではあるが魔力を必要とするし、強力なスキルであればあるほど再使用禁止時間が発生する。
大技である『トリプルスラッシュ』が次に使えるのは一分後。
決まったと確信していたばかりに仕留められなかったという精神的プレッシャーがアベルを蝕んでいるのだろう。
「どうして俺が二ヶ月もの間、お前の前に姿を現さないでいたと思った? なあ、黙ってないで答えろよ」
アベルの三白眼が杖に魔力が収束しているのを見て引き攣ったように吊り上がる。腰を低く落として剣を構えた。
「テメェだけは、ここで殺す……! 殺して、フィオナの愛に報いる……っ!」
アベルは己を鼓舞する為に俺を睨んで罵る。
俺を殺せたとして、始まるのは逃亡生活だ。
この王国のなかにアベルが安らげる場所はないし、騎士団と冒険者は総力を挙げて追跡するだろう。
どうせ、この男は未来のことなど考えていない。もし少しでも考えていれば、杜撰に毒を盛ったり、今こうして戦うことはしないだろう。
「アベル、お前は本当に馬鹿だな」
アベルは剣術にまつわるスキルを研究する名門一家の三男だった。
半年前、初めて出会った時は『馬が合わないかも』と危惧することはあったが、ここまで馬鹿だとは夢にも思わなかった。
勇者にあるまじき蛮行を、ここで止める。
「じゃあな、勇者アベル」
奥義を放とうとするアベルに、俺は杖を向けた。
シグルト殿下を避難させ終えた聖騎士が、俺の背後で「その屑はまだ殺すなぁっ!!」と叫び、その途中でアベルの金切声が掻き消した。
『獄焔』
かつて神話にて、【悪と混沌の神】に仕えていた神々の一柱を滅ぼす為に開発された古代魔法。
術者が望む限り、対象の額に刻まれた魔法陣が一定期間、絶えず地獄の炎で焼かれるような激痛を与え続ける拷問用の魔法だ。
絶叫するアベル。
肌が焼けては再生し、また焼ける。
その激痛は、戦い慣れた勇者であっても七転八倒するほどのものらしい。
人の肉や髪が焼ける不愉快な匂いが周囲に満ちた。
「人間用に回復魔術も組み込んでおいたから、そう簡単には死なない」
淡々と告げた俺に、アベルが目を見開く。
のたうちまわりながら俺の足を掴もうとしたので、風魔術で独房の壁に叩きつける。
「お前は苦しみながら死ね。己の愚かさと浅はかさと生まれてきたことを後悔しながら、無様に苦しみ続けて生きながらフィオナに詫びて死ね」
「う、ぐあああっ、ぐおおおおっ、ルーク、テメェ、ちくしょおおお!!」
ひとしきりアベルが獣のように苦しみ悶える姿を眺めて溜飲を下げた後、胸に残った虚しさから目を逸らして駆けつけたばかりの聖騎士に向き直る。
アベルの攻撃から他の騎士や聖女を大盾で守り続けていた彼は、どこも怪我だらけで無事なところがどこもなかった。白いサーコートは変色してこびりついた血がついている。
「終わったぞ。あの屑は君の仲間なんだろう?」
「あ、ああ……彼は、死ぬのか?」
「いや、死にはしない。皮膚が焼けたそばから再生しているだけだ。一ヶ月もすれば自然に解ける」
俺の説明を聞いた聖騎士が青褪めた顔で、かつての仲間を見下ろす。
アベルが動けないと判断したのか、聖騎士は片膝をついて俺に頭を下げてきた。
「ルーク・アバウト様、この度は勇者アベルが大変なご迷惑をお掛けしました。彼の所業、あらゆる罪は我がフェアフィールド家がいかなる手段を使ってでも償わせます」
もしアベルが俺に毒を盛らなければ、仲間になっていた人物だ。そう思うと、彼が頭を下げるのは何かが違う気がした。
「フェアフィールド卿が頭を下げることはない。それに、アレが勇者である以上は国として処刑することはできないだろう。魔王が復活すれば、牢獄に監禁することも難しくなる」
「……仰る通りです、ルーク様」
「アレがしでかしたことは、君たちが彼に出会う前。俺はその事について君たちを責めるつもりはないし、謝罪も償いもいらない。その代わり、決してアベルを信用せず、二度とこのような事をしでかさないように監視して欲しい」
「このエドワード・フェアフィールドの名にかけて、ルーク様の寛大な御心を踏み躙るようなことは致しません。常にアベルの動向に目を光らせ、蛮行を未然に防ぐことをここに誓います」
どうやら、聖騎士エドワードの目から見てもアベルの振る舞いは腹にすえかねたものだったらしい。
宣誓の声に一切の躊躇いも、同情の色もない。それどころか怒りが滲んでいた。
「そうか。なら、後は頼んだ」
エドワードの肩を叩いてその横を通り過ぎる。
背後から聞こえる苦悶の呻き声だけが、壊れかけの独房に響いていた。




