第十話 恋人との再会と【暴き立てる天秤】
次の日、俺は冒険者ギルドの受付にて王弟のシグルト殿下の宣言通り、王都から招集を受けた。
王命なので、一個人である俺が正当な理由もなしに断ることはできない。元より断るつもりはないが。
緊張しながら馬車に揺すられること数時間。
俺は半年前、勇者一行に選抜された時のように王城の門を潜った。
聖族を束ねる象徴である白亜の城は、相変わらず今日も荘厳だ。噂によれば、この城もまた秘宝の一種らしいが……。
俺を連行していた騎士の一人が、広い廊下の途中で立ち止まる。
「玉座の間に入る前に、ここで装備を改める」
俺は持っていた杖を他の騎士が持ってきた籠に入れ、ネックレスを外す。
国王陛下の身辺は徹底してあらゆる危険を排除する。近衛騎士以外は武器・防具・秘宝の着用は認められない。
首元に【健やかなる太陽】がないというだけで、こんなにも心許なくなるものなのか。
想像以上に、俺はフィオナとの繋がりに依存していたらしい。
ほんの少しの辛抱だと己に言い聞かせ、俺は意を決して玉座の間に足を踏み入れた。
◇ ◆ ◇ ◆
扉が開いた時、まず俺が見たものは玉座だった。
そこには王族が姿勢良く背の高い椅子に腰掛けている。
そのなかに、王弟シグルト殿下の姿もあった。
玉座に座った国王陛下が、重い口を開く。
「これで、全ての者が揃ったな」
ゆっくりとそれぞれの顔を見ていく。
真っ白な法衣を身に纏い、司祭冠を被る枢軸卿。
その傍らに立つ赤い髪に三白眼の勇者アベル。
左には聖女が寄り添うようにして立ち、彼女の背後に聖騎士が立つ。
まるで御伽噺か、あるいは貴族のように煌びやかな服装だ。天井に吊るされたシャンデリアや窓から差し込む光を浴びて、彼らの服に編み込まれた宝石類がチカチカと光る。
そんな彼らに隠れるようにして、フィオナが立っていた。
着飾った他の面々と違い、彼女の装いは実に質素なものだった。
清潔感のあるリネンの生成りのシャツから珠のようなきめ細かい二の腕が覗く。
ショートパンツから健康的ではあるけれど細さを印象付ける白い太腿と滑らかな曲線を描くふくらはぎを革のブーツが包む。
柔らかな茶髪をおさげにしている姿は、初めて出会った時とほとんど同じ格好だ。
「青い髪、垂れ目……まさか……」
「どなたでしょうか?」
「存じ得ません。新しい仲間でしょうか」
「な、なんで、ここに……たしかにあの時、いやありえない……」
俺を見た枢軸卿が目を見開く。
聖女と聖騎士はきょとんとした顔で俺を見つめ、アベルはわなわなと唇を震わせて青褪めた。
「ーーふふっ」
そのなかで、フィオナだけが微笑みを浮かべていた。
俺は『この中だとやっぱりフィオナの可愛さが一番飛び抜けているな』としみじみ実感する。
着飾る彼女も素敵だが、あの無駄のないシンプルな服装が最も彼女のかわいらしさを引き立てるが、あの綺麗な肌をあまり晒して欲しくないという気持ちが……
って、今はこんなことを考えている場合じゃない。
慌てて表情を引き締める。
国王陛下が口を開いた。
本来ならば、側近が代わりに話を切り出すのだが、俺たちは勇者ということで特例としてそのような慣習を免除されているのだ。
「勇者アベルよ。二ヶ月前、冒険者ギルドにとある報告をしたな?」
アベルが俯く。表情は分からないが、微かに見えた首筋には大量の汗が浮かんでいた。
狼狽えている姿を見て、俺は『いい気味だ』と思った。
そもそも彼が俺に毒を盛らなければ、こんなことにはならなかったのだ。
もっと精神的苦痛を味わえ。そして後悔しろ。
「返答はナシか。シグルト、どうなのだ?」
「はっ、陛下。冒険者ギルドはアベルより『S級ダンジョンにてパーティーメンバーである魔術師ルーク・アバウトの死亡を確認した』との報告を二ヶ月前の六月二十八日、午後七時に受け取っています」
すらすらとシグルト殿下が答える。
国王陛下はふんと鼻を鳴らし、それから俺に視線を向けた。
「では、あの場所にいる青髪の青年は誰だ? 答えよ、シグルト」
「陛下、彼の名前はルーク・アバウトその人であります」
「その答えに、お前は何を賭ける?」
「我が首を。彼は間違いなくルーク・アバウトであります。この答えに一切の嘘偽りや誤魔化しはありません」
澱みなくシグルト殿下は命を賭けた。
流れるように命を賭けたやり取りに、聖女と聖騎士が強張った表情を見せてフィオナとアベルの顔を見る。
どうやら聖女と聖騎士は何も知らされていないようだ。
アベルは俯いたまま、無言だった。
フィオナは……変わらず笑みを浮かべている。
俺は緊張を誤魔化そうと唾を飲み込んだが、カラカラに乾いていて無駄に終わった。
国王陛下は顎髭を撫でながら、鋭い目で俺の顔を見た。
「これはどういうことなのか。まずはルーク・アバウトの話を聞くことにしようか。六月二十八日、S級ダンジョンに向かった先で何が起きた?」
意を決して、俺は口を開く。
「S級ダンジョンをクリアしたので、休憩も兼ねて一泊する予定でした。私は睡眠用のテントや結界を張り、フィオナが警戒を担当し、アベルが夕食用の料理を調理していました。私が食事に手をつけた途端、手足が痺れて痙攣し、動けなくなりました」
視界の端で聖女が口を押さえる。ぶつぶつと「ありえない」や「うそ」と呟いているようだったが、俺は無視した。
「動けなくなった俺を見下ろしながら、アベルはフィオナの手を掴んで俺を邪魔だとか目障りだと罵倒した後……フィオナを手に入れたと叫んで俺をその場に残して立ち去りました」
「ああ、そんな……!!」
ふらりと聖女の身体が揺れる。その華奢な身体を聖騎士が支えた。
「つまり、勇者アベルは食事に毒を盛ったとルークは言うんだな?」
俺は頷く。
アベルの肩が大きく上下し、顎からは汗が絶えず滴り落ちている。呼吸も荒く、顔は青褪めて今にも倒れそうだ。
「アベルよ、この件についてなにか申し開きはあるか?」
国王陛下の問いかけに答えたのは、アベルではなくて枢軸卿サミュエルだった。
「その質問には勇者アベルを代理して、この私、サミュエルが答えましょう。恐らく、ルーク殿は何か大きな誤解をしておられる。そもそも、証拠がないではありませんか」
恭しく一礼したかと思えば、唇を吊り上げて俺に噛み付いてきた。
それに反論したのはシグルト殿下。
ばちばちと見えない敵意が静かにぶつかり合っている。
「証拠の提示は双方に不可能。悪魔の証明を要求するのは法令違反ですよ、サミュエル卿」
サミュエルが顔をしかめる。それは一瞬のことで、すぐさま澄ました顔を取り繕った。
「証拠もなしに疑うことは名誉毀損に該当するのではないのでしょうか、シグルト殿下。言葉を弄するのは大変お上手ですが、些か宮廷から離れていた期間が長いご様子。下々にお心を割くのは大いに結構ですが、王族としての責務を見失っているのでは?」
よく回る舌だなあ……。
シグルト殿下が今度は顔をしかめた。
嫌味の応酬が繰り広げられ、このまま白熱するかに見えたが、国王陛下が片手を挙げた瞬間にシンと静まった。
「証拠はダンジョンの特性上、回収するのは不可能」
ダンジョンは、一定時間が経過すると分解される。生き物ならば体内にある魔素でその分解作用を無効化できるが、死体や物品は分解されてしまう。
およそ二ヶ月で消えてしまうという。
「このままではお互いに水掛け論で、何も解決しない。しかし、当時を知る人物がここには三人もいる。余は勇者アベルの無実を証明するため、王家の秘宝の使用をここに宣言する」
厳かな声で「意義のある者は述べよ」と告げた。
誰も何も言わない。言えるような雰囲気じゃなかった。
「いかなる虚偽の申告も【暴き立てる天秤】の前では無意味だ。その天秤が傾いた時、真実が明らかになるだろう」
緊迫した空気の中で、フィオナだけが変わらない微笑を浮かべていた。
◇ ◆ ◇ ◆
王弟シグルト殿下が推理していた通り、アベルと俺の証言が食い違ったとみるや【暴き立てる天秤】の前に引き摺り出されたのはフィオナだった。
王家の秘宝である青銅の天秤は、滅多なことでは使用されない。使用するのにも、厳格な法律と手続きが必要になるのだ。
「さあ、フィオナ。六月二十八日、あのダンジョンで何があったのかを説明しろ」
天秤の説明を終えたシグルト殿下が、淡々とフィオナに命令した。
その光景を、俺は拳を握り締めながら見つめる。
その場の視線を浴びても、フィオナは平然として、いつもと変わらない様子だった。
「承知しました。六月二十八日、たしかに私たちはS級ダンジョンに挑み、【毒薬に満ちる小瓶】という秘宝を入手、話し合いの結果、勇者アベルが所有することとなりました」
すらすらと澱みなく説明していくフィオナの発言に被せるように、サミュエル枢機卿が口を開く。
「それは何故です?」
「私には既に状態異常系の秘宝を有しておりましたから」
【麻痺の花束】
麻痺毒の蜜を常に垂らす花束の秘宝。フィオナが矢や罠に仕込んで魔物の動きを止めるものだ。
「ほお? つまりはあなたも毒を盛ることが可能だったと!?」
「状況だけを見れば、可能と判断するのも無理はありませんね」
フィオナの発言に、国王陛下やシグルト殿下、アベルが顔色を変える。
俺も自分の顔が強張るのを感じた。
政治争いなどしたこともないが、今のフィオナの発言は揚げ足取りにとっては格好の的だというのは分かる。
その証拠に、サミュエルがニヤリと酷薄な笑みを浮かべた。
「……話を戻しましょうか。ルークが証言した通り、彼がテントや結界を担当し、アベルが調理を、私が見張りとそれぞれ役割分担をしていました」
「いつもはどのように担当していたのですか?」
「私が調理、アベルが見張り、ルークがテントの設営を行っていました」
「何故、その日は役割を変えたんです?」
サミュエルの質問に俺は拳を握る。
あの日、いつもと役割が違っていたのは、たしか……
「私が見張りを担当すると申し出ました」
「ほおほお! なるほど、なるほど。つまり、あなたはその日に限って役割を交代したんですね!」
ガリッと奥歯を噛む。
サミュエルはあからさまにフィオナに責任をなすりつけてアベルに対する追及を逸らすつもりだ。
チラリとシグルト殿下を見れば、彼は静かに首を横に振るばかりで俺に『黙っていろ』と目で訴えてくる。
「異変が起きたのは、ルークが食事を口に運んだ時でした。彼が突然、激しく痙攣を始めて地面に倒れたんです」
「ここまで聞けば、皆さんもお分かりでしょう! フィオナが毒を盛り、ルークの殺害を計画したのです!!」
両手を広げて大声で宣言するサミュエル。
その勝ち誇った顔に俺は我慢できず、叫び返した。
「出鱈目を言うなっ! フィオナが俺に毒を盛るわけがないだろう!!」
「……ルーク」
目を丸くして、フィオナが俺を見た。
なるべく感情的にならないように冷静に努めていたので、俺が取り乱して叫んだことに驚いているのだろう。
それでも、一度でも火がついた俺の怒りは止まらない。
「俺の殺害を実行したのはアベルだ。フィオナは巻き込まれただけに過ぎない!」
「彼女が誰よりも怪しいのは、これまでの行動が物語っています! 巻き込まれただけなら、何故ずっと黙っていたんでしょうねえ!?」
反論した俺に、サミュエルが噛み付く。
フィオナがこれまで沈黙していた理由なんて、誰が見ても明白だ。
アベルが常に監視していたのだろう。そんななかで怪しまれないように報告するのは難しい。
仮に報告したとして、証拠がなければ揉み消されてしまう可能性が高い。
『黙っていた』のではなく、『黙るしかなかった』のだ!
「フィオナ、その場で宣言してくれ! 『毒を盛ったのはアベルだ』と言ってくれれば、君の無実を証明できる!!」
一歩踏み出した俺を近衛騎士が睨みつけ、シグルト殿下が「落ち着くんだ、アバウト卿!」と叫ぶ。
王室不敬罪だろうが公務執行妨害だろうが知ったことか!!
詰め寄る俺の顔を見上げながら、フィオナが手を伸ばす。
震えていた俺の手を握り、静かに微笑んだ。
「ルーク、もう私のために怒らなくていいよ。本当は分かっているんでしょ?」
「な、何を言っている……?」
フィオナは俺の質問に答えない。
するりと手を離して、彼女はサミュエルに向き直った。
「さあ、これ以上は時間の無駄です。そろそろ裁定を下す時間ではないでしょうか」
「それは自首する、と解釈しても?」
「お好きなように」
どうしてなんだ、フィオナ。
何故、やってもいない罪を認める? こんなの、冤罪だろう?
アベルはフィオナから顔を逸らすばかりで、罪をなすりつけるつもりらしい。
「……これまでの情報を鑑みるに、フィオナ・エバンシアがルーク・アバウトに毒を盛って殺害を試みた可能性が高い。詳しいことは、これからの取り調べで判明するだろう」
そうして、フィオナは毒殺未遂の容疑で連行された。
ほとんど決めつけ同然で進んだ話し合いに、勿論のことだが俺は抗議した。
何故か聖女や聖騎士も抗議していたが、近衛騎士に追い出されるような形で城から連れ出されてしまった。
シグルト殿下の取り計らいで、次の日の昼にフィオナとの面会を取り付けて貰った。
牢獄に向かった俺が目にしたものは、既に事きれて動かなくなった恋人の姿だった。
ポチ(あ、この水色でぶよぶよした魔物おいしい! それにしてもこの辺りのニンゲンは『ふぃおな』ってあんまり言わないなあ……やっぱりあの二人がおかしいのかな?)




