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第九話 王弟シグルト

みなさまから頂いた感想が更新の励みになります!!


 案内された部屋には、簡素なソファーが壁向きに設置されただけの殺風景な光景が広がっていた。

 防音性を高める為に窓は小さくはめ殺しになっていて、更には音声結界が貼られている。


 遠方の依頼を受注した冒険者が事の些細を担当の冒険者ギルドの支部に報告する為に作られた部屋だ。

 依頼人に関する報告は、外部に漏れるとトラブルになる話をすることが多いから、厳重になっている。


 部屋の中に満ちていた魔力が減ると同時に、天井に設置されていた水晶が壁に幻影を投影する。


 これも秘宝の一つであり、冒険者も使用する【彼方を望む幻影(ビヨンドミラージュ)】だ。

 遠くに幻影と声を伝達する効果を持つ。


「やあ、アバウト卿。ご機嫌麗しゅう」


 一目その姿を目にしただけで、高貴な身分と分かる黒のスーツと質素ながらに整えられた執務室を背景に背筋よく座っている。

 国王陛下と同じく王色と呼ばれる黒髪黒目の涼しげな男性が片手を挙げた。

 ーー王弟のシグルト殿下。冒険者ギルドを束ねる傑物だ。


「シグルト殿下につきましては、本日もーー」


 慌てて片膝をつきながら頭を下げて口上を述べる俺を、シグルト殿下は「いいよ、いいよ」と遮った。


「幸いにも僕の周囲に人影はないし、この会話は誰にも聞かれていない。長ったらしい挨拶や遠回しな慣用句は好みじゃないんだ」


「ご配慮いただき、感謝します」


 俺がソファーに座ったことを確認すると、シグルト殿下が話を切り出した。


「さて、さっそくだけど本題に入ろうか。あの日、あのダンジョンで何があったんだい?」


 俺はアベルに毒を盛られたこと。

 フィオナの機転で一命を取り留めたが、二重ダンジョンに間違って突入したこと。

 ダンジョンの秘宝を得て、番人を倒してどうにか脱出できたことを説明した。


 なるべく、客観的事実だけを伝える。

 フィオナの素晴らしさについて語りたいところだが、そこはグッと我慢した。王族は決して感情では動かないのだ。


「ふむ、なるほど……それはとても大変な目に遭ったな。月並みな言葉になってしまうが、アバウト卿がこうして生きていて良かったと思う」


「勿体なきお言葉をありがとうございます」


「そして、とても心苦しいことを君に伝えないといけない」


 そう前置きをしたシグルト殿下が、身を乗り出す。


「アベルを処罰するのはかなり難しいだろう。彼を罰しようとすれば、必ずや教会が意義を唱えてくる」


 俺は膝に乗せていた拳をぐっと握る。


「生半可にアベルを糾弾しようものなら、教会はあの手この手で彼を無実にしようとするだろうね。場合によっては、フィオナに全責任を擦りつけるだろう」


「そ、そこまで……」


 たしかに勇者は魔王に対抗するための切り札だ。

 聖族にとってアベルの損失は埋められないものなのだろう。


「アベルの性格に難があるのなら、それは糾弾されなければいけない。場合によっては、監視と矯正が必要だろう。だが、それには相応の理由があることを()()しないといけない」


 シグルト殿下の纏う雰囲気が変わった。

 温厚そうな見た目からは想像もできないほどに鋭い眼差しで俺の目をじっと見る。


「君の生存は、直に国王陛下の耳に入る。そうなれば、必然的に君はアベルやフィオナと顔を突き合わせて『報告』をしないといけなくなる。これは、たとえ僕の権力を総動員しても阻止できない」


「国王陛下にこの話をすれば、必ず側近の耳に入る。そうなれば、教会が介入する……ということでしょうか」


 コクリとシグルト殿下が頷いた。


「アベルは君が『死亡するところを見た』と冒険者ギルドに報告をしている。ダンジョン内であり、死体は回収できなかったとも」


 そこまで聞いて、俺はシグルト殿下の言いたいことを理解した。


 冒険者ギルドを統括するシグルト殿下は、職務に従ってアベルの罪を追求する。

 遅かれ早かれ、教会はこの件に絡んでくる。

 勇者であるアベルを守る為に、使える手は全て使うだろう。


 国一つを相手にして戦う事がどれほど愚かなことか。

 フィオナを連れて逃げたとしても、それはきっと心穏やかなものになることはないだろう。


 項垂れる俺を見て、シグルト殿下は言葉を続ける。


「事態が飲み込めたようだね。さて、一見すると打つ手が何もないように思える状況だが、悲嘆に暮れるのはまだ早い」


 俺は顔をあげる。

 そこには変わらず真剣な表情をしたシグルト殿下の姿があった。


「アバウト卿、君はフィオナのおかげで助かったと言ったね。それにどこまでの自信がある? 何をもって、彼女は君を裏切っていないと断言できる?」


 思わず、ネックレスに触れる。

 これがあったからこそ、俺は今こうして生きている。


「先ほども報告した通り、このネックレスは秘宝です。着用者の健康を守る効果を持ちます」


「【健やかなる太陽(ソルサウンド)】、毒物や薬物の作用を減衰させる秘宝だね。それが、彼女を信じる根拠かい?」


「はい。これはフィオナから贈られたものです。その事を彼女が忘れるはずがありません……『常に秘宝の情報を頭に叩き込み、決して忘れるな』と本人が言っていましたから」


「ふん、その目は彼女を微塵も疑っていないね。恋人だからかい?」


 目を見開いて固まる俺に、シグルト殿下は初めて笑みを見せた。

 口元を隠しながら、クツクツと喉の奥で笑い、肩を震わせている。


「さしもの天才魔術師も自覚がなかったようだな。恋は盲目はよく言ったものだが、彼女の名前を呼ぶときはもう少し気持ちを落ち着けた方がいい。世の中には交友関係を悪用するやつがいるからな」


「ご忠告、痛み入ります……」


 そんなに俺は分かりやすいのだろうか。

 これからは気をつけよう。


「それに、王室の情報網を舐めない方がいい。君たちを選抜した際に、徹底的に過去を洗っている」


「はい、存じております」


 萎縮した俺を見かねて、シグルト殿下はやっと笑うのをやめてくれた。


「話を戻そうか。君たちは間違いなく国王陛下の御前で証言を要求される。そして、食い違う。そうなれば、真偽を確かめるために王家の秘宝が使用される」


「王家の秘宝、ですか……?」


 俺は思わず身を乗り出す。


 王家の秘宝ーー【暴き立てる天秤(エクスポーズ)

 その外観は決して錆びない青銅で構成された天秤である。右の小皿に乳白色の真珠、左の小皿に黒色の真珠がある。

 常に一定の水平を保ち、逆さにしても傾けても変わることはない。ただし、その前で“証言”をしなければ、の話だ。

 その秘宝の前に立ち、もしも嘘を口にすれば天秤に乗せられた白真珠が重さを増して天秤が大きく傾く。真実を口にすれば、黒真珠が重さを増す。

 その秘宝の前では、決して隠し事ができない。


 歴史の教科書に載るほど、その秘宝は国家の運営に深く食い込んでいる。

 この国に住んで、それを知らない人はいないだろう。

 秘宝と聞いて、まずこれを思い浮かぶ人は多い。


 王色が黒と慣例で定まっているのも、これが理由だ。


「教会はアベルを守る為に、まずはフィオナに証言をさせるだろう。フィオナが引っ掛かれば、彼女を追い詰める。逆に言えば……フィオナが真実を述べれば、アベルを秘宝の前に引きずり出せる」


「そう上手く事が運ぶでしょうか?」


「今回の件は、僕も腹が立っているんだ。ここだけの話なんだが、近年の教会のやり方はあまりにも横暴が過ぎる。魔王復活もどこまでが真実なんだか。今回を機に、奴らの秘匿態勢に切り込めればいいんだが……」


 なるようになるしかないさ、とシグルト殿下は肩を竦めた。


「とにかく、冒険者ギルドを通じて招集が来るはずだ。早くても明日の朝には来るはずだから、そのつもりでいてくれ」


「はっ、かしこまりました」


 俺が頭を下げると同時に幻影が掻き消えた。


 立ち上がらなければ、と頭で考えてはいるが、みっともないことに膝が震えていた。

 今更、事の大きさに直面して怖気付いたらしい。


 指でネックレスに触れる。人肌に熱せられた太陽の飾りは、まるでフィオナの肌のようだった。


「フィオナ……信じても、いいんだよな?」


 俺の問いかけは、静かになった部屋に響くだけだった。

ポチ(この辺の魔物、美味しくないなあ……今度は近くの湖にでも行ってみようかな)

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― 新着の感想 ―
[一言] 「フィオナ……信じても、いいんだよな?」 残念ながら、世の中そう甘くは無いのだよ、ルーク…フィオナはアベルと共犯で、もう君のことなんかどうでも良くなってると思うよ。だからさぁ…2人に復讐しち…
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