98. 後日談:戦場の敗者(後)
前回から引き続き、領主フルボッコのターンがもうちょっと続きます。
区切りが半端ですが、前後編に別れたのはだいたい前編で暴れたテイラーさんのせいです。
「お、お待ちを!」
引退して家督を息子に譲れと言われ、カーティスは慌てて口を開いた。
「愚息はまだ二十にもならぬ未熟者! 領主などできるはずがありません!」
「ほう?」
その言葉を受けたテイラーは眉を跳ね上げると、視線をウォーレンとリアムのほうへ向ける。
「……だ、そうだが。そこのところどうだね、ミューア殿」
「当代よりはマシでしょう」
ウォーレンは素っ気なく言った。
「学院で基礎は修めていますし、自らファーネの市場を視察する程度には現場への関心もあります。学院を出てまだ二年、未熟であるのは確かですが、周囲の補佐があれば何とでもなるでしょう」
「補佐があればと言うが、私の部下たちがそのような未熟者に従うわけが――」
「貴殿の取り巻きなど最初から当てにしておらんわ。というか居座られても迷惑だ、貴殿が引き取りたまえ」
「なんだと?!」
「カーティス卿、控えたまえ! 私はいま、ミューア殿の意見を聞いているのだ」
「しかし……!」
ウォーレンの言い草は、自分たち傭兵団を丸ごと追い出すと言っているのに等しい。
そんな話があってたまるか。
あの地は、自分たちにくれたものではなかったのか。
カーティスは、無言で成り行きを見守っている王のほうを見た。
「陛下、こんな……こんな横暴が許されるのですか?!」
「控えよ、痴れ者が!!」
テイラーが顔を赤くして怒鳴る。
カーティスの後方、扉を守っていた兵士が、こちらへ足を踏み出す気配。
それらを手で制して、王は静かに口を開いた。
「……許す、と私が言ったらどうする?」
「な――」
――何故?
信じられない気持ちでいるカーティスの視線の先で、王は深く息を吐く。
「カーティスよ、私はこの国の王なのだ。国土を危険に晒し、民を苦しめるような真似をする者を、領主のままにしておくことはできぬ。……領地の将来を考えられぬ者もな」
「そんな……!」
「リアムについても心配いらぬ。ウォーレンが手厚く支援すると言っておるし、人がおらぬと言うなら、国から何人か出そう。十年もすれば、領地を回せるだけの力はつくはずだ」
そこまで言われて、カーティスはやっと気がついた。
全て、もう決められたことなのだ。
自分の引退も、息子の相続も、気に食わない男が息子の後押しをすることも。
全てが、カーティスの知らないところで決められていた。
盤面はすでに決着している。
この場は、それを自分に通達するものでしかない。
「この決定は……もう、覆らないのですね」
「……『次』を期待するには、私もそなたも、少し老いすぎだからな」
カーティスは力なく肩を落とした。
こちらを見る王の目は、ずっと悲しげであった。
◆
代替わりの発表と領主の叙任式は、謁見の間で行うらしい。
準備があるのでと別室に通されたリアム・レ・ナイトレイは、茶を出したメイドが退出すると、それまで浮かべていた微笑を消した。
ぶすっとした表情のまま、茶で喉を潤して焼き菓子に手を伸ばす。
「どうした、不満げだな」
リアムの向かいに座る叔父ウォーレンが、面白がるような口調で言った。
他に誰の目もないためか、無作法は大目に見てくれるらしい。
「予定通り引退は呑ませた上、領地に居残る取り巻きも排除できそうだ。上々の結果だと思うが」
「……言いたかったことを、テイラー様に言われてしまいました」
「なんだ、そんなことか」
ウォーレンが呆れたように言うが、リアムにとっては大事なことだ。
「文句くらい、自分の口で言えます。代弁されるのは好きではないんですよ」
代弁というのは他人の代わりに矢面に立つ行為のように見えて、その実、他人の名前を使って自分の言いたいことを無責任に言い放つ行為だとリアムは思っている。
先ほどのテイラーがそういうつもりだったとは言わないが、彼が父を容赦なく追い詰めたのは、リアムのためではなく彼自身の怒りからだろう。
おかげでリアムの腹の底には、父にぶつけようと思っていた怒りが残ったままだ。
「あほう、あれは親子喧嘩の場ではないわ」
ウォーレンはそう言って茶を飲むと、自分の前に置かれた焼き菓子を皿ごとリアムのほうへ押しやった。
こちらも食べてよい、ということらしい。
「そもそも、お前の言葉が少しでもあれに響くなら、この件はここまで拗れとらん。お前も見とったろう。同じ当主の立場である私やテイラー殿の言葉すら聞かず、陛下が直々に言って、ようやく大人しくなったではないか。断言してもいい、あれはお前が何をどれだけ言おうと歯牙にもかけんわ」
厳しい意見だが、反論が思いつかない。
リアムは憮然とした顔で、叔父から譲られた焼き菓子にかじりついた。
舌に広がる甘みと、菓子が喉を通って腹に落ちる感覚に気分がやわらぐ。
リアムに茶の香りを楽しむ余裕ができた頃になって、ウォーレンは再び口を開いた。
「あれにとって、お前は『自分の子供』でしかなかったのだ」
「……どういうことです?」
「跡継ぎと思っていなかった、ということだ」
腹の前で手を組んで、ウォーレンは椅子にもたれかかる。
そのまま天井に視線を投げて、ふ、と息をついた。
「貴族の当主は世襲だが、傭兵団の頭はそうではない。そしてあの連中には、貴族家を興したという自覚がなかった。……お前が次期当主として意見しても、連中には『部外者の小童が、傭兵団の運営に口を出してくる』としか見えなかったのだろうよ」
「……だから私が何を言っても、耳を貸すわけがなかったと?」
「うむ」
それを聞いて、リアムはやるせない気持ちになる。
結局あの父にとって大事なのは傭兵団の仲間たちだけであって、それ以外は――息子でさえ、外野の雑輩でしかなかったということか。
叔父の主観も入っているのだろうが、見当違いと断じるほど的外れでもない気がした。何よりも、リアム自身が納得してしまっている。
深くため息をついたところで、部屋の扉がノックされた。
リアムが慌てて姿勢を正すのを待って、ウォーレンが入室の許可を出す。
扉が静かに開き、先ほど茶を用意したメイドが一礼した。
「そろそろ謁見の準備が整うとのことです。じきに案内の文官が参りますので、お支度をお願いいたします」
「承知した」
メイドが扉を閉めると、叔父がひたりとこちらを見据えた。
「さあ、そろそろ切り替えたまえリアム卿。新しきナイトレイ家のお披露目だ、無様は許さんぞ」
「――望むところです」
ばちん、両手で頬を叩いて立ち上がる。
家督を継いで当主となれば、多くの柵にとらわれるだろう。
貴族間の利害関係に本格的に巻き込まれるだろうし、目の前の叔父にも表立って甘えるわけにはいかなくなる。
大事に思っているものを、切り捨てる必要だって出てくるかもしれない。……たとえば、故郷でリアムのために耐えてきた兄貴分たちの誰かを、とか。
自己犠牲という楽な方法も簡単には取れない、険しい道だ。
けれど、自分は己の意志でそれを選び取った。
父を蹴落とし、奪い取ったのだ。
(だから見ているといい、父上)
貴方が負けた貴族の戦場で、自分は勝利してみせる。
そうすれば、腹の底に残った怒りも薄れるだろう。
あんまり出番を作ってやれず、周囲の悪評でしか表現できなかったので悪役ってほどインパクトもなかった父ちゃん一味でした。
本人たちの気質はさほど悪辣ではないのですが、貴族らしい貴族に嫌悪感を持ち、「俺たちは貴族とは違う!」と反発して素人考えでめちゃくちゃやったので排除された形。
ここらへん、彼らの生まれ故郷の領主が苛政タイプだったのもよくなかった。
ちなみに裏話ですが、そもそもなんでカーティスが貴族になったかをざっくり説明すると以下。
・戦争後、カーティスが王に地位(居場所)を要求
⇒傭兵にやる地位っつったら軍事関係しか考えられないので、国軍での役職が確定している貴族に「俺らのシマを荒らそうってか? ん??」と敵視される
・上記の軍閥貴族の筆頭が前編で大暴れしたテイラーさん。彼らが主導してカーティスに「じゃあ(魔境に隣接しためんどくさい領地で)貴族やれよ!」と言い出す
⇒カーティスは「居場所くれるんですかやったー!」と裏の悪意に気づかずあっさり承諾
テイラーさんちの次男、レスター隊長が2章で罪滅ぼしとか言ってたのは、自分の親父が過去にこういうことをやったと知っていたから。
「何も分かってない傭兵にいきなり貴族間抗争ふっかけるんじゃないよ大人げない……」という思いから、ギリギリまでカーティスに説教してました。




