92. 治療中
切りどころの関係上ちょっと短めです。
「――……!」
「……?! …………!!」
「――――」
怒鳴り声。
金属のこすれる音。
低く、ぶつぶつと何かをつぶやき続ける声。
騒がしいな、と思ったところで、目の前がふっと明るくなった。
「ぁ……?」
「っ、ブレイズ?!」
声が聞こえてきたので、そちらへ首を回そうとした。
頭がひどく重くて、動かない。
なんとか顔の向きを変えようとすると、首から背中にかけて激痛が走った。
「い゛、っ」
「う、動かないで! まだ最低限の処置しかできてないんですよ?!」
そんな声と一緒に視界に入ってきたのは、黄色の髪の、女みたいな顔をした――ああそうだ、ルシアンだ。
知り合いの顔を見たからか、頭にかかった重たい靄のようなものが半分ほど晴れた。
確か自分は、ラディと二人で森に入って。
白の小屋で、ウィットが――。
「はいこれ飲んで! 痛み止めですから!」
ルシアンが陶器の吸い飲みを持ってきて、ブレイズの口に突っ込んでくる。
口内に注がれた薬湯は、ぬるい上にひどく苦かった。
それでもなんとか飲み込むと、渇ききっていた喉が少し潤ったような気がする。
苦味のおかげか、頭もはっきりしてきた。
どうやら自分は、仰向けに横たえられているらしい。
石造りの壁と、木の梁が通された天井が見える。
血に色々と混ざったような、ひどい臭いが鼻をついた。
「メス交換! こっちは煮沸して消毒しておけ! ……おいそこ鉗子動かすな!!」
怒鳴り声だと思ったのは、セーヴァがあれこれ指示を出している声だ。
あんなに焦った声は久々に聞いた。珍しいな、とぼんやり思う。
吸い飲みが口から離れたところで、ブレイズはルシアンに話しかけた。
「……どういう状況、なんだ?」
「治療中ですよ」
それはわかっている。
顔をしかめてみせると、ルシアンは心得たように頷きを返してきた。
「順を追って説明しますね。まず、あなたたちは白の小屋の周りに大怪我して転がってたのを国軍に保護されました。いやあ驚きましたよ、一応決めといただけの緊急時の合図が上がるんですもん」
「緊急……?」
「あれ、ラディから聞いてません? 緊急時には上空で火球を爆発させようって話だったんですけど」
思い返してみれば、あのときラディは途中から、魔術で撃ち出すものを氷から火球に切り替えていた。
火と水の複合魔術を組んでいる余裕がなくなったのかと思っていたが、そういう理由だったのか。
「まあそれで、国軍さんから人を出してもらって駆けつけて、ここまで……兵舎の医務室まで運び込んだわけです」
「……ラディと、ウィットは?」
「一緒に運んできましたよ、ふたりとも」
「そうか……」
そこまで聞いて、ブレイズはほっと息をついた。
ウィットはともかく、ラディは姿を見失っていたから、見つけてもらえたならよかった。
「ふたりの怪我は?」
「ウィットは打撲と骨折がいくつか。命に別状はないそうです。ラディは……いま、セーヴァさんとカチェルさんが治療中です」
「……カチェル?」
リカルドはどうした、とブレイズが言おうとしたところで、ルシアンがはっと息を呑む。
まるで「しまった」とでも言いたげな表情に、ブレイズは嫌な予感がした。
セーヴァの焦った声。
部屋に充満する血の臭い。
じっと見つめていると、ルシアンが観念した様子で口を開いた。
「……リカルドさんの『癒し』が、効かなかったんですよ」
「な――!」
「動かない!」
思わず起き上がろうとして、ルシアンに肩を抑え込まれる。
それだけで腕や背中が灼けるように痛み、再び治療台に沈んだ。
先ほど飲まされた薬湯のおかげか、じっとしていると痛みはすぐに引いていく。
しかし、ブレイズの胸中はそれどころではなかった。
(精霊使いに治せないって、それは……)
以前、リカルドに教えてもらったことがある。
精霊使いの行使する術は、精霊に魔力を渡して、代わりに術を発動してもらうものだと。
だから、人の身では難しいことでも、精霊にとって容易いことなら簡単に実現できる。
逆もしかり。
人が「できる」と思っていても、精霊が「無理だ」と判断したことはできない。
精霊に「助からない」と判断された傷は、癒せない――。
「大丈夫ですよ!!」
目の前が真っ暗になりかけたブレイズを、ルシアンが叱咤した。
「治療中だって言ったでしょう?! ……カチェルさんが、隣国の治癒魔術士だったんです。事情があって隠してたそうなんですけど、いまはそんなこと言ってる場合じゃないって、ご本人が」
「カチェルが……」
そこでようやく、聞こえてくる低いつぶやき声がカチェルのものだと気づく。
セーヴァの声にかき消されて、途切れ途切れにしか聞こえないが……意識して聞けば、確かに彼女の声だった。
「大丈夫。助かりますよ、ラディも」
ね、と言い聞かせるような口調でルシアンが言う。
しかし安易に頷くことができず、居心地の悪い思いをしていると、別の気配が近づいてきた。
「ブレイズ、気がついたのかい」
「リカ、ルド」
こちらを覗き込んできたリカルドは、いつものように困ったような笑みを浮かべる。
いつもと違うのは、その額にびっしりと汗が浮いていることだ。魔力の使いすぎだろうか。
「やっぱり無茶をしたね」
「リカルド、ラディが……」
一瞬、リカルドの目がルシアンのほうへ向く。
視線はすぐこちらへ戻ってきて、「セーヴァとカチェルさんに任せておけば大丈夫だ」と返された。
「さあブレイズ、折れた骨の整復を始めるよ。痛いから眠っていたほうがいい」
「いや、でも」
「はいはい、でもじゃない」
リカルドの大きな手のひらが、ブレイズの目元を優しく覆う。
黒一色になった視界の中、上下の区別がつかなくなって、頭の中がぐらりと揺れた。
「ルシアン、眠り薬を」
「さっき痛み止めと一緒に飲ませたのが、そろそろ効いてくるはずですけど」
「おい」
しれっと何を飲ませてやがる。
文句を言いたかったが、その前に意識が落ちていった。




