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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
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88. 報せ

一瞬だけ主人公視点に戻ります。

「ウィットが森に入ってったぁ?!」


 その(しら)せを聞いて、ブレイズは思わず声を上げていた。

 それなりに大きい声だったようで、周囲の兵士たちが何事かとこちらを見てくる。

 ルシアンがにっこり笑って「大丈夫です」と告げると、彼らは照れたように視線をそらした。男所帯で美少女顔に耐性がないらしい。


 ブレイズが兵士たちに袋叩きにされそうな感想を抱いていると、リカルドが顔をしかめて口を開いた。


「確かなのかい?」

「確かではない、が……状況からすると、その可能性が高い」


 報せを持ってきたセーヴァが、こちらも眉間にしわを寄せて答える。

 この男が不機嫌そうなのはいつものことだが、いまは表情に焦りの色があった。


 セーヴァの話した事情はこうだ。


 ファーネに住んでいるどこぞの子供が、怪しい男にそそのかされて、どこかへ向かわされたらしい。

 それをウィットと青果店の娘が目にしてしまい、ウィットが連れ戻しに行ったそうだ。

 青果店の娘――確か、チェルシーとかいう名前だったか。その娘の聞いた限りだと、男たちは南の防壁に開いた穴をくぐるように指示していたという。

 なら行き先は魔境の森、というわけだ。


 話を聞いて、ブレイズは防壁を振り返った。


「穴なんてあったか? 国軍ってか、レスターさんが修繕してたんだろ」

「なくても作ることはできるだろ」


 セーヴァが言って、ラディとリカルドに視線を投げる。

 ふたりとも、「できなくはない」と頷いた。土の魔術であれば、不可能ではないらしい。


「場所と大きさによっては、修繕を後回しにしていた可能性もあるしね」


 リカルドが、そう補足する。

 確かに、修繕が完了したとは聞いていない。手をつける前にリド・タチスの開花が始まってしまったのなら、放置するしかなかっただろう。


 ブレイズが納得したところで、セーヴァが続けた。


青物(あおもの)屋の親父がギルドに駆け込んできたのが、いまから三十……そろそろ四十分近く前になる。親父のところまで娘が戻るのにかかった時間を考えれば、もう一時間くらいは過ぎてるんだ」

「……けど、ウィットは戻ってないんだな?」


 確認するようなラディの言葉に、セーヴァは「そういうことだ」と頷く。


 街中で子供を捕まえられたなら、ウィットはもうギルドに戻ってきているはずだ。

 それが戻っていないということは、彼女もこの防壁を抜けて、森の中まで子供を追っていった可能性が高い。


(いまの――腹()かせた肉食獣が、そこらじゅうにいる森に?)


 想像して、自分の顔から血の気が引くのがわかった。

 ちらりと隣を見れば、ラディの顔もこわばっている。

 リカルドとルシアンの顔色も悪い。


 セーヴァも含め、全員が黙り込んだタイミングで警鐘が鳴った。襲撃だ。

 いつもなら駆け出していくところだが、この話を放り出すことはできない。


「悪い、ちょっと遅れる」


 近くを駆けていく兵士のひとりに声をかけると、兵士は軽く手を挙げて応じた。

 とりあえず、防壁にはこれで話が通るだろう。


「街の領兵には?」

屯所(とんしょ)には、もう話が行ってるはずだ。いまだと、総出で街を探し回ってる頃だろうな」


 ルシアンの質問にセーヴァが答えていると、街のほうから「先生!」と呼ぶ声がした。

 こちらに走ってくる青年は、出で立ちからして街の巡回をしている領兵のようだ。


「見つかったのか?」

「いや、子供らはまだ。というか先生、やっぱあいつら森に入っちまってるよ。穴が見つかった」

「どこだ?!」


 ブレイズが割り込むと、領兵は驚きつつも答えてくれる。


「ここからしばらく東に行ったとこだ。山の(すそ)にかかったあたりだな。子供が通るくらいはできそうな大きさだったよ」

「ウィットも通れる大きさだったのか?」


 ラディが疑問を口にすると、領兵は首を横に振った。


「ウィットは無理だと思う。でも、その穴の近くの壁に、真新しい傷がついてたんだよ。こう……剣でがりってやったようなのが二本。目印でもつけたんじゃないか?」

「確かに、剣は持たせたな」


 つぶやいたのはセーヴァだ。

 もし壁に傷をつけたのがウィットなら、彼女はそこまでたどり着いた――そこまで子供を捕まえられなかった、ということになる。


「あのへんまで行ったなら、そのまま東の山に少し入れば壁の端まで行けなくもない。だんだん低くなるから、適当なところで壁を乗り越えることもできるだろうし」

「つまりウィットが戻ってないということは、回り込むか何かして……」

「うん、森に入っちまったんじゃないかって。一応、近くの猟師さんたちに声かけて、捜索はしてもらってる」

「マジかよ……」


 ブレイズはがりがりと頭をかいた。思ったより多方面にご迷惑をおかけしていやがる。

 話を聞いた限り、そそのかされた子供の身を案じての行動だろうが……。


(自分が心配される側になってどうすんだ)


 頭を抱えていると、防壁の見張り塔からレスターが出てきた。

 あまりに遅いので様子を見に来たのだろう。


「どうかしたのかね?」


 怪訝そうなレスターに事情を話すと、彼は渋い表情をした。


「防壁の補修は、確かに間に合っていないが……。獣が入ってくるならともかく、まさか子供が抜け出すのに使われるとは」

「まあ、子供をそそのかした連中が穴を開けた可能性もあるんで」

「それはそれで許しがたいな……いくらかかったと思ってるんだ」


 毒づいてから、レスターは気を取り直した様子で「それで」とこちらを見る。


「子供を追いかけていったギルドの手伝いというのは、戦えないのだね?」


 その問いに、ブレイズたちは揃って頷いた。


「野犬の一匹くらいならなんとかなるでしょうけど、森の獣相手は厳しいっすね」

「では保護に向かうべき、と。いま起きている襲撃が収まれば、南門の周辺には兵士を出せるが……子供らの使った経路(ルート)を考えると、より東側を探す必要があるな」


 ブレイズがラディに視線をやると、こちらを見上げていた彼女と目が合った。

 その目に同じ意思を見て取って、レスターに言う。


「俺らに行かせてください。たぶん、この中じゃ一番森を歩き慣れてます」

「それが無難だろうね」


 真っ先に同意したのはリカルドだった。


「私もついて行きたいところだけれど、きみたちほど森に慣れていない。ルシアンもだ」

「……ええ、足を遅らせる要因にしかなりません。置いていってください」


 ルシアンも頷いて、ラディへと声をかける。


「ラディ、何かあったときの合図を決めておきましょう。僕は防壁の上にいますから、上空に火球でも撃ち出してもらえれば見えるはずです」

「わかった」


 そちらの話は相棒に任せることにして、ブレイズはセーヴァのほうを見た。


「……ってことで、いいよな?」

「ここまで勝手に話を進めておいて、いいもクソもあるか」


 セーヴァは呆れた顔でため息をつく。


「……支部長に報告したら、道具持って兵舎の医務室に詰めててやる。怪我人がいたら真っ先に連れてこい」


 言うだけ言って、彼はさっさと街のほうへ戻っていってしまった。

 レスターが「医務室には話を通しておこう」と言ってくれたので、任せてしまっていいだろう。


「無茶をするんじゃないよ、ブレイズ」


 防壁へ報告に向かうレスターの背を見送りながら、リカルドがぽつりと言った。


「私から見れば、きみとラディも十分危なっかしいのだからね」



 ◇



 南門を少しだけ開けてもらい、そこから防壁の外側へ出る。

 襲撃してきたのは狼の群れだったらしい。視界のあちこちで、兵士たちがでかい毛玉相手に槍を振り回している。


 その中には領主の姿もあった。

 領兵たちの指揮は、副官の爺さんがとっているらしい。


「……マジで何しにきたんだ、あのおっさん。暴れに来ただけか?」

「ブレイズ、いまはそれどころじゃない」


 呆れを思い切り顔に出したブレイズを、ラディがたしなめる。


「おーい、おふたりさん」


 頭上から声が降ってきた。

 見上げると、防壁の上からマーカスが顔を出している。ということは、あの近くにケヴィンもいるのだろう。


 マーカスはにやりと笑って、親指でくいっと前方を指した。


「どうする?」

「突っ切る。道は……」


 ラディを見ると、彼女はすでに魔術を編み始めている。


「こっちで作る」




 五分ほどかけて、ラディは魔術を編み終えた。

 相棒の目配(めくば)せを受けて、ブレイズは頭上のマーカスに手で合図する。

 彼が顔を引っ込めた直後、防壁の上からケヴィンの号令が響き渡った。


「三班、四班、道を開けろ!!」


 目の前で隊列を組んでいた国軍の兵士たちが、駆け足で左右に分かれる。

 ちょうど目の前にいた狼の一頭が、これ幸いとばかりに突進してきた。


 いつもなら、ブレイズが相棒(ラディ)を庇って前に出るところだが――。


 ブレイズの隣から、ラディが一歩進み出る。

 右の手のひらを前に突き出して、彼女は静かに魔術を発動させた。


「――いけっ!」


 ごう、と強烈な風が、前へ向かって吹き抜けていく。

 むき出しの肌を切るような、氷のように冷たい突風だ。


 ラディへ飛びかかろうとしていた狼は、その風を真正面から喰らって地面を転がった。

 風の中に、大小様々な氷の破片が含まれているのだ。


 ある狼は突風に吹き飛ばされ、別の狼は氷片に切り刻まれて倒れ伏す。

 ラディの目前まで迫った狼は、喉の奥まで氷が入り込んだのか、口から鮮血を吐いて息絶えた。


 火と水と風、三種類の複合魔術。

 国軍にも魔術士はいるだろうが、それでも滅多にお目にかかれないだろう、派手な魔術だ。

 ひゅう、と誰かの口笛が聞こえる。


「……そろそろか」


 魔術の風が途切れた瞬間を見計らって、ブレイズは前へ飛び出した。

 すでに剣は抜いている。

 血を吐いて息絶えた狼の(むくろ)をまたぎ、よろよろと身を起こそうとしている狼の首を()ねた。

 その首が地面に転がるのを待たず、そのまま横を駆け抜ける。


 すれ違いざま、ずたずたにされた毛皮の裂け目に刃を当てるくらい、ブレイズには容易いことだ。

 進行方向にいる狼たちを次々と斬り捨てながら、森へ走った。

 そんなブレイズの数歩後ろを、同じように剣を抜いたラディが続く。


「オーデット、レイリア! ――くたばるなよ!」


 森に入る直前、ケヴィンの大声が聞こえたような気がした。

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