表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
85/185

85. 次の一歩

「いってきまーす」

「気をつけてね」


 カチェルと支部長に見送られて、黒髪の子供はギルド支部を出た。

 現在『ウィット』と名乗っている少女である。


 手には買い物籠、腰には王都で購入したバゼラード。

 足は久しぶりの市場に向いていた。


 数日前に南の防壁への襲撃が一段落したようで、いまは自衛の手段を持った大人であれば、一人で屋外に出てよいことになっている。

 ちなみに、子供は大人の付き添いが必要だ。

 ウィットは一応、ぎりぎり、自称だけれど十五歳(おとな)なので、剣を持てば条件を満たしていた。


 中央通りをてくてく歩いていると、前方から歩いてくる領兵と目が合った。

 ウィットたちが王都に出かけている間に、ファーネへ配属されてきた人だ。獣の相手に慣れていないので、街の治安維持に回っている。


「こんにちはー」

「ようウィットちゃん、買い物か?」


 言いながら、彼の視線が腰の剣に向く。それから、驚いたように小さく目が見開かれた。


「どうしたの?」

「いや、ちゃんとした剣を持たされてるのが意外でさ」

「持たされてるも何も、これ、僕の剣だもん。自分で買ったんだよ」


 ……ブレイズとラディがたまたま賞金首を捕まえた、賞金のお零れで買えたのは黙っておく。

 まあ、手持ちがなくてもきっと、二人に借金して買っただろうけど。


 そんなウィットの隠しごとを知らない領兵は、へえ、と感心したような声を上げた。


「剣はブレイズに教えてもらってんの? それともラディさん?」

「だいたいブレイズかなあ。ラディは魔術と合わせて使うから、ちょっと違うし」

「ああ、きれいな顔しておっかない魔術使うんだってな、あの人」


 そう言って、領兵はウィットの後方へ視線を投げた。

 つられてウィットも振り返る。

 南の防壁の上を、兵士たちが蟻のように動き回っているのが見えた。あの中に、ブレイズたちもいるのだろうか。


「……僕も、ついていけたらよかったのに」


 ぽつり、口から言葉が転がり落ちた。


 もう少し強ければ。

 もっと早く、本格的に剣を覚えようとしていれば。


(あの異能(ちから)を、ちゃんと使えるようになってれば――連れて行って、もらえたのかな)


 ファーネに戻ってから何度か試したけれど、あの、全てを裂くような異能が使えたためしはない。

 バロウの村の、あの一件が最後だった。


 しばらく黙ってウィットを見下ろしていた領兵が、急に彼女の頭に手を置いた。


「馬鹿言うな、ウィットちゃん行かせる前にまず俺らだっての」

「……なんでみんな、何かあると僕の頭を撫でるんだろう」

「あー悪い、ちょうどいい高さにあるから、つい」

「いや別にいいんだけどさあ……」


 領兵は笑いながらウィットの髪を手で()いて、黒の髪から手を離す。


「ま、無茶を考えるなよってことで。俺らが体張るのはお仕事だけど、ウィットちゃんはそうじゃないんだからさ」


 見回りの途中だから、と言って、その領兵は去っていった。

 ウィットも市場へ買い物に行く途中だったのを思い出し、籠を握り直して歩みを再開する。


「僕はそうじゃない、ねえ……」


 彼の言う通りだと、理屈では納得している。

 自分はファーネ支部に保護されていて、いまは雑用を仕事として与えられていて、剣はあくまで修行中。

 領兵に、ブレイズたちに、守ってもらう立場。そう認識され、そう扱われている。


 理屈では納得しているけれど、別のところがしっくりこない。

 いまだ欠けたままの記憶が、その空洞が、あそこ(・・・)にお前の役目があると声高に叫んでいる。


魔境(あそこ)に入るには、もっと強くならないと)


 いまの自分では何もかもが足りない。

 少なくとも、あの異能が自分の意志で使えるようにならなければ話にならない。

 それも理解しているから、もどかしくてしかたがないのだ。


(バロウの村で、ラディは「一歩前進」って言ってたけど――)


 ――次の一歩は、いつだろう。



 ◇



 食料品の区画に入って、まずは青果店を目指す。

 買うのは夕飯の材料だ。カチェルが野菜のポトフを作るので、スープに入れたい野菜を適当にいくつか買ってきて、と大雑把な指定を受けている。

 個人的にはキャベツの入ったポトフが好きなのだけれど、まだ店に残っているだろうか。


「ごめんくださーい」


 店先で声をかけると、奥から(いか)つい顔の店主が顔を出す。

 彼はウィットの姿を見つけると、後ろに何か声をかけて、自分は引っ込んでしまった。

 ややあって、今度は奥さんのほうが出てくる。ウィットを見ると、ふわりと柔らかく微笑んだ。


「あらウィットちゃん。一人?」

「うん。みんな忙しいからね」

「……ああ、ブレイズくんたちは防壁だっけ。まだ帰ってこないの?」

「いまんとこ、そういう話は聞かないなあ」


 話しながら、ポトフの材料になるだろう野菜をいくつか探す。

 ウィットの知るジャガイモに似たノリッツ芋は、少し前に支部長が麻袋ごと買ってきてくれたので、それ以外だ。


「人参とー玉ねぎとー、あとキャベツない?」

「酢漬けにしたのならあるよ」

「あー……。ポトフに使いたかったんだけど、まあ付け合せにでもすればいっか。ひと(びん)ちょうだい」


 ここ最近、パンとスープだけの質素な食事が続いている。

 同じ野菜でも、一品多くなれば気が紛れるかもしれない。


 本音を言えばそろそろ肉でもがっつり食べたいところだけれど、いまはリド・タチスの影響がどこまであるのかわからないので、控えざるをえなかった。

 さすがにトチ狂って防壁に突っ込んできた動物の肉は遠慮したい。


 魚の流通も滞っているので、たんぱく質を考えてひよこ豆も買うことにした。

 ポトフに入れなくても、あればポタージュか何かにするだろう。


「そういえば、娘さん……チェルシーちゃんだっけ、元気?」


 会計してもらいながら話を振ると、奥さんは計算の手は止めずに苦笑いを浮かべた。


「いやあ、例のお人形で色々あってね。へそ曲げて奥に引きこもってるよ」

「色々?」

「買えるようになる前に、売ってた商人がファーネから引き上げちゃってさ。もう手に入らないんだよ」

「うわー、それは悔しいね」


 エイムズに留まっていた国軍が、順次ファーネに移動してきたのは、もう十日以上前のことだ。

 それによってファーネの市場が元の(さび)れた状態に戻るだろうということは、ウィットも簡単に聞いていた。

 ギルドでは食料品の心配ばかりしていたけれど、工芸品にも影響があったらしい。


「それだけなら諦めもつくんだけど、チェルシーと仲良しの友達が買ってたらしくってさ。その子がお人形抱っこしながら『チェルシーちゃんも買ってもらったら一緒に遊ぼう』って言っちゃったみたいで……」

「あー……」


 察した。


 そのお友達に悪気はなかったのだろう。チェルシーの神経を逆撫でするとは思わなかったはずだ。

 ……いや、遠回しにネチネチやる子がいないわけじゃないので、断言はできないけれど。


「喧嘩しちゃったんだ」

「うちのチェルシーが一方的に怒ってるだけなんだけどね。まあ向こうの親御さんに事情は話しといたし、ほとぼりが冷めれば仲直りするよ、きっと」

「だといいねえ」


 奥さんからお釣りをもらって、会計を終える。

 キャベツの酢漬けを瓶ごと買ったせいで、買い物籠がずしりと重い。これからもう一か所寄る予定なのだけど、順番を間違えたかなと少し後悔する。


(ま、いっか。重いってほどでもないし)


 すぐに思い直して、ウィットは青果店を後にした。




「……あれ?」


 塩を買うために、輸入食料の店へ向かう途中。

 視界の端に小さな影を見つけて、ウィットは足を止めた。


 立ち並ぶ店と店の間、路地を少し入ったところ。

 こちらに背を向ける、女の子の後ろ姿がある。どうやら一人のようだ。


(付き添いの大人は……いないか)


 そもそも、あの子の両親はさきほど青果店で見たばかり。

 他の子供も一緒ならともかく、彼女ひとりにつく大人が、両親以外というのは不自然だ。


(こっそり抜け出したのかな)


 そう結論づけて、ウィットは少女――青果店の娘、チェルシーのほうへ歩み寄る。

 いまのファーネは安全とは言いがたい。見ないふりをしてあげるには、ちょっと時期が悪かった。


「……に……って、種……って…………」

「森……どこ……いの?」


(……ん?)


 チェルシーに声をかけようとしたとき、その奥から話し声が聞こえてきて、ウィットは開きかけた口を閉じる。

 よく見ればチェルシーは何かをこっそり覗き見ているようで、背中が緊張で固まっていた。


 小さな背中の後ろから、そっと路地裏を覗き見る。

 そこには顔を布で覆った二人の男と、チェルシーと同じくらいの少女が、何かを見下ろしながら話し込んでいる姿があった。

Twitterでちょっと言ってたのですが、本作、「我ながら月曜の朝っぱらに読む内容と文体じゃねえな」って思ったので更新日を毎週月曜の朝→毎週金曜の夜に変更してみようかと思ってます。

ひとまず試験的に、今週の金曜日22時からしばらく金曜夜更新で進めてみる予定です。よろしくおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他作品もよろしくお願いいたします!

【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ