83. カーティスという男
ケヴィン vs 領主回です。主人公の出番はない。
防壁に残るブレイズたちと別れ、第三王子ケヴィン・クライヴは護衛のマーカスを伴って兵舎へと向かった。
事後の連絡となるが、エイムズの一件について領主カーティスに伝えておかなければならない。会議室はすでに押さえてあった。
「少し急ぐぞ」
言って、ケヴィンは歩くペースを上げる。マーカスも無言でついてきた。
リアムの後ろを歩くカーティスの顔が、息子を見るとは思えぬ形相だったのは、彼とマーカスも目にしている。彼とリアムを二人にするのはまずそうだ。
石造りの兵舎に入り、階段で二階へ。
会議室の扉に近づくと、男の怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
扉の前には、数人の領兵が立っている。
カーティスの護衛だろう彼らは、心配そうな、居心地の悪そうな表情で扉を見ていた。
ちらりと自らの護衛を見ると、彼は小さく肩をすくめて、素早く会議室の扉を開ける。
ケヴィンはすうと息を吸った。
「やかましい!!」
扉が開くと同時、ケヴィンは室内に向かって怒鳴りつける。
「まったく……廊下にまで喚いているのが聞こえていたぞ。周囲への迷惑を考えろ」
言いながら部屋に入ると、中にはやはり、リアムとカーティスがすでに揃っていた。
カーティスの大きな手が、リアムの胸ぐらを掴んでいる。
「いつまでそうしている気だ」
思ったより低い声が出た。
リアムが素早くカーティスの手から服を外し、こちらに歩み寄ってくる。
「あ、貴様!」
それに気づいたカーティスが、息子を捕まえようと手を伸ばす。
しかし、さすがに見かねたマーカスが割って入って、その手を弾いた。
カーティスがマーカスを睨みつける。
父親の注意が逸れた隙に、リアムは服を整えながらこちらに来た。
「怪我は?」
「する前に来ていただいて助かりました」
つまり、あのままだと殴られていた可能性もあったということか。急いで正解だったようだ。
そのまま小声で疑問をぶつける。
「なぜ一緒にいる? なるべく接触は避けろと言ったはずだが」
「申し訳ありません。市場で店主に詰め寄っている様子だったので、さすがに見過ごせなくて」
そうか、と頷いて横に立っているように言う。
マーカスはカーティスの前に立ちはだかって足止めしていたが、ケヴィンが呼ぶと即座にこちらへ戻ってきた。
「……さて、カーティス・レ・ナイトレイ」
マーカスが後ろに控えるのを待って、ケヴィンは口を開く。
会議室には机も椅子もあるが、腰を下ろしてじっくり話すつもりはない。
息子への態度も確認できたし、あとは必要な話を伝えるだけだ。
「お互い忙しい身だ、手短にいこう。まずエイムズの代官だが、拘束して街の牢に入れてある。代官の拘束に抵抗した連中もだ。仕置はそちらに任せるが……私が王族の立場で強引に拘束した意味を、よく考えることだな」
暗に「お仲間だからと目こぼししたら許さんからな」と言っているのだが、伝わるだろうか。
しかし、領地のことは領主に委任するのが原則な以上、遠回しに圧力をかけることしかできない。
「それから、今回の大襲撃については王家も気にしている。事態が落ち着いたら、国王陛下より御下問のため召喚があるだろう。後日エイムズに召喚状が届くはずだ、準備しておくように」
「……はっ」
そこでようやく、カーティスは小さくだが頭を下げた。
国王に下げる頭はあっても王子に下げる頭はないのか、なんて皮肉が口をついて出そうになる。小さく咳き込むふりをして、言葉を口の中で散らした。
カーティスの失点は、リアムの得点だ。自滅を止めてやる義理はない。
「最後に。リアム・レ・ナイトレイは私の直属の部下としてここにいる。悪いが親子の時間は取ってやれん、彼の職務を妨げるような真似はしないように」
「それについては、私からもお尋ねしたいことがございます」
「……聞こう」
先に返事だろうが、と突っ込みたくなるのをこらえて話を促す。
カーティスはリアムを睨みながら口を開いた。
「なぜ愚息が殿下の部下になっているのですか。私は何も聞いておりません。それに、愚息の顔にある傷痕はどういうことなのか。直属の上司ならばご説明願いたく」
「そこからか」
表面上呆れてみせるが、まあ想定内だ。想定内過ぎて呆れる気持ちはあるが。
「リアムとは王都の学院で交流があった。私の婚約者はミューア家の令嬢、リアムの従姉妹だ。不思議はあるまい」
ミューア家の名にカーティスの目が鋭くなるが、無視して話を続ける。
「リアムは軍政も内政も学んでいたからな、文官として魅力的な人材だった。しかし、ナイトレイ家の大事な跡取り息子だと思っていたから遠慮していたのだが……放逐されたと聞いてな。ならばと貰い受けたわけだ。文句はあるまい?」
「私は何も聞いておりません!」
「追い出しておいて連絡は寄越せと? ……いやまあ、世の中にはそういうご家庭もあるのかもしれんが。貴族社会では一般的でないとだけ言っておこう」
マーカスが小声で「『もうアンタはうちの子じゃないよ、出ていきな! 月に一度は手紙を出すんだよ!』ってことっすか」と囁いてくる。やめろ笑う。
「あと、顔の怪我だが」
これについては完全にケヴィンとリアムの落ち度なのだが、カーティスにどうこう言われる筋合いはない。
なので、ここは少しずるい言い方をする。
「逆に聞きたい。リアムが無傷でいられるとでも思っていたのか?」
「どういうことですか」
「護衛もつけず身一つで放り出しておいて、何の危険もないと思っていたのかと聞いている。貴族の子供が、拐われることも殺されることもないと? 貴様が賊だったとして見逃すか? リアムが五体満足でここにいることが、私にとっては奇跡のように思えるが」
嘘は言っていないし、追い出された直後のリアムにそういった危険があったことは確かだ。
結果としてリアムは大きな怪我もなくケヴィンのもとまでたどり着いたが、それは彼がよく考えて行動したからだ。親が子にした仕打ちの言い訳にはならない。
「話は以上だ。エイムズから連れてきた部下どもにも、よく言い聞かせておけ。くれぐれもリアムの邪魔をするな、とな」
言葉に詰まるカーティスを冷ややかに見て、ケヴィンは会議室を出るべく扉へ向かう。
先行したマーカスが開けた扉を、ケヴィン、リアムの順でくぐった。
廊下には入る前と同様、領兵たちが立っている。
扉が閉まると、リアムは彼らに小声で告げた。
「……ごめん、みんな。もう少しだけ耐えて」
領兵たちは小さく笑って、やはり小声で応じる。
「俺らのことは心配すんな。だましだましやるさ」
「そっちこそ無理すんなよ、お前だけは代えがきかねえんだから」
「怪我、痛むようなら医者にちゃんと診てもらえよ」
返された温かい言葉に、リアムは小さく微笑んだ。
◇
「随分と気性の激しい御仁なのだな」
休憩のため、兵舎の割り当てられた部屋に向かう道すがら。
ケヴィンのつぶやきに、後ろを歩くマーカスが首を傾げた。
「あれ、初対面っすか?」
「ああ。なんせ向こうが、茶会にも夜会にもまったく出てこないからな」
おそらくカーティスも、ケヴィンの顔は知らなかっただろう。
リアムがケヴィンの名を出して会議室まで連れてきたと言っていたから、単にあの場で見て取っただけだと思われる。
(……マーカスに王子のふりをさせたら騙せたかもな)
そんなわけあるか、と少し前まで話していた茶髪の友人の声がしたような気がするが、気のせいだろう。
マーカスの隣を歩いていたリアムが、うんざりした顔でため息をついた。
「『お貴族様の浪費に付き合う気はない』がそういうときの常套句でしたね……母も、最低限は顔を出せと口酸っぱく言っていたのですが」
「お貴族様の、って……自分も貴族じゃないか」
「自覚してないんですよ。平民の目線を忘れないと言えば聞こえがいいですが、単に貴族の裏側を知る気がないだけです」
王侯貴族が催す茶会や夜会は、要するに顔つなぎと情報共有の場だ。
隣接する領主との縁は結んでおいて損はないし、王家から貴族全体への連絡をそういった場で回すことだって珍しくない。
普段は離れた土地で暮らしているぶん、たまに集まって直に言葉を交わすのは、貴族にとって大事なことだというのに……。
「上位者に噛みつく話って、わりと民衆受けしますからねえ」
マーカスがうんうんと頷く。
「ほら、『弱きを助け強きを挫く』とか。『権力者に物申せる俺カッケー』とか。たまに流行るじゃないすか、そういうの」
「否定できませんね……反骨心を履き違えている感はあります」
リアムも同意するように頷いた。
なるほど、先ほどカーティスが王子である自分に対して、礼を失した態度だった理由はそれか。
エイムズの件もあってわざと高圧的に接したが、だからこそあの態度だったのかもしれない。
まあ、事前にそれを知っていたとしても、あの場で下手に出ることはあり得なかったのだが。
「……リアム」
ケヴィンは足を止めて、後輩を振り返った。
新緑の瞳が、まっすぐにこちらを見返してくる。
「ここで名乗りを上げたら、カーティス卿との敵対が確定する。……もう後には引けないぞ」
「承知しています」
リアムは気負うそぶりもなく頷いた。
「この地は、生きた人間の暮らす場所です。彼らが“領主ごっこ”をするための遊び場じゃない。……それを、知らしめます」




