82. 追放令息は国の力で父親を殴りにきた
すみません、副反応ガチャで案の定やっかいなのを引いてました。
切りどころに迷ったのでちょっと短めです。
「ははははは久しいなオーデット!!」
「うわっ」
後ろから馬鹿でかい声で呼ばれたと思ったら、赤い長髪のキラッキラした男が笑いながらこちらに向かって走ってきた。
狭い防壁の上に回避の余地はなく、突進をその背で受け止めるはめになる。走ってきた勢いそのまま背中をばしんと叩かれて、ブレイズは思い切り咳き込んだ。籠手が骨に当たって地味に痛い。
「げほっ……ええっと、『殿下』?」
「あー、いまだけお友達対応で頼んます」
後ろをのんびりついてきたマーカスが、困ったような笑みを浮かべて言ってきた。
「ちょっとエイムズで色々あって、ストレス溜まってるみたいなんで」
「……役人に絡まれでもしたのか?」
ブレイズの陰から、ラディがひょこりと顔を出して聞く。
どうでもいいがこの女、突進してくるケヴィンを見て、冷静にこちらを盾にする位置に入った。十年前に「守ってあげる」とか言っていたのはどうした。いやまあ、彼女に前に出てこられても、吹っ飛ばされるだけだろうが。
それはともかく、ラディの質問に口を開いたのはケヴィンだった。
口元が笑みの形に引きつっているが、目は据わっている。
「エイムズの代官が、街を出入りする商人の荷を問答無用で取り上げていたんだ……『徴収』の名目でな」
「……は?」
ブレイズは絶句した。ラディも同じく、目を見開いたまま固まっている。
エイムズの街は、ナイトレイ領における流通の中心地点だ。そこでそんな暴挙に出れば、領内に何も行き渡らなくなる。地図が読めれば誰にだってわかることだ。
ケヴィンとマーカスは、こちらの反応に「気持ちはわかる」と言わんばかりに何度も頷いている。
「一応言っておくが、エイムズの街を出入りする全ての商人が対象だった。領内を行き来する野菜の行商なんかもな」
「そんな……領内の行商をしているなら、彼らも領民だろう?」
「それに、エイムズの連中も割を食うんじゃねえのか?」
「食ってたっすよ」
ブレイズの言葉に、マーカスが首肯する。
「エイムズだって、食料は周辺の農村に頼ってる部分がでかいっすからね。外からの供給が止められて、残ってた食料の値段が高騰して……」
「さすがに見過ごせなくてな。その代官を拘束しようとしたら、国軍とはいえ領内では領主に従えとか文句言ってくるものだから、『こちとら王族だぞ』と僕の名前を出すはめになったんだ」
「末端はともかく上層部が反抗的なもんで、ぜーんぶ殿下が睨みきかせなきゃならなかったんすよ」
マーカスが言い終えたところで、ケヴィンが深くため息をついた。なるほど、ストレスが溜まっている理由はそれか。
「エイムズには、代わりに軍政かじってる士官を置いてきた。行軍にくっついてきた商人も半分残してきたし、当分はなんとかなるだろう」
「行軍?」
「ああ、王都から国軍の隊をひとつ率いてきたんだ。僕の権限で引っ張ってこれる精一杯だ」
言われてみれば、防壁の下がざわざわと騒がしい。
ファーネ側を見下ろすと、少し離れた位置に建つ兵舎へ、木箱やら布袋やらが続々と運び込まれている。食料やその他の物資だろう。
「商人の残り半分はファーネ支部に行かせた。明日にでも、市場にあれこれ出回るはずだ」
「そうか……ありがとうな」
礼を言って、ほっと息を吐く。
ただでさえ食料不足の心配があったのに、エイムズでそんなことをされていたとは知らなかった。領主本人はそういった悪辣なことをする人間に見えないのもあって、怒りよりも先に驚きが来てしまう。
(……よくわかんねえな、あの領主)
ブレイズが実際に話したカーティスの印象と、聞こえてくる領主の悪評がいまいち噛み合わない。以前にリアムが語った、彼の父親像ともずれているような気がする。
外面を取り繕っているとか、性格に裏表があるとか、そういうタイプだろうか。しかし、だとしたら悪評をそのままにはしないだろう。
そこのところ、ケヴィンはどう思っているのだろうか。
いや、ケヴィンよりも――。
「そういや、リアムは?」
「連れてきてるぞ。できれば、カーティス卿とかち合わせたくなかったんだが……」
「……いや、だったらなんで連れてきたんだよ」
「あいつの実績にするためさ。ここで名乗りを上げさせれば、『父親に追い出されても領地のために奔走し、王族に直訴して国軍を動かした若き俊英、リアム・レ・ナイトレイ』の出来上がりというわけだ」
そこで言葉を切って、ケヴィンはさっと周囲に視線を走らせた。
マーカスが小声で「大丈夫です」と告げるのに頷いて、再び口を開く。
「これはまだ他言無用だが……カーティス卿、降ろされるぞ」
声を低くしてケヴィンが言うのに、ラディが小さく首を傾げた。
「エイムズの件で? 聞いてる限りだと、代官の独断のように思うけど」
相棒の言葉に、ブレイズも頷いて同意を示す。代官の独断。それなら確かに、領主の印象と今回やられたことの悪辣さの落差も腑に落ちる。
イェイツ支部で領主に遭遇したとき、隣で喚いていた側近のジジイなんか、いかにも今回のようなことをやりそうだ。
「僕も代官の暴走だとは思うが、それでも、だ」
しかし、ケヴィンは小さく首を横に振った。
「代官に実権持たせた領主が、まったくお咎めなしというわけにもいくまい。それに元々、これ以上何かやらかすようなら隠居させる手筈だったんだ」
「え、そうなのか」
「一応いくつかネタは掴んでいたんだが……今回の襲撃への対応の遅さと、この一件で十分だな」
仕込みが無駄になった、とぼやくケヴィンの横で、マーカスが苦笑している。何をやっていたのかは……聞かないほうがよさそうだ。
「そういうことなら、次の領主は……」
「もちろん、あいつだ」
そう言って、ケヴィンは視線で防壁の下を示した。
物資を運び込む兵士たちとは別に、領兵と国軍の兵が混ざった一団がぞろぞろと歩いてくるのが見える。
その先頭を歩く人物がこちらを見上げて、目が合った。
ぱっと笑顔になって小さく手を振ってくるのは、頬に痛々しい火傷の痕が残る眼鏡の若者、リアム・レ・ナイトレイ。
「元気そうでよかった、けど……」
「ああ……」
控えめに手を振り返しながら、ラディが小さな声でつぶやく。
言葉尻を濁したそれに、ブレイズは小さく頷いた。言いたいことはわかる。
「……あの人、あんな顔もするんだな」
リアムの後ろを、領主カーティスが領兵と共に歩いている。
ブレイズたちの前で気さくに振る舞っていた彼は、恐ろしい形相で息子の背を睨みつけていた。




