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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
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81. 不協和音

 兵舎の二階にある会議室。

 時々レスターとの話し合いで使う広めの一室に、ブレイズたちは四人揃って呼び出されていた。


「カーティス・レ・ナイトレイだ」


 そう言ってこちらに握手を求めてくるのは、先日、防壁の上と下で顔を合わせた領主カーティスだ。

 この領主が「あの若者たちと一度話してみたい」としきりに言っていたそうで、いきなり押しかけられるよりはと、レスターが場を整えることにしたのだとか。

 もちろん、この場にレスターも立ち会っている。困ったときには彼が助けてくれる、ということらしい。


「商業ギルド警備員のブレイズ・オーデットです」


 差し出された手を握りながら、ブレイズも名乗る。

 商業ギルド、という単語にカーティスの眉がぴくりと動くが、それだけだった。


「……もしかして、以前に会ったことがあるかね?」

「イェイツのギルド支部で、一度」


 カーティスの視線が少しだけ虚空をさまよって、それから「ああ」と得心したような声が上がる。


「そういえば、魔境の素材を運んでいたのだったな」


 その言葉に首肯しながら、よく覚えていたものだとブレイズは内心で感心した。

 そんなに特徴のある顔をしているつもりはないし、いままで他から何か言われたこともない。髪だって珍しい色ではないし、似たような背格好の同年代なら、領兵に一人二人くらいはいるだろう。

 ――そんな自分の、どこが印象に残ったやら。

 そんなことを考えていると、カーティスのがっしりとした体の陰から、小柄な老人がひょいと顔を出した。


 老人はどうやら副官らしい。しわくちゃの顔と総白髪を見るに領主より年かさのようだが、背筋はしゃんと伸び、目に力がある。革鎧をまとっていても、不相応に見えないだけの貫禄があった。

 その目が、ブレイズの頭から足元までを、不躾なくらいの無遠慮さで眺める。それから、訝しそうな表情を隠しもしないで口を開いた。


「お(めえ)さんみてえな(わけ)えのが代表者か?」


 ……レスターの目がすうっと細くなったのを、ブレイズは視界の端にとらえる。


 カーティスも気づいた様子で困ったような顔をしたが、副官らしき老人にその素振りはない。

 いかにも歴戦、といった風体の老人だ。本当に気づいていないのか、それとも気づいた上で無視しているのかの区別がつかない。


「そっすよ」


 一気に居心地の悪くなった空気の中、ブレイズは老人に向けて頷いた。

 老人は不機嫌そうに顔をしかめる。


「上役はどうした。下っ端だけ寄越して、自分はギルドに引きこもりかい」

「や、だから俺が警備員のトップ。俺の上は支部長なんで、さすがにギルドにいねえとダメでしょ」

「お前さんがトップだあ?」


 ものすごい目つきになっているレスターには悪いが、ブレイズは怒るよりも先に安心していた。

 イェイツで領主の横についていた側近のジジイに比べれば、この爺さんはだいぶマシだ。少なくとも、話が通じる。

 ……まあ、反応に思うところはあるが。


「俺より上の世代はみんな、十年前にいなくなっちまったんでね」


 そう告げると、老人とカーティスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 彼らも元は傭兵だ。「いなくなった」の意味を正しく察したのだろう。


「――もう十分でしょう」


 さすがに堪りかねた様子で、レスターが割って入ってきた。


「彼らも、我々が頼りにしている重要な戦力です。これ以上この場に留めておく意味はありません。……時間を取らせてすまなかったね、持ち場に戻ってくれ」


 領主へ一方的にまくしたてると、レスターはブレイズたちに退室を促す。

 それに頷いて、ブレイズは扉へつま先を向けた。


「あ、きみ……」

「それじゃ、俺たちはこれで」


 領主が何か言いかけるのには気づかないふりをして、ブレイズたちは部屋を出ていった。




「……大丈夫かい?」


 廊下に出て、最初に声をかけてきたのはリカルドだった。彼の顔を見れば、眉根を寄せて、心配そうな表情を浮かべている。

 ブレイズは小さく笑った。


「あのくらい、どうってことねえよ」


 本心だ。

 あの爺さんからすれば、二十にもならないブレイズなど、若造を通り越して孫のようなものだろう。

 そんな子供(・・)が代表者(づら)をしていれば、「大人はどうした」と思うのも無理はない。


 そう言ったが、リカルドの眉間の皺は取れなかった。


「……だからといって、彼らが言っていいことじゃなかった」

「無神経ですよねえ。ちょっと考えれば察せることでしょうに」


 ルシアンも同意の声を上げる。

 その点についてはブレイズも思うところがあるが、そもそも最近、領主に関するいい話をほとんど聞かない。期待していないぶん、怒りも湧かなかった。


 二人をなだめながら廊下を歩き、少し後ろをついてくる相棒を振り返る。


「ラディ、お前は大丈夫だったか? 睨まれたりとかしなかったか?」

「大丈夫だよ。出ていくときに視線は感じたけど」

「……なんかあったら言えよ」


 ブレイズは小さく安堵の息を吐いた。


 あの場でブレイズが一番警戒していたのは、ラディに矛先が向くことだった。

 腕っぷしが評価の中心となる社会は、どうしても男性優位になりがちだ。彼女に難癖をつけてくるようなら、さすがにブレイズも今後の対応を考え直す必要が出てくる。

 ……領兵の顔ぶれも変わったことだし、当分の間、ラディを一人にしないほうがいいかもしれない。


「レスター隊長も大変ですよね」


 だいぶ遠くなった会議室の扉を見やって、ルシアンがぽつりと言った。


「カーティス卿、かなり絞られてるようですよ。防壁の有様もそうですが、なんでも物資をほとんど持たずに来たらしくて」

「物資って……食料とか、矢弾とかか?」


 ええ、とルシアンが頷く。

 国軍の物資を分けてほしいと言い出して、必要量を聞いたレスターの額に青筋が立ったのが昨日のことだという。


 ――これから不足するだろう食料に、ジーンたちが枯渇をなんとか引き伸ばしていた矢弾?


 嫌な予感がしたのは、自分だけではなかったらしい。

 表情を硬くするラディの後ろで、リカルドが頭痛がするとばかりにこめかみを揉んだ。


「何しに来たんだい、彼らは」

「……戦いに?」


 ブレイズは深く考えず、適当に言った。

 少なくとも、そこだけは間違いないだろうから。



 ◆



 副官の失言について、主従ともどもレスターに絞られた後。

 領主カーティスは兵の指揮を副官に任せ、自身は数名の領兵を護衛に、物資の問題を解決すべくファーネの市場へと足を踏み入れた。


 本来であれば、商業ギルドに協力を依頼するところだ。

 カーティスも最初はファーネ支部を訪ねようとしたのだが、通り道にあった支部のあまりの寂れように、入る気をすっかりなくしてしまった。


 ――みんな、十年前にいなくなっちまったんでね。


 あの、剣を巧みに使う若者の言葉が、カーティスの脳裏によみがえる。


 ――十年前に彼らが何歳で、彼らを守るべき大人たちがなぜ失われたのか。


 怒りのこもった口調で、レスターは自分たちに「一度よく考えて頂きたい」と言った。


(考えろ、か)


 思えば、あの男の言葉は単なる文句や嫌味とは少し違う。

 聞き流すことを許さず、カーティスの胸に何かしらの引っ掛かりを残していく。

 つまり、単なる文句や嫌味ではないということだろうが……。


(物資について解決するのが先だな)


 胸に引っ掛かった何かを意識の外に追い出して、カーティスは食料品の区画を目指した。




「何と言われようと、お譲りできるのはこれだけです」


 たまたま目についた青果店。

 強面の店主が並べた野菜は、十人分にも満たない量だった。しかも、日持ちしない葉野菜や実野菜ばかりだ。


「二日ほど前から、急に商品が入ってこなくなりましてね。住人にも購入制限をかけています」


 低い声で告げる店主はどう見ても愛想があるように見えず、カーティスはこの店がこれでやっていけるのかと心配になった。

 武装した男が領兵を引き連れてやってきたからこそ、この店主が出てきたのだが……。普段この店で出てくるのが、愛想のいい女房のほうだと知らないカーティスには、わからないことである。


 とはいえ、自分も百数十の兵士をまとめる身だ。ここで引き下がるわけにもいかない。


「そこをなんとか、もう少し分けてもらえないかね。心当たりのある店を紹介してくれるのでもいい」

「どこも変わりゃしませんよ」


 吐き捨てるように店主は言った。


「昨日、野菜を買い付けてくる商人が手ぶらでここに来ました。謝られましたよ。『エイムズの検問で、領兵に全ての荷が奪われた。すまない』ってね」

「は?」

「徴収だと言われたそうですよ。上の指示だって、領兵も申し訳なさそうだったとか」

「な……!」


 なんだ、それは。

 そんなことをしろと命じた覚えはない。


「ファーネへの道は、エイムズからの一本しかない。つまり、この街に入ってくる物資はみんな一度エイムズを通る。……これでわかったか、領主様」

「……知らない。そんなことを、許した、覚えは」

「そうかい。それで?」


 それで……それで?

 この男は何を言っているのだろう。自分は知らないと言っているのに、これ以上何を求めるというのか。


 ()めつけてくる男の眼は、ずっとこちらを向いている。

 それを無礼と咎める仲間(・・)を、カーティスはいま伴っていない。


 どのくらい時間がたっただろうか。



「……あなたはいったい、何をやってるんですか」



 横手から、別の声が割って入ってきた。

 この状況から逃れられるのなら何でもいいと、カーティスはそちらへ視線を逃し――驚愕に目を見開く。


「なぜお前がここにいる?!」


 そこに立っていたのは、亜麻色の髪をした、線の細い若者。

 自分たち(・・・・)にいらぬ口出しをしたため追い出した息子(子供)、リアム・レ・ナイトレイだった。

【主人公の顔面レベル】

「いろんな人間の顔の平均を取ると母数が大きいほどイケメンに近づく」と言われますが、そういうザ・平均値の顔に内面のガサツさがにじみ出たようなツラをしてます。


いつもお付き合いいただきありがとうございます。

来週は2回目のワクチン接種のため、更新がなかったらまた副反応ガチャで面倒なの引いたと思ってください。

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