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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
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79. 防衛戦(5)

先週に引き続き、遅くなりましてすみません。

(ワクチン副反応ガチャでSR発熱を引いてました)

 エイムズの街を出た国軍の別働隊は、数日かけてファーネの街へ入ってきた。

 数日かかるのは、ファーネまでの道が悪く、全員が一気に来れないためだ。いくつかの班に分かれ、道中の農村に滞在することで道を通る日を調整したらしい。

 本来ならこんな面倒なことをせず、エイムズから少しずつ出発していくはずだった。しかし彼らの保管する物資に領主一派が目をつけたことで、エイムズに留まるよりは、無理と面倒を承知でさっさと街を出たほうがいいと判断したそうだ。


「その結果、ファーネの市場にも少し影響が出てきている」


 ブレイズとラディを前に、キース支部長が言った。国軍のレスター隊長に用があって防壁を訪ねたので、ついでに自分たちの顔を見に来たらしい。


「最近の市場が賑やかだった理由を覚えているかい?」

「確か……国軍の別働隊がエイムズから物資を小分けに運んでいて、それに領内の商人が便乗したから、だったか」

「国軍にくっついて護衛代わりにしてたんだろ? それで商品の入ってくる量が増えた」

「その通りだ」


 問いに答えを返すと、支部長は満足げにうんうんと頷く。

 それから、困ったように眉を下げた。


「それで……今回その『護衛代わり』が、ごっそりエイムズからいなくなってしまったわけだよ」

「あー、つまり元に戻っちまうってことか」


 商品の流通量が増えて賑やかさを取り戻したのだから、その原因がなくなってしまえば、元の状態に戻るのは当然だ。

 当然なのだが、その落差を想像して、ブレイズは眉間にしわを寄せた。


 取引する量が増えたおかげで生活が上向いたと、青果店の奥さんが喜んでいたのを思い出す。あの笑顔が曇るのか。想像するだけで気が滅入(めい)る。

 そういえばあそこの小さなひとり娘は、欲しがっていた人形を買ってもらえたのだろうか。


 堅気(かたぎ)の人間だけではない。市場の路地裏――放棄された住宅地区に根を張っている、違法の露天商たちはどうするのか。

 早めに見切りをつけて街を去ってくれればいいが、食い詰めて住人相手に盗みや強盗をやらかす可能性だって低くはない。


「……治安がやべえな」


 ぽつりと言うと、隣でラディが小さく頷く気配がした。似たようなことを考えたらしい。

 人が増えたときにも治安の悪化を心配したが、減ったら減ったでやはり治安の心配をしなければならないとは。人の動きというのは厄介なものだとげんなりする。


 ブレイズたちが理解したのを察してか、支部長が再び口を開いた。


「僕が今日レスター隊長に会いに来たのも、この件に関する相談なんだよ。国軍の兵士が増えたぶん、必要になる食料は増えたのに、その流通量が減ってしまうから」

「ああ……日持ちしないものは現地(ファーネ)で買うだろうから、彼らも無関係じゃないのか」

「そういうことだね」


 ラディの言葉に支部長が頷いたところで、ブレイズは大きくため息をついた。

 少し防壁の南に気を取られている間に、街のほうはずいぶんと悪い状況になりつつある。


「一度ギルドに戻るか? 流通量はどうにもならねえけど、路地裏の連中に釘刺すくらいはしねえとまずいだろ」

「それはもう僕が行ってきたよ。向こうの顔役に話をした程度だけどね」


 顔役(ボス)ができるほどの規模だったのか、とブレイズが内心で驚き呆れていると、防壁のほうから警鐘が打ち鳴らされる。襲撃だ。

 周囲の兵士たちがばたばたと駆けていく。


「支部長、俺らもう行かねえと」

「うん、行っておいで」


 気をつけるんだよ、と言って、支部長もギルドへ戻っていった。



 ◇



「ガアァァァァッ!!」


 防壁の上にたどり着いてすぐ、ブレイズは獣の咆哮を聞いた。

 先に到着していた兵士たちの顔色が悪い。怯えてこそいないが、完全に腰が引けているように見える。


 一体どんな獣が来たのかと、そこで初めて防壁の下へ目をやって――「げ」と思わず声が漏れた。


「熊かよ……」


 しかも相当な大きさだ。おそらく、全長はブレイズの背丈をゆうに超えるだろう。

 熊らしくずんぐりした体型で、横幅もそれなりにあるように見える。


「本気で体当たりされたら、防壁のもろい部分は崩されそうだな」


 やや硬い声でラディが言った。ブレイズも同感だ。あの大きさなら、体重も相応にあるだろう。


「……ラディ、やるぞ」

「うん」


 胸の中、わずかに湧いた(ひる)みを振り払って、ブレイズは相棒に告げる。これまで大物担当のように動いてきたのだ、これも自分たちの領分だろう。

 ラディも異論は口にせず、こくりと頷く。


「今日は空気が乾いてるから、大量の氷を作るのは難しい。足元はなんとかするけど、腕を封じるまでは期待しないでくれ」

「わかった。――行くぞ!」


 剣を抜いて防壁を飛び降りる。

 着地の寸前、前方からぱきんと澄んだ音がした。見れば、熊の足元で氷の破片が散っている。


「早い! 魔物化してないか?!」


 ラディの焦ったような声が、防壁の上から降ってきた。早速彼女が熊の足元を凍らせて、それが一瞬で破られたらしい。

 ブレイズはすぐにその場から駆け出した。着地の無防備な瞬間を狙われなかっただけで十分だ。


「こっちだ!」


 走りながら足元の小石を拾い、熊の顔めがけて投げつける。

 視線と注意がこちらに向くのを感じながら、防壁を離れて森のほうへ走った。

 防壁の下には、まだ兵士たちがいる。彼らに熊の注意が向くとやりにくい。


「グルァアアアァッ!」


 思惑通りブレイズへと向かってくる熊は、走りながら片腕を振り上げ、こちらに叩きつけてきた。

 身を低くしてそれを避けながら、ブレイズはその胴へ刃を滑らせる。


(かて)え!」


 試しに軽く撫でてみた程度の斬撃だが、予想よりも手応えが浅い。刃先が肉に食い込むと思っていたのに、実際は毛皮を裂けたかどうかといったところか。

 ラディの言う通り、これは魔物化しているのかもしれない。


(だとすっと、脆いとこを狙うしかねえか……)


 体が大きい獣というのは、相応に体表が強固であることが多い。

 こういう場合は、まず関節を狙うのが基本だった。いつぞやの魔猪と同じだ。


 ブレイズを追おうと熊が体の向きを変えたところで、後ろ脚の片方が分厚い氷に覆われた。しかし太い後ろ脚は、すぐにそれを蹴り砕く。

 間を置かず、足元の地面がへこんで四肢が土に沈みかけ、それより早く熊の四肢が地を蹴った。


「グゥ……」


 熊の双眸が、じろりとブレイズとは別の方向をにらみつける。

 その視線の先には、相棒の姿があった。


「ラディ!」


 ブレイズたちが防壁から離れてしまったので、狙いをつけるために彼女も下りてきたのだろう。

 熊を挟んでブレイズとは反対側、少し離れたところに立っている。


 誰が邪魔をしているか、本能的に感じ取ったのか。熊がラディへ向かって足を踏み出すのに、ブレイズは焦った。

 華奢なラディが、一撃でも食らったら――!


「くそっ!」


 なんとかして、熊の注意を彼女から引き剥がさなければ。

 その一心で、ブレイズはがむしゃらに熊の尻へ斬りつけた。力を込めた斬撃が、獣の肉に刃を届かせ、悲鳴を上げさせる。


「グァウッ!!」

「うおっ?!」


 振り向きざまに振り下ろされた腕を、ブレイズはぎりぎりで回避し――上体を下に引っ張られる感覚の直後、地面へ転倒した。


「ブレイズ?!」


 ラディの悲鳴のような声に被さって、ぶちんと何かが千切れたような音。それと同時に、引っ張られる感覚が消えた。


 ――動ける!


「大丈夫だ!」


 叫んで、ブレイズは身を起こした。

 眼前では熊が後ろ脚で立ち上がり、ちょうど左腕をこちらへ振り下ろそうとするところ。


 凡人なら何もわからず、常人なら死を悟る瞬間だが――ブレイズの頭にあったのは、ただ目の前の獣を斬ることのみだった。

 振り上げられた腕の下、無防備に晒された脇腹へ、体ごと飛び込むようにして刃を送り出す。


「っらあぁぁぁぁっ!!」


 ざくざくと毛皮を裂いていく音がする。ぶちんと(はらわた)を斬る手応えがある。

 一瞬、後方へ上体が引っぱられる感覚がして、それを無理やりに振り切った。ばつん、何かが弾け飛ぶ。


 獣の絶叫を背に、ブレイズは転がるようにして相棒のもとへ。

 回転の勢いで立ち上がり、彼女の前で剣を構えた。


「ラディ、下がれ!」


 ブレイズが背後の相棒に叫んだ直後、目の前の熊がこちらを振り返る。

 脇腹から血を流し、四足歩行に戻った獣がこちらへ向かって地面を蹴った。


「ぐっ……!」


 突進を回避するのは簡単だが、背後の相棒は――と、今度こそブレイズの顔から血の気が失せかけたとき。

 目の前の地面から岩が勢いよく突き出して、熊の顎を下から打ち上げた。


「こっちだ!」


 低い声にそちらを見れば、切羽詰まったような表情のリカルドが手招きしている。

 行くぞ、とラディに声をかけて、ブレイズはそちらへ駆けた。その間にも、熊の周囲にいくつも岩壁が生えていく。


 熊が不意打ちに目を回している間に、岩壁がその四方を囲みきった。


「――ルシアン!」


 リカルドが叫んだ次の瞬間、ごう、と音を立てて、その中心で白の火柱が上がった。岩壁の隙間から熱風が流れ、ラディが熊の足止めに使った氷の破片が蒸発していく。

 熱気と火柱の眩しさに、ブレイズは目を開けていられない。

 まぶたを下ろした直後、どごん、と音がして、熱風が途切れた。

 目を開けると、崩れた土壁の向こう、火柱の中で黒い影が蠢いている。


 ――ヴォアアアアア!!


「うわあ……」


 すぐ近くから、呆れたような声がした。


「あれ、最大火力だったんですけど……自信なくすなあ」

「ルシアン」

「ま、毛皮は焼けたみたいですし。トドメはお願いしますね」


 そう言って、ルシアンが熊を指差す。

 目を灼かれて視力を失ったのか、熊は低く唸りながら、ぐるぐると同じところを歩き続けていた。その毛皮は焼け焦げて、すっかり艶を失っている。これなら刃も容易く通るだろう。

 戦意も失っているように見えるが、このまま森に返すのも酷だ。


「……わかった」


 ラディに動きを止めてもらうまでもない。

 ブレイズは熊に背後から近づくと、その首裏から喉に向かって剣を突き立てる。


 熊は呆気なく動きを止めて、巨体はその場に崩れ落ちた。

2021/9/30(木)で連載開始から1周年を迎えます。

開始時には「一年たつ頃には第一部くらい終わってるやろ」と思ってましたがそんなことはなかった。

いまでは年内に第一部が完結すればいいなあ(希望)くらいのつもりでおります。

タイトル変えたり改稿したりしながらのんびり進む本作ですが、よければのんびりお付き合いくださいませ。

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