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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
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78. 防衛戦(4)

活動報告でお知らせした通り、リアルで急用が入り更新が遅れました。すみません。

「……本格的におかしくなってんな」


 防壁の上。

 本日の相手、もといこちらへ近づいてくる獣の群れを見て、ブレイズはつぶやいた。


 頭に二本の小さな角をちょこんと生やしたカモシカは、本来とても臆病な獣だ。

 人を見るとすぐ逃げ去るか、群れの場合は無視して草を食んでいることもある。みずから人里に突っ込んでくるなどありえない。


「熊に鹿、鳥、昨日は猿……栗鼠(りす)も混じってたんだったか」

「……草やら木の実やら食べる獣ばかりだな」

「ああ、言われてみれば」


 ラディに指摘されて気がついた。

 そういえば、肉食の獣が突っ込んでくるのを見ない。先日、鹿の群れが突っ込んできたあと、血の臭いに誘われて野犬や狼が顔を出したくらいか。


「これは……フォルセたちの言ってたことが正解かな?」


 ラディがささやくような小声で言った。


 リド・タチスの種を食べた生き物はおかしくなる。

 種を別の土地に運ぶための生きた乗り物にされて、無心でどこかを目指し始める。

 ファーネで起こる大襲撃は、その結果ではないのか――。


 目の前の光景は、王都でフォルセとリストニエが言っていたことを思い出すのに十分だった。


 種を食べて狂った獣を他の肉食獣が捕食したらどうなるんだ、なんて疑問が浮かばないでもないのだが、専門家でない自分たちが考えるだけ無駄だろう。

 いま気にすべきは、狂った獣が大量に押し寄せてきていることであり――ぼろぼろの防壁が、それに耐えられるかわからないことだ。


 ブレイズは身を乗り出して、防壁の下にたどり着いたカモシカの群れを見下ろした。


「魔物化してそうなのは……いねえか。だと、どうすっかな」


 大物担当のようになっている自分たちだ。こうして多数の小物を多数の兵士で相手取るような場面では、下手に出しゃばると隊列を乱すことになってしまい邪魔になる。

 かといって、このまま眺めているのも、サボりのようで居心地が悪い。


「あ、ブレイズ。あれ」


 魔術で氷塊の雨を降らせて援護をしていたラディが、カモシカの後方、森の少し奥を指で示した。

 深緑色の葉と葉の間、木の下でするりと動く影が垣間(かいま)見える。


「あの動きは……山猫(やまねこ)か? カモシカを追っかけてきたか」

「やるか?」

「そうだな。結構でけえし、兵士じゃ動きについてけねえだろ」


 やることが見つかって内心ほっとしながら、ブレイズは周囲をざっと見回した。山猫のところに行くには隊列を突っ切る必要があるので、一言断りを入れなければならない。

 ちょうど指揮官らしき兵士を防壁の下に見つけて、飛び降りようと胸壁に足をかける。


「爪と牙には気をつけろよ」

「おう」


 ラディの言葉に軽く応じると、ブレイズは防壁の上から飛び降りた。



 ◇



 山猫を森へ追い返したブレイズが防壁まで戻ってくると、カモシカの群れはすべて片付けられていた。

 一度地面を水で洗い流したのだろう、ところどころに薄く血の色が残る水たまりが見える。後でラディあたりが魔術で乾燥させるのだろう。


「おかえり」


 そのラディが、防壁の上から声をかけてきた。


「怪我は?」

「ちょっとかすった。さすがに動きが速くてな」


 言って、左の足を軽く叩く。太腿のあたりに、少し爪を引っ掛けてしまった。彼女の位置からでは見えないだろうが、ズボンに少々血が滲んでいる。

 それを聞いて、ラディが不安げに眉をひそめた。


「登ってこれるか?」

「それは大丈夫だ」


 頷くと、上から縄梯子が下ろされた。傷口が鈍く痛むのを我慢して登る。

 防壁の上にたどり着くと、なにやらファーネ側が騒がしいのに気がついた。


「……何かあったのか?」

「エイムズに残っていた部隊が来たらしいですよ」


 ブレイズの疑問に答えたのは、いつの間にか近くに来ていたルシアンだ。

 先日まで胃をやっていたらしいが、セーヴァの薬が効いたのか、顔色は少しマシになっている。


「ファーネまでの道が道なので、物資をエイムズから小分けにして運んでいたらしいんですが……それが順次こちらに向かってきてるそうで」

「つまり国軍の物資に余裕ができるわけか」

「物資を守っていた兵士も来るので、戦力も少しは追加されるみたいですよ」


 ラディの言葉に補足してから、ルシアンは声を一段低くする。


「……どうも、エイムズのお歴々が『場所代』という名目で国軍から物資を巻き上げようとしていたようで。だいぶ状況が悪いようですね」

「お前、そんな情報どっから拾ってくんだよ」

「声の拾い方は前に話したじゃないですか。指揮テントは障壁張られてますけど、末端の兵士の会話くらいなら拾えますよ」


 にこやかに言うことではない。

 これは現場の責任者として注意すべきだろうか。


 やや痛み始めたこめかみを指で揉んでいると、当のルシアンが「末端まで話が通ってるってことは、隠すことじゃないってことですよ」と言ってくる。

 なんとなくラディを見るが、相棒は困り笑いで肩をすくめるだけだ。


「……あんま嗅ぎ回ってギルドの印象悪くすんなよ」

「ええ、心得てます」


 あっさり返すルシアンは、ついこの前まで憔悴していたのが嘘のようだ。

 晴れやかな笑みに何も言えず、ブレイズはため息をつくしかなかった。



 ◆



 一方、エイムズの街。

 ファーネへ続く南門前の広場に、革鎧で武装した領兵たちが整列している。

 その数、ざっと百数十人。十年前に破綻した財政で維持できた兵のうち、すぐに動かせるのはそれだけだった。


「物資が集まっておらんが、これ以上出発を遅らせるわけにもいかん」

「途中で補給するしかありませんな」


 領兵たちをまとめるのは、領主カーティス・レ・ナイトレイと初老の男性。

 男性は傭兵団時代からカーティスに付き従う、腕のいい指揮官だ。今回は副官として同行してもらうことになる。もう彼もいい年だ。楽をさせてやりたいが、若手に目ぼしい才覚の持ち主がいないので仕方がない。

 ……なんて、こんなことを言うと、「団長に言われたくはない」と笑われてしまうのだが。


「なに、ご領主様が税を下げた恩恵は彼らも感じているでしょう。喜んで協力してくれるに違いありません!」


 エイムズの代官として残る老人が、やや暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように言った。

 彼は傭兵団時代に折衝を担当していた者で、書類仕事はそこまで得意ではないのだが……それでも、経験不足の若手よりは安心できる。


 カーティスは代官に頷くと、傍らの副官にだけ聞こえるように小声でつぶやいた。


「……国軍から物資を分けてもらえればよかったのだがな」

「先に出発されてしまいましたからなあ。……なに、現地に行けばあるということでしょう。頼めば嫌とは言いますまい」

「傭兵だった頃を思い出すな。……あの頃も、『物資は現地調達で頼む』などと大将によく言われたものだ」

「その大将が、いまとなっては国王陛下。時代は変わるものですなあ」


 話しているうちに、出発の準備が整ったらしい。

 報告に来た兵士を戻らせて、カーティスは腰に下げた剣を抜き放ち、頭上に掲げた。


「さあ、出発するぞ。ファーネを救うのだ!」


 ――(おう)


 どよめくような声が返り、領兵たちがゆっくりと動き出す。

 わずかな物資を積んだ荷馬車を守りながら、南門を抜けて、その先へ広がる平原へ。


 出発のため、カーティスもまた馬に乗る。

 その横で、代官がぐっと握りこぶしを作った。


「物資はこちらからも必ず、必ず、そちらへ送りますので!」

「うむ、頼むぞ」


 頷いて、カーティスも馬を進ませる。出発が遅れたぶん、ここからは急がなければならない。

 久々の戦場と、十年前の絶望を思って、心が震えた。






 領主の率いる軍が南門を通過しきるまでを見送って、代官を任された老人はくるりと振り返る。

 居並ぶ己の部下たちに向けて、早速、といった様子で口を開いた。


「さあ、物資をかき集めるぞ!」


 まあそう言うよな、と頷きかけた部下たちは、次の瞬間、己の耳を疑うことになる。


「北の検問に伝令を出せ。エイムズに来る商人どもの荷を徴収するのだ!」

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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