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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
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77. 幕間:防壁の夜(後)

「……ブレイズ?」

「よ、遅かったな」


 宿舎の廊下で待っていたブレイズを見て、リカルドが目を丸くする。

 こちらの部屋でワインを飲んでいて、ルシアンが眠ってしまったことを話すと、彼は呆れた目をしてブレイズを見た。


「年頃の女の子を、酒の入った男と一緒に寝かすんじゃないよ……」

「それ言ったら俺だって酒入ってるんだけど」

「きみたちは今更だろう。ほら、そっちの部屋に行くよ」


 ため息まじりにそう言って、リカルドはブレイズたちの部屋のほうへ歩いていく。

 その背を追い越して、ブレイズは部屋の扉を開けた。


 部屋に入ると、ラディがテーブルの上を片付けていた。

 手前の廊下側にあるブレイズのベッドで、赤らんだ顔のルシアンがすうすうと寝息を立てている。


「やあラディ、世話をかけたね」

「いや、ワインを分ける手間が省けてちょうどよかった。リカルドのぶんも残してあるけど、ここで飲んでいくか?」


 リカルドは少し考える素振りを見せてから、「そうしよう」と頷いた。

 ルシアンの座っていた椅子に腰を下ろして、ワインの注がれたコップに手を伸ばす。

 ラディが水を持ってきてくれたので、彼女と二人で同じテーブルについた。


「この時間までずっと治療してたのか?」

「いや、セーヴァとカチェルさんに一杯付き合ってもらってた。ふたりともさっき帰ったよ」


 そう言って、リカルドはワインに口をつける。「この程度の酒で潰れてしまったのか」と困ったように笑って、眠るルシアンを見た。


「……ギルドまで近いとはいえ、ふたりだけで大丈夫かな」

「心配いらないよ、ラディ。セーヴァは酒入ったくらいじゃふらつかないし、カチェルさんも魔術が使えなくなるほどには飲んでないから」


 ワインを果実水(ジュース)か何かのようにすいすい飲みながら、リカルドが答える。

 若いワインとはいえ酒は酒なのだが、酒に強い彼にとっては、それこそ葡萄の味がついた水のようなものらしい。

 ちなみにセーヴァはリカルド以上に強いので、先ほどまではもっと強い酒を飲んでいたに違いない。付き合わされたカチェルが気の毒である。


 空になったコップをテーブルに置いて、リカルドが席を立った。

 ベッドで眠るルシアンの顔を覗き込む。


「……ちょっと見ない間に、少しやつれたような気がするね」

「食欲はなさそうだったよ」

「今日の夕飯は無理やり食わせたけどな」

「そうか……」


 ラディとふたりで答えると、リカルドは重いため息をついた。


「この先、大丈夫だと思うかい?」

「もうしばらくは保つだろ」


 ひとまず食事はとらせたし、悩みらしきものも吐かせるだけ吐かせた。明日は、今日より少しはマシになっているはずだ。


「ま、どうしても無理そうなら、適当に理由つけて一旦ギルドに戻すさ。……たぶん、そこらへんも俺の仕事なんだろうし」

「……そうだね、きみが現場(こちら)の責任者だ」


 頼むよ次期警備主任殿、とからかうように言われて、ブレイズは顔をしかめた。そう言われるのはいまだに慣れない。

 隣でラディがくすくす笑っているが、ゆくゆくは自分がその次席になるのだとわかっているのだろうか。……わかっているから笑うだけなのだろう、たぶん。


 リカルドはルシアンに視線を戻す。


「……頼んだよ。当分、私は見てあげられないだろうから」

「心配か?」

「そりゃあね。この子は慣れない土地にひとりで来たんだから」


 肩をすくめて、リカルドが続ける。


「歳の近いきみらと仲良くやれればと思ってたんだけど、どうも本部の人間ってことで一線引いてたみたいだし……。まあ、こうして飲み会してるのを見て、少し安心したかな」


 言いながらルシアンを見下ろすリカルドの目は、故郷の弟妹のことを話すときとよく似ていた。ブレイズやラディも、同じような目で見下ろされた覚えがある。

 リカルドにとって自分たちは、三人とも弟分や妹分なのだろう。


 だからきっと、彼が自分に愚痴や弱音を吐くことはないだろうなとブレイズは思った。

 リカルドが本心をさらけ出すとしたら、その相手は同年代のセーヴァやカチェル、もしくは年長のキースだろう。年齢(これ)ばかりはどうしようもない。ブレイズだって、ウィットには言えないことや見せられない姿がそれなりにある。


「……さて、そろそろ寝ないと明日に響く。ふたりとも邪魔したね、ワインの件はお礼を言っておいてくれ」


 ルシアンの体を軽々と抱き上げて、リカルドはこちらに笑いかけた。



 ◇



 部屋に戻るリカルドを見送って、ブレイズは空いたベッドに腰を下ろした。つい先ほどまでルシアンが寝ていたシーツはまだ温かく、酒で火照った肌に生温い。

 後片付けを済ませた相棒がこちらに歩いてくるのを、ぼんやりと眺めた。


「……どうした?」


 じっと見られているのに気づいたのか、ラディがことりと首を傾げる。

 その目元、頬の輪郭、首、腰と視線を動かして、ブレイズは小さくため息をついた。


「いや……毎日見てると、逆に変化がわかんねえなと思って。お前、(ほそ)ってねえよな?」


 言いながら、窓側のベッドに腰を下ろしたラディの手を取る。その手首は自分の指があっさり回ってしまうほど細いが、数日前も同じだっただろうか。

 しばらく腕の肉をむにむに触って、やっぱりわからなかったので、ブレイズは相棒の手を解放した。


「ま、医務室でセーヴァもカチェルも何も言わなかったんだから、大丈夫なんだろうけどさ」

「心配性だな」

「心配されたくなきゃ、ちゃんと食え」

「ブレイズが怪我を軽く見なくなったら考えるよ」


 右腕の包帯に視線が刺さるのを感じて、ブレイズは口をつぐむ。

 それとこれとは話が違う……と言い返したいところだが、そこから口で勝てる気がしない。黙って引き下がるのが最善である。


 思えば、こうしてあれこれ言い合える相手がそばにいるというのは恵まれているのだろう。

 リカルドもルシアンも参り始めている中、自分たちがまだ余裕を持っていられるのは、たぶんお互いの存在があるためだ。


 心配しているけれど、近くにいるからすぐ確かめられる。そばにいるから守ってやれる。そう考えれば、不安は薄い。

 そういえば、警備で初めて昼夜に分かれたときは、お互いが心配でふたりともろくに眠れなかったのだったか。


「……寝るか」


 酒が入っているからか、どうでもいいことを考えているような気がする。

 思考から逃げるように、ブレイズはベッドに仰向けで寝転がった。


 視界の外から天井を照らすランプの光が、ラディの手でふっとかき消される。

 とさっと彼女が横たわる音がやけに軽く聞こえて、やはり細っているのでは、と思わずそちらを見てしまう。

 ベッドの上で、ラディはこちらを向いていた。


「おやすみ、ブレイズ」

「……ああ」


 そのまま目を閉じた相棒にならって、ブレイズも目を閉じる。

 ぬるいシーツの温度は、すぐに気にならなくなった。

リカルド:ザル

セーヴァ:ワク

支部長:下戸(すぐ寝る)


他のみんなはふつう。比較的強い弱いはあるけどふつうの範囲。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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