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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
3:ファーネの墓守
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75. 防衛戦(3)

 ブレイズとラディが防衛に参加してから、五日ほど経った。

 いまがどういう状況なのかはわからない。魔境の森から襲撃のある頻度も変わっているように思えず、事態が好転しているのか悪化しているのかも判別できなかった。

 そして、“わからない”ということにうんざりしてしまう程度には、疲れが溜まりつつある。


「……やあ、大丈夫かい?」


 その日の昼食時、ふらりと寄ってきたのはリカルドだった。

 見るからに疲れた顔つきをしており、よく見れば目元にクマがある。


「いや、そっちこそ大丈夫かよ」


 リカルドとルシアンは、警備の都合で、ブレイズたちより一日早く防衛に加わった。しかし、リカルドの疲れ具合は一日の差では説明がつかないように思えた。

 ラディも同様に感じたのか、心配そうに眉根を寄せてリカルドの顔を見上げる。


「ずいぶんと顔色が悪いけれど……ちゃんと休めてるのか?」

「別にこき使われてるわけじゃないよ。それだけ重傷者が多いんだ」


 それを『こき使われている』と言うのではないか……とブレイズは思ったが、だからといって怪我人を放置するわけにもいかないのだろう。リカルドの性格上、人の命が関わるなら出し惜しみはしないはずだ。


「治療で手一杯なら、他の仕事は断れよ。俺らのほうで引き受けられる分は引き受けるから」

「そこは心配いらないよ。国軍(あちら)からも『治療に専念してくれ』と言われている」


 力なく笑いながら、リカルドはブレイズたちの近くに腰を下ろして、もそもそとパンをかじりはじめる。

 視線で促されて、ブレイズとラディも止めていた食事の手を再開した。


「私としては、ルシアンのほうが心配なんだけれどね。きちんと食べてるかどうか」

「会ってねえのか? 防壁(ここ)までは一緒に来たんだろ?」

「初日すぐ、私が治療のほうに引っ張られてしまったから。それきり顔を見ていない」


 そう言ってスープをすするリカルドは、周囲にちらりと視線を走らせた。ブレイズも同じようにするが、ルシアンの姿は見つからない。

 別のところで昼食をとっているか、食事の時間がずれているか、もしくは夜間の担当になって寝ているのか。

 隣の相棒じゃあるまいし、食欲がないからと食事を丸ごと抜くような真似はしないと思うのだが……。


「……部屋に、書き置きを残しておくのはどうだ?」


 ふいに口を開いたのは、しばらく食事に集中していたラディだった。


「宿舎の部屋、ルシアンと同じだろう? 私たちの隣の」

「ああ、うん。……そうか、その手があったか」


 リカルドがぼんやりと頷く。口元が、ほんの少し緩んだように見えた。


 防壁に詰めている間、ブレイズたちはギルドの建物ではなく、防壁近くにある兵士用の宿舎に寝起きのための部屋を借りている。

 リカルドとルシアンは同じ部屋を割り当てられているので、ルシアンのベッドの上にでも書き置きを残しておけば、彼が寝に来た時に返事をもらえるだろう。


「私たちも、ルシアンを見かけたら声をかけておくよ」

「ああ、そうだね。頼むよ」


 そのとき、頭上からけたたましい警鐘の音が降ってきた。

 周囲の兵士たちがばらばらと立ち上がり、それぞれの武器を手に駆けていく。


「私たちも行かないとね」


 リカルドが器に残ったスープを飲み干して立ち上がる。

 ブレイズも残りのパンを口に押し込み、スープを一気食いして器を放り出した。潔く食べるのを止めた相棒の頭を小突きながら、剣を持って立ち上がる。


「二人とも気をつけて。……ラディ、夕飯はちゃんと食べるんだよ」


 リカルドが困ったように笑いながら言って、その場から走り去った。

 その背を見送ることなく、ブレイズたちも駆け出していく。


「今度はどんな獣だろうな」

「さあな。斬れるやつならいいんだが……」

「昨日の蝙蝠(こうもり)は大変だったものな」

「飛ぶやつはどうしてもな……」


 喋りながら、彼らは見張り塔の階段を駆け上がり、防壁の上へ向かった。



 ◇



 襲撃を防ぎきり、後始末が一段落する頃には、西の空がオレンジ色に染まっていた。

 日没を目の前にして、夜間の防衛当番となった兵士たちが、それまでの兵士たちと入れ替わるように防壁へ散らばっていく。


 そんな中、右腕にかすり傷を負ったブレイズは、ラディと一緒に宿舎の一階にある医務室へ向かっていた。


「傷口洗ったんだし、もう十分だろ。血も止まってんだし」

「消毒くらいはしてもらえ。化膿したらどうするんだ」


 不満げに言って、相棒が背中をぐいぐい押してくる。

 それにわかったわかったと言いながら、ブレイズは無傷の左手で医務室の扉を開けた。


「げ」

「あ?」


 久々に見た仏頂面に、ブレイズは思わず扉を閉めようとして、背後の相棒に阻止される。

 ラディはブレイズの肩越しに部屋の中を覗き込んで、あれ、と目を丸くした。


「セーヴァ。カチェルも」

「よう」

「ふたりとも大丈夫?」


 国軍の衛生兵がいるはずの部屋にいたのは、ギルドにいるはずのセーヴァとカチェルだった。

 ざっと部屋を見回すが、部屋にいるのはこの二人だけらしい。


「何やってんだよ」

「往診。……ほら、用があるなら入ってこい」


 そう言われてしまっては仕方がない。ブレイズは小さく息を吐いて、ラディと一緒に部屋へ入った。

 ジャケットを脱いで右腕の傷を見せると、セーヴァはひとつ頷いて、薬品棚から包帯と消毒液を出してくる。


「腕にしびれや熱っぽい感覚はないな? 指を動かすのに支障は?」

「大丈夫だ」

「なら、ひとまず消毒だけしておく。縫うほどでもなさそうだしな」


 そう言って、セーヴァは酒精(アルコール)を傷に塗りつけはじめた。

 少し離れたところでは、カチェルがラディの顔を両手で捕まえて覗き込んでいる。


「ラディ、顔に傷とか……ないみたいね、よかった。怪我したらすぐ言うのよ。……うーん、ちょっとお肌が荒れてるわね」

「さすがに、この状況でそこまで気にかける余裕はちょっと……」

「何言ってるの! せっかく綺麗な顔してるんだから、最低限のお手入れはしなさい。ニキビなんか作ったら怒るわよ」


 困り果てた表情のまま、ラディはカチェルの手で顔にクリームを塗りたくられていた。ちらりと視線で助けを求められたが、ここで自分が下手に割り込んだってどうにもならないだろう。

 たとえば「ラディの綺麗な顔が損なわれてもいいのか」と聞かれたとして、もし頷こうものなら、その瞬間カチェルにぶん殴られるのはブレイズである。


 ブレイズは相棒から視線を外して、傷の処置をしているセーヴァに向き直った。

 すでに消毒は終わっており、いまは傷口に綿布(ガーゼ)を当てて、包帯を腕に巻き始めたところだ。


「で、マジでただの往診なのか? なんかあったとかじゃなくて」

「しいて言うなら、そろそろリカルドが限界近いだろうなと思って様子を見に来たのはある。お前らはまだ余裕ありそうだな、ルシアンは胃をやってたが」

「そうなのか」

「リカルドは元々、本部の命令でこっちに来ただろ。それでいま、精霊使いだからって国軍に引っ張り出されてる。ルシアンは本部の職員だからな、責任感じてるんじゃないのか」

「……リカルドのやつ、ルシアンと初日に別れてから会ってねえって言ってたけど」

「顔合わせづらいんだと。ま、見かけたら飯食ってるかだけ注意しといてくれ。薬は出してあるから」


 話しながら、セーヴァは手早く包帯を巻き終える。

 腕を軽く曲げ伸ばししてみるが、違和感はなかった。さすがに処置が手慣れている。


「ギルドのほうはどうなんだ?」

「特に問題は起きてない。こうしてカチェルと出てこられる程度にはな」

「……ウィットは?」

「元気だよ。最近じゃ、一人で剣の鍛錬してる。そっちは支部長が見てるから、あまり心配しないでいい」

「そうか……」


 頻繁に魔境からの襲撃がある現状、一人で外に行かせるわけにもいかない。

 手持ち無沙汰なんだろうな、と思ったところで、ふいに以前聞いた言葉が脳裏によみがえる。


 ――剣をちゃんと覚えたら、


(……支部長が見てんなら、大丈夫だよな)


 どこか思い詰めたような響きを、ブレイズは頭を振ってかき消した。

なんだかんだで総合ポイントが100ptを越えてました!

ブクマとポイント入れてくださった方、ありがとうございます。


第1部がそろそろ終わりますが、本編はもう数十話ほど続く予定です。

のんびり更新なので、のんびりお付き合いいただければ幸いです。

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他作品もよろしくお願いいたします!

【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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