64. ジーンの知る事情
「もうね、散々なのよ。ただでさえ新人の教育で忙しいってのにさ、エイムズから事前連絡なかったから受け入れでドッタバタだわ、道ガタガタで馬車が通らねえって文句言われるわ、防壁ボロすぎてドン引きされるわ、その後わんさか商人連れてくるわ……」
「お、おう……」
「溜め込んでるなあ……」
ファーネに帰ってきた翌日。
ブレイズはラディと一緒に、顔見知りの領兵であるジーンのところへ、土産を持って顔を出していた。
ちなみにウィットはまだ寝ている。旅の疲れが出たのだろうとセーヴァが言うので、起こすのはやめておいた。
……で、世間話のつもりで「国軍の連中ってどんな感じ?」と聞いてみた結果が冒頭の愚痴である。軽い気持ちで聞くんじゃなかった。
ジーンは王都土産のクッキーをかじりつつ、「でもまあ」と続ける。
「関係が悪いってわけじゃないよ。あっちの隊長さん、レスターさんっていうんだけど、こっちの内情も知ってるっぽかったし」
「……前もって聞かされてたんだろうな」
「だろうな。でもなんか、『殿下の話よりも酷い』とか言って頭抱えてたんだけど何のことだろうな? お前ら王都でなんか聞いてない?」
「ああ……」
国軍との関係が悪くないなら、これは教えておいたほうがいいだろう。
ラディに視線で伺いを立てると、彼女は頷いてさっと片手を振った。周囲の音が、壁を一枚挟んだように遠くなる。
「うわっ、なんだ?」
「声が漏れないようにしただけだよ」
ラディに視線で促されて、ブレイズは口を開いた。
「ウィット拾ったすぐ後あたりに、赤い髪のやたらキラッキラしたやつがファーネに来たの覚えてるか? あれ第三王子」
「えっリアムと一緒にいたあの兄ちゃん?!」
「そうリア……えっ?!」
リアムの名がジーンの口から飛び出してきたことに、ブレイズとラディも驚いてしまう。
彼は確か、この街では『リオン』という偽名を名乗っていたはずなのに。
「……気づいてたのか」
「あー、うん……」
ジーンは気まずそうに視線を泳がせ、頬をかいた。
「俺、エイムズの出だから」
「そうだったのか?」
「お前らもうちょっと俺に興味持たない??」
「んなこと言われても」
警備の仕事でギルドからあまり離れられない自分たちからすると、ジーンはわりと交流のあるほうである。
他の領兵など、下手をしたら顔と名前が一致しない。頑張って覚えたとしても、その頃には別の街へ異動になっていることだって多い。
それはともかく、ジーンは少し逡巡するそぶりを見せてから、天井を見上げて口を開く。
「……子供の頃はさ。ご領主様の方針で、リアムは俺ら平民と一緒になって遊んでたんだよ。俺にとっては可愛い弟分だ、顔見りゃわかる。まあ俺があいつの顔見れたのは、あいつが出てく時だけど」
そこまで言って、ジーンは痛みを耐えるように顔をしかめた。
ファーネを出る時のリアムは顔に火傷を負っていて、セーヴァが包帯でぐるぐる巻きにしていたはずだ。ジーンの目には痛々しく映ったのだろう。
……つまり、リアムたちがファーネに入る時に北門の当番がジーンだったら、その場でバレていたわけだ。
思っていたよりも、彼らは危ない橋を渡っていたらしい。
「で、エイムズどうだった? 変なのに絡まれたりしなかったか?」
「あー……」
気分のいい話ではないので少しためらったが、ウィットが石を投げられた件から、大鷲亭での話をした。
ジーンがエイムズ出身なら、あの宿にいた自警団の連中は彼の知り合いだろう。
大まかに話し終えると、ジーンは「そんなことになってんのか」と頭をがりがりとかいた。
「ニックは赤ん坊の頃しか知らないんだけど……ネリー、あのネリーなあ。そっかあの子はリアムと同じくらいだから、ぎりぎり入るのか」
「何が?」
「年代。自警団やってたの、俺らと同じか、少し上の連中が多かったろ」
ジーンいわく、彼を含めて商業ギルド側に立っている若者たちは、エイムズで教育に力を入れていた頃の恩恵を受けた年代なのだそうだ。
リアムの母親である領主夫人が、「将来息子の手足となるのだから」とエイムズに無料で学べる学び舎を用意したのが、リアムが生まれた翌年のこと。
教える内容は基本の読み書き計算と、領の仕事に関わるなら知っておくべき社会構造。当時は関係の良かった商業ギルドからも職員を教師として招き、徴税人や財務官になるための足がかりまで用意された。
特に成人前の子供たちにとっては、遊び場も兼ねた、いい施設だったという。
これを手本として、ゆくゆくは他の街にも同じような学び舎を――という計画もあったが、それは十年前にファーネで起こった大襲撃で頓挫する。
領の財政が悪化し、エイムズの学び舎は、経費削減の名目で真っ先に廃止された。その頃、領主夫人は心労ですでにこの世を去っており、止められる者はいなかったという。
「これがだいたい七年くらい前のことだな。廃止されるまでに一年以上教育を受けられたのが、いまの十四、五歳あたりか。そこが下限だな」
「上は成人前だと十四歳として……いまは三十くらいか」
「仕事しながら通ってた成人もいるから、上限が三十ってわけじゃないけどね」
指を折って数えるラディに、ジーンが補足する。
「商業ギルドに文句言ってるのって、早い話が金勘定と関係ない仕事してた年寄りと、そもそも習ってない子供なんだよ。自分の貰う給金と払う人頭税くらいは分かるけど、輸入物に関税がかかると仕入れ値が上がるから、それが売り値に上乗せされて……なんて話は複雑すぎて理解できないわけだ。自分が直接払う税じゃないから、興味も持たない」
「そんな複雑かあ……?」
ブレイズだってそこまで勉強ができるわけではないが、輸出入にかけられる関税が、物の値段に上乗せされる理屈くらいは理解できる。
そこまで難しい話でもないだろ、と思っていると、ジーンに呆れた顔をされた。
「お前ら生え抜きのギルド員だろ? 自覚がなくても、商売のあれこれは普通以上に叩き込まれてんの」
「そうかあ?」
そうだよ、と頷いて、ジーンはクッキーをもう一枚口に放り込んだ。
彼個人に買ってきた土産なので食うのは構わないのだが、水もなしで口の中パッサパサにならないんだろうか。まあ、勤務中に呼び止めて土産を渡したのはこちらなのだが。
「ほーいぇふぁ」
「飲み込んでから話せ」
「んん……リアムって、いまどうしてるか知ってるか?」
「王都で会ったよ」
「……学院はもう卒業したはずだよな?」
「ああ、そこからか」
ラディが、リアムが領主に意見して家を追い出されたという経緯をジーンに説明する。
当人とケヴィンが言っていたことなので、間違いはないだろう。
「……なるほどな」
ジーンは静かに最後まで話を聞いて、細くため息をついた。
疲れたような、呆れたような、もしくは何かを察したような。そんな顔だ。
「それで――あんな怪我をしたってのに、上は何も言ってこない、か」
「ジーン?」
「いや……」
ジーンは苦笑を浮かべると、土産のクッキーをさらに一枚つまみあげた。
「兄貴分としては、どうするべきかなってさ」
考えてみればリアムくんも追放主人公じゃん(主人公ではない)、って書きながら思いました。




