62. 帰宅と変化
6/1の活動報告にも記載しましたが、作品タイトルを変更しました。
内容は特に変わりません。これからもよろしくお願いいたします。
ファーネの北門をくぐったのは、王都を出発して半月後の昼過ぎだった。
門番はブレイズの知らない顔で、挨拶がてら話を聞いてみれば、また領兵の入れ替えがあったのだという。
ジーンは残っているようなので、そのうちまた彼に新顔を紹介してもらおうか。そんな話をしながら、ギルドに向かって歩いていく。
「さすがに腹減ったな……」
中央通りを歩いていると、広場の屋台で出される料理の香りが、風に乗って漂ってきた。
時刻は昼を少し過ぎている。
少し歩けばファーネに着くのだからと、昼食を我慢してここまで歩いてきた。香りだけでも空きっ腹にしみる。
「ウィット。ギルドに荷物置いたら屋台で飯にすっから、何食いたいか考えとけ」
「僕は温かかったら何でもいいかな。ラディは?」
「果実水が飲みたい」
「飯だっつってんだろ」
中央通りは、ファーネを出発した時よりも賑わっているように見えた。
途中にある中央広場の屋台も、心なしか数が増えている。
「……この時期、なんかあったっけ?」
「いや……」
心当たりはないな、とラディが否定した。
支部長あたりなら何か知っているかもしれないので、まずはギルドに戻ることにする。
中央広場を抜ければ、ギルド支部はすぐそこだ。
一ヶ月半ほど出かけていただけなのに、建物を目にするのが随分と久しぶりに思える。
正面出入り口の扉は開け放たれていて、内側につけられたドアベルが見えていた。
「ただいま!」
「あらウィット! おかえりなさい」
ギルド支部に飛び込んだウィットに続いて、ブレイズとラディも扉をくぐる。
扉の横には長身の地精使いが、警備の腕章をつけて立っていた。
「や、帰ってきたね」
「リカルド」
受付カウンターの向こうを見れば、支部長の姿がある。
――彼がいるのに、昼にも警備をつけている?
不思議に思ったが、まずは支部長へ帰還の報告をするのが先だ。カチェルと話し込んでいるウィットの首根っこを掴んで、カウンターの中に入る。
「いま戻った」
「うん、おかえり」
ブレイズの言葉に、支部長はにこにこして頷いた。
「フォルセくんには会えたかい?」
「元気そうだったよ」
「それはよかった。報告は落ち着いてから聞くけど、書類だけ先に見せておくれ」
ラディが手荷物から書類袋を取り出す。
支部長は袋を受け取ると、中から書類を引っ張り出して、ぱらぱらと眺めた。
「うん……うん、問題なさそうだね。お疲れさま、じゃあ少し休んでおいで」
「ひとまず屋台で飯食ってくるわ」
街の変化について聞いておきたいところだったが、さすがに空腹が限界だ。
野営道具を物置に放り込んで、ラディとウィットと一緒にギルドを出た。中央通りを引き返していく。
「ラディ、僕、帰ったらお風呂入りたい」
「いいよ。魔力が残ってるから、バスタブにお湯も張ろうか」
「やった」
たぶんウィットは戻ったらセーヴァの検診が待っていると思うのだが、まあ体を洗うくらいは待ってもらえるだろう。清潔にするに越したことはない。
「風呂はいいけど、そのまま寝るなよ」
そう注意したところで、屋台の立ち並ぶ中央広場へ到着した。
◇
昼食と湯浴みを済ませてラディと共に支部長のところへ行くと、奥の執務室へ連れて行かれた。
ウィットは予想通りセーヴァが検診に引っ張りに来たので、フォルセから預かっていた手紙を渡しておいた。槍蜂の毒の件だ。経緯はウィットに聞いてもらうか、後で話しに行けばいいだろう。
「さて、きみたちが気になっていることを先に教えようか。ファーネの変化についてだ」
支部長の話はこうだ。
ブレイズたちが出発して半月と少し経った頃、ファーネの街に国軍の調査隊が来た。
何を『調査』に来たのかというと、国と魔境の境界である南の防壁における異常の有無。以前ケヴィンがやったことを、公式に、大々的にやりにきたわけだ。
結果、これもケヴィンが嘆いていたように、南の防壁は『ひどい状態であり、国土を守る壁として論外』という評価を下された。
現在、その調査隊の隊長が身銭を切って、補修のための人夫と資材を集めているらしい。
随分と太っ腹な隊長さんだとブレイズは思ったが、支部長いわく、後ほど国軍の経費として落とすつもりではいるようだ。
ほんの一部とはいえ国軍がファーネに滞在していると、当然ながら王都とファーネを往復する者が必要になる。
王都とやりとりする伝令や、物資を持ってくる輜重隊だ。
このうち後者に、エイムズの商業ギルドが目をつけた。
輜重隊には国軍の兵士が護衛につくし、進みもさほど早くない。近くを歩かせてもらうだけで、比較的安全にファーネまでたどり着くことができる。
そしてファーネには調査隊の本隊という大所帯、言い換えれば商売相手がいるのだ。もちろん、ファーネの住民だってモノがあれば買う。
ギルドに来た商人たちに話を持ちかけると、彼らは喜んで話に乗った。
輸出品にかけられる関税も高いため、領内で商品が売れるなら、そちらのほうが得なのだ。
「――というわけで、行商人の行き来が以前より多くなってね。相変わらず輸入品は入ってきにくいけど、市場に少し活気が戻ってきたんだよ」
「へえ……」
「さて次期警備主任殿。この状況、きみの立場で注意すべきことはなんだい?」
「うぇ?!」
そういうもんなのか、程度に聞き流していたところへ不意打ちをくらって、ブレイズは思わず声を上げた。
隣のラディが小さくため息をつくのが聞こえたが、助けてくれるつもりはなさそうだ。
「ええっと……」
国軍の軍隊がいる、その隊長が人と物を集めている、行商人の出入りが増える……人が増える?
市場に活気が出るというのも、要はにぎやかになるということで、やっぱり人が増えるくらいじゃないのか。
「人……いや、余所者が増える……?」
「……まあ間違ってはいないね。ラディは何かあるかい?」
「支部長がいるのにリカルドが立ってたのは、ギルドに来るのが顔見知りだけではなくなったからかな、と」
「きみはきみで色々すっ飛ばした理解をするねえ……」
支部長が頭を抱えてしまうのを見て、ブレイズはラディと顔を見合わせた。
自分たちの出した答えは、どちらも中途半端だったらしい。
「まあ要するに、治安の悪化を心配しなさいねってことだよ。まあうちの支部に自警団を組織する余裕はないから、基本的に街中のことは領兵さんたちが頼りなんだけど」
「国軍の連中は?」
「見かければ対処してくれるだろうけど、積極的に手は出さないと思うよ。彼らには彼らの仕事があるし、領兵の仕事を奪って領主の面子を潰すのもまずいからね」
領兵たちの負担が増えそうだな、と考えて、北門の門番が新顔だったのを思い出す。
彼らの教育がある上で仕事が増えるなら、ジーンたち古株の連中は大変だろう。
せめて自分たちは彼らに世話をかけないように、と思ったところで、先ほどラディの言ったことがすとんと胸に落ちた。
「いろんな行商人とか国軍が呼んだ業者とかがギルドに来るから、昼でも警備置いてんのか」
「そういうことだ。付け加えるなら、ルシアンでなくリカルドなのにも意味がある。ルシアンの見た目だと、見くびられて抑止力にならない」
支部長は悩ましげにため息をついた。
「エイムズ支部やイェイツ支部みたいに、強面の男を受付に置ければいいんだろうけどね。うちはカチェルにやってもらうしかないから。彼女も魔術で自衛はできるけど、手を出されないに越したことはない」
「……ひょっとして、私も夜警に回ったほうがいいのかな」
「そうだね。こう言いたくはないけれど、ラディとルシアンは舐められやすい。時間表を組む時には、そこも意識してね」
「厄介だな……」
ぼやいて、ブレイズは頭をかいた。
ただでさえ人手不足をルシアンとリカルドに補われているというのに、見た目が強そうでないというだけで、ラディとルシアンの配置に制限がかかってしまった。
もちろん二人だって何かあれば十分に対処できる実力はあるのだが、よそから来た商人や賞金稼ぎたちはそれを知らないのだ。
そもそも警備が強そうであろうがなかろうがトラブルを起こすな、という話ではあるが、そんな言葉が通用するなら警備も衛兵も必要ない。
つまり見た目で舐められやすい彼らを昼の警備に置くというのは相対的に揉め事が起こりやすい配置にする、ということで、治安維持に協力的でないと見なされる可能性もある。
領主とギルドの関係が悪化している現状、あまり外へ隙を見せたくないのだろう。
なんだかなあ、と思うが、ファーネの外を見てきた身としては、事情がわからないわけでもないので複雑だ。
ため息をついたところで、支部長が「さて」と切り替えるように言った。
「ひとまず、こちらの話はここまでだ。次は、きみたちの話をきかせておくれ」




