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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
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58. 本部の警備部門長

「じゃあ、夕飯までには戻るから」

「いってらっしゃーい……ふあぁ」


 あくび混じりに手を振るウィットの頭を小突いて、ブレイズはテーブル席を立つ。

 同じテーブルで水を飲んでいるロアに「悪いが頼んだ」と告げて、ラディと一緒に宿を出た。


「あいつ、本当に夜ふかしとかしてねえよな?」

「私よりも早く寝ついてるよ」


 昨日の夕方、商業ギルド本部の連絡員が宿を訪ねてきた。

 一昨日に提出していた権限拡大に関する書類の審査が済んだので、対象者であるブレイズとラディは出頭するようにとのことだった。審査には数日かかると聞いていたが、仕事が早いのはさすが本部ということだろうか。

 その場で時間を調整し、本日の朝一番でギルド本部へ向かうことになった。


 付き合う必要のないウィットとロアは、もう少しのんびりしたら、目抜き通りの露店を回る予定だそうだ。

 王都までの道中で、ちょいちょい編んでいた組紐を売りに行くらしい。

 ブレイズもいくつか見せてもらったが、様々な色が規則的な模様を描く、きれいな飾り紐だった。装飾品の露店なら、たぶん買い取ってもらえるだろう。


「……にしても、人が多いな」

「仕事場に行く連中なんだろうな」


 早朝の目抜き通りは、王都に到着した一昨日よりも多くの歩行者でごった返していた。

 ウィットが言った通り、あの時間帯は空いていたほうだったのだろう。


 すれ違う人とぶつかりそうになりながら、なんとか前へ進んでいると、ふと後方が騒がしくなった。

 振り返ると、人混みを割って、通りの真ん中を箱馬車が通ろうとしている。慌ててラディの腕を引き、道の端へ寄った。


「朝は慌ただしいな」


 ラディの呟くような声に無言で頷く。

 ウィットとロアはのんびりしていて正解だったのかもしれない。歩いているだけなのに、やたら神経を使うのだ。


 宿からギルド本部までは、ほんの数分しかかからなかった。

 開け放たれた扉をくぐって中に入ると、奥に人が集まっているのが真っ先に目に入る。ほとんどが賞金稼ぎだ。


「なんだあれ」

「掲示板じゃないのか」


 確かあの辺にあるのを見た、という相棒の言葉に納得する。

 朝一番、ギルドが開いた時が、最も依頼の数が多い。張り出された直後だからだ。割のいい依頼を請けようと思ったら、この時間に掲示板を見ることになるのだろう。


 ファーネへの帰りに請けられるような荷運びの依頼があればと思ったが、あの人混みに混ざる気は起きない。

 そもそもギルドに来た目的はそれではないと思い直して、最初に来た時にも世話になった受付窓口に向かう。あの時とは別の女性だ。


「いらっしゃいませ! ご用件をお伺いします」

「こっちに出頭するよう指示を受けた。ファーネ支部のギルド員だ」


 女性に「念のため」と名前を確認されて、それから二階の関係者以外立ち入れない区画へ案内される。

 通された部屋は小さな会議室のようで、部屋の中心に木製の大きなテーブルがどっしりと鎮座していた。


「担当者を呼んでまいりますので、おかけになって少々お待ち下さい」


 周囲の椅子に適当に腰を下ろすと、案内してくれた受付嬢は二人に茶を出して部屋を出ていく。

 喉は渇いていないが口をつけないのも悪いかと、出された茶をちびちびすすっていると、力強いノック音が部屋に響いた。


「おう、待たせたな」


 言いながら部屋に入ってきたのは、立派な体格をした初老の男だ。

 初めて見る顔だが、ブレイズもラディも、それが誰かはすぐにわかった。


 商業ギルドの幹部、警備部門長。つまり、警備員であるブレイズたちの遠い上司だ。

 なんでわかるのかというと。


(マジでおっかねえ顔してんな……)


 これまで斬り捨ててきた野盗たちが可愛く見えるくらいに、凶悪な顔つきだった。

 キース支部長が事前に教えておいてくれて助かった。何も知らないでこの顔に対面したら、ちょっと身構えたかもしれない。


 そんなブレイズの内心を知ってか知らずか、男はブレイズたちの向かいに腰を下ろすと、テーブルの上に書類をばさりと放る。


「キースかルシアンから聞いてるだろうが、警備部門長のデズモンド・バッセルだ。……でかくなったな、エイスの秘蔵っ子ども」

「えっ」


 エイス、という言葉で思い当たるのは一つしかない。

 ジルベルト・エイス。ブレイズとラディの名付け親、剣の師匠。


 ブレイズたちの戸惑いを察したのか、デズモンドの眉がぴくりと跳ねた。


「なんだ、キースの奴は話さなかったのか? 儂は元賞金稼ぎだよ。ファーネを拠点にして、魔境の森の獣を狩っていた。……お前らが『白の小屋』で見つかった時もその場にいたんだが、さすがに覚えてないか」

「マジすか」

「まあ、お前らが歩き回れるようになった頃には、もう歳だって引退してたからなあ。覚えてなくても無理はない」


 引退後、賞金稼ぎたちに顔のきくデズモンドはギルドに請われて警備部門の幹部になり、今はトップの地位にいるのだという。


「とりあえず、元気に育ってるようで安心したよ。ファーネの情報は王都まで伝わってこないからな。来てるなら顔を見ておきたかったんだ」


 そこで部屋の扉がノックされ、ギルドの職員が入ってきた。デズモンドの前に茶を、ブレイズとラディの前に羽ペンとインクを置くと、一礼して出ていく。

 茶をひと口すすって、デズモンドは居住まいを正した。


「さて、そろそろ仕事をするかね。審査は通ったぞ。権限の拡大と、坊主のほうは警備主任への昇格のやつもな。内容を確認して署名(サイン)しろ」


 テーブルに投げ出されていた書類を、デズモンドの皺くちゃの手が拾い上げて差し出してくる。

 ブレイズに二枚、ラディには一枚。

 ざっと内容を確認して、問題なさそうだと思ったのでブレイズは羽ペンを手に取った。横目でラディを見ると、彼女はまだ半分ほどしか読み進めていないようだ。


(……サインした後にラディが不備見つけたら笑えるな)


 実際笑いごとではないので、ブレイズは先に警備主任への昇格についての書類からサインする。

 権限に関するほうは、相棒がサインするのを待つことにした。


 結果として、ラディは書類に問題なしと判断してサインをしたので、ブレイズも安心して署名欄に自分の名前を記入した。


「よしよし、これでお前たちは商品の発注もできるようになったわけだ」


 サイン済みの書類を揃えながら、デズモンドが機嫌良さそうに言う。


「キースもいい歳だからな。そろそろ楽をさせてやれ」

「ええ。実際ファーネから王都(ここ)まで来てみて、随分と負担をかけていたと思いました」

「ま、体力使うような仕事は引き受けたいところっすね」


 キースの年齢を考えれば引退を考えてもおかしくないのだが、おそらくそれはないだろう。

 そういった話が出るたびに、「ラディが嫁に行ったら考える」と冗談めかして返す男だ。

 実際、いまの人手不足が過ぎるファーネ支部にキースを手放す余裕はない。それこそラディが結婚を考える頃には、もう少し人が増えていればいいのだが。


 デズモンドはうんうんと満足げに頷いて、腰に下げたポーチに手をかけた。


「さて、手続きは以上だが……ほれ」


 短いかけ声とともに、白く光るものがテーブルの上を飛ぶ。

 片手で受け止めたブレイズが手を開くと、そこには一枚の大銀貨。


「そろそろエイスの命日だろ、いい酒でも供えてやってくれ。釣りが出たら昼飯代にでもしな」

「……ありがとう、ございます」


 大銀貨を握りしめて、ブレイズは深く頭を下げた。


 王都にも、こうしてジルを覚えている人がいる。

 その事実が、やけに胸の奥に()みた。

【私だけが楽しい世界設定メモ】

・「街」と呼ばれる集落での結婚適齢期は男性が20~30歳くらい、女性は20代前半くらいです

・農村とかだとマイナス5歳くらい

・王国法で成人が15なので、結婚できる最低年齢は15歳

・まあ貴族は成人前に婚約してるのが大多数だし、さっさと子供のほしい農村部だと婚前交渉とか普通にやってたりします

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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