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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
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54. 鍛冶地区の火族

切り所に迷ったのでちょっと短めです。

 依頼品についての話が済んだので、次はロアの用件を済ませることになった。

 リド・タチスの輪切りをリストニエに預けて、フォルセが羽織っていた白衣を脱ぐ。


「リストニエ、観察するのは構わないが花はとっておけよ」

「はいはい、芳香成分の解析でしょう? 抽出まではやっておきますよ」


 言葉そのものは健気だが、彼女の目はリド・タチスに向きっぱなしだ。

 大丈夫かな、とつぶやく幼馴染の案内に従って、ブレイズたちは学院を出た。



 ◇



 職人通りを進み鍛冶地区に入ると、じわりとした熱気が肌を撫でた。

 石造りの建物の窓から、金属を打つ音と一緒に怒鳴り声が聞こえてくる。揉め事かと身構えかけて、話の内容が今日の夕飯を何にするかの相談だった時には脱力してしまった。


 歩きながら屋根の上を見れば、もくもくと煙が上がっている。

 時折見かける井戸では、エプロン姿の婦人たちが世間話に花を咲かせていた。


「もっと物々しい雰囲気かと思ったけど、案外のどかなんだな」

「そりゃ、武器屋と防具屋だけじゃないからな。鍋やら包丁やら売ってる店もあるんだし」


 隣を歩くフォルセに言うと、彼はそう答えてから声を落とした。


「……まあ、そこらじゅうに刃物があるのは確かだ。火も使うから、見回りの衛兵は他の地区より多い。店じまいも早いから、夜に歩くのはやめたほうがいいな」

「だよな」


 住人ならともかく、そうでない人間が夜にうろつく理由がない。衛兵の目も厳しくなるだろう。


 ちらりと後ろを見ると、並んで歩きながら周囲を見回すラディとウィットの後ろを、ロアが俯きがちに歩いている。

 どうした、と声をかけようか迷ったところで、隣のフォルセが足を止めた。


「着いたぞ。この店だ」


 フォルセが指で示したのは、一軒の小さな商店だった。周囲と同じ石造りの建物で、鍛冶工房も一緒になっているのか、煙突がついている。

 飴色になった分厚い木の扉の横に、武器屋の立て看板が置かれていた。


「店やってんのか」

南方(むこう)でも、金物屋みたいな仕事をしてたんだと。俺も採集なんかで外に出るときは、武器の相談に乗ってもらってる」


 言いながら、フォルセは扉についているノッカーを鳴らす。

 すぐに「開いてるよ」と野太い声が返ってきて、フォルセの手が扉を引き開けた。


 覗き込んだ店の中は窓が小さく、昼間だというのに薄暗かった。

 左右の壁に沿って台が置かれ、その上に剣や槍が置かれている。商品の数そのものは、そこまで多くない。


 入って正面の突き当りにはカウンターが置かれ、その向こうにがっちりとした体格の老人が座っていた。

 琥珀色の肌は焼けたように色が濃く、ロアよりも色黒に見える。刈り上げた髪と口の周りの無精髭は、白の混じった赤銅色をしていた。


「おじさん、久しぶり」

「おう、フォルセか。そっちは友達か?」


 厚ぼったいまぶたの下、じろりと品定めするような目がこちらを向く。

 警戒されているのか、それともこれが素の応対なのか。判別つかずフォルセを見ると、彼は小さく肩をすくめて店内に入っていった。


「幼馴染だよ。ファーネから用事があって来たんだってさ」

「おお、あの街まだ残ってたのか! ……と、悪いな」


 無神経だった、と老人が小さく詫びるのに、ブレイズは気にするなと手を振ってみせた。

 気持ちは分からないでもない。そのくらい、大襲撃直後のファーネはひどい状態だった。あれが最後に見たファーネなら、そのまま街がなくなっても不思議には思わないだろう。

 ……実際、魔境への壁として残されている(・・・・・・)という側面もあるのだろうし。


 フォルセが店の中に入るよう手招きしてくる。

 ブレイズを先頭にぞろぞろ店内に入っていくのを見ながら、フォルセは口を開いた。


「こちらはシルビオさん。今は武器職人をしてる。おじさん、今日はおじさんに会わせたい人がいて来たんだ」

「ん? どいつだ?」

「こっちの……ブレイズお前ちょっと退()け、見えない」


 フォルセに腕を引かれてブレイズが横にずれた瞬間、目の前の老人――シルビオが勢いよく立ち上がった。

 見開かれた目の先には、どこか緊張した表情のロアが立っている。


「ルフィノ?!」

「え」


 誰だそれ、と声を上げるより先に、シルビオが「いや違うか」とかぶりを振った。


「化けて出るにしても若すぎるし、その髪は……」


 その言葉に、ロアの眉がぴくりと動く。

 何ごとか考えていた様子のシルビオが、ばちんと両手を打ち合わせた。


「ああ、ルフィノの息子か! 風混じりの!」

「……そうです」


 それまでの訝しげな表情を消して、ロアが小さく頭を下げる。


「妹が王国(こちら)に流れて来たと聞いて、追いかけてきました」

「ああ、ルピアか。あの子もトニアの小さい頃にそっくりだった……」


 何度も頷くシルビオの目が潤み、薄暗い店内できらりと光った。

 カウンターから出た彼の両手が、ロアの手を取ってぎゅうぎゅうと握りしめる。


「よく生きていてくれた。お前の両親のことは残念だったが……」

「……っ」


 ロアの目が急に険しくなった。

 ブレイズも、シルビオの言葉に引っかかりを覚える。


(ロアの親父って、確か……)


 伺うようにロアのほうを見ると、ロアは小さく首を横に振った。黙っていろ、ということだろう。

 頭上での無言のやり取りに気づいた様子もなく、シルビオは顔を上げると、上機嫌に口を開いた。


「よし、今日はもう店じまいだ! 奥でゆっくり話を聞かせてくれ」


 そう言って看板を下げに店の入り口へ向かう店主の背を見ながら、ブレイズはロアの背を叩く。


「よかったな」

「……ああ」


 ロアが、噛みしめるように頷いた。

 それを見て、ブレイズはラディとウィットに目配せをする。これ以上、この店に居座るのは野暮だろう。


「俺らは宿に戻ってるから、お前はゆっくり話すといい。道は分かるか?」

「ああ、大丈夫だ。……ブレイズ」


 店を出ようとすると、小さな声で呼び止められた。

 振り返ると、ロアの口元が、わずかに笑みを浮かべている。


「……付き合ってくれて、ありがとう」

「……おう」


 改めて言われると、照れくさくって仕方がない。

 短く応えると、ラディたちを促して店を出た。




 店の扉をくぐると、シルビオが立て看板を畳み終えるところだった。


「なんだ、帰るのか?」

「邪魔しちゃ悪いからな」


 ロアは残していく、と店内を顎で示すと、シルビオは片手で顎を撫でる。

 その視線がブレイズとラディの腰へ向いた。ふむ、と頷いて、シルビオが口を開く。


「また都合のいいときにでも武器を見に来な。儂は火と土に愛された者だ、鍛冶には自信がある」

「ああ。もう少しいる予定だし、考えとくよ」


 ギルドで行われている書類の審査に何日かかるのか不明だが、暇な時間はできるだろう。

 本格的な武器はファーネではなかなかお目にかかれないし、街並みを眺めるよりは楽しそうだ。


 それに、ウィットにその気があるなら、きちんとした武器を買ってやるいい機会かもしれない。

 バロウの村の件があるので、無理強いする気はないけれど。


「じゃ、また来るよ」

「おう」


 店内に戻るシルビオを見送って、ブレイズたちは職人通りを戻っていった。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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