52. 罪深さを思い知る
蜂トーク回です。
件の火族の家には、先ほどの植物についての話が済んでから案内してもらうことになった。
しばらくロアを待たせてしまうなと思ったが、本人は何故か頭を抱えている。
「ありがたい、ありがたいんだが……到着したその日にここまで話が進むとは思っていなくて」
「明日にしようか?」
「……いや、今日行けるなら連れて行ってほしい。そっちの話が済むまでに心の準備をしておくから」
気遣うフォルセにそう返して、ロアは部屋の隅に椅子を引きずっていった。
空いている作業台に両肘をついて、組んだ両手に額を当てている。
図鑑を取ってくると言って部屋を飛び出したリストニエがなかなか戻らないので、ブレイズは先に毒針の話をすることにした。
「こっちの箱は土産な」
先ほど脇に置いた小箱を開けて、中の毒針をフォルセに見せる。
フォルセの眉間にくっきりと皺がより、眼鏡の向こうの瞳がすがめられた。
「蜂の針か」
「さすが」
一瞥しただけでそれが何か見抜いたフォルセだが、視線は箱の中に注がれたままだ。
「でかいな。こいつも魔境産か?」
「ああ。あの植物を探しに入った時に出くわしたんだ」
森での出来事を簡単に話す。
大型の竜種がこの毒針で殺されたこと、逃げた巨大蜂を追った先で見た共食い、そこであの植物を見つけたこと。
一人で突っ走ってラディに怒られたことは意図的に省いた。隣の相棒の視線が痛いが、何も言わないでいてくれるようだ。
基本的に度量の広い女だが、あまり怒らせると後でまとめて仕返しされるので、甘えてばかりもいられない。鍛錬場を半月ほど氷漬けにされ続けた記憶は、ブレイズの中に爪痕として残っている。
ブレイズのトラウマはともかく、フォルセは引っかかった点をいくつか質問してきて、それきり黙り込んでしまった。
手持ち無沙汰になったウィットが荷物のベルトで何かごそごそし始めた頃になって、ようやく口が開かれる。
「……一つずついこう。まず、お前たちが出くわした蜂は恐らく槍蜂の一種だ」
「蜜蜂とは違うのか?」
「竜種の体に針は残っていなかったんだろう? 刺された穴だけで」
ラディの疑問を、フォルセはブレイズへの確認で返した。
ブレイズも傷口をしっかり見たわけではないが、竜種の体から血が噴き出していたのは覚えている。
おそらくフォルセの言う通りだと頷くと、フォルセは「なら槍蜂だろうな」と言った。
「蜜蜂なんかの針は、一度刺すと自力ではもう抜けないんだ。なので針を差した個体は腸ごと千切れて死ぬ」
「なにそれこわい」
「槍蜂のほうが怖いんだよ。針を何度も刺せるのもそうだが――」
ウィットの言葉に、毒針を指でつつきながらフォルセは続けた。
「こいつの毒は強いんだ。他の地域では人が死んだ例もある」
「え……」
ラディがばっとブレイズを見上げてくる。
不安げな表情には見覚えがあって、そういえば、と森であったことを思い出した。
「……おい、まさか刺されたのか?」
「いや、毒液をかぶっちまっただけだ。すぐにラディが水で流してくれた」
「なら大丈夫……と言い切ることもできないんだよなあ」
フォルセは困ったような顔をする。
「槍蜂の毒は強すぎるせいか、二度目に刺されるとまず助からないらしい。毒液かぶったのを一回と数えるべきどうかは、俺にもわからないんだ」
「そうか……」
「まあ毒には変わりないから、一度目でも死ぬときは死ぬけどな。気をつけろよ」
もし仮に、あの巨大蜂の毒針に刺されていたら、ブレイズはその場で死んでいただろう。流れ込む毒液の量も、普通の蜂とは比べ物にならないだろうし。
というかあの毒針のサイズなら、毒がなくても刺された傷だけで普通に死ねるんじゃないだろうか。
「一応セーヴァ先生にも伝えといたほうがいいだろう。あの森に槍蜂がいるなら、ファーネの医者が対処できないとまずい」
「それは確かに」
「手紙にまとめておくよ。いつまで王都にいるんだ?」
「わかんね。ギルドの手続きがいつ終わるか次第」
「……なるべく早く書いとく」
話が一段落すると、フォルセは喋り疲れたのか、コップの水を一気に飲み干した。
一度立ち上がって部屋の隅にある水差しを持ってくると、空になったコップに水を注ぎながら再び口を開く。
「次、いくらなんでもサイズがおかしい。普通の槍蜂はせいぜい小鳥くらいの大きさしかないはずだ」
「魔物化してたんじゃねえの?」
「それを加味した上で、でかすぎると言ってるんだ。基本的な生態が変わっていないと仮定しても、巣がどれほどの大きさになるか――いや、いや待て」
「フォルセ?」
「ブレイズ、その蜂は共食いしてたんだよな? 食われていたほうの大きさはわかるか?」
「ええっと……」
正直あんまり思い出したくないのだが、そう言ってこの男の追求が止むわけがないのは、子供の頃からよく知っている。
なんとか記憶をひっくり返して、「半分以下の大きさだったと思う」と答えた。
「まあ食われてる途中だったから、本当はもうちょいでかかったのかもしれねえけど」
「十分だ!」
がたん、とフォルセが椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。目が爛々と輝いている。
いきなり興奮しはじめたフォルセに、部屋の隅にいるロアがびくっとしたのが見えた。見えただけでフォローする余裕はこちらにもない。フォルセが身を乗り出して話し始めたからだ。
「ブレイズ、あの毒針の持ち主はおそらく女王蜂だ」
「お、おう」
「そもそも槍蜂の成虫は固形物を食べないはずなんだが、まずあの大きさなら消化管の太さもそれなりだ。魔物化して消化能力が強化されたとしたら、固形物を食料とできるようになったなら、消耗したので食べて回復を図るという動きにも納得がいく。魔物化で回復速度も向上していた可能性が高い」
早口でまくしたてられたので、半分以上を聞き逃したが、おそらく問題ないだろう。聞き取れた内容からしてほぼ独り言だ。
うわあ、とウィットが小さく呻くのが聞こえた。目が合うと、そっと肩を寄せてくる。
「……ケヴィン、殿下? にこれの真似させたんだよね、きみたち」
「嫌なこと思い出させんな。あと言い出したのはラディだ」
「本人にやらせたのはブレイズじゃないか」
ファーネ南にある防壁の実情を知りたいと言ったケヴィンのために、ブレイズとラディが立てた作戦のことである。
今ならマーカスが腹筋をぶっ壊したのもよくわかる。王子様にやらせていいことではなかった。
この件に関して、ブレイズは考案したラディのほうが責任が重いと思っている。しかし、そもそも彼女にあんな作戦を思いつかせたのはフォルセの半分レポートのような手紙なので、根本的にはフォルセが悪いということで考えを締めくくった。
「――残る問題は女王蜂の性質だ。本来なら巣作り以外の時期に外を飛ぶことはほぼないし、外敵からは逃げることを優先するはずだ。なのに捕食者である竜種を女王直々に仕留めている。これはおかしい」
「あの蜂もお前に『おかしい』とは言われたくなかっただろうよ」
小声で返してみたが、フォルセの耳には入っていない様子だ。
水差しからコップへ勝手に水を注ぎ足して飲んでいると、部屋を飛び出していったリストニエが戻ってきた。
「あら、ルヴァードが人前でここまでキモくなるのは珍しいですね。大丈夫ですか?」
「ああ、慣れてるから。子供の頃も暴走するとこんな感じだったしな」
「なるほど、取り繕う必要性を認めなかったわけですか」
「僕とロアは初対面なんだけど……」
ウィットの言わんとすることもわかるが、おそらく好奇心が外面を保つ余裕を上回ったのだろう。触らなければ無害だから安心してほしい。
話し声が増えたのに気づいたか、フォルセの顔がぐりんとこちらを向いた。
「リストニエ、お前の友達に芳香療法の研究してるのがいたな?」
「いますけども」
「近いうちに芳香成分の比較分析を頼むかもしれない。話を通しておいてくれ」
「あなた前回似たようなこと言って彼女にアリを潰した汁渡したの覚えてます? かわいそうに彼女、あなたのことちょっと気になってたらしいのに虫の汁渡されて半泣きで『むり』って言ってましたよ」
「ちゃんと濾過したじゃないか」
「そういう問題じゃないんですよ」
リストニエは呆れたように息を吐くと、図鑑を手に作業台の植物を覗き込む。
開いたページと植物を何度か見比べて、顔を上げた。
「同定できましたよ。大きさがかなり異なりますが、リド・タチスで間違いないでしょう」
前にも言いましたが異世界ファンタジーなら母乳で子育てするバッタを出すのも許されると思ってるタイプの作者なので、現実の蜂の生態と整合性取ろうとするとかわいそうなことになります(私が)




