50. 王都のギルド本部へ
「王都が見えてきたぞ」
乗合馬車に同乗している誰かの声が聞こえて、ブレイズは外を見た。
街道沿いに生える木々の向こう、石造りの塔のようなものが見えている。おそらく、防壁の見張り塔だろう。
「……確かに水の魔力が濃いな」
ロアはわずかに眉をしかめた。
そういえば彼の部族は水の魔力と相性が悪いのだったか、と思い出す。
「きついか?」
「俺は『風混じり』だからそうでもないが、純粋な火族は暮らしにくそうだ」
ロアが小さくため息をついたところで、馬車が防壁の手前で止まった。
どうやら馬車と旅人では通る検問が異なるらしい。門の手前で降ろされる。
バロウの村から五日と少し。
想定よりもわずかに早く、ブレイズたちは王都ローレミアにたどり着いた。
◇
検問を抜けると、大きな通りの脇に出た。
どうやら目抜き通りのようで、道の先にはうっすらと王城が見える。
「まずはギルドだな」
ラディが言うのに頷いて、ブレイズは道なりに歩き出した。
商業ギルドの場所は、検問のついでに衛兵から聞き出している。
この道をまっすぐ進めば、おなじみの金貨が描かれた看板が見えるはずだ。
「人が多いな……」
さすが王都と言うべきか、視界に入る人の数が多い。
エイムズやイェイツの街だってファーネに比べたら賑わっていたが、ここは段違いだ。
「ブレイズ、あんまりふらふら歩かないほうがいいよ」
ウィットがジャケットの裾を引っ張ってくる。
「まっすぐ歩かないと、相手だって避けにくいんだし」
「お前やけに慣れてないか?」
「んん……なんか体が覚えてるっぽい?」
自分でもよく分からないのか、ウィットは首を傾げながら答えた。
「あと今日って休日じゃないよね? たぶんこれ少ないほうだと思うよ、お仕事行ってる人は歩いてないだろうから」
「マジか」
そんな話をしながら通りを歩く。
道の両端には屋台や露店も出ていて、食べ物から工芸品まであれこれと並んでいた。
「見たところアクセサリーの露店もあるようだけど、ロアの組紐も露店を出して売るのか?」
「いや、面倒だから適当な露店で買い取ってもらう。商売する気がないならそのほうが楽だって、リカルドさんにも言われてるし」
ラディとロアの会話に周囲を見回すと、中には店主に金を払うのではなく、逆に受け取っている者もちらほら見られる。
なるほど、買い取りをやるのも自由というわけか。
ウィットがブレイズの隣に来て、ねえねえ、と見上げてきた。
「こういうのって、商業ギルドは何も言わないの? ファーネだと何もしてなかったっぽいけど」
「街ごとに違うな。領主の考え方にもよるし」
「ちなみにファーネでも、店を出すのに届け出は必要だよ」
話が聞こえてきたのか、ラディが後ろから口を挟んでくる。
カチェルの事務仕事をよく手伝う関係で、彼女はこういう部分にも詳しい。
「勝手に変なもの売られるとトラブルの元だしね。一応審査はある」
「王都でも届け出は必要らしい。だから面倒なんだ」
「届け出いらなかったら、お店やるロアが見られたのかあ……」
「おい」
残念そうに言うウィットをロアが睨みつけたところで、商業ギルドの看板が見えた。
商業ギルド本部は、目抜き通りの途中にある噴水広場に面した大きな建物だった。
石造りの三階建てで、二箇所にある大扉はどちらも開放されている。人の出入りが激しいためか、その両脇には、警備の腕章を着けた警備員が立っていた。
大扉の一つに近づくと、警備員たちはブレイズたちの腰にある剣やナイフをちらりと見た。
しかし問題なしと判断したのか、小さく目礼して視線を外す。通っていいらしい。
「いらっしゃいませ!」
扉をくぐると、すぐに受付にいる女性から声がかけられた。
「ご用件をどうぞ」
「ええっと三つくらいあって……」
にこりと清々しいお仕事スマイルを向ける受付嬢に、ブレイズはラディを手招きで呼び寄せながら応じる。書類は彼女に預けていた。
「調達依頼の納品と、ギルド支部からの書類と、あと賞金首を捕まえたんで換金を」
「書類はこれです」
こちらに歩いてきたラディが書類を差し出す。
受付嬢はそれを受け取ると、ふむふむと何度か頷いた。
「ファーネ支部……ナイトレイ領の支部ですね。はい、お預かりします。処理に少々お時間をいただくので、よかったら他のお手続きをしていてください」
「わかった」
「調達依頼の受け取り口はお隣、賞金首の換金は一番向こうになります」
そう告げて奥に引っ込んでいく受付嬢を見送って、ブレイズとラディは受付を離れる。
少し離れた場所で、ウィットがロアの手を借りて背中の箱を下ろしているところだった。
「ラディ、荷物の納品手続き頼む。賞金首のほうは俺が行ってくる」
「ああ。依頼人に直接会えないかも聞いてみるよ」
「頼んだ」
バロウの村で領兵から渡された木札を手に、ブレイズは受付嬢に教えられた窓口へ向かう。
既に早馬で連絡が来ていたようで、木札を見せるとすぐに賞金の支払いが行われた。
体格のいい壮年の男性職員が、布張りのトレイに大金貨を二枚乗せて運んでくる。
「賞金の二十万ザルトだ。今なら両替もしてやれるが、どうする?」
「……小金貨で頼む。無理なら大銀貨で」
ロアへの分配も考えると、ここで両替を頼んでしまったほうがよさそうだ。
職員は「あいよ」と頷いて、近くの若い職員にトレイを渡した。
「大金を持ち歩きたくねえならギルドで預かりもやってるから、必要なら窓口に声をかけな」
「わかった」
若い職員が小金貨の積まれたトレイを運んでくると、男性はそれを受け取ってカウンターに置く。
「そら、小金貨で二十枚だ。確認してくれ」
◇
賞金の受け取りを済ませて待合スペースに戻ると、既にラディたちが集まっていた。
その足元に、納品したはずの例の箱がある。
「荷物を学院まで直接届けるのは問題ないそうだよ。その代わり、依頼料の支払いはフォルセからの納品連絡の後になるそうだけど」
「依頼品の持ち逃げ防止のためだってさ」
ラディの言葉とウィットの補足に納得する。そういうことをする奴が過去にいたのだろう。
学院の守衛に渡す紹介状を用意してもらうのに、少々時間がかかるらしい。
「賞金は現金でもらえた。分配は宿でいいか?」
特にロア、と視線を向けると、ロアは小さく頷いた。
そういえば受付で出した書類はどうなっているんだろう、と思っていると。
「あ」
ウィットが声を上げて、ギルドの奥のほうへ小さく手を振った。
そちらを見て、ブレイズとラディも小さく声を上げる。
右の頬に赤黒い火傷の跡が残る眼鏡の少年が、こちらに向かって歩いてくるところだった。
「黒髪だからまさかと思ってたけど、やっぱりウィットだった。……お久しぶりです」
「リアム……」
リアム・レ・ナイトレイ。
以前に身分を偽ってファーネを訪ねてきた、ナイトレイ領主の一人息子である。
「……様ってつけたほうがいいか?」
「ここでは大丈夫です」
私が貴族やってる時だけつけてください、と言って、リアムは小さく笑った。
リアムといえば、と思い出して、ブレイズは周囲を見回す。
「……一人か?」
「ええ、そうですけど……ああ」
ブレイズの言葉に、一瞬戸惑うような表情をしたリアムだったが、すぐにブレイズの言わんとすることに思い当たったらしい。
「先輩たちは国軍の方ですから。お仕事中ですよ」
「そうか……」
「……そのご様子だと、ネタばらしは済んでいるようですね?」
「まあな」
ファーネを出発する前に、ルシアンから教えられた。
ケヴィン・クライグ・レ・アーリス。『ケヴィン』とだけ名乗ってリアムに同行していた、深緋色の髪の男。
やけにきらびやかな容姿の男だとは思っていたが、まさか王子様だとは思わなかった。あとマジで本名使っていたとも思わなかった。
ルシアンいわく、第三王子が誕生した頃、彼にあやかって息子に『ケヴィン』と名付ける家庭が多かったので、王都では珍しくない名前なのだそうだが……。
「まあ、街中で絡まれたら『殿下』って呼んでおけば大丈夫ですから」
「本当にそれでいいのか……?」
「気さくな方ですから」
ラディの呟きにいまいち安心できない言葉を返して、リアムはことりと首を傾げた。
「みなさんはお仕事で王都に?」
「まあな。……ああそうだ、例の植物も見つかったから、これからフォルセのとこに届けるつもりだ」
「えっ」
眼鏡の奥、リアムの深い緑色の瞳が大きく見開かれる。
「見つかったんですか?!」
「あ、ああ……」
戸惑いながら頷くと、リアムは急に真剣な表情になり、口元を手で覆った。
ぶつぶつと小声で何か呟きはじめる。
「リアム?」
「……ああ、すみません」
「あの植物に何かあるのか?」
「それは……」
ラディの質問に、リアムが少し悩む素振りを見せた時、受付からブレイズを呼ぶ声がした。
そちらを見て、リアムはぺこりと頭を下げる。
「すみません、これから王宮に行かないとならなくて。詳しい話はフォルセ先輩から聞いてください。……そちらのほうが正確でしょうし」
「あ、ああ……」
「それでは失礼します。またお会いできたらお話しましょう」
そう言って、リアムは足早に奥へ戻っていってしまう。
その背を見送るブレイズを、受付の声が再び呼んだ。




