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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
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48. 大騒ぎの後始末

 バロウの村の、商業ギルド出張所。

 薄暗い室内が備え付けのランプで照らされる中、昼に相手をしてくれたおばちゃんが、奥から一枚の紙を持ってきた。

 カウンター越しにブレイズが受け取って紙面を見ると、隣から覗き込んだラディが「あっ」と小さく声を上げる。


 それは一枚の手配書で。

 見覚えのある、一人の男の顔が描かれていた。




 森で遭遇したエメラインとの戦い――殺し合いに勝利した、あの後。

 村に戻ってきたブレイズとラディの目に真っ先に入ってきたのは、森の入り口で彼らを待ち構える男たちだった。森が派手に燃えているのに気づいて、慌てて起きてきたらしい。


「……このまま歩いてったら捕まらねえかな」


 息絶えたエメラインを背負い、魔力枯渇から立ち直れないままのフランクを引きずるブレイズが相棒に聞くと、彼女は並ぶ男たちの端のほうを指で示した。

 ブレイズたちに森の調査を依頼した、代表の老人が立っている。


「おじいさんに()められたのでなければ、大丈夫だと思う」


 なるほど、と頷いて、ブレイズは足を止めずに歩いていった。

 自身の怪我と返り血で赤黒く染まったブレイズを見て、男たちが息を呑む気配がする。


「あれが爺さんが依頼した連中か」

「フレッドが揉めたって聞いたが――」

「兄ちゃんのほう、傷だらけじゃないか」

「いったい森で何が……」


 戸惑う様子はあるが、それだけだ。

 敵対的な視線は感じない。


 この様子なら逃げる算段を考える必要はないか、とブレイズが内心で安堵したとき。

 代表の老人が、ブレイズに引きずられているフランクを指差して声を上げた。


「その男を――フランク・デインを縛り上げよ!!」


 その声に従って、男たちがフランクにわっと群がる。ブレイズとラディは邪魔だとばかりに押しのけられた。

 代表は隣に立つ村人と何か話し合っている様子で、こちらへ話しかける素振りもない。


 事情が見えずにいたところ、村長と一緒にいたおばちゃんに出張所へ招かれて、今に至る。




「フランク・デイン。罪状は強盗殺人と放火。……アタシも最初これを見た時は、信じられなかったけどねえ」


 カウンターに茶を並べながら、おばちゃんは沈んだ表情で続けた。


「この村の出身なんだよ。火の魔術が得意で、魔術士になるんだって村を出たのが、確か十年ちょっと前くらいで」


 ちょうどその時、出張所のドアが音を立てて開いた。

 そちらを振り向くと、入ってくる男と視線が合う。


「ロア!」

「怪我は?」

「見ての通りだ。深いのはねえよ」


 そうか、と頷くロアの後ろから、ウィットもひょこりと顔を見せた。


「うわブレイズ血だらけじゃん。本当に大丈夫なのそれ」

「半分くらいは返り血だよ」

「……そっか」


 この場に小椅子(スツール)は二脚しかなく、すでにブレイズたちが腰を下ろしている。

 お茶のついでに椅子も持ってくるよ、とおばちゃんが再び奥へ姿を消してしまったので、ブレイズたちは二人にこれまでの事情を説明した。


「殺人と、放火……」


 低く呟いて、ロアが険しい顔つきで手配書を見る。その横で、ウィットがロアの袖をきゅっと掴んでいた。


 おばちゃんが追加の椅子と茶を持ってきて、話を再開させる。


「フランクがこの村の出身だってところまで話したかね。それだけなら別に、他の賞金首と同じように手配書を貼り出すんだけど……村にはまだ、弟のフレッドがいたからねえ。狭い村で、凶悪犯の身内だって知らしめるのも可哀想だろ」

「だから手配書を貼ってなかったのか」


 ラディの言葉に、おばちゃんはこくりと頷いた。


「フレッド本人にはちゃんと話をしたんだよ。あんたの外聞のために手配書は握り潰すけど、フランクは外でやらかして賞金首になったからねって」

「その気遣いが裏目に出た、と」

「結果を見たら、そうなるんだよねえ……」


 ため息をついて、おばちゃんは続ける。


「マイルズ……ああ、フレッドと一緒に宿に押しかけた子ね。紺色の髪の」

「宿?」

「森が燃えてすぐ押しかけられたんだ。……細かい話は後でしてやる」


 何の話かと首をかしげると、ロアが短く説明してくれた。

 ひとまず頷いて、おばちゃんに続きを促す。


「あの子の話だと、『フランクがどこかのお嬢様と駆け落ちしてきたので、追っ手からしばらく匿うのを手伝ってくれ』って説明されてたそうなんだよ」

「お嬢様……?」

「おや、お嫁に行かなければ女はいつまでも“お嬢さん”だよ。……まあ、あの(ひと)は違うんだろうね。用心棒ってとこか」


 本当のところは、フランクに聞かないとわからないだろうけど。

 そう言って、おばちゃんはブレイズたちに茶を勧めた。


 ぬるくなった茶に口をつけて、ブレイズは初めて、自分がひどく渇いていることに気づく。

 考えてみれば、森で起きた火事の中心で剣を振り回していたのだ、水分が出ていかないわけがない。

 横目で見ると、ラディも自分に出された分を一息に飲み干していた。


「あらら、おかわりが要りそうだねえ」


 おばちゃんが優しげな目で、茶の入った水差しを持ち上げる。


「悪いけど、もう少しここで待ってておくれ。宿でフレッドが暴れたもんだから、そっちの後片付けをしてるんだよ。……ああ、あんたらの荷物は無事だから、そこは安心していい」


 そういうことなら、と遠慮なく茶をもらっていると、出張所の扉が強めにノックされた。


「はいよ」

「失礼」


 おばちゃんの応えに扉を開けたのは、革の軽鎧をまとった男性だった。

 鎧の胸と肩の部分に、見たことのない紋章が焼きつけられている。


「うちの領の領兵さんだよ」

「ああ、なるほど」


 道理で紋章に見覚えがないはずだ。

 おそらく、森が焼ける光を見て、どこかの駐屯地から駆けつけてきたのだろう。


 その領兵はこちらの顔ぶれを一瞥(いちべつ)すると、ブレイズに視線を向ける。


「外の……あの女性を殺したのはお前か」

「……そうだ」


 頷いて、ブレイズは立ち上がった。

 今回の件で、あのエメラインがどんな立ち位置だったのかは知らないが、殺したという事実から逃げる気はない。

 ……彼女自身には「剣に殺されてやったのだ」と言われたが。


「……すまないが、その剣を見せてくれないか。彼女の傷と照らし合わせたい」

「わかった」


 心配そうに見上げてくるラディを目で止めて、ブレイズは腰の剣を鞘ごと引き抜いた。

 領兵に預けると、彼はその場で鞘から抜いて、刀身にじっと視線を落とす。


 しばらくして、領兵の手が丁寧に剣を鞘に戻した。


「確かに致命傷となった傷と一致する。……強いんだな、お前さん」


 感心したように言われるが、心当たりがなくて眉をひそめる。

 すると、領兵は「知らなかったのか」と少し驚いた様子だった。


「双剣使いの女で名前が『エメライン』なら、おそらく間違いないと思うが」

「有名だったのか?」

「エメライン・モーズリー。指名手配こそされていないが、王都周辺では少々危険視されていた賞金稼ぎだ」


 領兵いわく、彼女は「強い剣士を探している」と言って王国を回っていたようだ。

 腕に自信のある剣士を見つけては手合わせを挑み、それ以外は護衛や用心棒をして日銭を稼ぐ生活をしていた。

 進んで悪事を行うことはないが、頼まれれば金と気分しだいで加担することはある。

 そういう仕事相手を選ばないところを、危険視されていたという。


「強い剣士、ねえ……正直、勝ちを譲ってもらったようなもんだけど」

「そうは言うが、剣士のお前さんと戦って死ねたなら、彼女も不満はないだろうよ。イカれた女だと聞いていたが、死に顔は随分と嬉しそうだった」


 エメラインの亡骸は、一度この領の領主のところまで運ばれるという。

 その後どうなるかは、この件を領主がどう処理するか次第だそうだ。


「……デイン兄弟については、どうなりました?」


 話が一段落したところで、おばちゃんがカウンター越しに領兵へ話しかけた。


「両方ともこちらで捕縛します。フランクのほうは賞金首なので、領主様の確認後に国軍当局へ引き渡すことになるでしょう。弟のほうは……領主様の処断次第ですね」


 領兵が難しい顔で続ける。


「村の中で問題を起こした程度なら、村の中で収めてくれと言いたいところですが……。賞金首を匿っていたとなると、そうもいかない。領で処断して、そのまま何かしらの懲役刑を科すことになるかと」

「そのほうがいいでしょうねえ。村に戻されても、さすがに居場所がないだろうし」

「ええ、代表殿も同じことを言っていました」


 馬鹿なことをしたものだ、と領兵が吐き捨てるように言った。

デイン兄弟は似たような性格をしており、『キレると高ぶった感情で火の魔術が暴発する』という共通点があります。

フランクは魔力量が多く怒りっぽい性格ですぐ周囲に着火していましたが、それと比較するとフレッドはそうでもなかったのであまり警戒されていませんでした。

その結果が「46. 流血」です。

よそ者と揉めるならともかく宿に放火したり主人に怪我させたりしたので、さすがに村人も庇う理由がありませんでした。

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