44. 理由
――儂もあまり頻繁にこちらへ来ると怪しまれてしまう。申し訳ないが、ここで決めていただきたい。
そう言ってきた代表に、「仲間と相談させてくれ」と言って、ブレイズとラディは部屋に戻ってきた。
昼寝していたウィットが起きていて、紐を編むロアの手元を楽しげに眺めている。叩き起こす以上の面倒はかけていないようで何よりだ。
「……どうした?」
こちらを横目で見たロアが、訝しげな顔になる。どうやら、顔に出ていたらしい。
「ちょっとな、面倒なことになった」
客室の扉を閉めて鍵をかけると、ラディが風の魔術で防音の障壁を張った。
その魔力を感じ取ったのか、ロアの眉がぴくりと動く。ウィットはきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「昼に村人同士の揉め事に巻き込まれかけたって話したろ? それで――」
ブレイズはあの老人からの依頼について、かいつまんで説明した。
魔物が出たという話があって、森への立ち入りが禁じられたこと。
それに対処しようとすると、一部の村人から横槍が入ったこと。
村の主産業に支障が出て、他の村人に不満が溜まっていること。
代表が、できれば全てを明らかにしたいと機をうかがっていたこと――。
ひと通り話し終えたところで、ロアが大きくため息をついた。
「お前らなあ……」
さすがに厄介事を背負い込みすぎたか、とひやりとしたが、続く言葉は予想外のものだった。
「依頼を請けたいなら請けたいって素直に言え」
「えっ」
ラディと一緒にびっくりしていると、ウィットがロアのほうを見て首を傾げる。
「そうなの?」
「でなきゃわざわざこっちに相談なんかしないで、その場で断ってるだろ。引き受ける理由なんかないんだから」
「そっかあ」
……納得されてしまったし、反論のしようもなかった。
しいて言うなら、依頼内容が『魔物の討伐』であれば断らざるをえなかった。それなりに準備が必要だし、旅程が大幅に遅れるからだ。
いや、『断らざるをえない』なんて思っている時点で、ロアの指摘は否定しきれないか。
そういうことなんだろうか、とラディと顔を見合わせる。
こちらを見上げる相棒は、困ったような顔で控えめに笑っていた。なんだその顔。どういう表情だ。
「んー……」
ブレイズの内心をよそに、ウィットは唇に指を当てて、何かを考えている様子だった。
少しして、よし、と頷くと顔を上げる。
「そういうことなら、僕のことは気にしないで」
「ウィット?」
気にするなも何も、まったく話が見えない。
どういうことだと思っていると、ウィットは言葉を続けた。
「お昼寝してすっきりした。最悪この村を追い出されたって、野営しながら次の馬車乗り場まで歩くくらいはできると思うよ」
「追い出されるってお前」
「だって聞いた限り、どっちを敵に回すかの二択じゃん? まあ代表さんは、敵対まではしないだろうけど……どのみち、誰かと気まずくなるのは避けられないんじゃない?」
だから最悪の場合ね、とウィットは締めくくった。
「……旅程の遅れも気にしなくていい」
次に口を開いたのはロアだ。
「今朝も言ったが、数日くらいは誤差だ。まあギルドの都合のほうは知らないから、そっちは任せるが」
どうだったっけ、とラディを見ると、彼女は何かを数えるように指を折って「まだ余裕はある」と小声で言う。
「それにな、俺はお前らに人を紹介してもらわなきゃならないんだ。他に手がかりもないし、お前らに付き合うしかないんだよ」
「……つまり、付き合ってくれるのか?」
「余程のことじゃなけりゃな。……まあ、請ける前に相談してきた気持ちは受け取っておく」
あと、とロアは続けた。
「請けようと思うのも、わからなくはない。話を聞く限り、どう考えても横槍入れてくる連中のほうが怪しいし……代表がやり手だっていうなら、恩を売っておくのは悪い話じゃないしな」
そういうわけで好きにしろ、と言って、ロアは紐を編むのを再開してしまう。
ウィットもこちらに微笑みかけると、テーブルに両肘をついてロアの作業を見守る体勢に戻ってしまった。
◇
「……請けたそうに見えたか?」
返事をしてくると出た廊下でラディに聞くと、彼女は小さく笑った。
「おじいさんの話を真剣に聞いてるな、とは思ったよ」
「それはお前もだったろ」
「まあ、そうだけど」
否定せず、ラディは静かにこちらを見上げてくる。
その目が「それで?」と言葉を促しているような気がして、居心地の悪くなったブレイズは、窓の外へ視線を逃した。
西の空がうっすらと赤く染まっている。日没が近づいている。
たっぷり一分ほど置いて、ブレイズはなんとか口を開いた。
「……魔物、って聞くとな。どうしても気になっちまって」
「うん」
「エイムズはどうしようもなかったけど、この村には何かできるんじゃないか、とも思った」
「……うん」
半ば無理やり、胸の中で渦巻くものを言葉にしていく。
少し言い訳のようになってしまったが、別にいい。どうせ相棒しか聞いていない。
(ああ、そうか)
ふいに、すとん、と胸に理由が落ちてきた。
その理由の醜さに苦笑する。そりゃあ、わからないはずだ。認めたくなかったんだから。
「この、剣で。何でもいいから、成し遂げてみたかった。……ジルみたいに」
「――そうか」
あまりに身勝手で、自己中心的な理由だ。
しかしラディは咎めることなく、ブレイズの本音を受け止めた。
ラディは昔からそうだ。
ブレイズが弱音を吐こうが、愚痴をこぼそうが、それを遮ったり非難したりせずに最後まで聞く。
そしてその後、まったく別の話を始めるのだ。
『――わたし、強くなるよ。剣も魔術も、ちゃんと使えるようになる』
こちらが挫けていようが、途方に暮れていようが、彼女は足を止めてくれない。自分の思うほうへ、とことこ歩いていってしまう。
その手を捕まえて、「相棒だ」と自分に縛りつけておかないと、いつか見失ってしまいそうで怖かった。
「お前は?」
「ん?」
「請けたいと思った理由、あるんだろ」
ラディはブレイズが話を真剣に聞いていたと言うが、ブレイズから見たらラディのほうが真剣だった。
相棒があの話の何に関心を持ったのか、なぜだか今日は、気になっている。
「そうだな、私は――」
ブレイズがやったように、窓の外へ視線をやりながら。
一瞬ためらった後、ラディは小さな声で言った。
「……ジルが死んだ時の私たちは、あのくらいの年だったなって。そう思ったら、何かしてやりたくなって」
その答えに、ブレイズは一瞬言葉を失って。
「そう、だったな」
かろうじて、そう返した。




