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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
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42. バロウの村

 バロウの村に到着したのは、それから三時間ほど後だった。昼食には少し早い時間である。

 このあたりは大街道を通す際に森林のど真ん中を切り開いたらしく、村の周りは木々に囲まれている。目につく建物も、ほぼ全てが木造だ。


「今日はここで一泊、だな」


 馬車を降りて振り返ると、相変わらず眠そうなウィットがラディに支えられながら降りてくるところだった。

 ひとまず午後いっぱい休ませて、明日の朝に出られるようなら再出発だ。疲れが取れていないようなら、もう一泊すればいい。


「宿取ったら昼飯食って、ウィット寝かせて……買い出しに行くならその後だな。ロア、この村でも聞き込みするのか?」

「宿の主人あたりに聞いてから考える。望みが薄そうなら、目立たないよう部屋で留守番でもしてるさ」


 そう言って、ロアは人目を遮るようにマントのフードを被ってしまう。

 治癒の力が使える術士というのは、大抵の場所で需要が高い。ナイトレイ領のように留め置こうとするほどでなくても、通りがかった村や街で「ちょっと怪我を治してくれ」と頼まれる程度のことはよくあるらしい。

 代金しだいで引き受ける術士も少なくないが、ロアは頼まれることすら鬱陶しがるタイプだ。本人いわく、代金の交渉が面倒なのだそうだ。


 宿は馬車乗り場の近くに建っていた。この村では唯一の、二階建ての建物だ。

 看板には唄う小鳥の絵。『さえずる小鳥亭』という名前らしい。


 宿に宿泊客は一人もおらず、部屋は問題なく取れた。

 昼食はまだ仕込んでいる途中だが、朝の残りなら出せるというので、今にも寝そうなウィットにだけ出してもらう。さすがに昼まで抜かせるのはまずい。


「ウィット、それ食ったら寝ていいぞ」


 出されたバゲットをぼんやり見ているウィットに声をかけると、一緒に出されたスープに浸けてもそもそ食べ始める。まぶたが半分下りているが、うっかり零しやしないだろうか。

 心配そうなラディと一緒に見守っていると、難民探しで席を外していたロアが戻ってきた。フードは宿に入ってすぐに下ろしている。


「おかえり。どうだった?」

「全員、この宿で一泊して通り過ぎてったそうだ。主人が当時から現役で、話が早かった」


 つまり、この村や領に残ると言った難民はいないということだ。

 ロアは落胆したような、それでいてどこかほっとしたような、微妙な表情で空いている椅子に腰を下ろす。

 テーブルに頬杖をつくと、のろのろと食事をしているウィットへ視線をやった。


「そいつは俺が見てるから、午後の買い出しはお前らで行ってきたらどうだ」

「いいのか?」


 ラディが首を傾げるのに、ロアは「外に出る理由もないから」と請け合う。


「じゃあ、頼んだ」


 ウィットを連れてきたのはブレイズたちの事情だ。なので、あまりロアに手間をかけさせないようにしているのだが、本人が言うなら甘えておこう。


「保存食は全員分買ってくるけど、他に何かいるか?」

「そうだな……染糸(そめいと)が安かったら、いくつか見繕ってきてくれ。少しずつでいい」

「糸?」


 そんなもん何に使うんだ、と思っていると、それを見透かしたようにロアが口の端を上げた。無愛想な彼には珍しい笑みだ。


組紐(くみひも)を編むんだ。暇つぶしにちょうどいいし、売れば小遣いくらいにはなる。いい趣味だろう?」



 ◇



 それから、昼食を取った後。

 ウィットと荷物をロアに任せて、ブレイズとラディは買い出しのために宿を出た。


 馬車乗り場から少し離れたところにある、商業ギルドの出張所へ歩いていく。

 この村のように、支部を置くほどではないがギルドの拠点は必要、といった場所には出張所が置かれる。街道沿いの村落に多い形態だ。

 宿の主人に聞いたところ、外の人間向けの商売は、この出張所で一本化しているのだそうだ。保存食に限らず、工芸品なども扱っているという。


「……ま、市場とかやる規模の村でもねえしな。部外者を村の奥に入れたくなけりゃ、こうなるか」


 村の警備を考えれば、村人にも旅人にも楽な形だろう。お互い変に警戒せずに済む。

 そもそも本来、検問を通さず領内には入れないのが普通だ。この村が排他的というより、領の方針なのかもしれない。


「交易なら、近くにもっと人の多い街がある。出張所を置いてくれてるだけ、親切な村だと思うよ」

「だな」


 喋りながら歩いていると、目的の出張所にたどり着いた。

 丸太組みの、古い小屋だ。思ったよりも大きいのは、外向けの売店も兼ねているからだろう。


「ここか」


 木製の扉の上に、金貨の絵が彫り込まれた小さな看板があるのを確かめて、ブレイズは扉を引き開けた。

 建てつけがあまりよくないのか、ぎいい、と扉が大きく(きし)む。


 昼間だというのに、出張所の中は薄暗かった。

 窓から差す淡い陽光が、無人の受付カウンターと、その隣にある小さな掲示板を柔らかく照らしている。


「いらっしゃい」


 ドアの軋む音で気づいたのか、カウンターの奥から女性が顔を出した。

 ふっくらした顔つきの、優しそうなおばちゃんだ。


「ご用件は?」

「保存食はここで売ってるって聞いて。あと、染糸ってあるか?」

「染糸? あるにはあるけど……何の糸がいいんだい」

「ええっと……」


 そういえば聞いていなかったな、と返答に困ってラディを見る。

 彼女はちょっと考えてから、「組紐を編むのに使うらしい」と言った。


「それなら縫い物に使うやつかね。麻糸を染めたのならいくつかあるから、持ってくるよ。保存食はビスケットと干し果物くらいしかないけど、どのくらい欲しいんだい」

「じゃあ、ビスケットを――」


 ラディと相談しながら購入する量を決めると、「糸と一緒に持ってくるから待ってな」と言っておばちゃんが奥に引っ込む。

 手持ち無沙汰になったブレイズは、なんとなく出張所をぐるりと見回した。


 受付カウンターと掲示板、それから窓際に木製の小椅子(スツール)が二脚。それ以外に調度品らしきものはない。必要最低限、といった感じだ。

 ラディが掲示板を眺めている。何か面白いことでもあるのかと、ブレイズもそちらへ歩いていった。


 掲示板には、周辺で発行された賞金稼ぎ向けの依頼や、賞金首の手配書が張り出されている。

 賞金稼ぎというのは、元々はこういった賞金首を狩った金で生計を立てていた連中だ。そのうち彼らに護衛や獣の駆除などを依頼する者が出てきて、現在は何でも屋のような職業として認知されている。


(王都方面の荷運び、は……ねえか)


 そのくらいなら、発送元と宛先しだいでついでに請けてもよかったのだが、あいにく都合のいい依頼はなさそうだ。

 しかし、それにしてはラディが掲示板を見ている時間が長い。

 彼女の視線を追って、ブレイズは眉をひそめた。


(……手配書のあたりか?)


 ざっと確認してみたが、別に新顔が増えているわけでもない。


「どうかしたのか?」

「うん……」


 ラディは掲示板から視線を外さないまま、ブレイズに答えた。


「手配書が一枚少ない、ような気がして」

「……そうなのか?」


 理由を教えられても、ブレイズにはさっぱりわからなかった。

 警備のシフト以外で書類に縁のない自分と違って、ラディはカチェルの書類仕事を手伝うこともある。彼女だから気づいたことだろう。


「捕まった……って話は聞かねえよな」

「それならそれで、手配書に引き渡し済みの印が押されるだけだ。ひと月くらいはそのまま掲示されているはずだし……」


 しばらく二人で首をひねっていたが、奥からおばちゃんが戻ってくる物音がして我に返る。


「まあ、私の気のせいかもしれないな」


 そう言ってカウンターへ戻る相棒の背を追って、ブレイズも掲示板の前から立ち去った。



 ◇



 ブレイズとラディがギルドの出張所を出たのは、それから数十分後のことだった。


 染糸の色が思っていたよりも多かったというか、一つ一つの染まり具合が違いすぎて、どれを買うかでだいぶ迷ってしまったのだ。

 即ラディに丸投げしようとしたが、「一色くらい選んでくれ」と言われて逃げられなかった。結局、二人で五色ほど選んで購入して、今に至る。


「ロアに色の指定してもらっとけばよかったな。赤とか青とか」


 購入したものを詰めた袋を片手に、ブレイズはぼやいた。

 隣を歩くラディは目頭を揉んでいる。薄暗い部屋で微妙な色を見分けていたので、目が疲れたらしい。


 宿までの距離はさほど長くない。

 ぽかぽかと暖かい日差しに照らされて、眠気を誘われる。これではウィットのことをどうこう言えないかもしれない。


「……あの」


 声をかけられたのは、欠伸を噛み殺した直後だった。


「お兄さんたち、賞金稼ぎの人ですか?」


 話しかけてきたのは、赤毛を茶色のリボンで二つに結んだ少女だった。

 見たところ十歳くらいか。その後ろにも数人、同じくらいの年頃らしき少年少女の姿がある。


 どう答えよう、とラディと顔を見合わせる。

 厳密には商業ギルド員であるのだが、今の身分は賞金稼ぎと変わらない。しかし、この子供たちにそんなことを言っても仕方ない気もするし。


 答えられないでいると、少女は焦れたのか、それとも沈黙を肯定と取ったのか、一方的に言葉を続けた。


「お願いします、森の奥の魔物をやっつけてほしいんです!」

ものすごく今更になりますが、本作の『賞金稼ぎ』というのはいわゆる冒険者のことです。

ただこの世界、遺跡とかダンジョンとか存在しないので「冒険」という言葉では違和感があり、このような形になりました。

(こういうのをかんがえるのがすごくたのしい)

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【完結】階段上の姫君
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