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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
40/185

40. 一方的なかくれんぼ/無礼な若造の罪滅ぼし

当初の予定では、このくらいの話数で第一部(二部構成中の前半)が終わる計算でした。

……でした(過去形)。

ちなみに今は、(この先余計なイベントを生やさなければ)第一部の折り返し地点になります。

「ああ、この兄ちゃんがいるなら慎重にもなるわな」

「おいなんだこのおっさん」


 自分を見るなり額を抑えるヘニングに、ロアは顔をしかめてブレイズを見た。

 まあ、初対面のおっさんに顔を見るなり残念そうな顔をされて、愉快な気持ちになる者は少ないだろう。


 どうせなら昼食を取りながら話そうということで、四人がけのテーブルに椅子をひとつ増やしてもらう。

 注文を受けたウェイターが立ち去るのを待って、ブレイズはロアにギルドでの出来事を説明した。


 ギルドで領主に出くわしたこと。

 荷物が魔境の素材だったせいか、こちらに関心を持たれたこと。

 先ほどヘニングから聞いた、領主が国軍の出迎えで北門に顔を出していることまで話し終えると、ロアは頭が痛いとばかりに片手で顔を覆った。


「エイムズで留守だというから、運がいいと思っていたんだが……」

「まさかイェイツで街中うろついてるとは思わなかったよねえ」


 ラディに手伝ってもらって背中の箱を下ろしたウィットが、ロアの隣に座り直した。


「領兵さんたちは話がわかるんでしょ? ロアだけフード被るか何かして、しれっと通り抜けちゃえば気づかれないんじゃない?」

「嬢ちゃん、そりゃ無理だと思うぜ」


 テーブルに頬杖をついたヘニングが、ブレイズたち四人をぐるりと見回して言う。


「お前さんら、全員目立つもの。剣士の兄ちゃんは背が高くて頭半分くらい抜けてるし、魔術士の嬢ちゃんも女にしちゃ背が高いほうだ」


 化粧っ気はないが別嬪(べっぴん)だしな、と付け足されて、ラディが視線をすいとあらぬ方向へ向けた。反応に困っているのがよくわかる。

 実際、ラディは歪みのない整った顔立ちをしていると思う。美しいかどうかは知らない。人によるんじゃないだろうか。


「荷運びの嬢ちゃんも、ここまで真っ黒な髪してるのはそういねえ。……そんな連中と一緒にいたら、そりゃこの兄ちゃんにも視線が行くわな。マントの隙間から肌の色が見えちまえば南方の人だとバレる、そしたら声くらいはかけられる、と」

「……別行動していいか?」

「それはそれで危ないんじゃないか? 一人だと、検問でフードを外せと言われたら断れないだろう」


 ロアの言葉を、ラディが困ったような顔で否定する。

 確かに、領を出入りする北門の検問は、街を出入りするだけの南門よりも厳しいだろう。ブレイズたちと一緒なら、『身の上はこちらで保証するから』と大目に見てもらうこともできなくはないだろうが……。


「……で、あーだこーだ言い合ってるうちに、領主様の目に留まる可能性も上がっちゃうわけか」


 ウィットが話をひっくり返して、出発点に戻した。

 つまり、北門に領主がいる時に検問を通るのは危ないというわけだ。


 ロアだけなら空を飛んで検問を無視することもできなくはないが、もちろん違法行為である。やらなくて済むなら、やらないほうがいい。


「お待たせしました。本日の日替わりランチになります」


 注文した料理が届き始めたので、話をいったん中断する。


 塩漬け肉(ハム)の厚切りステーキと葉野菜のサラダ、それからパンとレモン水。

 少なくともステーキは冷めないうちに食べるべきだし、食事中に面倒な話はしたくない。


「この領を出たら、お魚も食べられるようになるかな」


 パンにステーキと葉野菜を挟んでかぶりつきながら、ウィットが言った。

 彼女は脂っこいものをパンに挟んで食べるのが好きなようで、ファーネでもよくこの食べ方をしている。ブレイズも一度試したが、手を汚さないように食べるのはなかなか難しかった。


「そろそろ焼き魚が恋しいんだよねえ」

「王都まで行けば(ます)やら(ふな)やらは食えるんじゃねえか」


 王都のそばにあるローレ湖は、国内最大の淡水湖だ。川魚なら不自由はないと聞く。

 内陸部の宿命で、海の魚はどうしても保存処理と輸送の費用が高くつくらしいが。


「海の魚ならカーヴィルに……と言いたいところだが、捕れたてが食いたけりゃ東のドリス港だな」

「カーヴィルでは食べないのか?」

「すぐに内臓(ワタ)取って干すか漬けるかしちまうんだ。暑いせいですぐ傷んじまうからな」

「……南方ではどうだったんだ?」


 ヘニングの話を興味深そうに聞いていたラディが、ロアに話を振った。

 ロアは記憶を辿るように視線を彷徨わせながら、口の中のものをごくりと飲み込む。


「海辺に住む(ダーテ)族が漁をしていたのは見たことがあるが、その場で開いて天日干しにしていたな。東のほうには行ったことがないから知らないが」

「なんだ、南方(そっち)も似たようなもんか」

「……今思えば、水族の連中は火の魔力と相性が悪いから、冷やすのが難しかったんだろう。(イグニ)族は基本、水辺に近寄らないし」


 そんな話をしながら日替わりランチを腹に収めていると、ふいに宿の入口のほうが騒がしくなった。


(なんか、エイムズでもこんなことあったような……)


 げんなりしながら視線をやると、今入ってきたらしき賞金稼ぎ風の男が、周囲に何やら話をしている。

 何を言っているのか、距離があって直接は聞き取れなかったが、しばらくすると又聞きの情報が伝わってきた。


「北門に軍隊が来てるってよ」

「領兵が領主様を探して走り回ってる」

「どこの領の兵隊だ? 誰か見てこいよ」

「俺見たよ、王国軍の旗だった」


 いつの間にか、全員食事の手を止めて周囲の会話に聞き入っていた。

 ふ、と誰かのため息が聞こえて我に返る。


「……マジかよ」


 悩み始めた途端、一気に状況が変わってしまった。

 運がいいと言っていいのだろうか、これは。


「今日はもう諦めたほうがいいな」


 食事の手を再開しながら、ヘニングが言う。


「『軍隊』なんて言われるくらい大勢で来てるなら、受け入れだけで北門の連中は手一杯になる。検問やる余裕なんかないだろうな」

「そんなに人数いるなら、大街道めちゃめちゃ混むんじゃない? 午後の乗合馬車、間に合うのかな」

「……期待できないな」


 ウィットの懸念にそう応じて、ロアはコップに残ったレモン水をひと息に飲み干した。

 テーブルにランチの代金を置くと、「部屋に戻って寝てる」と言って立ち去ってしまう。今日出発する気はなくなったらしい。


「なら、この宿にもう一泊か」

「延泊の手続きは……早めにやっとかないとやべえな」


 宿の受付を見て、ブレイズは慌てて席を立った。既に商人や護衛の賞金稼ぎたちが群がっている。ブレイズたちと同様、午後の乗合馬車で出ようとしていた連中だろう。

 まだ状況が分かっていないのか、宿の主人は戸惑った様子で言われるまま手続きをしている。何も言わないでいると、泊まるはずの部屋に別の客を入れられかねない。


 ウィットとヘニングを相棒に任せて、ブレイズは受付に形成されつつある列の最後尾を探しに行った。



 ◆



 北門の領兵に呼ばれ、側近と共に駆けつけたカーティス・レ・ナイトレイは、派遣された調査隊の隊長格だという男と向き合っていた。

 赤茶色の髪を刈り上げた、三十半ばごろの男が一礼する。


「テイラー家当主の次男、レスター・ケネス・レ・テイラーと申します」


 その家名には覚えがあった。

 およそ三十年前、傭兵団として仕えていた主が王位についた時のこと。主に引き続き仕えたいと願った己を見て、「では魔境の防衛を任せてはどうか」と王に提案した貴族家のひとつが、確かテイラーという名だったはずだ。

 彼らの後押しのお陰で、傭兵団の団長カーティス・ナイトレイは新興貴族カーティス・レ・ナイトレイとなり、こうして王国の一部を任されるまでになったのだ。


「例の書類を」

「こちらに」


 背後に立つ部下らしき男から書類を一枚を受け取ると、レスターはそれをカーティスに差し出した。

 受け取って書面を見ると、様々な品目が羅列されている。何かの目録だろうか?

 右下に国王の署名と、アーリス王家の印章があった。


 カーティスがそこまで確認したところで、レスターが口を開く。


「運んできた物資の目録です。こちらは軍で使用する物になりますので、関税は免除願います」

「無論です」

「それを聞いて安心いたしました」


 レスターは言葉にそぐわない皮肉げな笑みを浮かべた。


「手当たりしだいに税をかけて金をかき集めていると、王都では随分な評判でしたから」

「なっ……!」


 小さく上がった声は、後ろに控えさせていた側近だろうか。

 カーティスは、呆然とレスターの顔を見返すことしかできない。


 レスターはカーティスの背後を蔑むような目で見ると、「では通らせていただく」と告げて、返事を待たず後続の兵に合図を出した。

 動かないカーティスの横を通り過ぎる瞬間、小さな声が落とされる。


「あまり、他所(よそ)の財布に手を突っ込むような真似をなさらないほうがいいですよ」

「それは、どういう……」


 口をついて出た反問に、レスターは振り返ることなく歩き去ってしまった。


「なんだ、あの無礼な若造は!」


 憤慨する側近を、それを咎めないカーティスを、後続の兵士たちが冷ややかな目で見ながら通り過ぎていく。

 レスターの言葉の意味も、そんな目を向けられる理由も、カーティスにはさっぱりわからなかった。



 ◆



「……なぜ、助言(・・)など? 我らが第三王子殿下は、既にかの御仁を見限っておられますが」


 付き従う部下の非難するような問いに、レスター・ケネス・レ・テイラーは肩をすくめた。


「あの程度は殿下の邪魔にはならんよ。貴様の言った通り、連中はもう詰んでいる」

「でしたら、なぜ?」

「理由はいくつかあるのだが……」


 一瞬だけ、レスターは北門を振り返る。

 その目に先ほどまでの皮肉はなく、ただただ憐れむような色が乗っていた。


「しいて言うなら罪滅ぼし、だな。……ひとつくらい、息子に見直される機会(チャンス)があってもいいだろう?」

そういえば今まで説明していなかったのですが、この世界は東が寒くて西が暑いです。

とりあえず気候で異世界感を出そうとした名残り。

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