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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
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38. 遭遇

 チチチ、と小鳥のさえずる声がする。

 窓から差し込む陽の光にまぶたを貫かれて、ブレイズは眩しさに目を覚ました。

 思ったよりも熟睡していたらしい。


 イェイツの宿『踊る流星亭』、その一室である。


 エイムズの街を出発したのは、昨日の夜が明ける前。この街に到着したのは、夕方、門が閉じられるギリギリの時間だった。普通に朝出ていたら、途中で一晩野営が必要だっただろう。

 馬、もしくは馬車であれば一日足らずで着く距離、といったところか。

 エイムズに領主の屋敷がある理由には、そういう利点も含まれるのかもしれない。


 そういうわけで昨日は到着が遅い時間だったので、ギルドも閉まっているだろうと宿に直行したのだった。


 わずかに残る眠気を振り切り、ベッドから下りて服を着替える。

 部屋の反対側に置かれたベッドは、すでに空だった。同室のロアはもう起きているらしい。

 窓から空を見上げれば、日が高い位置にあった。まだ昼は過ぎていないようだが、朝食をとるには少々遅い時間かもしれない。


(俺でこの時間なら、少なくともウィットはまだ寝てっかな)


 昨日は夜明け前に出るということで、少し仮眠を取る程度しか眠れなかった。

 警備の関係で変則的な生活に慣れているブレイズやラディ、旅慣れているロアと違って、ウィットには少々きつかっただろう。

 ラディはもう起きているだろうか、と考えながら、着替えを終えて部屋を出た。




 顔を洗って食堂に行くと、隅のテーブルにロアの姿があった。


「起きたか」

「おー……」


 食事には半端な時間だからか、食堂に人は少ない。

 ロアも既に朝食は済ませたのか、彼の前には水の入った木のコップがひとつあるだけだ。


「ラディたちは?」

「まだ見てないな。寝てるんじゃないか」

「そっか……まあラディのほうはそろそろ起きてくるだろ」


 寄ってきたウェイターに水と軽食を注文し、席につく。

 ロアが周囲をちらりと見回して、「宿の従業員(スタッフ)に聞いたんだが」と口を開いた。


「乗合馬車は、朝と昼の二回出るらしい。朝のはもう出たそうだ」


 イェイツから王都までは、大街道を東に進むことになる。

 大街道は名前の通りに幅の広い道で、馬車や、地域によっては大型の竜種で()く竜車での往来が盛んだ。

 ブレイズたちも、乗合馬車を利用して王都まで行く予定である。

 ロアは大街道沿いの街や村をひとつひとつ回りたいのが本音だろうが、今回はフォルセの紹介もあるので、こちらに合わせてくれるようだ。


「昼のはいつ頃かわかるか?」

「何もなければ昼過ぎの遅い時間らしい。道が混んでたりして到着が遅くなるようだと、中止もあり得るそうだが」

「ま、そりゃそうか」


 夜間に移動する危険を考えれば、夕方に出発すると言われても困る。

 日が落ちる前に人里にたどり着ける保証がないなら、出発を翌朝にずらしたほうが安全だろう。


「荷物の手続きが早めに済むなら、昼の馬車で出ちまうのもアリか?」

「そのあたりは任せる。個人的にはとっととこの街を出たいところだが」

「あー……」


 そういえばこの男、ファーネに来る際、この街で役人に追い回されていたのを振り切ったのだったか。

 昨日、街に入る時に領兵たちが何も言ってこなかったから忘れていた。


「昼前にギルドで手続きしてこようと思ってんだけど……」

「悪いが残らせてくれ。下手に外に出て役人に見つかりたくない」

「だよな」


 来る時にどのくらい騒ぎになったのかは知らないが、ロアの顔を覚えている者がいないとは限らない。

 顔を隠して街中を歩かせるのは、不審者として呼び止められかねないので逆効果だ。

 大人しく部屋で荷物番でもしてもらうほうがいいだろう。


「お待たせしました。豆のポタージュとパンになります」


 ウェイターが水と軽食を運んできたので、話を中断してそちらに手を付ける。

 パンにかじりつく直前、ラディが眠そうなウィットの手を引いて、食堂に入ってくるのが見えた。



 ◇



 軽く食事をとった後、ロアに荷物を任せて、ブレイズたち三人はこの街の商業ギルド支部へ向かった。


 用件は、ウィットに運ばせている植物と毒針の関税の処理だ。

 植物は商業ギルドの調達依頼で求められている品なので、関税はギルドが負担することになる。納品時に、依頼料から手数料として引かれる仕組みだ。

 毒針のほうがどのような扱いなのかは、正直ブレイズたちにもよく分からない。そちらを相談するのも、用件のひとつだ。


 ウィットは置いてきても良かったのだが、眠気覚ましに少し歩きたいというので連れてきている。


「……あそこか」


 金貨の描かれた看板を見つけて、ブレイズは呟いた。


 エイムズと同じく、こちらのギルド支部も目抜き通り沿いにあった。立地がいいのは、交易都市だからという面もあるのだろう。

 住民の視線も、エイムズに比べると穏やかだ。それでも隔意はあるのか、なんとなくよそよそしい雰囲気がある。


「お昼前に手続き終わるといいね」

「そうだな。できれば宿で落ち着いて食べたいし……」


 後ろでラディとウィットが話しているのを聞きながら、ブレイズは出入り口の大扉に手をかけた。

 手入れがいいのか、軽く押すだけで内側に扉が開く。


「……から、それでも値段が高すぎると言っておるのだ!!」


 土ぼこりと一緒に、男性の怒鳴り声が飛び出してきて、ブレイズたちは目を丸くした。


「関税関税と言うが、貴様らは値を下げる努力というものをしないのかね?」

「関税を上げれば値が上がるのは当然かと存じますが」

「それを我が領の民たちに押し付けるなと言っておるのだ!」

「恐れ入りますが、関税の意義をご存知で?」

「貴様ご領主様に喧嘩を売る気かッ?!」


 真っ先に目についたのは、大柄な初老の男性だ。

 重鎧が似合いそうな、がっしりした体躯をしているが、今は仕立てのいい服に身を包んでいる。


 怒鳴り声の主は、その男性の前に立つ老人だった。

 こちらも身なりのきちんとした男性なのだが、怒鳴り散らす、としか表現できない荒ぶり具合のため、あまり上品には見えない。


 その老人に対応している職員は、壮年の男だ。

 わかりやすい作り笑顔を顔に貼り付けている。


「なんだあれ……」


 一瞬引き返そうかと思ったが、乗合馬車の時間を考えると、この程度で予定を遅らせていられない。

 静かに入って扉を閉めると、部屋の隅にある椅子に腰を下ろしていた行商人らしき男と目が合った。


「お前さんら、見ない顔だね。イェイツは初めてか?」

「ああ。……あれは?」

「ここの領主と、そのお付きさ。怒鳴ってるほうがお付きな」


 小声で教えられて、思わず男たちのほうを見てしまう。

 視線に気づかれたのか、がっしりとした男性が一瞬こちらに視線を寄越した。

 それから、ため息をついて老人の肩にぽんと手を置く。


「そのくらいにしておけ。他の客にも迷惑だ」

「……ご領主様がそう仰るのでしたら」


 それまでの勢いが嘘のように、老人はあっさりと引き下がった。

 まるで、最初から示し合わせていたかのようだ。そう思って窓口の向こうを見れば、ギルドの職員の目も冷めているような気がする。


「ブレイズ、あっち」


 ラディがそっと袖を引いてきた。

 見れば、少し離れた窓口で別の職員が手招きしている。若い男性だ。


「すみません、お騒がせしました。ご用件は?」

「依頼品の関税の処理と……あと、たまたま取れた素材をおまけにつけようと思ってて」

「依頼品のほうは、こちらの用紙に記入してください。おまけの素材は、無償での提供なら贈答品の扱いで処理します。現物を確認させていただいても?」

「わかった。床でいいか?」


 書類はラディに任せて、ブレイズは植物と毒針の入った箱を床に下ろした。

 ふたを開けて梱包材を少し取り出すと、植物の丸い断面が見えてくる。ぱっと見たところ、目立つような損傷はなさそうだ。細い葉茎が折れている様子もない。

 職員がカウンターから出てきて、中を覗き込む。


「こちらは……植物、ですか?」

「ああ、そっちが依頼の品な。魔境の森から取ってきたんで、大きさは普通じゃねえかもしれねえけど」

「普通はたぶん、人間の手首足首くらいの太さだと思うんだよねー」

「直径で考えても五倍くらいじゃないですか……。おまけの素材というのは?」

「それはこっちだ」


 梱包材に埋もれた小箱を引っ張り出して、ブレイズはそちらを開けてみせた。

 ぬらりと黒い毒針が、長細い箱に収まっている。


「ええと、これは……」

「魔境で出てきた、でかい蜂の毒針。ああ、洗ってあるから毒液は残ってない」


「ほう、大きいな。まるで刺突短剣(ダガー)ではないか」


 突然背後から声がして、ブレイズは思わず身構えた。

 先ほど別の窓口で揉めていた領主が、ブレイズの肩越しに、きらきらした目で毒針を見下ろしている。


「毒針でこの大きさだと、蜂本体はどのくらいの大きさなのかね?」

「え、ええっと……全長で俺の腰くらい、だったかな」

「子供と同じくらいか! 数倍どころの話ではないな!」


 感嘆の声を上げる領主をよそに、職員はそそくさとカウンターの向こうに戻っていった。

 ラディの記入した書類を確認し、木札を取り出して何かを書き付けている。


「これは君たちが魔境に潜って仕留めたものか?」

「ええ、まあ。……植物を取りに入ったら出くわしたんで」

「そうかそうか。まだ若いのに大したものだ」


 親しげに話しかけてくる領主にたじろぐブレイズ。

 助けを求めてラディに視線をやったが、目が合った瞬間、ちょっと書類に書き忘れがありましたといった顔で目をそらされた。相棒を見捨てるのに躊躇いがなさすぎる。

 ちなみにウィットはブレイズの背に隠れて息を潜めていた。お前もかこのやろう。


「武勇に優れる若者というのは素晴らしいものだ。これもなにかの縁。その毒針の関税は特別に」

「ご領主様、そろそろ」


 領主の言葉を遮って発言したのは、先ほど怒鳴り散らしていた老人だった。

 何か言おうとしていた領主は、「そうか」と残念そうに呟いて、老人と共にギルドを出ていく。


 扉が閉じてしばらく経って、ブレイズはようやく口を開いた。


「……なんだったんだ」

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