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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
37/185

37. 幕間:性格の悪い現実主義者(リアリスト)

“領主の失政極まる ナイトレイ領の財政悪化”

“治安の悪い領番付(ランキング) 不動の一位はナイトレイ領”

“途切れかけの街道 見殺しにされる辺境の街”

“ナイトレイ領主 カツラがずれる決定的瞬間を見た!”

“領内の物価急上昇、裏には商人から金を巻き上げる領主の影が”




「……待って待って待って」


 思わず声を上げて、リアム・レ・ナイトレイはぺらぺら書類をめくっていた手を止めた。

 今なんか、変なのが混じってたような。そう思いながら、通り過ぎたページを引き返す。


 王都の商業ギルド本部、その一室である。

 ファーネから王都へ戻ってきてから、リアムはもっぱらこの部屋で諸々(もろもろ)の作業をしていた。


「なんだこれ……」


 引っかかったページを見つけた、ちょうどその時、部屋の扉が二回ノックされる。

 返事をすると扉が開き、くすんだ金髪をきっちり撫でつけた壮年の紳士が入ってきた。


 ウォーレン・エドガー・レ・ミューア。王国西端にあるミューア領を治める領主だ。

 リアムにとっては義理の叔父であり、今は後ろ盾、かつ政治の師匠でもある。


 ウォーレンはリアムの傍まで歩いてくると、その手元を覗き込んだ。


「今は何をやっているのかね?」

「城下の掲示板に貼られた風聞(ゴシップ)の確認です。まあ、大部分は想定通りですが……」


 紙面を眺めて、はあ、とため息をつく。

 ファーネから王都へ戻ってきてからのリアムは、父の力を削ぐため、情報工作に従事していた。平たく言えば、父の悪評の流布である。

 流れる噂は様々で、商業ギルドが流したものもあれば、リアムが自分で考えたものもあった。……先ほど何か、変なものも混じっていたが。


「憂鬱そうだな」

「そりゃそうですよ」


 リアムは別に、父を嫌っているわけではない。領主としてはともかく、いち個人としてなら尊敬すべき人である。

 そんな父の悪評をこの手で流していて、気が滅入らないわけがなかった。


「……こういうことも必要だと、わかってはいますけれど」

「いや、別に使わんで済むならそれで構わんのだが。私も普段ほとんど使わんし」

「は?」


 あっけらかんと言った師匠ウォーレンに、思いがけず低い声が出た。

 いやだってこの作業、目の前の彼がやれと言ってきたものなのだが。


 リアムが憮然としていると、ウォーレンは「ただ」と言葉を続ける。


「使い方を知っておくには、いい機会だ。この先、使われる側になることもあるだろうからな」

「はあ……」


「それは僕にも言えることだな。覚えておこう」


 扉のほうから別の声が割り込んできて、リアムとウォーレンは同時にそちらへ視線を向けた。

 開け放した扉に上体を預けて、深緋色の長い髪の男が「よう」とこちらに手を挙げる。


殿下(・・)!」

「いい、楽にしろ」


 リアムが反射的に立ち上がるのを、男は手を振って制止した。


 ケヴィン・クライヴ・レ・アーリス。

 アーリス朝マルヴェット王国、現国王の三男――つまりは第三王子である。

 王都では、そのきらびやかな容姿と『三男坊様』などという通り名で語られる有名人だ。


 ケヴィンは二人の近くまで歩いてくると、リアムの手元を覗き込んだ。


「……きみのご尊父はヅラなのか」

「根も葉もない虚偽(デマ)です」

「ないのは髪ではなく?」

「ひっぱたきますよ」


 やめてほしい。これが事実なら、リアムは自身の頭部の将来性に不安を抱かなければならないではないか。

 個人としては尊敬する父といえども、そんなものまで受け継ぎたくはなかった。


「何しに来たんですか」

「そう邪険にするな、いい知らせだ」


 ケヴィンは近くの椅子に腰を下ろして、頬杖をつく。

 話が長くなると思ったのか、ウォーレンもリアムの隣の椅子に腰かけた。


王家(うえ)の方針が少し変わってな。カーティス殿に何か、領主として不適格である理由が見つかれば、即座に王が当主の交代を命じてくれるそうだ」

「え」


 リアムは目を丸くした。


「それは……何でも?」

「余程しょうもない理由でなければな」


 それは確かに、自分にとってはいい知らせだった。


 王都に来て聞かされた話では、父をリアムと商業ギルドの裏工作で隠居に追い込む際、多少強引な手段に及んでも黙認してくれる、ということだった。

 ケヴィンの話が本当なら、相応の理由さえ用意できれば、力関係を無視して一方的に父を引きずり下ろすことも可能だということになる。


「……なるほど」


 頷きながら、ウォーレンが呟いた。


「『理由が見つかれば』……つまりこれから(・・・・)見つかる(・・・・)問題である、というのが肝ですな。以前からの問題を引っ張り出すと、『では今まで放置していたのはなぜか』ということになってしまう」

「すまないがその通りだ」


 ケヴィンが頷いて続ける。


「例の、大街道に無断で関所を建てようとした件で十分ではないかと言ったのだが、あれはまだ計画書すら出ていない。今叩いても、しらを切られては追求が難しいと」

「物証が出るまで、もうしばらく泳がせる必要があるということですね……」


 ケヴィンが口にした件については、リアムも聞いた時に頭が痛くなった。

 たぶん五回くらい聞き直したと思うし、律儀に同じ説明を五回繰り返してくれた若い商業ギルドの職員には、何かいいことがあればいいなと思う。


 ――誰か一人でも、まずいと気づかなかったのか?


 話を聞いてまず、そんな疑問を持った。

 その後すぐに、一人二人が声を上げたところで、今の父と周囲の者たちは、それを排除して終わりだろうという諦観が胸を満たしたが。


 せめて、傭兵団時代から父と行動を共にしている上層部の老人たちから、異議を唱える者が出れば話は違ったのかもしれない。

 しかし、そういうことを言えそうな者に限って、老いから既にこの世を去っていた。


「しかし、どうして今になって方針が変わったんです?」


 商業ギルドの幹部から聞いた話では、今話題に上がった大街道の件で、ようやく王家の『黙認』が取り付けられたという。

 こうして王家がより協力的になったのなら、それなりのきっかけがあったと思うのだけれど。


 首をひねるリアムを横目に、ウォーレンがにやにや笑いながらケヴィンを見た。


「……殿下。何をなさいました?」


 ウォーレンの問いに、ケヴィンは「別に大したことはしていない」と肩をすくめる。


「『黙認なんて甘っちょろいこと言ってるんじゃない。領主に任命した以上、責任持って解任(クビ)まで面倒見ろ』と国王(父上)に直談判しただけだ」

「はっはっはっはっ」

「いやいやいやいやいや……」


 それを聞いて、ウォーレンは口を開けて豪快に笑った。普段、落ち着いていて物静かな彼にしては珍しいことだ。


 リアムは青ざめて、首をぶんぶんと横に振った。恐れ多いにも程がある。

 目の前の第三王子には個人的な縁があるので頼れもするが、国王直通で文句が行くなんて夢にも思わない。


「ま、そういうわけだ。これから明らかな問題がひとつでも見つかれば、以前からの問題も合わせて『看過できる度合いを越えた』と責任を問うことになる」

「……ありがとうございます、先輩」


 これで、故郷の歪んだ現状をなんとかする日が近づいた。

 頭を下げるリアムに、ケヴィンはしっかりと頷く。


「王子としても国軍としても、魔境に接する地域については気がかりなことが多い。いい結果になることを期待している」




 ケヴィンが軍の仕事に戻ると言って部屋を出ていった後。

 足音が遠ざかるのを確かめてから、ウォーレンが口を開いた。


「問題がひとつでも見つかれば、か。……捏造することもできるが、やるかね?」

「いえ」


 リアムはすぐに否定する。


「あちらに言い訳の余地を残したくありません」

「うむ」


 挙げた理由に、ウォーレンは満足げに頷いた。

 ここで「不正はよくない」だとか「正々堂々と勝ち取りたい」だとか言った日には、「お前が手段を選り好みしている間に出る損害はどう責任を取るのだ?」などと言葉のナイフで滅多刺しにされるのだ。経験済みなのでよく知っている。


「ただでさえ、引き継いだ直後には相当の風当たりがあるでしょう。そこから、こちらの正当性への疑念につなげられては面倒です」


 リアムの最終的な目的は、故郷の現状をなんとかすることである。

 父を蹴落として当主になるのは、そのための手段でしかない。取った手段のせいで目的が遠ざかっては意味がないのだ。


「しかし、あまり悠長にしている余裕はないぞ。……間に合わない(・・・・・・)、のだろう?」

「……ええ。フォルセ・ルヴァードの仮説が正しければ、ですが」


 フォルセが周囲の友人たちにだけ漏らした仮説。

 まだ確証はないが、それが正しければ、ファーネの平穏はあと一年もしないうちに崩れ去る。


 確証を得るには、ある植物の存在が必要だ。

 ケヴィンがファーネに同行した目的には、『それ』の採取も含まれていた。……リアムの誘拐騒ぎのせいで、魔境に入ることすらできなかったが。

 出発の際、ケヴィンがブレイズに託したので、彼らが見つけてくれることを期待するしかない。


(見つかったら……どうするかは、その時に考えよう)


 気を取り直して、リアムは机の上の書類を手に取った。ケヴィンが来るまで確認していた束ではなく、その脇に避けておいた一枚だ。


「ところで叔父上、こちらの記事ですが」


 リアムがツッコミを入れながら確認していた風聞のひとつである。

 そこには、こう書かれていた。


“商人たちは、自分たちが払うべき税金をナイトレイ領の住民から巻き上げている”


「いまいち要領を得ない書き方ですが……領主(ちち)の味方をする論説だということはわかります。これはどこから?」


 父や、その側近たちが流したとは考えにくい。

 彼らは自領――もっと限定するならエイムズ周辺にしか関心がなく、他に目を向けることをしていない。せめて領内にある他の街や村にも関心を向けていたら、商業ギルドがエイムズ周辺を(・・・・・・・)経済的に(・・・・)孤立させている(・・・・・・・)ということにも気づけただろうに。

 つまり、彼らに『領外での情報工作』という手段を取る発想があるとは思えなかった。


 多数ある批判的・敵対的な噂に対して、領主側の噂がこれひとつ、というのもいまいち解せない。


 書類を差し出して首をかしげるリアムに、ウォーレンは(くら)い笑みを向けた。


「これは私だ」

「え、叔父上ですか?」


 何のためだろう、と考えるが、さっぱり思いつかない。


「まあ、お前には少し早いかもしれんな」


 普段すぐに質問すると「まずは自分で考えたまえ」と切り捨てる叔父は、珍しくすぐに答えをくれるようだった。


「ないとは思うが……誰かがナイトレイ領の外から噂を仕入れてエイムズ周辺に流した場合、あの領主(馬鹿者)一味はともかく、領民たちが考えを改めてしまう(・・・・・・)恐れがある」

「それは、いいことのように聞こえるのですが」

「ナイトレイ領だけで見れば、確かにそうであろうよ」


 昏い笑みに嘲りが混ざる。

 リアムが甘いことを口走った時、彼が言葉でなぶってくる直前の笑みに、少し近づいた。


「領主抜きで民が和解してしまったとして、領主の立場はどうなる? ……あの領主(愚か者)だけではないぞ、お前も含めた領主一族の立場だ」

「……置いてきぼり、ですね」

「もう少し明確に」

「存在価値が疑われます」


 よろしい、と頷いて、ウォーレンは続ける。


「領民たちが『領主などいなくても、自分たちだけでやっていけるじゃないか』と思ってしまったら、次は? ()が押し付けてくる貴族など要らぬ、となりかねん。それはつまり、『国に従わない』ということと同じだ」

「……それは、あまりにも」


 あまりにも、極端。

 しかし時間をかければ、出てきてもおかしくはなさそうな考えだ。


「ナイトレイ領は魔境に面している。そんな(ところ)が国の制御を外れてしまえば……ケヴィン殿下ではないが、国防に問題が出るのは明らかだ。最悪の場合、統制を失ったナイトレイ領が落ちて、王国全体が魔物の脅威に晒されかねん」


 ありえない話ではない。

 以前ファーネで話したブレイズだって、「今のファーネで十年前のような魔物の大襲撃があったら、ファーネの街は落ちる」と言っていたのだ。

 最前線のファーネがその程度なのだ、他の街が耐えきれるわけもない。武人としての評価は高い領主(ちち)を排除した状態でなら、尚更だ。


「つまり、この問題はお前以外に(・・・・・)解決されては(・・・・・・)ならない(・・・・)


 その言葉に、リアムは一瞬、息を止めた。

 なんとか息を吸って、口を開く。


「……だから、対立する噂を流していると?」

「そうだ。……お前のところの民は(たくま)しいな。自分たちに都合のいい噂がひとつあるだけで、『理解者がいるのだ』と奮起できるのだから」


 皮肉だと分かっていても、何も言い返せなかった。


 凍りつくリアムをよそに、ウォーレンはよっこらせ、と椅子から立ち上がる。


「そんな連中を導くのがお前の役目だ。せいぜい励むといい」


 そう告げて、ウォーレンは部屋を出ていった。

 ぱたん、と扉が閉じられた直後、リアムは深く息を吐く。


 うんざりするくらいの現実主義、かつ悲観的な考えをする男だ。

 都合のいい夢にはしつこいくらいに根拠を求め、悪い未来予想はその芽があるだけで大げさなまでに騒ぎ立てる。希望に冷たい水を差し、悪夢という火に薪をくべる在り方。


「……父上が嫌うわけだ」


 ぼやきながら、それでもリアムは叔父に指示された仕事に取りかかる。

 今のナイトレイには、叔父の考えこそが必要なのだ。

・また 髪の 話してる

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