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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
2:彷徨う風精使い
30/186

30. 事前の注意

お食事中で繊細な方はご注意ください(図太い方はそのままどうぞ)

 翌日、医務室にて。

 王都への旅にウィットを連れて行くことについて、セーヴァはあっさりと許可を出した。


「健康面は問題なさそうだしな。慎重を期すなら、北の平原あたりで一晩野営させてみるところだが……まあ大丈夫だろ」

「軽いなあ」

「医者としちゃ無理に止めるほどじゃないんだよ」


 呆れたようなウィットに対して、セーヴァは机に頬杖をつきながら気だるげに言う。


「ただ、健康面(それ)以外は考慮してないからな。出先でよく眠れなくて疲れるとか、出される食事が合わなくて食欲なくすとかは根性で耐えろ。……お前らもだ」


 セーヴァの目がこちらに向いた。隣にいたラディと顔を見合わせて、ブレイズは「分かってるよ」と頷く。


 今でこそ医者としてギルド支部に引きこもっている目の前の兄貴分は、もとは東方大陸の生まれだ。ファーネに来るまでの旅で、色々と苦労があったのだろう。そこを軽んじる気はない。

 なにしろウィットだけではなくブレイズとラディも、領の外に出るのは初めてなのだ。ギルドの警備ばかりしていたので旅慣れていない。そういう意味では、ロアのほうがよっぽど頼りになるだろう。一応、ブレイズは一行の責任者となっているので、あまり甘えられる立場ではないのだが。


「あとコレな」


 そう言って、セーヴァは机の上から紙切れを一枚、ぴらっとこちらに差し出した。

 受け取って紙面を見るが、見たことのない図形だか模様だか分からないものが、黒いインクで描かれているだけだ。

 さっぱり分からないのでラディに渡すと、彼女は眉間にしわを寄せてそれを見つめて、それからセーヴァを見た。


「東方の古代文字か?」

「そこまで仰々しいもんじゃない、ただの現地語だ。今じゃほとんど使わないが」


 紙切れを「みせてみせて」とせがむウィットへ渡しながら、ラディが視線で続きを促す。

 セーヴァは頭痛を堪えるような顔で続けた。


「……王都やその周辺で飯を食う時、そこに書いた字が看板にある店はやめとけ」

「ゲテモノでも扱ってんのか?」

「魔物食の店だ」

「うえっ」


 やばい店だった。ラディも顔が引きつっている。

 ブレイズたちの反応を見て、ウィットが不思議そうな顔をした。


「前から思ってたんだけど、魔物って食べられないの? 不味いとか?」

「一言で言うと、身体が拒否反応を起こす。……お前はひょっとしたら平気かもしれんが」


 セーヴァが椅子に座り直して、ウィットのほうへ身体の向きを変える。


「ウィット、お前こないだ『魔力結晶を組み込んで、魔力で動く道具を作れないのか』って聞いてきたよな」

「うん。答えは『無理。魔力は生き物にしか宿らないから』だよね?」

「そうだな、そう答えた」


 自分の知らないところで、そんな問答があったのか。

 もし居合わせたら、一緒に講義を聞かされていただろう。その場にいなくてよかったとブレイズは思う。


「そこから一歩進めてみろ。『他者の魔力を取り込もうとしたらどうなる?』」


 ……今まさに、その講義の第二回に付き合わされているということに気づいたのは、この時だったが。


「……ひょっとして消化できないの?」

「運が良けりゃできるのかもしれんが……腹の中で当人の魔力と反応を起こして、酷い目にあうのがほとんどだ。腹を下すくらいならいいが、下手すりゃ腹が弾けて死ぬ」

「なにそれこわい」


 ブレイズも「うわ……」と小さく声を上げていた。魔物を食べないのがこの地方の慣習(ならわし)で、忌避感から食べないようにしていただけだ。具体的にどんな危険があるか、今この時まで知らなかった。


「……で、なんでそんなやべえ店があんだよ」

「さっきウィットが言ったろ、『魔力は生き物にしか宿らない』からだ」


 なんのこっちゃと思っていると、隣のラディがそっと手を挙げた。いつの間にか挙手制になったらしい。


「ひょっとして、死体には魔力が宿らないから食べられる、ということか?」

「魔力が完全に抜けるまで、時間を置く必要はあるがな」


 セーヴァは頷いた。


「元は東方の食文化なんだ。あっちは寒いから、肉が腐る前に魔力が抜ける。……で、それが王国の東部に伝わった。東部の気温ならまだいいが、王都はダメだ。あのへんだと腐るほうが早い」

「つまり、腐っているか、腐りかけの食材(もの)を食べさせられる……か」

「それならまだマシだ。下手すると、魔力が抜けきる前のものを食わされかねない。だから避けろってことだ、運が良くても嘔吐常習者(ルシアン)みたいになるぞ」

「……なるほど」


 出先でそれは避けたい。できるなら、店に入った奴と関わり合いになるのも避けたい。

 ブレイズはウィットの手から紙切れ(メモ)を取り上げて、「預かっといてくれ」とラディに渡した。興味があるのか、もう少しよく見たそうだったからだ。


 セーヴァからの用件はそれで終わりのようだったので、医務室を出ようとドアを開ける。


 菜の花色の前髪の下、藤色の虚ろな瞳と、視線がかち合った。




「僕を嘔吐の引き合いに出すのやめてもらえません??」

「丈夫な胃腸に生まれ直してから言え」

「それ今生は諦めろって言ってますよね?!」


 ひどい、と泣くふりをするルシアンの頭の向こう側に、見覚えのある顔がふたつ。ロアとリカルドが、連れ立って出ていくところだった。

 受付のカチェルがひらりと手を振って言う。


「ロアくん暇だって言うから、リカルドさんに王国(こっち)での身の振り方教えてもらえるように頼んどいたわ」

「お、助かる」


 出発までにどこかで引き合わせようと思っていたので、手間が省けた。ついでに、王都の南方民族も何人か紹介してもらえばいい。


「彼が探している難民は、おそらくいないでしょうけどね」

「そうなのか?」

(イグニ)族でしょう?」


 ルシアンが顔を曇らせて、ロアとリカルドの出ていった扉を見やる。


「王都のあたりって、水の魔力が強いんですよ。王都の名前からしてローレの湖(ローレミア)ですし」


 水の魔力結晶の産地ですよ? とダメ押しのように言われるがいまいちピンとこないので、ブレイズは背後にいたラディを振り返った。

 ブレイズと違って納得したような顔のラディは、こちらの視線に気づいて口を開く。


「火と水は、魔力同士の相性が悪いんだ。水の中で火は燃えていられないだろう?」

「南方の人たちって、体内の魔力がそれぞれの属性に偏ってるそうなんですよ。ロアさんでしたっけ? 彼みたいに混じってる(・・・・・)ならともかく、純粋な火族が王都で暮らすのは、ちょっと辛いんじゃないですかね」


 まあ、そのあたりもリカルドさんから話しといてもらえるでしょう。そう言って、ルシアンはぱちんと両手を打ち合わせた。


「で、二人には僕からある程度の情報を渡しておくように、支部長に言われています。……ちょっと込み入った話もするので、奥に行きません?」

「……分かったよ」


 難しい話をされても分からない……と言いたいところだが、そろそろ甘えたことを言える立場でもなくなってきた。

 先を行く菜の花色の頭を追って、ラディと二人、関係者以外が立ち入れない奥の部屋へと向かう。


「あれ、ウィットは?」

「セーヴァがまだ話があるって」


 ならいいか、と医務室のドアから視線を外した。



 ◆



「お前から見ると、頼れる兄ちゃん姉ちゃんに見えるかもしれないが」


 二人きりになった医務室で、目の前の男はこちらに言い聞かせるような口調で言った。


「ブレイズもラディも、お前と同じ、まだ十代のガキだ。ほとんどファーネから出たこともないから、世間知らずって意味でもお前と大して変わらない」

「そうなの?」

「何年か前に、近くの農村まで使い走りに行ったくらいだな。だから、本格的な遠出は初めてだ。そこもお前と一緒だな」


 そうなんだ、と中身のない相槌を打つ。

 ブレイズもラディも、ウィットから見ると色々なことに(こな)れていて、大人と変わらないように見えるのだけど。


「まあ、何が言いたいかっていうとだな。あいつらもその程度でしかないから、旅のペース配分を間違えたり、うっかり大事なことを忘れたりするのは十分あり得るってことだ。当然、お前への気配りだって足りないところは出てくるだろう」

「うん」

「だから、お前も思ったことはちゃんと言え。黙ってても気づいてもらえるほど、あいつらは察しがいいわけじゃない」


 あいつらにも変な虚勢を張らないように言っておく、と言うセーヴァの顔は、いつもの彼よりも貫禄があるように見えた。

 いつもは元ヤンの兄ちゃんにしか見えなくて、年下のリカルドのほうがよっぽど大人っぽく見えることだってあるくらいなのに。


「やっぱ二十八歳(アラサー)は違うなあ……」

「なんだって?」

「なんでもない」


 おっとあぶない、この言葉に(・・・・・)相当するもの(・・・・・・)はなかったか(・・・・・・)


「そういや、訓練のほうはどうなってる?」

「剣の稽古のほうは、それなりに楽しくやってるよ。異能(ちから)の制御のほうはさっぱりだけど」


 一応、ラディやカチェル、ついでにルシアンから、たまに魔術の手ほどきを受けている。けれど、魔術どころかあの異能すら、これまで発動に成功したことはなかった。

 ウィットの覚えている限り、異能を発動できたのは、リアムを誘拐犯の刃から守ろうとした、あの一度きりだ。


「……まあ発動しないなら、それはそれでいいんだが」

「なるべく手で人に触らないようにはしてるよ」

「握手くらいは応じろよ、礼儀知らずに見られるぞ」

「うっ……うん……」


 釘を刺すように言われて、曖昧に頷いた。

 まだ、あのロアというお兄さんに、きちんと挨拶していない。やはり握手を求められるだろうか?


(外を見るのも、知らない人に会うのも、楽しみにはしてるんだけど……)


 意図せず何かを壊してしまわないか、ちょっとだけ、不安だった。

・ルシアンが噛み付いてきたのは、リカルドと一緒にロアへ自己紹介した時に「ああ、嘔吐の……」って顔で見られたからです

・消化不良やストレスで吐く子なので、本来は長距離の連絡員にも諜報員にも向いてないのですが

・ギルド幹部の身内のため、そのへん容赦なくこき使われています

縁故コネのせいで無茶振りに対する拒否権がないというあれ


9/29より投稿開始して、約3ヶ月で30話というスローペースな本作ですが、お付き合い頂きありがとうございます。

来年も引き続きお付き合い頂ければ幸いです。よいお年を!

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