19. 正しい異能の封じかた?(前)
蝋燭の火がそのまま凝ったような、火の色をした結晶を手に載せる。
つるりとした表面を指で撫でると、火の魔力がふわりと引き出されるのが分かった。
灼けつくように熱いような、痺れるように冷たいような。
燃え移る火のように指先に纏わりつくそれを使って、ブレイズは久しぶりに魔術を編む。
大気を漂う火の魔力を、呼んで集めて燃料に。
指先の魔力は火打ち石。
爆ぜる様を思い浮かべて、ぱちり、ぱちり、と。
「よっ、と」
ぱちんと小さな火花が散って、指先に小さな火が点った。
「おお……」
目の前でそれを見ていたウィットが、小さく感嘆のため息を吐いた。
丸く、大きく開かれた青い瞳の表面、橙色の火が揺れる。
うまく発動したことに内心で安堵して、ブレイズは火の点った指を軽く振った。
用いた魔力が少ないこともあり、小さな灯火はあっけなくかき消える。
「――と、こんな感じだ。できそうか?」
「むり」
即答だった。
◇
ある日の午後、医務室での会話である。
「そもそも『魔力を引き出す』って何? さっきブレイズなにやったの? 握って表面溶かせばいいの?」
「溶けねえよ、使ってりゃ小さくはなるけど」
「なんで???」
「なんでって言われても……」
理解できず頭を抱えるウィットと、説明に困るブレイズ。
魔力を使ったのだからその分小さくなるのは当たり前だろうと思うのだが、それでは納得いかないらしい。
「ダメみたいだな」
「やはりね」
二人の様子を見守っていたセーヴァとリカルドが、小さく頷きあった。
説明を求めて兄貴分たちを見ると、リカルドが気づいて口を開く。
「南方ではよく知られていることなんだが、人間の扱う魔力の相性は体毛の色に出ると言われていてね」
「体毛……髪とか眉毛とかか」
ブレイズの言葉に、リカルドは「そうだ」と頷いた。
「例えば私やブレイズの髪は茶色……土の色に近いだろう? 地の魔力と相性のいい証だ。青い髪のセーヴァなら水。ラディの紫は赤と青の混じった色だから、火と水が同じくらい。白に近い銀髪のカチェルさんは、全ての魔力と等しく相性がいい。相性のいい属性の魔術は、他の属性より効率よく魔力を使えるから、少ない魔力で魔術が使うことができるんだ」
「ってことは僕の黒髪は……」
「うん。どの魔力とも相性が悪い、ということになる。あくまで相性……魔力の効率の問題だから、ラディみたいに魔力の量に物を言わせて風や地の魔術を発動させることもできるけど」
「魔力を扱う、という感覚がないならそれも厳しいな」
それまで黙っていたセーヴァが、独り言のように言った。
さきほどブレイズが使った『火の魔力結晶』を、手の中で弄びながら続ける。
「魔力がないだけなら、魔力結晶から足りない分の魔力を補えば初級魔術くらいは使える。さっきブレイズがやったみたいにな」
魔力結晶というのは、その地に満ちすぎた魔力が凝って結晶化したものだ。
水に溶かした塩が、水の蒸発によって再び白い結晶の形で現れるように。
ブレイズのように魔力がない者や、特定の属性と相性の悪い者が魔術を使うためには必須の品である。
「魔術を珍しそうに見ていたから、魔力を扱う素養はないだろうと踏んでいたが……」
「感覚もないとなると、まず魔術は使えないだろうね」
「そっかあ」
少々残念そうに呟いて、ウィットは近くの卓上にあるそれに視線をやる。
「じゃあ、これはどうやったんだろうね?」
卓上にあるのは、リアムの誘拐騒ぎの時にウィットが折った、と思われるナイフの残骸だ。
粘土を四本の指で掻き取ったように、断面が波打っている。
「どうやったんだろうね、って……お前がやったんだろ」
「いや知らないよ、あの時は無我夢中で腕振り回してたことしか覚えてないし」
「たまたま手がナイフに当たった結果がこれか?」
「うん。なんか手に当たったなと思った瞬間、こう、ぞぶっと」
「ぞぶっと……」
そんな柔らかそうな手応えで刃物をへし折らないでもらいたい。
自分の剣は絶対ウィットには触らせないようにしようと心に決めた。これをうっかり折られたら、おそらく一緒にブレイズの心も折れる。
「溶かした、というわけではなさそうだね」
リカルドが柄のほうを手にとって、残った刃の部分を検分する。
「断面に近い部分の刃が、薄いままきれいに残っている。火の魔術で部分的に加熱したなら、少しは歪んでいてもいいはずだ」
「ウィットの手にも、火傷はなかったしな。……地の魔術ってことはないのか? 金属も土の一種だろ」
「難しいと思うよ。鉱石なら多少の干渉はできるけど、こうして精錬されたものには、火の魔力も入っているから」
難しい顔で話し合う二人から視線を外して、ブレイズは近くに座るウィットを見た。何を言っているのか分からない、と顔に書いてある。
こうして見ているぶんには、その辺にいる子供と同じにしか見えないのだが……。
「……無意識、っていうのも怖いよね」
ぽつり、ウィットが誰にともなく言った。その目は自分の両手を見下ろしている。
「今回は壊しても怒られないものだったからよかったけど、例えばこれが大事なものだったり、誰かと手を繋いでる時とかだったら」
「怖い想像させんな」
黒髪の頭を、軽く小突いた。
師匠の形見の剣がへし折られるのも、自分の手が潰されて二度と剣が握れなくなるのも、ブレイズにとっては死ぬほど恐ろしい話だ。
……あの雷雨の夜、この子供を助けたことを、後悔なんてしたくないというのに。
「気休めにしかならんかもしれんが、魔術の制御の訓練やってみるか?」
「へっ?」
セーヴァの提案に、ウィットが顔を上げた。
「お前の異能が、お前の意思に関係なく起こるならどうにもならんだろうが……お前が無意識に発動させているだけなら、制御できるようになればいい話だろ」
「……どうやるの?」
「知らん」
「ええ……」
お前そりゃないだろ、とセーヴァに視線で訴えると、彼はこちらから視線を外しながら続ける。
「言い出しておいてなんだが、俺は発動できるようになるまで苦労した側だからな。力に振り回されていたというなら、ラディのほうが近いんじゃないのか」
「あ、いや、ラディは参考にならねえ。あいつ魔力が多すぎて命に関わるレベルだったから、拾われてすぐに髪切られて、無理なく使える魔力量に落としてた」
魔力のないブレイズにはよく分からないが、人間の魔力は髪に溜まるのだそうだ。
だから魔術士や精霊使いには、髪を長く伸ばしている者が多くいる。どの程度の効率で溜め込まれるのかにも個人差があるので、短髪の魔術士も珍しくはないが。
ラディは魔力を溜め込む効率が良すぎた上に、『白の小屋』で発見された時には、くるぶしまで届く長い髪をしていたらしい。結果、扱いきれない魔力が魔術の形で暴発してしまい、血まみれの状態で発見されたのだと聞いている。
制御できるようになる前に死ぬと判断されて、その場で髪を切られたのだそうだ。ブレイズが初めて彼女を見た時には、今のウィットのような短髪になっていた。
そこから少しずつ髪を伸ばしていって、今のラディは肩の上あたりで長さを揃えている。それでも、世間の魔術士と比べて桁違いの魔力量なのだというから恐ろしい。
それを説明すると、セーヴァは少し考え込んでからウィットを見た。
「……手術用の剪刀しかないんだが」
「さすがに丸刈りは嫌だよ?!」
頭を庇うように両手で覆って、ウィットが一歩後ずさる。
冗談だ、と冗談に見えない顔で言って、セーヴァがちらりとリカルドへ視線をやった。
気づいたリカルドが困ったような顔で言う。
「……精霊使いの訓練も参考にならないよ? 精霊信仰と一体化しているし、そもそも黒髪は精霊との相性も悪い」
「となると、あとはカチェル……いやハルシャは宗教国家か、同じかもしれんな」
「一応聞いてみたらどうだい? 国家レベルで訓練が体系化されているなら、取り入れられるところもあるだろう。……ルシアンは当分戻ってこないだろうし」
ケヴィンたちが王都へ発った二日後、ルシアンは後を追うように仕入れの手続きに出発した。
大街道沿いの街、イェイツで発注の手続きをしたら戻ってくるそうなので、徒歩だと往復でだいたい半月ほどだろうか。
食料はそれなりに消化のいいものを持たせたはずだが、そういったものは大抵の場合、日持ちが良くない。帰路はまた、慣れない携帯食による嘔吐との戦いだろう。
それはともかく、リカルドの言う通り、今はカチェルに聞いてみるしかない。
先ほどは「参考にならない」と断定してしまったが、ラディだって、十年前の支部にいた他の魔術士たちの話を聞いているかもしれなかった。
「じゃ、ちょっと聞いてくる」
「あ、僕も行くー」
ウィットと一緒に、話し合いに使っていた医務室を出る。
二人とも仕事中だが、客がいなければ話くらい聞けるだろう。
名前の出てこなかったキャラ(髪色の設定あり)の得意属性は以下。
・ルシアン(菜の花色≒金髪):全属性それなりに使えるけど、やや火属性寄り
・ケヴィン(緋色):問答無用の火属性
・リアム(亜麻色):全属性そこそこ使えるけど、やや地属性寄り
・フォルセ(曇天のような灰色):全属性そこそこ使えるけど、全属性そこそこ苦手
あとハルシャ人は金髪とか銀髪とか全属性向きの色素の薄い色が生まれやすいとか、東方の人は一つの属性に特化しやすいとか、南方の人は部族ごとに信仰している精霊の属性に寄りやすい(リカルドは地族)とか人種的な違いがありますが、まあ『そういう傾向がある』レベル。もちろん例外もあります。
また、瞳の色は特に関係ありません。




