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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
6:風のゆくえ
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XX. 復讐譚のおわり(3)おしまい

ものすごくお久しぶりです。なんとか物書き再開できる程度には落ち着きました。

最初だけテルセロ視点です。


【久々すぎるので簡単に出てくるキャラ整理】

・ロア:両親(父ルフィノ・母トニア)を殺して妹を連れ去った伯父を追ってやってきた

・テルセロ:ロアの伯父(母親の兄)。ロアの両親を刺殺して妹を連れ去った。その過程で住んでいた村に獣を呼び込んで滅ぼしている

・ラミラ:テルセロの妻。何も知らない様子

・ルピア:ロアの実妹。テルセロとラミラに我が子として育てられてきた

・ミゲル:ロアたちと同郷の男。妻カルラがテルセロの凶行を目撃し、その口封じに暴行を受けている

 テルセロ・コルティスは動揺していた。

 ミゲルの姿を見た時から心中穏やかでなかったが、ロアの語った妹夫婦のことや、何よりも妻の蔑むようなまなざしが、彼からまともに思考する余裕を奪っていた。


 トニア、ルフィノ、カルラ――殺したと思っていた三人が三人ともしばらく生きており、他の人間にテルセロの行いを言葉で残していたという事実。

 その言葉を受け取ったロアとミゲルが、こうしてテルセロの居場所を突き止めて告発しにやってきたという現実。


 どちらも想定外だった。正確には、十年以上何もなかったのだから、もう大丈夫だと安心……いや、油断しきっていた。

 もはや誰も細かいことは覚えていないだろうと、自身の記憶の底にしまい込んでいた。

 その結果、ロアの追及をかわしきれず、ミゲルの『嘘』に場を支配されている。


「ラミラ、信じてくれ」


 テルセロは本当に、いまラミラが思い浮かべているだろう行為をカルラにやってなどいない。

 だってテルセロは妻を愛している。彼女のためなら、何だってできてしまうほどに。


「信じてくれ――」


 そう。

 どんな凶行(こと)だって。


「きみのためだったんだ!!」



 ◆



「何を――」

「きみに子供を(・・・)あげたかった(・・・・・・)んだ!」


 眉をひそめたラミラが問うのを半ば遮って、テルセロが声を上げる。

 まるで何かに怯えているような、悲鳴の一歩手前のような声で。


「ずっと悩んでいただろう? 子供が欲しいのにできないって。だから俺は――」

「――まさか」


 ラミラの目が驚愕に見開かれ、唇が小さな呟きを落とす。

 一拍遅れて、ロアは自分の全身から血がざっと下に落ちたような感覚におちいった。

 理解、してしまったのだ。テルセロが何を言っているのかを。


 テルセロは、もはや自分のやった殺人(こと)を否定などしていない。

 あの男の頭の中でどういう思考がなされたのか分からないが、罪を認めるか否かを飛ばして、『なぜやったのか』――弁解、つまり言い訳の段階(フェーズ)に入っている。


 そして、その動機として彼が口にしたのが――。


「……なに、それ」


 夫の言葉に、ラミラが震える声で言った。

 血の気が引いた唇は青白く、顔色も悪い。


「つまり、なに。……ルピアをトニアたちから奪うために、殺したっていうの?」

「え……あたし?」


 ラミラのそばについていたルピアが、きょとんとした顔をしている。

 反応が薄いように見えるが、話を理解できていないのか。……テルセロの言動が飛躍してしまったから、無理もないことかもしれない。テルセロの罪を確信していたロアと逆に、彼女はテルセロの無実を信じていた様子だったし。


 そんな『娘』に気づいているのかどうか、ラミラは更にテルセロに問う。


「ルピアを奪うために、トニアとルフィノさんを殺して……その上、村に獣を呼び込んで滅ぼしたの?」

「だってそうしないときみが――」

「私が何なのよ?!」


 テルセロの言葉を遮ってラミラが叫ぶ。


「あの襲撃で私の家族も死んだのよ?!」

「きみの家族は俺だろうが!!」


 凄まじい形相でテルセロが怒鳴り返した。

 面食らったようなラミラの腕に、怯えた表情のルピアがすがりついている。

 それを見て若干冷静さを取り戻したのか、テルセロは深く息をつくと、ちらりとロアへ視線をよこした。


「……あの二人が悪いんだ。ラミラが悩んでるのを知ってるくせに二人も産んで、ロア(お前)がいるなら片方くれたっていいのに、それを断りやがって……」

「……だから殺して奪ったのか」


 口を開くと、低く、かすれた声が出た。

 随分と久しぶりに声を出した気がする。黙っていたのは、さほど長い時間ではなかったはずだが。


「殺して、奪って、村を滅ぼした罪をなすりつけたのか」

「なすりつけるも何も、あいつらが素直にルピアをくれれば村は滅びなかった。村を滅ぼしたのはあいつらだ」

「勝手なことを……!」


 ロアは怒りにまかせてテルセロに掴みかかった。

 思ったよりも頭が冷えている。怒りと同じくらいの不気味さ、おぞましさを、目の前の男に抱いていた。

 これ(・・)は生かしておいてはいけない。排除しなければ。そんな思いに駆られ――。


「――待って!」


 ラミラのそばから飛び出してきたルピアが、伯父に伸びていたロアの手を、寸前で阻んだ。


「……何のつもりだ」

父さん(・・・)にひどいことしないで」

「いままでの話を理解できているか? そいつが俺たちの父さんと母さんと、村のみんなを――」

「そんなのもういいじゃない!!」

「……は?」


 一瞬。何を言われたのか、理解できなかった。

 そんなの? もういい?

 ……何が?


「もう十年以上前のことなんでしょ? 今さら蒸し返して何になるの」

「ルピア……? あなた、何を、言って……」


 ラミラが、信じられないようなものを見る目でルピアを見ていた。

 そんな『母』へ顔を向けて、ルピアは訴えるように言い募る。


「だって、あたしを育ててくれたのは父さんと母さんじゃない。本当の親なんて、そんなの言われたって覚えてないし……」


 それから再びロアに顔を向けて、真っ直ぐな目で言い放った。


「あたし、いま幸せだよ。それでいいじゃん」




 ……なんだよ、それ。

 目の前の『妹』が何か言うたび、胸の底のほうが冷えていくのをロアは感じていた。


 他でもない一番の被害者(おまえ)が、加害者(テルセロ)を庇うのか。

 お前だけは、なんとかしてやりたいと――不幸な境遇から救ってやりたいと、そう思っていたのに。

 いまが幸せだと、お前はそう言って俺の手を拒むのか。


(父さん、母さん……老師……)


 ルピアを案じていた両親の想いも、ロアと共に妹を探し回ってくれた師の尽力も。

 お前にとっては、顧みる価値すらないというのか。


 落胆とも失望ともつかない感情で、心が塗り潰されていく。

 全身の力が抜けていくようで、何もかもが億劫になる。


 ルピアが更に何か言おうと口を開きかけた、その時。


「あはははははははは!!」


 弾けるような笑い声が、すぐ後ろから聞こえた。




 笑い声の主は、それまで黙っていたミゲルだった。

 彼はロアの肩をぽんと叩いてから後ろに引き、その力に逆らわずロアが数歩下がると、入れ替わるようにルピアの前に立る。

 すれ違いざまに見た横顔は、愉快そうに口元を歪めて……しかし、目だけは笑っていなかった。


「『あたしを育ててくれたのは』『本当の親なんて覚えてないし』『あたし、いま幸せ』『あたしは』『あたしは』『あたしは』! きみって自分のことばっかりなんだねえ」


 笑い混じりに、面白がるような口調で、ミゲルはひどく棘のある言葉を投げる。


「そっか、身勝手な理由で両親殺されて妹もさらわれて、十年以上きみを探して回ってたお兄ちゃんのことなんてどうでもいいか。そっかそっか」

「な、そんなこと……!」

「『そんなこと』を言ったも同然なんだよ。それともさっき色々言った中に、ロアくんの気持ちを考えて言った言葉ってあるのかい? 僕には全部きみの気持ちをぶつけただけにしか聞こえなかったけど」

「それ、は……」


 うろたえたように、ルピアが『両親』へすがるような視線を向ける。

 つられてロアもそちらを見ると、テルセロは驚愕の表情を浮かべており、ラミラはどこか厳しい目つきでルピアを見ていた。

 直後、テルセロが我に返ったようにミゲルを睨みつける。


「おい、ルピアに当たるのはやめろ。その子は関係ないだろう」

「関係ないなら、この子が割って入ってきた時にすぐ引っ込ませればよかったじゃないか。自分を庇ってくれてる間はだんまりで、矛先がこの子に向いてから父親面か? ご立派なことで」

「てめえ……!」


 ミゲルの挑発に、テルセロは怒りで顔をどす黒くした。

 椅子から立ち上がり、ルピアを押しのけてミゲルに拳を振り上げる。


「ミゲルさん!」

「あなた!」


 ロアがミゲルを守ろうと彼に手を伸ばし、ラミラが夫を制止しようと声を上げた。

 テルセロとミゲルの距離が近すぎて、精霊に何か命じる余裕はない。自分が一発もらうつもりで、ミゲルと立ち位置を入れ替えようとして。


「……チッ」


 妻の制止が届いたのか、拳を振り下ろす寸前でテルセロが止まった。

 それをミゲルはつまらなそうに見て、「ふん」と鼻を鳴らす。


 ロアが内心で胸を撫で下ろしていると、ふいに、ミゲルの目がこちらへ向けられた。

 見返すと、その目尻が溶けるように緩む。


「……ミゲルさん?」

「もういいんじゃないかい、ロアくん」


 ひどく穏やかな声で、ミゲルが言った。


「ルフィノさんとトニアさんはさ。もちろん『下の子』が大事で、心配で、託せるのがきみしかいなかったから、きみに頼むしかなかったんだろうけど……そのために『上の子』に犠牲になれ、なんて考える人たちじゃないよ」

「それ、は……」

「だから、もういいんじゃないかな」


 そう言われて、ふ、と。

 ロアは、無意識に息を吐いていた。

 吐いてから、それが安堵から出たものだと自覚した。


 もういい、とミゲルは言った。本当にそうなら、もう終わりにしてしまってもいいだろうか。

 やめてしまってもいいだろうか。


 こんな(・・・)妹のことなど、投げ出してしまっても。


 凍りついたような空気の中で、すう、とひとつ息を吸う。

 振り上げた拳をおろしていたテルセロに向かって、一歩踏み出し、二歩目で大きく間合いを詰めて。

 三歩目を踏み出すと同時、その横面に握りしめた拳を叩き込んだ。


「父さん!」


 悲鳴を無視して、倒れ込んだ男の顔をもう一度殴りつける。

 振り下ろした拳を引いて体を起こすと、こちらに飛びかかろうとしている少女をラミラが羽交い締めにして止めているのが見えた。


「……それぞれ、俺の(・・)父さんと母さんの分だ。俺は他の村の人たちのことをよく知らないから、二人分で勘弁してやる」


 床に倒れ込み、痛みにうめく男を見下ろして言い放つ。


「これで帳消しだなんて思うなよ。お前のことは死ぬまで恨むし、憎むし、軽蔑し続ける。王国に戻ったら、これまで会いに行った村の生き残りの人たちにも、お前のやったことを言いふらす。……これ以降、何かあったとしても同郷を頼れると思うな」


 それだけ言って、テルセロに背を向ける。

 横から何か喚く声が聞こえているが、雑音だとしか思えなかった。

 ……テルセロを殺さないのが、兄としての最後の情なのだと。理解されたいとも、思えなかった。


 我ながら薄情だと思う。

 けれど、気づいてしまったのだ。自分もルピアと似たようなものだと。


 ミゲルがルピアを言葉で追い詰めていた時。

 ロアは、彼の言葉で救われた気持ちになっていた。ルピアに踏みつけにされた自分の気持ちを、ミゲルが拾い上げてくれたのが嬉しかった。棘のある言葉をぶつけられているルピアを、助けようとも思わなかった。

 多少遅れたとはいえ割って入ったテルセロのほうが、よほどルピアの『家族』だった。


 逆上したテルセロが、ミゲルを殴ろうとルピアを押しのけた時。

 ロアは押しのけられたルピアより、殴られそうになっていたミゲルを心配して動いた。


 ロアだって、本当はルピアのことを真剣に考えてなどいなかったのだ。

 ルピアが不幸な境遇に置かれていると思い込んで、テルセロのところから『助け出す』のを、彼女も望んでいると勝手に決めつけていた。

 お互いまともに話したこともないのに、兄妹だからと、勝手に責任を持とうとしていた。


(馬鹿みたいだ)


 ルピアはロアの家族にふさわしくないし、ロアもルピアの家族にふさわしくない。

 だから、『もういい』のだ。


 視界の橋で、ラミラが顔を青ざめさせている。彼女は気づいたのだろう――ロアがルピアを見放したのだと。

 思えば、この人がこの場で一番の被害者かもしれない。勝手に人殺しの理由にされて、これから先はロアのせいで、同郷に頼ることも難しくなる。

 ……だからといって、テルセロの罪を言いふらすのをやめる気はないのだが。


 俯けていた顔を上げると、すぐ近くに立っていたらしいミゲルと目が合った。


「俺は『もういい』です」

「そっか」

「……ここまで付き合ってくれて、ありがとうございました」


 頭を下げると、ミゲルは少し困ったような、ばつの悪そうな顔をした。


「礼を言われることじゃないよ。僕だって、僕の復讐にきみを利用しただけなんだ」

「でも、ミゲルさんが一緒でよかった」

「……僕はもう少し用があるから、ここでお別れだ」


 その言葉に頷いて、ミゲルの横を通り過ぎる。感謝を突っ返されなかっただけで十分だ。


 家の外に出ようとドアノブに手をかけたところで、玄関の扉がほんの少し開いていることに気がついた。どうやら、入る時にきちんと閉めていなかったらしい。


(扉を閉めたのって――)


 ちら、と視線だけで振り返る。ロアに続いてこの家に入ってきた男が、口元の笑みを深くした。

 扉を押し開けて外に出ると、逃げるように周囲の家に駆け込んでいく人影がいくつか見えた。

 どこまで声が漏れていたのか分からないが、話を聞かれていたらしい。ミゲルはこれを狙っていたのか。


 この街の人たちは、明日から伯父一家をどう扱うのだろうか。

 他人事のように思いながら、扉が閉まる音を背中で聞く。


 これから、この家の中ではミゲルの復讐が続くのだろう。

 ロアは『もういい』が、彼はそうではないのだ。


 ミゲルが何をする気かは分からない。

 けれど、彼の気が少しでも晴れればいい、と思う。


 宿へ向かって歩き出す。

 もう、足を止めようとも、振り返ろうとも思わなかった。

【3行あらすじ】

伯父さんのやったことを暴露したけど

妹が同調してくれなかったので

ロアくんも『もういいや』ってなりました


・テルセロは言ってみれば『広義のヤンデレ』『ラミラだけに優しい殺人鬼ガチ』ですが

・ラミラはそれなりに社会性のある人なので

・こんな形で人間関係ぶち壊されたらたまったもんじゃねえよな、という話だったりもします

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