XX. 復讐譚のおわり(2)
推理ジャンルは書けないので、論理的に逃げ道塞いで追い詰める展開はあんまり期待しないでいただけるとありがたいです。
「村が襲われたと聞いて俺が駆けつけた時、傷の手当てを受けていた母さんと会った」
「は? ……いやいやいや嘘をつくな」
テルセロは一瞬呆けた顔をしたが、すぐにヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「トニアは獣にやられて死んでいたんだ。だから俺は、せめて無事だったルピアだけはと――」
「獣? 母さんの怪我はナイフの刺し傷だったが」
被せるようにロアが言うと、テルセロの表情が凍りつく。
何か言おうとしてか口を開きかけ、結局何も言わずに閉じた。
(嘘だ、と言いたかったんだろうな)
その通り、嘘だ。
ロアが駆けつけた時に息があったのは父ルフィノのほうで、トニアはすでに亡くなっていた。
……しいて言えば、墓に入れられる前に遺体と対面してはいるので、それを『会った』と表現するなら嘘ではないかもしれない。
しかし、はっきりと否定することもできないだろう。
いまごろ内心で、『もしかしてまだ息があったのでは』と不安になっているのかもしれない。
実際に母は、テルセロがルピアを連れ去った後、父が駆けつけるまで息があったのだ。テルセロが母の死亡を確かめたと主張するなら、それこそ本当に嘘っぱちだ。
黙り込むテルセロを、冷ややかに見据える。
ミゲルの事情は聞いていないが、テルセロが村の生き残りにどんな説明をしたかは聞いている。
村を守る柵が壊され、そこから獣が村に侵入しているのを見つけたテルセロは、近くに住む妹一家の家へと向かった。トニアはすでに獣にやられて死んでおり、ルフィノは不在。奇跡的に無事だったルピアを抱えて、村人たちに獣の襲撃を知らせながら自宅の妻と合流し、村の外へ避難した――。
これを聞かされた時、よく言えたものだ、と怒りを通り越して呆れてしまったものだ。
柵を壊したのも母を殺したのも自分のくせに、よくもまあ、と。
テルセロの主張を崩す証拠はあまり多くない。村が獣にやられて滅んだことで、ほとんどの証拠隠滅がなってしまったからだ。
だから、前提からひっくり返す。極力事実に沿ってでっち上げただろう、テルセロの説明に付き合ってやる必要はない。テルセロにこちらの嘘を見抜かれたっていい。こちらの嘘を証明する証拠だって、もう存在しないのだから。
さらに言えば、この場でテルセロの罪を暴く行為にも、あまり意味はなかった。
テルセロ本人は過去の罪についてしらを切るつもりのようだし、伯母のラミラは共犯だった可能性がある。ルピアは単なる子供で、ロアとミゲルはこの街の住民ですらない。
衛兵や役人のような、罪を裁いて罰を与える権限を持つ人間が、この場にはないのだ。……仮にいたとしても、十年以上前に遠く離れた土地で起きた殺人など、裁いてくれるとも思えないが。
ロアの目的は二つ。
一つはテルセロに罪を認めさせ、理由を吐かせて、何らかの落とし前をつけること。
もう一つは、それを妹に見せることで、彼女に真相を教えることだ。
ミゲルが憎まれ役を引き受けてくれたおかげで、ルピアをこの場に残すことはできた。
あとはこの子の前で、テルセロの罪を暴けばいい。
と、考えていたのだが。
「……どういうこと、あなた」
黙り込んだテルセロに声をかけたのは、期待していたルピアではなく、彼女に寄り添ってロアの話を聞いていたラミラだった。
困惑と不審がないまぜになったような表情で、テルセロに問いかける。
「あなたが見つけた時に、トニアはもう『獣にやられて』『死んでいた』んじゃなかったの? 刺されてたってどういうこと。……まだ生きてたなら、どうして一緒に連れてこなかったの」
「あ、いや……その……」
テルセロの顔がこわばり、言葉に詰まる。
……『傷が深くてもう助からないと判断した』とか、『トニア本人が「ルピアを連れて逃げてくれ」と言ったのだ』とか。
言い繕う余地はまだあるはずだが、この場ですぐに話を組み立てられるほど、この男は頭の回転が早いわけではないらしい。
もしくは、もう十年以上前のことで、自分でも話のつじつまを合わせる自信がなくなっているのか。
「父さん、母さん……?」
ルピアが困惑を顔に浮かべながら、伯父と伯母を交互に見ている。
ロアのほうも、ラミラがここでテルセロを問い詰め始めるとは思っていなかったので、話を続けていいのか判断に困っていた。
この人、テルセロの味方ではないと思っていいんだろうか。本当に何も知らなかったのか、それともテルセロがボロを出したから切り捨てにかかっているのか……。
「まだあるよね、ロアくん」
唐突に話に割り込んだのは、後ろにいたミゲルだった。
振り返ると、この場に似つかわしくない微笑を浮かべた顔がある。
「ラミラさんは、何も知らなかったみたいだからさ。全部聞いてもらおう。……ああ、それとも僕が話してもいいかな?」
「……どうぞ」
ロアは頷いて、話の主導権をミゲルに譲ることにした。
ここでまた自分が主導権を握っても、すぐラミラの勢いに流されてしまいそうだったし……彼が何を話すのかにも、少し興味があったので。
「それじゃあ、僕の妻の話をしようか」
そう言って、ミゲルがロアの隣に進み出る。ロアは逆に一歩引いて、ミゲルの斜め後ろに控えるように立った。
「僕の妻はカルラといってね。村が襲われる少し前に結婚したんだ。小柄で可愛い奥さんだったよ」
「ええ、そうだったわね……」
ラミラが懐かしむように相槌を打つのに笑みを向けて、ミゲルはそのまま言葉を続ける。
「そのカルラはね。……この男が、ルフィノさんをナイフで刺すところを見ていたんだ」
「でまかせを言うな!!」
ひゅ、とラミラが息を呑む音と同時、テルセロが爆発したように怒鳴った。ラミラとミゲルの間に割り込んで視線を遮り、凄まじい形相でミゲルを睨みつける。
少し目を動かすと、ルピアが怯えたような顔でテルセロの背中を見上げているのが見えた。いきなり怒鳴られて怖かっただろうと思いながら見ていると、視線に気づいたらしい彼女と目が合った。
「“大丈夫か?”」
テルセロを刺激したくなかったので、風の精霊の力を借りて、小声をルピアの耳に届ける。
ルピアは少し驚いた顔をしたものの、こちらに小さく頷きを返した。
そんなやり取りに気づく様子もなく、テルセロはミゲルにずんぐりした太い指を突きつけた。
「お前の嫁は大嘘つきだ! それを信じて言いふらすお前も同罪だ、ミゲル!」
「……だそうだけど、ロアくんからは何かある?」
ミゲルが振り返って促すので、ロアは妹から視線を外して口を開く。
「父さんも言っていた。あんたにナイフで刺されたと」
「な、っ」
「何を驚いてるんだ? ……父さんとは話してないなんて、俺は言った覚えはないが」
「ぐ……!」
ミゲルに向けていたテルセロの真っ赤な顔が、急速に青ざめていく。
また言葉に詰まってしまったようなので、ロアはこの隙に全部言ってしまうことにした。ミゲルもそのほうがやりやすいだろう。
「家の近くにある獣避けの柵を、あんたが壊してるのを見つけて。文句を言ったら『理由がある』とか言いながら近づいてきて……胸を刺されたと」
トン、とロアが自分の心臓のあたりを拳で叩くと、ラミラが両手で口を覆った。顔色が悪い。
そんな伯母を、ルピアが気遣わしげに見ている。
それをなんとはなしに見ていると、すぐ近くでミゲルの声がした。
「……カルラは、テルセロがいなくなるのを待ってルフィノさんの手当てをしようとした。でも、ルフィノさんはうつ伏せに倒れてて、小柄な彼女では力が足りなくて……人を呼ぶためにその場を離れて、そのまま襲撃に巻き込まれてしまって、村を出ざるを得なかったと言っていたよ」
ミゲルの話は続く。
その後、脱出の際に怪我を負いつつも、なんとか生き残った村人たちと合流したカルラ。彼女はまず夫であるミゲルの姿を探したけれど、あいにくミゲルが彼女のグループに合流するのは、もう少し先のことだ。
代わりに彼女が見つけたのは、赤ん坊を抱えたラミラの肩を抱く、テルセロの姿。
すぐにでも糾弾してやりたかったけれど、まず怪我の手当をしなさいと生き残りの女たちのところに連れて行かれ。
手当てを受けながら、カルラが自分の見たことを女たちに話すと――彼女たちは、気まずそうに「黙っていなさい」と言った。
「いまはみんなで力を合わせなきゃいけない時よ。仲間割れをしている場合じゃないわ」
「うちの夫も息子もまだ見つかってないし……いま、テルセロさんは貴重な男手よ。彼がいないと危険なのよ」
「こんな時に揉めごとを起こさないで」
女たちは口々にそんなことを言って、その後に始まった共同生活でも、カルラが発言する機会をことごとく奪うようになったという。
けっして一人にせず、誰かがそばで見張っていたり。何か言おうとすると、大声で別の話を始めたり。
途中でミゲルも合流したが、思い返せば、カルラと二人きりにはさせてもらえなかったとのことだ。
「僕も『貴重な男手』だってことで忙しくしてて、それをおかしいと気づきもしなかった。……駄目な旦那だったよ、我ながら」
そうしてカルラの口が塞がれたまま、身寄りのない者たちは王国へ渡って旅をして。
王都ローレミアを出てからしばらくして、事件が起こった。
安住の地を探しての、徒歩と野営の旅。
ある日の夕食の最中、テルセロがふと、「ルフィノが柵の手入れを怠っていなければ」と言い出したのだ。
ひっくり返された食器がぶつかり合う音を、ミゲルは覚えている。
立ち上がった妻が、瞳に、表情に、激しい怒りをたぎらせていたのも。
ミゲルはさすがに妻から話を聞こうとしたものの、生き残りの一人に頼まれごとをされて、そちらを優先せざるを得ず。
用事を済ませて妻のいる女たちのテントを訪ねると、そこには妻の姿がなかった。
妻の姿だけが、なかった。
一緒にいたはずの女たちを問い詰めるも、彼女たちの返答は要領を得ない。
しびれを切らしたミゲルが騒ぎ立て、居合わせた男たちでカルラを探して――野営場所から少し離れたところで、瀕死の重傷を負った彼女が見つかったのだった。
「……さすがに、このまま彼らの旅についていくことはできなくてね。次に寄った村で離脱して、カルラを看病しながら暮らすことにしたんだ」
淡々とした口調で、ミゲルは話し続けた。
さっきまで浮かべていた微笑は、いつの間にか抜け落ちている。話し始めた頃、ほんのわずかに見えていた自嘲すら消え失せていた。
「カルラはしばらく生死を彷徨ったけど、なんとか一命をとりとめることができた。意識を取り戻してから、全部聞いたよ。あの夜、女たちのテントにテルセロがやってきたことも、他の女たちがカルラを差し出したことも……その後、こいつに何をされたのかも」
その場の全員の視線が、テルセロに集められる。
テルセロは恐る恐るといった様子で妻とルピアのほうを見て――「違う!」と悲鳴のような声で叫んだ。
その目は、妻であるラミラへと向けられている。
ラミラは――汚物を見るような目を、夫に向けていた。
「違う、違うんだラミラ、きみが思ってるようなことはしていない!!」
ラミラは答えない。
ただ、すがるように伸ばされたテルセロの手を避けるように、ルピアの腕を引きながら一歩後ろへと下がった。
それを無表情で眺めながら、ミゲルが言う。
「カルラは、三年前の冬に死んだよ。あの時の傷が原因で熱が出て、体力を持っていかれて……」
「ミゲル、てめえ……!」
テルセロが怒りで引きつった顔を向けるのに、ミゲルはゆるりと唇を歪めた。
笑っているようにも、泣くのを我慢しているようにも見えた。
「なあ、嬉しいだろう? 安心しただろう? ……やっと、口封じが成ったんだからさ」
ミステリは好きですが、推理とかせず頭空っぽで種明かしまで読んで「へー」ってなるタイプです。(それでもオリエント急行は古い作品なので普通に犯人察してしまった)(あれは現代だとキャラクターのミュージカルのような華やかさを楽しむ作品だと思っている)
次回更新はおそらく10月下旬になるかと思います。
本来なら一気に終わらせてしまったほうがいい展開を超スローペースで投げてしまって申し訳ございませんが、お付き合いいただければ幸いです。




