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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
6:風のゆくえ
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XX. 宿で再会

すみません遅くなりました…。

ちょっと短めです。

 宿に到着してすぐ、出入り口から見える食堂のテーブルに、見知った顔をふたつ見つけた。

 ひとつはこの街まで一緒に来たロアで、もうひとつは王国側の港街で別れたミゲルである。あちらもブレイズたちを覚えていたらしく、やあ、とにこやかに手を振ってきた。


「久しぶり。さっき聞いたけど、ベルィフでだいぶ無茶したそうだね?」

「そういうあんたこそ、東方(こっち)に来てから見かけなかったが、どこ行ってたんだ?」

「ヴァレシフス経由だよ、ベルィフの東にある山地の街の。僕はごく一般的な(イグニ)族なんでね。海沿いの道なんて、避けられるなら避ける一択さ」


 聞けば、ミゲルは昨日この街に着いたそうだ。ヴァレシフスには二日ほど滞在したらしい。

 ブレイズたちがベルィフにいた日数を考えると、魔物の足止めをくらわず休息もほどほどにしていれば、ベルィフ経由のほうが二、三日くらい早く到着できたのだろう。

 となると、帰りもベルィフ経由のほうがよさそうだ。物見高いところのあるウィットには残念だろうが。


 そのまま彼らと話し込んでしまいそうになったところで、この後は靴とマントの店に行くという話だったのを思い出した。

 ロアに妹らしき少女の件をいま話すべきか迷ったが、断片的な情報だけ話して「詳細は帰ってきてから」というのもアレかなと考えて、まだ黙っていることにする。

 話している間にラディが宿泊の手続きを済ませてくれていたので、いったん部屋に荷物を置いて、用事を済ませてくることにした。



 ◇



 靴の履き替えはすぐに終わった。用途が『雪原探索』と明確なので、求めることもはっきりしているからだ。

 頑丈で、水が染みず、保温性があり、雪で滑りにくいこと。

 本来はきっちり足の大きさを測ってオーダーメイドするのだが、保温のために厚手の靴下を履くなら多少サイズが大きくても問題ないそうなので、既製品から選んで終わりだ。

 買った靴を履いている間に、ここまで履いてきた靴を預けて点検と修繕も依頼した。雪原での調査を終えて、帰路につく頃には終わっているだろう。


 逆に難しかったのはマント選びだ。

 剣の振りやすさを最優先にしたいブレイズは、あーでもないこーでもないと悩みに悩んで頭を抱えた結果、結局マントそのものが合わないという結論になった。とはいえ防具代わりのジャケットを脱ぐわけにもいかないのでコートという選択肢も取れず、最終的に『マントは移動用』と割り切って厚手のものにして、いざという時すぐに外せるような留め具をつけてもらうことになった。

 ラディは冷えやすく、また重いと負担になるということで、軽くて温かい毛皮のケープコート。一番早く決めていたのは強いこだわりのないウィットで、膝上くらいまでの丈のフード付きコートを選んでいた。

 留め具の付け替えがあるブレイズのマントは明日のうちに仕上げてくれるそうなので、明日、買い出しに出たついでに受け取ってくればいいだろう。


 目当ての物を揃えたついでに市場を冷やかし、食料などの値段をざっと見たりもして。

 宿に戻ってきたら夕飯の提供が始まっていたので、まだ食堂にいたロアとミゲルのテーブルに加えてもらい、食事ついでに話すことになった。


 料理の注文を終えてすぐ、ロアがホットワイン片手に話しかけてくる。


「調査、すぐに行くのか?」

「まずは下見だけな。明日で準備して、明後日からちょっと行ってくる」

「無茶はするなよ?」

「分かってるよ」


 言い合っていると、ミゲルが不思議そうな顔をした。そういえば彼には旅の目的を話していなかったな、と表情の理由に思い当たる。

 ……ミゲルが自分の事情を話したくなさそうだったからか、ブレイズたちもなんとなく、自分たちの目的を話さないまま別れてしまっていたようだ。


 そんなミゲルに、自分たちの事情――王国の商業ギルドからの要請で、この街の北に広がる未調査域の探索に来たことを説明していると、ぱらぱらと料理が運ばれてきた。

 狩猟が主産業の街らしく、他の街より肉を使ったメニューが多い。魔物肉に対する忌避感はまだ残っているが、目の前の料理に関して言えば、この街の商工会が紹介してきた宿が下手なものを出したりはしないだろう。……と、割り切ることはできるようになった。


 最初からそこらへんを一切気にしていなかったウィットが、「そうだ」と思い出したように口を開く。


「ロア、この街の(イグニ)族の人とはもう会った?」

「いや、まだ情報収集も始めていないが……」


 ちょっと怪訝そうに答えた直後、ロアがはっとした様子で目を見開いた。


「まさか」

「うん、会ったよ。僕と同じくらいの歳の、(イグニ)族の女の子。『ルピア』って名前だった」

「っ、そうか……」


 その名前を聞いた瞬間、ロアがわずかに息を呑む。

 ちびちびと料理を口に運んでいたラディが、食事の手を止めて気遣わしげにロアを見やった。


「……妹さんか?」

「ああ……。歳と名前からすると、間違いない……と、思う」

「でもさ、それだと妙なんだよね」


 再びウィットが口を開き、こてんと首を傾げてみせる。


「あの子、きみの名前聞いても特に顔色変えたりしなかったし……きみの事情もちょっとだけ、『生き別れた家族を探して旅をしてる』ってだけ話したんだけどね、やっぱり反応なかったんだよ」

「……そういやそうだな」


 言われて、ブレイズも確かに妙だと思った。


 ルピアが『父さん』『母さん』と呼んでいるのがロアと彼女の伯父夫妻だとしたら、夫妻がロアの存在を知らないはずがない。

 魔物の襲撃を受けるよりずっと前に村を出されたロアが、故郷の壊滅を知って、生き別れた家族――(ルピア)を探すだろうと考えないわけもない。

 (ロア)の名を失念していたとしても、『生き別れた家族を探している』という彼の事情を聞けば、ピンとくるのが普通ではないだろうか。


 そこまで考えたのち、なんとはなしにロアを見ると、彼が苦々しげに顔を歪めているのに気がついた。


「……ロア?」

「……ああ、いや。なんでもない」


 声をかけると、ロアは何かをごまかすように頭を左右に振った。

 小さくため息をついて、顔を上げる。


「知らせてくれて助かった。あとはこっちで確かめる」

「家の場所とかは聞き出せなかったんだけど、ルピアから『お父さんたち』には話しておいてくれるってさ」

「十分だ。あとはこっちで聞いて回るなりするから、お前は自分たちの準備のことに集中しろ。危険度でいえばそっちのほうが上なんだからな」


 ロアはそこで話を切り上げて、止まっていた食事の手を再開させた。

 当人がそう言うなら、とブレイズたちもそれ以上突っ込まず、冷めかけていた料理に向き直ることにする。


 黙って話を聞いていたミゲルがすうっと目を細くしたのには、気づかなかった。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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