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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
6:風のゆくえ
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XX. 東方の未調査域について

「見てわかるだろうが、このあたり一帯の地図だ」


 クラース会長が、地図の上に指を滑らせて説明してくれる。


 中心にあるのが、ブレイズたちも通ってきたベルィフの街。

 そこからほぼ真南に港街サルミナ。逆に、北西へ伸びる街道を辿っていくと、山裾あたりに現在地であるガユーの街がある。

 ベルィフの東は山岳地帯で、途中の少し開けたあたりに街がひとつ。『ヴァレシフス』という名前で、ベルィフを迂回する場合はこの街を経由することになる。今回ブレイズたちが使わなかったルートだ。


「で、今回きみたちに行ってもらうのはガユーの北だ」

「でかい雪原だってメルケルさんに聞いたんすけど」

「そうだ。どこまで続いているか見当もつかん、果ての見えない大雪原だ。だから地図もこの通りなわけだな」


 会長のずんぐりした指が、ガユーの北側にある空白地帯で大きく円を描く。ほとんど何も描かれておらず、まっさらだ。


「本当に何も分からんから、下手に出ていくと遭難してしまう。……とはいえ、最近は王国の商業ギルドが金出して色々整えてくれたおかげで、ガユー周辺は少しずつ調査を進めているところだが」

「整えて……というと、雪中装備とかですか?」

「それもあるが、主に設備というか拠点だな」


 ラディの言葉を半分肯定しつつ、会長は空白地帯をこつりと叩く。


「ガユーから北に一ヶ所。さらに北にもう一ヶ所。丸太小屋だが暖炉もあるし、寝泊まりするぶんには問題ないだろう」

「逆に言うと、それより北、つーか奥にはそういう場所がないってことっすよね」

「ああ。なので深入りはせんでいい。するな。死ぬぞ」


 言って、会長がじろりとこちらを見やる。

 それに頷きながら、ブレイズは改めて地図を見た。


(つまり、拠点の丸太小屋から離れ過ぎんな、ってことだよな……)


 雪中での野営は無理だろう。

 仮に道具を借りたとしても、雪に慣れていない自分たちにできるとは思えない。


 となると、行動できる範囲はそれぞれの拠点から出発して、その日のうちに戻って来れる距離になる。

 ガユー付近は街の商工会が調査を進めているだろうから、自分たちが見るべきは奥のほうになるだろうか――。


「ねえねえブレイズ」

「ん?」


 考えていると、それまで黙っていたウィットがくいくいとブレイズの袖を引いた。

 こういう対外的な話し合いの場で口を挟んでくるのは珍しいな、と思いつつ、そちらを見る。


「どうした?」

「まずは『鋼の蜘蛛』を探してみない? ほら、僕らが選ばれた経緯的にさ」

「ああ、そういやそうだったな……あ、そうか」


 そこでブレイズは自分が考え違いをしていたことに気がついた。

 というか、思い出した。


 そもそも、あの蜘蛛――ウィットいわく人工物らしいが、あれについていた刻印が『白の小屋』の棺にあったものと一致していたから、そこで拾われたブレイズたちが寄越されたのだった。

 つまり王国の商業ギルドが自分たちに期待しているのは、件の『蜘蛛』の出所を突き止めることだ。調査隊の真似事などではない。


「うん? あの蜘蛛の話か?」


 ウィットの言葉に、クラース会長が反応した。


「王国のギルドからは、生き物じゃなくて作り物だと聞いているが……」

「それを言ったのがこいつなんすよ」


 ブレイズはウィットの肩をぽんと叩き、こちらを見る彼女に頷いてみせた。

 好きに話していい、という許可だ。

 全てを洗いざらいぶちまけると会長を混乱させてしまうだろうが、そこはウィットも分かっているはずだ。説明が面倒な部分を省いてしゃべるくらいはできるだろう。


「ラディ。お前は何か気になることあるか?」


 会長がウィットの説明を聞いている隙に、ブレイズは相棒に話しかけた。

 こちらも話し合いの席ではあまり出しゃばらないタイプだが、今回はブレイズもどう動くべきか迷っている。意見があるなら聞いておきたかった。


「気になること、というか……」


 ラディは何か考えるような様子を見せた後、少し声を抑えて言った。


「見つけたものに対する、商工会の意向は知っておきたいかな。……たとえば、『白の小屋』みたいな建物が見つかった場合、調査のために壁を破壊していいのか、とか」

「ああ……『白の小屋』には開かずの扉とかあったもんな」


 その扉をぶち破ってウィットが出てきたわけだが。

 ……それを考えると、もし開かない扉があった場合、その先に生きた人間がいる可能性もあるわけか。

 実際、多少記憶の戻ったウィットに案内されて入ったあの部屋には、一人分の人骨が転がっていた。


「……生きた人間がいた場合の扱いも確認しとくべきかな」

「必要だと思うよ」


 商工会が『生存者』に対して、商売相手として交渉を考えているのか、政治的にガユーの街に組み込みたいのか。『鋼の蜘蛛』に関心を持っているなら、完全な相互不干渉はいまのところ考えていないだろうが。

 ……もし無体な扱いを考えているとして、それを素直にブレイズたちに話しはしないだろうが。それでも、表向きの言質を取るのは無意味ではない。


 そんなことを小声で話し合っている間に、ウィットはクラース会長に大体の事情を説明し終えたようだ。

 横で聞いていた限りだと、会長はどうも、『鋼の蜘蛛』が生物でないという点が納得できていなかったらしい。

 ウィットは『白の小屋』で見つかった棺と『鋼の蜘蛛』に同じマークがついていたという話をして、あの蜘蛛が棺と同じく人工物である可能性(・・・)がある、というところまで納得させたようだ。いまの段階で断言しても決めつけにしかならないだろうし、それで十分だろう。


 ひと通り説明を終えたらしいウィットを引っ込め、改めてブレイズは口を開いた。


「まあそういうわけで、俺らはどっちかっつーと、例の『蜘蛛』の出所を見つけることを王国のギルドに期待されてるんすよ。生き物なら巣、作りもんなら作られた工房なり製作者なり」

「なるほどな。……生き物であれば話が楽なんだが」

「そうなんすか?」

「この街の主産業は狩猟だ。生き物の肉をとって、皮と骨は加工して売る。あの蜘蛛が生き物なら、狩る獲物が増えるというだけで済むが……作り物なら、作った者との交渉になる」

「あの蜘蛛が人工物なら、製作者と商取引をしたい……という意向だと思っていいですか?」


 ラディが念押しすると、会長は「うむ」と頷いた。


「本音を言えば、材料となる金属の出所を知りたいところだが……さすがに教えてもらえるとは思っとらん。材料の金属を売ってもらうか……最悪あの『蜘蛛』を買うことになっても、まあ王国から輸入するより安いだろう」

「それでは、製作者に接触できたら、取引を望んでいるというふうに伝えます」

「ああ、それで頼むよ」


 気にしていた部分が確認できたからだろう、ラディはブレイズに目配せして引っ込んだ。

 クラース会長はテーブルの上の地図を手元に引き寄せ、難しい顔で覗き込んでいる。


「あの蜘蛛を捕まえた場所は……確か、このあたりだな」


 そう言って示されたのは、雪原に二ヶ所ある拠点のうち奥にあるほうから、少し東に進んだあたりだった。

 地図の縮尺がよく分からないブレイズは、地図を見ながら眉根を寄せる。


「……拠点から歩いて行ける距離っすか?」

「あの蜘蛛が見つかった地点までは、さほど距離は離れていなかったと聞いている。……が、巣だか工房だかの場所によっては、その日のうちに戻って来れる距離にはないかもしれん」

「結局、行ってみなけりゃ分からねえってことか」

「ま、そうなるな。繰り返しになるが、無理はするなよ」


 そう言って、クラース会長は地図から手を離した。

 ブレイズは地図に視線を落としたまま、小さくため息をついた。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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