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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
1:王都の訳アリ三人組
18/185

18. 幕間:商業ギルド本部にて

【街がいくつか出てくるので簡易まとめ】

・ナイトレイ:魔境からの防衛を任された家。リアムの親父(元傭兵団の親分)が当主。資金繰りがやべえことになってる

 - エイムズ:領主の屋敷がある中心地の街。領主のお膝元

 - イェイツ:『大街道』沿いにある商業都市

 - ファーネ:本作のメイン舞台。対魔境の最前線

・ミューア:王国西端の貴族家。当主はリアムの親父と相婿。西側の隣国ハルシャとの交易で儲けている

 - カーヴィル:西の貿易港。ハルシャ皇国、および中央大陸の南側(南方)へ船を出している。『大街道』の西側の始点

 商業ギルド、ファーネ支部長であるキース・ワイマンは、柔和な表情の下で激しく苛立っていた。


 領の中心地であるエイムズの支部で月次報告を上げ、大街道沿いにあるイェイツの街まで出て、あらかじめ取りまとめておいた商品の発注をする。ここまではいつもの流れだった。

 イェイツ支部に至急扱いで来た連絡により、王国西端にあるカーヴィルの街に呼び出されたかと思えば、顔を出したカーヴィル支部では王都への呼び出しがかかっていた。カーヴィルとは逆方向である。

 そこからは用意されていた馬車で、半月かけて王都へ。本来ならば、とっくにファーネへ帰り着いている時期だ。


 ここまで長くファーネを留守にすることは滅多にない。

 そもそも、前もって分かっていたわけではないのだ。支部長代理(セーヴァ)事務員(カチェル)にだって、当面の指示しか出していない。本部から仕入れを代行できる職員を派遣するからと言われて、それなら安心、などと簡単に言えるわけがない。


 ……だというのに、本部へ出頭してから「担当者不在」という言葉でずっと待たされている。

 今になって思えば、ファーネ支部長ではなくキース個人(・・)を指名していた段階で、何かおかしいと気づくべきだった。


 ――いっそのこと、無断で戻ってしまおうか。

 そんな考えが過らないでもなかったが、衝動に任せて行動して、後で痛い目を見るのは自分と、ファーネに残したかわいい若者(こども)たちである。


 やっと担当者が戻ってきたとのことで、ギルド本部から改めて呼び出しがかかったのは、待たされて十日目のことだった。



 ◇



「いやあ悪かったな、本来ならカーヴィルで済ますはずだったんだが」


 案内された、ギルド本部の一室にて。

 キースを迎えたのは、ギルド幹部のデズモンド・バッセルという男だった。

 壮年期を過ぎて初老の域に入るが、商業ギルド全体の武力を統括する、現役の警備部門長である。

 もと賞金稼ぎで、十数年前にはよく一緒に仕事をしていた。


「納得の行く説明はしてもらえるんでしょうね」

「おう、聞く気があって結構だ。聞きたくないって言われても聞かせなきゃならんからな」


 厄介事か。

 内心げんなりしながら、「そうですか」と相づちを打つ。

 若い職員が茶を淹れ直し、静かに退室していった。


「……人払いをするレベルですか?」

「ああ。回りくどくて面倒極まりない政治の話だ」


 うんざりした表情を隠すことなく、デズモンドは頬杖をついてみせる。

 お前も楽にしろ、と視線で告げられて、体の力を抜いた。

 想像でしかないが、説明の担当者に顔見知りであるこの男を寄越してきたのは、本部なりの気遣いなのだろう。


「ナイトレイとギルドの関係が悪くなってるのは知ってるな?」

「ええ、エイムズ周辺では当てつけのように物価が上がっていますからね。庇って(・・・)もらっている立場としては、何も言えませんが」

「ま、実際半分くらいは当てつけだしなあ。領民にかかる税金が少ないから、あの値段でも売れるは売れるが……関税考えたら馬鹿らしくて輸入量絞ってるし」

「エイムズの支部長、お役人に『数を絞って値段を吊り上げる強欲商人』呼ばわりされて大笑いしてましたよ」

「あいつなあ、キレると笑い出すんだよなあ……」


 やけに眼が据わっていると思っていたが、キレていたらしい。

 帰る際には土産のひとつでも買っていってやろうと思いながら、続きを促す。


「連中、関税を吊り上げても思うように金が集まらないのに焦れてな。次の算段を立て始めている」

「というと?」

「聞いて驚け、今度は『大街道』に通行料を課そうとしていやがる」

「……は」


 大街道に、通行料?

 頭の中に王国の地図を展開して、東西に大街道の線を引き、首をかしげる。


「……私の知る限り、大街道を通るのに税をかけている領地はなかったと思いますが」

「おう。大街道沿いに街を置けば、領を出入りする関税だけでボロ儲けだからな。普通はやらん」

「確認ですが、大街道を塞ぐように関所を設ける、ということでいいのですよね?」

「イェイツの近くにな。あの辺の道はナイトレイが金を出して整備してるから、通行料を取る権利があると主張した馬鹿がいるらしい」

「……他の領地に喧嘩を売ることになりませんか。特にイェイツから東」

「王都も入るな。隣国(ハルシャ)からの輸入品が軒並み値上がりするか」


 なるほど、それは馬鹿としか言えない。

 そもそも、その関所を作る金はどこから出るのだろうか。まさか、それすら商人から搾り取るつもりか?

 ……頭が痛い。


「まあ実害も酷いが、それ以前の問題があってな」

「まだあるんですか……」

「今回の件で、儂も初めて知ったんだが……大街道な、あれ、王家の直轄領なんだそうだ」


 王国法のうち、貴族に関わる法律――通称『貴族法』によれば。

 王国の東西を結ぶ大街道は国の基幹となるものであり、ゆえに所有権は王家が持つ。

 大街道沿いに領地を持つ領主は、その恩恵を受ける代わりに、それぞれが経費を負担しての、大街道の維持管理を義務付けられる――。


 その話が確かなら、ナイトレイ家は王家の直轄領に無断で関所を造り、通行料と称して金を巻き上げる計画を立てていることになる。


「さすがに(まず)いと、誰も気づかなかったんでしょうか?」

「気づくつもりもなかったんだろうな」


 こめかみを押さえて言うと、デズモンドは嘲るように笑った。


「奴らはな、貴族になったくせに貴族を憎んでるんだよ。だから貴族の都合なんて知ったこっちゃない」

「お知り合いで?」

「戦時中、傭兵やってた頃にちょっと話したことがある。……お前は、当時だとまだ成人したばかりだったか」

「終戦時に十七、八くらいでしたね」

「なら知らんだろうな。連中はな、ほとんどが故郷で領主に恵まれなかったんだ。ろくに領地の面倒も見ねえくせに税ばっかり重くて、貴族ってのはそういう(・・・・)もんだって思い込んじまったんだよ。奴らにとっては贅沢をせず、領民から税を取らない領主が『いい領主』で、それ以外は何も考えていねえんだ」

「……領兵は鍛えているようですが」

「傭兵団は治安維持を任されることも多いからな。そもそも王から『魔境に対する備えとなれ』と命じられてんだ、そこだけはきっちり守ってたんだろ。だから十年前、ファーネの大襲撃にも駆けつけた」


 そこで一旦言葉を切ると、デズモンドは机越しに、キースの顔を覗き込む。


「分かるか? あいつら、未だに傭兵団気分でいるんだよ。もう三十年も経ってんのにな」


 何も言えないでいると、デズモンドは喋り疲れたのか冷めた茶をすすり、茶菓子に手を付けた。

 視線で促され、キースもティーカップを持ち上げる。

 来客用の、繊細なデザインのカップだ。職人が手をかけて作り上げただろうこの品も、彼らに言わせれば贅沢(むだ)でしかないのだろうか。


「ナイトレイの首を、息子のリアムに挿げ替える」


 ぽつりと、デズモンドが言った。


「大街道の件で、王家の黙認も取り付けた。後ろ盾はミューア家。当面の資金もミューア家が貸し付ける」

「……だから私は、カーヴィルから王都まで呼び出されたのですね」

「ああ。今のカーヴィルで込み入った話をするのは危険だからな。無駄足踏ませたのは悪かった」


 言いながら、デズモンドは机の上に三通の封筒を並べる。

 どの封筒にも、ギルド本部の印章が入っていた。


「キース、お前はしばらくファーネに留まれ。これからナイトレイ領は荒れる、支部長が不在で妙なことに巻き込まれるのは避けたい」


 細かい指示はここに書いた、と封筒が一通、机の上を滑って手元に届く。


「ルシアンもそのまま貸しておいてやる。()の事情もある程度教えてあるから、好きに使え」

「おや、裏まで教えるとは……秘蔵っ子ですか?」

「嫁いだ姉の孫だ。ガキの頃から面倒を見てやってな。これ命令書な」


 まさか血縁とは思わなかった。

 ルシアンが可憐な見た目なのと裏腹に、デズモンドは人相が悪い。何も知らない者に、犯罪組織の親玉と言ったら信じるだろう。

 驚いていると、二通目の封筒が指先にぶつかった。


「リカルドの派遣も延長する。あいつには拒否権があるが……まあ断らんだろ」


 故郷に近い街としてファーネを気にかけてくれる、優しい地精使いの顔を思い浮かべる。

 彼がいてくれるなら、たしかに心強い。

 三通目を寄越すと、この話はこれで終わりとばかり、デズモンドは明るい声を出した。


「秘蔵っ子といえば、エイスの秘蔵っ子どもは元気か?」

「ええ、大きくなりましたよ」

「いくつになった?」

「ブレイズは十九、ラディカールは十七ですね」


 にこやかに答えながら、秘蔵っ子、という表現を内心で否定する。


 ジルベルト・エイスという人は、剣士としては尊敬できる偉大な人であるが、人間としてはどこか歪んでいた。

 おそらく、その歪みの根本にあるのは、若い頃に失ったという二人の友人たちだろう。

 でなければ、五つと三つの、まだ親が必要な幼子に対して、子供ではなく友人としての役割を与えたりはしない。


 ラディのほうは、まだマシだ。

 直接尋ねたことはないが、おそらくあの子は、ファーネに来る前のことをある程度覚えている。

 そのお陰か、ジルベルトの与えたものを、「ただ名前をもらっただけ」としか認識していない。

 もといた場所に帰ろうとする素振りがないのは、覚えていないからか、それともブレイズが心配なのか。

 そして、覚えていることを隠している様子もない。多分だが、聞けば答えてくれるのだと思う。


 それに対して、ブレイズのほうは歪みが酷い。

 過去を知るラディが傍にいるにもかかわらず、自分のことを尋ねようと考えもしない。興味がないのだ。

 記憶を失ったところに『ジルの友人のブレイズ』という役割を焼き付けられ、そう在ろうと振る舞っている?

 同時に、ジルベルトの剣に憧れて稽古をせがむなど、弟子や子供のように振る舞うこともあった。

 十年前にジルベルトが死んで、彼の中の歪みは、今どのような形を取っているのだろうか。


「いい年になったじゃねえか。そろそろ仕入れは任せていいんじゃねえのか?」

「……そうですね。いくつか権限を持たせないといけませんが」

「もし王都に寄越すなら、本部(ここ)にも顔を出すよう言ってくれ。儂がいれば直々に手続きしてやる」


 そう言って、デズモンドはニヤリと笑う。


 これから、ナイトレイ領は変わる。ファーネ支部の在り方も変わるだろう。

 本部からある程度の人手を貸してもらえる今は、彼らにファーネの外を見せる、いい機会なのかもしれない。

【記憶に関する二人の考え方】

ブレイズ「必要ならラディが言うだろ」(興味なし)

ラディ「ブレイズが聞いてきたら答える」(押し付ける気なし)

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