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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
6:風のゆくえ
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XX. ガユーの街にて

 ガユーの街が見えてきたのは、ベルィフを出発してから三回目の野営をした翌日だった。同行していた犬ゾリの御者、メルケルの言葉通りだ。

 慣れていると野営は二回で済むそうだが、今回はブレイズたちが雪中での野営に不慣れなため、野営場所に気を遣ってもらったようだ。メルケル単独だと移動も野営も全て雪上で済ますことができるので、街道を無視して進むこともできるのだという。荷物が多いとさすがに雪上をソリでというわけにもいかなくなるので、荷車で街道を走る必要があるそうだが。


 それはそれとして、ガユーの街である。

 山のふもとにある小さな街で、石造りの防壁に守られている。道中それなりに獣や魔物を見かけたので、獣害や襲撃への備えなのだろう。どこかファーネを思い出す外観だった。


「あの山の向こう側に、とんでもなく大きな雪原がある。そこが、お前さんらの言う『未探索域』だな」


 街の出入り口に向かって犬ゾリを走らせながら、メルケルが説明してくれる。

 話しているうちにもソリはぐんぐん防壁に近づいていって、やがて門の前で止まった。



 ◇



「それじゃ、俺はここまでだな」

「ああ、世話になったな」


 簡単に行われた検問を済ませ、メルケルに宿まで案内してもらったところで、ロアが言った。

 あらかじめ話し合っていたことだったので、ブレイズたちにも異論はない。


 そもそもロアはこの街にいる可能性の高い親族を探しに来たのだが、道中メルケルから話を聞いて、商工会では彼らの情報が得られそうもないと判断したそうだ。

 メルケルは行商や交易で街を出ていることが多いそうだが、ロアの親族が商人や職人として生計を立てているのなら、もっと詳しい話が出てきてもいいはずだ。それがないなら、商工会とは関わりが薄いのだろう、ということらしい。

 となれば、ロアが商工会に行く理由はあまりない。下手に顔を出して、サルミナの街のように怪我人の治療でこき使われるのも遠慮したい、とのことだ。精霊使いというか、『癒し』の使い手は、どこに行っても苦労するようである。


「ま、どうせ商工会が紹介する宿もここだろうから、夜にでもまた顔を合わせることになるだろうがね」


 ここまで連れてきてくれたメルケルが、そう言って肩をすくめた。

 この小さな街で、外の人間を泊められるような宿はこの一軒しかないとのことだ。


「だったら晩ご飯は一緒に食べようね、ロア」

「……ああ」


 ウィットの誘いに小さく笑って、ロアはひと足先に宿へ入っていった。




 メルケルに連れられて商工会の会館に入ると、中でたむろしていた商人らしき連中が一斉にこちらを見た。

 その中でも年嵩の男が、目を見開いたまま勢いよく立ち上がる。


「メルケル! 無事だったか!」

「おやっさん、見りゃ分かんだろうよ」


 メルケルは頭をかきながら答えると、室内をぐるりと見回した。


「お客人を連れてきたんだが、会長は?」

「ああ……外出中だが、大した用事じゃない。若いのをやって呼び戻そう」


 お前が戻ったのも知らせんといかんしな、と言って、男は安堵したように息を吐いた。そしてもう一度「無事でよかった」と呟いた。

 そういえば、メルケルがベルィフまで来たのは、街道の魔物がいなくなったのを確かめるためだと聞いていた。彼を送り出したガユー側は、ずっと安否を心配していたのだろう。

 他の商人たちも、そわそわとメルケルに話しかけたそうにしている。


 そんな同業者たちを手振りでいなして、メルケルはブレイズたちを奥の部屋へ促した。

 大きなテーブルに椅子がいくつか。会議室のようだ。

 暖炉に薪と火を放り込みながら、メルケルが言う。


「会長が来るまで、適当に座って休んでてくれ。飲み物を持ってくるが、ホットワインでいいかい?」

「ああ。お構いなく……って言うべきなんだろうが、正直助かる」

「気にするな。ずっとソリの上にいたんだ、かなり冷えてるだろう」


 メルケルはからりと笑って部屋を出ていった。

 彼の厚意に甘えることにして、ブレイズたちは思い思いの席に腰を下ろす。


 メルケルに言われた通り、体はだいぶ冷えていた。

 雪上を走るソリは馬車と違って屋根や壁がなく、冷たい風をもろに受け続けたためだ。

 火のついたばかりの暖炉はまだ部屋を暖めるに至らないが、風がないだけでだいぶ暖かく感じる。


 ほ、と息をついたブレイズは、それまでずっと黙りっぱなしだった相棒のほうを見た。


「……ラディ、大丈夫か?」

「…………ん」


 ラディはマントの首元を両手でかき集めて上体を縮こまらせたまま、こくりと頷いた。

 頬と唇から色が失われている。華奢な彼女には、冷たい風がだいぶ堪えたようだ。

 ブレイズもまったく平気とはいえない。温暖なファーネ育ちにとっては、なかなか酷な環境だった。


「ラディ大丈夫? だいぶ辛そうだねえ」


 そんな自分たちに気づいたのか、暖炉の前にいたウィットがこちらへ近寄ってきた。

 マントを握りしめているラディの手に触れて、「うわ冷た」と顔をしかめる。


「ウィットの手、あったかいな……」

「いやきみの血行が悪いんじゃないのこれ。ちょっと指動かしてみて、ほら握って開いて握って開いて」


 そんなふうにウィットと二人でラディを心配していると、ホットワインを用意したメルケルが戻ってきた。

 配られた木のカップを真っ先にラディに持たせつつ、自分たちもありがたく口をつける。砂糖が入っているようで、ほんのり甘い。


「さっき会長が戻ってきたから、準備ができたらこの部屋に来るだろう。それと、宿のほうは先に部屋を押さえといたから安心してくれ。途中で寄った、あの宿だ」

「分かった。色々と世話になったな」

「なに、元々はうちの商工会からの仕事で来たんだろう? それに街道の赤トカゲを追い払ってくれたんだ、このくらいは恩返しのうちさ」


 そんなことを話していると、部屋の扉がノックされた。

 メルケルが応じると、白い口ひげをたくわえた、初老の男性が入ってくる。ロビーでメルケルに話しかけてきた『おやっさん』と同年代のようだ。


 この人がガユーの商工会の会長だろうか、と思っていると、その後ろから若い男が一人、木箱を抱えて入ってきた。

 木箱は男が両腕で抱えるほどの大きさで、何やら中からがちゃがちゃと音がする。

 若い男はそれをテーブルの端に置くと、「飲み物を持ってきます」と言って部屋を出ていった。


 メルケルが初老の男性に声をかける。


「じゃあ会長、俺もこのへんで」

「ああ、ご苦労だったな、メルケル。明日また顔を出してくれ」


 その言葉に頷いて、メルケルもまた部屋を出ていった。

 扉が閉まる音から一拍置いて、彼に『会長』と呼ばれた初老の男性がブレイズたちに向き直る。


「ガユーの商工会の会長をやっている、クラースという。まずは礼を言わせてくれ。街道を塞いでいた魔物を追い払ってくれて助かった」


 そう言ったクラース会長は、両手をテーブルについてゆっくりと頭を下げた。メルケルから話を聞いていたようだ。

 ブレイズたちが王国の商業ギルドから派遣されたことも聞いているようで、宿への支払いは商工会(あちら)でやってくれるらしい。話が早い。


「きみたちさえよければ、早速仕事の話をしたいと思うのだが……」


 そこでクラース会長は言葉を切り、伺うようにこちらを見た。

 ブレイズがラディとウィットへ視線を投げると、彼女たちはそれぞれ頷いた。問題ないらしい。


「宿の心配がないんなら、俺らは大丈夫です」

「では話をしようか」


 クラース会長は一度席を立ち、テーブルの端に置かれた木箱に手を突っ込んだ。

 筒状に丸められた羊皮紙を引っこ抜くと、くるくるとテーブルに広げて、丸まる両端をこれまた木箱から取り出した金属片で押さえる。


 それは、手書きの地図のようだった。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
淡雪のような初恋と、すべてが変わる四日間。現代恋愛っぽい何かです。
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