XX. ベルィフからガユーへ
ウワーすみません曜日感覚が狂ってました(布団から飛び起きて投稿)
ベルィフの街では、三日休むことにした。
ロアは急ぎたいかと思っていたが、特に文句は言ってこなかった。
長年探している妹や伯父夫妻がいるかもしれないとはいえ、急いだり焦ったりして何が変わるわけでもない、と言っていた。
ブレイズが思っていたより、ずっと落ち着いているようだ。
なので遠慮なく三日を休息に回したところ、二日目にガユーから商人がやってきた。
街道の魔物が追い払われたことに気づいて、試しにと少量の荷物を積んで来てみたらしい。
その商人が街道開通を知らせるためにガユーへ戻るそうで、ブレイズたちはそれに便乗させてもらえることになった。
そういうわけで、出発の日。
ブレイズたちの目の前には、馬車とはまったく形の異なる妙な乗り物がある。
ゆるく反った板の側面に、簡素な柵を取り付けただけの……知っている中で一番近いのは小舟だろうか。
これを水に浮かべたら、前後左右から水が入ってきてあっけなく沈んでしまうだろうが。
その前方に、二頭の大きな狼が馬車馬のようにつながれていた。
「え、これ、犬ゾリだよね? これに乗ってくの?」
戸惑っているブレイズの横からウィットが飛び出して、ブレイズには板にしか見えない乗り物に駆け寄った。
後ろ姿なので顔は見えないが、ワクワクしているのは伝わってくる。
ラディとロアのほうを見ると、二人とも微妙な表情をしていた。彼らも知らない乗り物らしい。
自分たちの中で知っているのはウィットだけのようだ。
「ウィットはこれに乗ったことあんのか?」
「乗ったことはないよ。絵で見たことと聞いたことがあるだけ」
ブレイズが問いかけると、振り返ってウィットは答えた。
「一年中雪が積もってるような、ものすごく寒い土地の乗り物なんだよ。雪の上じゃ車輪が埋まっちゃうから、こういう『ソリ』の上に人とか荷物を乗っけて……馬じゃなくて犬なのは、犬のほうが寒さに強いからだっけ」
「あとは肉食だっていうのもあるよ」
それまで狼たちに食事をさせていた商人が、ウィットの言葉に付け足すように口を挟んでくる。
ベルィフの商工会経由で紹介してもらった、ガユーから来たという商人だ。名前はメルケル。日焼けしたような色黒の肌をした、三十になるかどうかといった年齢の男性である。
「寒さに強い馬もいるけど、結局のところ草食だからね。ガユーのあたりは草より肉のほうが取れやすいから、犬のほうが都合がいいんだ」
こいつらは狼だけどね、と言いながら、メルケルが狼たちの背を撫でる。
狼たちは主人に撫でられているのを気に留めた様子もなく、口元を赤くして生肉にかじりついていた。
触りたそうにしているウィットの後ろ襟を掴んで止める。怖い物知らずかお前は。
そんなウィットを面白そうな表情で見てから、メルケルはこちらへ向き直った。
「さて、ここからガユーまでは少しかかる。野営を三回ほどすることになるが、準備のほうは大丈夫かい?」
「食料は問題ねえけど、他に何か必要なもんあるか?」
「あんたらサルミナからベルィフに来たんだっけ? その時に自前の道具で野営ができてるなら、まあ大丈夫だ。さすがに雪の上で寝ろなんて無茶は言わないから安心してくれ」
それはさすがに厳しい、とブレイズは苦笑を返した。ファーネから持ってきている野営道具では、雪の冷たさはしのげない。
もう少し話を聞いてみると、東方で活動する賞金稼ぎたちは、雪の中でも野営できるような道具を持っていることが多いらしい。それでも雪の上に寝るのではなく、雪を掘って地面を露出させ、そこで眠るのだそうだが。
そんなことを話している間に輓獣である狼の食事が終わり、出発することになった。
御者はメルケルがやってくれるので、ブレイズたちは荷物と一緒に板……『ソリ』に乗り込むだけだ。
椅子のようなものはない。ふかふかの毛皮が敷いてあって、その上に座る形らしい。
全員乗り込んだのを確認すると、ソリの一番前にあぐらをかいたメルケルが、首だけこちらに向けて口を開いた。
「移動中は景色を楽しんでくれ……と言いたいところだが、あまり見ていると目を痛めるから程々にな。それとお嬢さんがた、俺のように焼けたくなければマントはきっちり着込んでおくといい」
「ああそっか、雪焼けってやつだね」
心得たように言いつつ、ウィットがマントのフードをかぶる。
それとほとんど同時に、ソリが二頭の狼に引かれてゆっくりと動き出した。除雪された街道から少し離れて、雪の上を滑るように進んでいく。
ソリが段々とスピードを増していく中、ウィットがフードを押さえながらラディに声をかけた。
「ラディもフードかぶっといたほうがいいよ、焼けて戻ったらカチェルに泣かれるよ」
「ええと、話が見えないんだけど……日焼けのようなもの、なのか?」
「そうそう。雪って意外と日差しをがっつり反射するんだよ。だから寒いと思って油断してると、肌とか目がじわじわ焼けちゃうの」
「それは……肌はともかく、目は怖いな。とはいえ警戒のために、まったく周囲を見ないわけにもいかないんだけど」
ウィットに倣ってマントのフードをかぶりつつ、ラディがちょっと困ったようにため息をついた。
ブレイズは彼女たちほど日焼けを気にしないが、目は大事にしたい。どうしたものかと思っていると、ふとロアがソリの外を眺めているのに気がついた。
「ロア、あんま見てると目が焼けるってよ」
「俺は大丈夫だ。日が落ちたら『癒し』をかけるし、肌は南方に生まれた時点でそこそこ黒い」
「そりゃ肌はそうだろうけども」
自虐なのか何なのか分からないが、微妙にコメントしづらいことを言わないでほしい。
……落ち着いていると思っていたが、やはり、探していた親族がガユーにいるかもしれないということで動揺があるのだろうか。
というか、よく考えなくともメルケルがガユーの人だった。
聞いてみればいいかと、ブレイズはメルケルに声をかけた。
「メルケルさん、ガユーの人だったよな? ここ十年くらいで、こいつみたいな色黒のやつは来なかったか?」
「んー?」
メルケルがちらりと振り返り、ブレイズが指しているロアを一瞥してすぐに前を向く。
「確かに十年くらい前に、肌の黒い一家が来たって話は聞いたなあ。俺はこの通り外回りの商人だから、それ以上のことは分からんが」
「そっか、ありがとう」
礼を言ってからロアの様子を窺うと、彼は難しい顔をしていた。
「……一家、か」
「伯父さん夫婦とお前の妹が一緒にいるなら、まあ一家に見えるだろうな。実際、一緒にいるなら義理の両親みたいなもんだろうし」
「ああ……」
「どうしたの?」
どうにも反応が薄いロアを訝しく思っていると、楽しげに景色を見ていたウィットがこちらを見た。
その隣では、ラディが寒そうにマントにくるまっている。馬車と違って、風をもろに受けるので辛いようだ。
そのうち休憩に入ったら座る場所を代わってやろうと思いつつ、何の話をしていたのかを話すと、ウィットはこてんと首をかしげた。
「一家と思われてるってことは、ひょっとして当たりっぽいってこと?」
「じゃねえかなと、俺は思ってるんだが」
「ふーん。でもまあ、期待してたら別の一家で肩透かし、ってこともあり得るし、あんまり力まないほうがいいんじゃない?」
「……それもそうだな」
軽い調子で言うウィットに、ロアはどこか安堵したようなため息をつく。
口の端をほんの少しだけ上げて、自嘲のような笑みを浮かべた。
「想像だけであれこれ考えても、仕方ないよな」




