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魔境の森と異邦人  作者: ツキヒ
6:風のゆくえ
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XX. 街道の魔物(上)

すみません、遅くなりました。

 翌日から二日を宿での休息と準備に使い、ガユーの街へ続く街道に出たのは三日目の朝だった。

 いまは魔物が居座っている場所まで歩いている途中である。


「晴れててよかったねえ」


 後ろからウィットの声が聞こえてきた。

 先頭のブレイズから数えて三番目、ラディとロアに前後を守られる位置だ。


「あ、でも、今回は雨のほうがよかったのかな? 魔物が水に弱いんだよね」

「水に弱いのはその通りだけど、雨だとこっちの視界とか足元も良くないからね。私たちにとっては、晴れのほうが都合がいい」


 ラディが相手をしているのを、ブレイズは周囲を警戒しつつ、聞くともなしに聞いている。


 戦力外である以上、ウィットを安全なベルィフの街に置いてくことも考えたのだが、一人だけ残すのも心配なので連れてきた。

 知らない街に一人だと心細かろうとか、そんな理由ではない。むしろ、そこらへんについては年齢以上にしっかりしているので、心配する気も起きなかった。

 連れてきたのは、単純に、ベルィフの連中がどこまで信用できるか分からなかったからだ。彼らに悪意があるとは思っていないが、万が一の事態――たとえば、街道の魔物とは別の群れが街を襲撃したとか――が発生した時に、余所者のウィットまで気にかけてくれるほど余裕があるとも思えない。だったら、自分たちの目の届く場所に置いておいたほうがいくらかマシだった。


 ちなみに、そのベルィフの連中にも、街道の魔物に挑むという話は通してある。

 あまりいい顔はされなかった……というか、少人数で大丈夫かと心配された。しかし、魔術で水を大量に生み出せるラディがいれば勝ち目はあるだろうということで、強くは反対されなかった。

 まあ、無理をしないとは言ってある。実際、もし街道に居座っている魔物の数が多すぎるようなら、大物には手を出さずに数だけ減らして引き上げるつもりではあるし。


 四人でてくてく歩いていると、ブレイズの視界に、鮮やかな赤色が入り込んだ。


「……見えた。一度止まるぞ」


 振り返らずに言って、足を止める。

 後ろからわらわらと他の三人が横まで出てきて、ブレイズと同じように赤色を目に留めた。


 はるか前方、まだ距離はあるものの、赤い全身をもつ竜種(トカゲ)が街道を塞ぐようにたむろしている。ざっと十匹程度だろうか。

 その群れの真ん中あたりに、他の三倍はあろうかという巨大な竜種が丸くなっていた。


「……でかいな」


 その巨体に、ロアがかすれた声を出した。

 ブレイズたちと違って色々な場所を回っている彼も、あの大きさの生き物は初めて見たらしい。


 そんなロアの横で、ブレイズたちはまた別の感想を持っていた。


「うーん。魔境の森にいなくもない、くらい?」

「だな。森でたまに見るのと同じくらいか」

「だいたい魔物化してるやつだけどね」


 あのくらいのサイズであれば、鱗の硬さもだいたい想像がつく。斬ろうと思えば斬れるだろう。さすがに後で、剣の研ぎが必要になるだろうが。

 とはいえ、関節の内側などの柔らかいところを狙うに越したことはない。どう立ち回ろうか考えていると、ふとロアの視線を感じた。


「どうした?」

「……あの街の南側にも、あんなのが棲んでるのか」

「ああ。奥のほうにいるから、めったに防壁まで出てきたりはしねえけど……逆に言うと、ああいうのもいるから街に防壁があるんだよな」


 言ってから、『白の小屋』にいるだろう何か(・・)のことを思い出す。

 あれがファーネの街に襲いかかってきたら、防壁など役に立たないだろう。いまのところ『白の小屋』から動く様子がないので、防壁も街も無事でいるが。


 ふ、と息を吐く。余計なことに意識が飛んだ。

 いま考えるべきなのは、前方にいる赤い竜種の群れのことだ。

 腰の剣を引き抜きながら、他の三人を見回して、口を開く。


「作戦は決めといた通りでいいな? まず下っ端の数を減らして、親玉(ボス)はその後だ」


 ブレイズの言葉に、それぞれが頷いた。異論や作戦変更の意見はないようだ。

 ラディとウィットも抜剣する。今回、彼女たち――特にウィットが剣を振るうことはないだろうが、念のためだ。


「ふたりとも、気をつけてね」


 ウィットがブレイズとロアに言うと、ロアが小さく頷いて上空に浮いた。

 彼はブレイズと一緒に突っ込んで空から攻撃を加える役だ。万が一ブレイズが危険な状態になった場合、救出して退避する役でもある。

 ロアが手振りで準備ができたと伝えてくる。それにこちらも手振りで返して、ブレイズは相棒に声をかけた。


「ラディ、始めるぞ」

「分かった――」


 すい、とラディが周囲に視線を走らせる。街道の横に残る雪が少し高さを減らし、一瞬だけ、周囲の空気が大量の水分をはらんで重くなる。視線を前に戻した先で、竜種どもが少し戸惑っているようだった。

 水分が竜種の群れの上空にかき集められる。空気が軽さを取り戻す。

 そこまで見届けて、ブレイズは地を蹴った。


 ――ばっしゃぁぁぁぁん!


 前方、駆けていく先で、竜種の群れの上空から水の塊が落ちる。

 群れ全体が水に濡れ、竜種の大部分は怯えたように身を低くかがめて動かなくなった。

 中央にいる親玉が、首だけを持ち上げて周囲を見回す。


「切り裂けっ!」


 そこに、上空からロアが風の刃をいくつも撃ち下ろした。

 陽炎のように歪む透明な刃が竜種たちに降りそそぎ、手足を、尻尾を、あるいは首を傷つけ、そのまま落とす。

 それからやや遅れて、ブレイズのブーツがぬかるんだ地面をとらえた。


「らああああっ!」


 手足をもがれた一匹を、胴のあたりで真っ二つ。

 続けて飛びかかってきた一匹に、返す刃を叩き込む。こちらに噛みつこうとしたのだろう、ぱっくりと開いた口をそのまま切り裂いて、上顎から上半分を斬り飛ばした。

 傷口から赤い血が噴き出し、残った胴体がくずおれる。


 不意打ちで一気に半分近くの下っ端を仕留めたところで、ふと、奇妙な音が聞こえてきた。


「コオオォォォォ……」


 なんだろう。隙間風が強く吹き抜ける時のような音だ。

 ブレイズが眉をひそめた直後、周囲の温度がじわりと上がる。


「――やっべ!」


 次の瞬間、ブレイズは転がるようにして群れの中から抜け出した。

 ひどく嫌な予感がした。まるで、体の内側から引っ掻かれているみたいな。


「ロア! 離れろ!」


 上空のロアに向かって叫びながら距離をとる。

 追いすがる小物に、上空から風の刃が叩きつけられる。


「コオオオオアアァァァァ!!」


 距離をとって分かった。あの音は、竜種の親玉の威嚇音(なきごえ)だ。

 巨大な口がぱかりと開き、その目はブレイズ……ではなく、周囲の地面を見下ろして。


 ゴオオオオオ――。


 直後、竜種の親玉は、地面に向けて炎を吐いた。

 濡れた地面を赤い炎が舐める。染みていた水分が蒸発し、地面の色がみるみる変わっていく。

 その炎に巻かれて、下っ端の竜種たちは心地良さそうに目を細めている……ように見えた。


 その様子を視界に入れながら、ブレイズは崩れっぱなしだった体勢を立て直した。

 いま目にした光景から分かることはふたつ。あの親玉も火を吐くのだということと、あの竜種どもに火は無意味だということ。

 消火も兼ねて、ラディには定期的に水をかけてもらったほうがいいか――と考えた瞬間、群れの上空から水塊が落ちてくる。彼女も同じことを考えたらしい。


 呼吸を整えながら頭上を見上げると、ロアがこちらを見ていた。

 頷き合って、また群れへ突っ込んでいく。

 また水をかぶって動けなくなった下っ端の個体を、ロアと手分けして仕留め――ようとしたところで、親玉がいきなり頭を上げた。

 裂けんばかりに口を開けた先にいるのは――。


「ロア!!」

「……ッ」


 ばくん、と勢いよく閉じられる口から逃れて、ロアがさらに高く飛ぶ。

 体をかじり取られてはいないらしい、と安心する暇もなく、ブレイズは下っ端の個体が火を吐きかけてくるのを横に跳んで回避した。大半は水に濡れて動きが鈍っているが、一部、親玉の巨体に庇われて水をかぶらずに済んだのがいるらしい。


 ロアはまだはるか上空だ。風の刃が鬱陶しいのか、親玉は執拗に彼を狙っているようだ。火を吐かれこそしていないが、もし吐かれたらかなり危険だろう。

 ブレイズも下っ端の数を減らしたいところだが、囲まれないように立ち回りながらだと、なかなか攻撃に集中できない。


(どうする……?)


 このまま粘るか、出直すか。

 出直すにしても、親玉の意識をロアから逸らさないと彼が逃げられない。

 事前の話し合いでは、下っ端を片付けるまで親玉に手出しはしないことになっていたが……ちょっと斬りつけて、こちらに意識を向けさせれば、なんとかいけるだろうか。


 と、その時。


 ――ゴシャァッ!!


 頭上から重く鈍い音がして、ずしぃん、と親玉の巨体が沈んだ。

 その体表をころころと転がり落ちてきたのは、大きな氷の破片――ラディだ!


「ブレイズ! 水いくよ、離れて!」


 ウィットが大声で呼びかけてくるのが聞こえる。

 ブレイズは、動けない竜種の合間を縫って群れから抜け出た。地面に転がる氷が、水になる間もなく蒸発して消え失せる。


 走って竜種どもから離れると、背後で派手な水音が聞こえた。

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【完結】階段上の姫君
屋敷の二階から下りられない使用人が、御曹司の婚約者に期間限定で仕えることに。
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