### XX. ルート選択
すみません、多忙につき投稿が遅れました。
日付が変わる前に出せてよかった…
サルミナの宿で一泊したブレイズたちは、翌日の早朝、人目を避けるように乗合馬車で街を出た。
別にやましいことがあったわけではなく、もたもたしていると、ロアにまた『癒し』の依頼が入ってきそうだったからだ。
港街というのは、船大工が事故を起こしたやら、荷運びの人夫が殴り合いの喧嘩をしたやらで、毎日のように怪我人が出るのが普通らしい。
彼らが活動し始めるより早く、見つからないうちに出て行きたいというロアに合わせた形である。
まあ、朝一番に出る馬車だからか、乗客も少なくてのびのびと乗っていられる。
以前、満員の乗合馬車に乗り続ける苦痛を味わった身としては、ロアの都合がなくても、早朝に出発するのは悪くないと思えた。
……ひとり、少しばかり朝に弱いやつがいるのが、不安といえば不安なのだが。
「ふぁ……」
その不安要素であるウィットが、大口を開けてあくびをして、眠たそうに目をしばしばさせている。
朝食の後すぐ馬車に乗り込んだので、腹が膨れたせいで眠いのかもしれない。こいつは朝からがっつり食うタイプである。
「寝るなよ」
「んー……わかってる……」
こそっと注意すると、ふにゃふにゃした声で返事があった。
王国内ではなんだかんだ貸し切りの馬車を使わせてもらっていたので、こういうときに寝かせてやれたのだが、いま乗っているのは乗合馬車だ。少ないとはいえ他の乗客がいないわけではない以上、あまり不用心な真似はさせられない。
ウィットもそのあたりは分かっているらしく、なんとか眠ってしまわないよう、手足を曲げたり伸ばししたりしている。……周囲を自分たちで固めているから、この程度なら他の乗客の迷惑になることはないだろう。
ちなみに他の乗客は、サルミナで商品を仕入れたらしい行商人が二人。
結局、ドリスの街で会ったミゲルの姿は、サルミナでは見かけなかった。
「えーっと、今夜は野営になるんだっけ?」
「うん。途中で一回野営して、明後日に中継地のベルィフの街で一泊する予定だね」
話している方が眠気が紛れるのか、ウィットがラディに今後の予定を聞いている。
話に出てきたベルィフの街は、サルミナ港の西にある内湾の、やや奥まったあたりに位置する街だ。
ベルィフまでは海岸線沿いに進み、そこから内陸に向かうと、目的地であるガユーの街がある。
東回りで別の街を経由するルートもあるのだが、そちらはまだ雪が深く、日数がかかるのでお勧めできない……と商工会で言われたので、その助言に従った。土地勘のある現地の人の言葉は聞いておくに限る。
「……お前たちが急いでいないなら、ベルィフで一日休みを挟んでもいいんじゃないか」
それまでぼんやりと外を眺めていたロアが、ふとこちらへ顔を向けて、ぽつりと言った。
彼の目が一瞬だけウィットを見たのに気づいたブレイズは、ああウィットの疲労を心配しているのかと察した。
前に一緒だった王都までの旅でも、長旅の疲労が抜けきらないウィットのために、途中の村での休憩を提案したのはロアだった。おそらく、あの時のことが記憶にあるのだろう。
……まあ、休むために寄ったその村で、ちょっとした事件に巻き込まれもしたのだが。
それはそれとして、ブレイズは頷いた。
「そうするか。ベルィフからガユーまでにも、一回か二回くらい野営があるみてえだし。ちょっと休んだ方がいいだろ」
途中で一日二日余分に休んだって、全体から考えれば誤差の範囲だ。宿代を経費で落としたとしても、この程度なら、王国のギルドも文句など言ってこないだろう。
それに、サルミナをすぐ出てしまったので、ウィットだけでなくラディの体力面も心配だ。ブレイズ自身、船旅の疲労が残っていないわけではなかった。
野営は神経を使うものだし、無理して先を急ぐ理由もない。休めるときに休んでおくのは、正しい選択だといえた。
◇
そこから何度か休憩を挟み、馬車が野営地に到着した頃には西の空が赤くなりつつあった。
街道から少し外れたあたりに馬車が停まっており、近くで馬が水を飲んでいる。どうやら先客がいるらしい。
馬車の見た目がこちらの馬車と似通っているので、あちらもどこかの街からやってきた乗合馬車だろう。ここで出くわすということは、サルミナ行きだろうか。
と、思っていたところ。
「……ん? お前ら、一昨日サルミナを出た連中じゃないか?」
ブレイズたちと同じ馬車に乗っていた行商人の片方が、野営の準備をしている商人らしき連中に声をかけるのが聞こえた。
もう一人の行商人も、「ああ、どっかで見た顔だと思ったら」と合点したようなことを言っている。
乗合馬車の御者も会話が気になるようでそちらに近寄っていったので、ブレイズたちも便乗して話を聞かせてもらうことにした。
あちらの馬車の面々は、ベルィフの街から引き返してきたそうだ。
ブレイズたちが向かっていた街だ。
「ガユー方面の街道を魔物が塞いでてな。食い物がないのか街まで入り込んでくるから、いなくなるのを待つのも危ないし、仕入れた商品も古くなっちまう。一旦サルミナに戻って、東回りのルートに変えることにしたんだ」
「あんたらもガユー方面に行くつもりなら考え直したほうがいいぞ。いまのベルィフは商隊の護衛で腕利きが出払ってるからな、いつ魔物を追い払えるか分かったもんじゃない」
ひと通り話を聞いた後は、もとの乗合馬車に乗っていた面子での話し合いだ。
まず、行商人ふたりはあちらの馬車に乗り換えてサルミナに戻ることにしたそうだ。当然の判断だろう。戦えない彼らはベルィフに行っても何も貢献できず、ただ危険なだけだ。
馬車の御者は、このままベルィフの街に向かうらしい。話を聞かせてくれた商人たちのように、ベルィフからサルミナまで移動したい客がいるだろうという判断のようだ。
「……で、あんたらはどうするね。あっちの馬車でサルミナまで戻るなら、運賃は半額戻してやるが」
「うーん。……ちょっと相談させてくれるか?」
「ええよ、どうせ出発は明日の朝だしな。それまでに決めてくれりゃいい」
御者の言葉に頷いたブレイズは、ラディたちを促して少し離れた場所に集まった。
「で、どうすっか」
「サルミナに戻ったらロアが捕まっちゃわない?」
「人をお尋ね者みたいに言うな」
初っ端からぶっ込んできたウィットに文句を言うロア。そういえば、そんな懸念もあったか。すっかり忘れていた。
正直に言ってしまえば、どちらでも構わないのだ。自分たちはある程度戦えるので、ベルィフの街で魔物の排除に参加するのもいいだろう。のんびり安全に行くなら、サルミナまで引き返して東回りのルートに切り替えるのもいい。
しかし、サルミナでまたロアが拘束されてしまうことを考えるなら、このままベルィフに向かったほうがいいだろうか。
「別に、俺のことは気にしなくていい。昨日まで五日も引き止められたんだ、さすがにもうあの街の連中に付き合う義理はない」
「……って言いつつ、目の前に大怪我してる人がいたらほっとけないでしょ、きみ」
「そこまでお人好しじゃない」
「どうかなあ」
そのまま言い合いを始める二人を、ブレイズは放置した。
それぞれの主張はなんとなく分かったから、もう用はないともいう。
ウィットはベルィフ行きを支持というか、サルミナに戻った場合のロアのことを心配している。
ロアのほうは、どちらでもよさそうだ。
次に、ブレイズは相棒に声をかけた。
「ラディ、お前はどっちがいいと思う?」
「ブレイズの行きたいほうでいいよ」
相棒はにこやかに即答した。丸投げである。
「お前な……」
「実際、どっちでもいいと思うよ? 安全を考えるならベルィフに行くべきじゃないんだろうけど、一番戦い慣れてないウィットがベルィフ行きを推してるし。下手にサルミナに戻って、ロアの件で揉めたら厄介だっていうのも間違いじゃない。……ロアはああ言ってるけど、自分の都合しか頭にない人っていうのはいるからね。逆恨みされると面倒だ」
そこで一旦言葉を切って、ラディはことりと首を傾げる。
それから口元に小さく苦笑を浮かべて、「それに」と小声で囁いてきた。
「ブレイズは、魔物に街が襲われているって聞いて、気にならないわけがないだろう?」
「……それはお前もだろ」
「まあ、そうだね。……だから私は、ブレイズの選んだほうでいいんだ」
「……そうかよ」
くすくす笑うラディから目を逸らして、ブレイズはひとつ息を吐いた。
まあ、強硬にベルィフ行きに反対する意見は出ていないのだ。
ロアの都合を考えても、いまサルミナに戻るのは少々リスクがある。
「よし、一度ベルィフまで行こう。魔物が俺らの手に負えないようなら、そんときゃ諦めてサルミナまで戻るけどな」
さほど急ぐ旅ではないのだ。
気になることに少しくらい首を突っ込んでみたって、構わないだろう。




